第66話◇雪遊び3(エレノア)




 三番手はエレノアだった。

 この競技は中止にならず続くようだ。


 滑雪の時に使った一枚板が、雪の巨人の崩れた場所に突き立てられている。

 誰の字か『スノーレインくんの墓』と書かれていた。


 コアはモナナが持ち帰って調査するようなので、あそこにあるのはただの雪だ……と思うのだが、それは俺の考え。

 誰かが誰かを弔う気持ちは尊重すべきだろう。


「えー、先程は予想外のアクシデントがありましたが、皆さんの気持ちが沈んだままでは悲しいので、少しでも胸が躍るような体験ができるよう、力を尽くします」


 そう言ったエレノアは、準備が必要とのことでどこかへ『転移』してしまった。

 しばらくして、彼女が戻ってくる。


「もう少しお待ちください。きっとそろそろ――」


『……雪?』


 最初に気づいたのはミカだった。


 パラパラと何かが降ってきたのだ。

 確かにそれは、雪だった。


 だが――。


 今は晴天だ。

 いや、そうか。


 俺は上空で魔力を感知。

 エレノアが頭上高くに雪の塊を転移させ、それをヴィヴィが雪の粒になるまで斬り裂いているのだ。


 それだけではない。


「まったく、世話の焼けること。でも? きらびやかな世界を演出する為にわたくしを頼るそのセンスは褒めてあげてもよくてよ?」


「友人に頼られたことを素直に喜べないお嬢様で申し訳ございません」


「貴女わたくしの保護者か何か!?」


 フローレンスも魔法を使った。

 これは――『光』属性か。


 瞬間、白銀の世界がきらきらと光った。


「わぁあ」


 子供達の、そんな声が聞こえる。


 とても幻想的な景色だった。

 どこまでも白い世界に、光の粒が散っている。

 星降る夜なんて表現を聞いたことがあるが、この場合――星降る昼か。


 それくらい、綺麗な降雪。


 エレノアが俺の隣にやってきた。


「レイン様は、先程雪を見た時、綺麗だと仰っしゃりました」


 二人で先に此処へ来た時だ。


「あぁ、言ったな」


「私はそれがとても、嬉しかったのです」


 エレノアが、慈しむような笑みを湛える。


「嬉しい? エレノアが?」


「はい。何かを美しいと思うのは『感動』――感情が動いたことを示します。私は、貴方様にそういった気持ちを大切にしてほしいのです。レイン様のお心はとても温かく、けれどまだ幼いように思います。『普通』の生活を通して、それを育んでほしいと、我々は望んでいます」


 確かに、五つの時に英雄たちに拾われ、十五歳になるまで戦場で魔族との戦いに明け暮れた。

 だからきっと、俺の心は『普通の少年』のそれとは違うのだろう。


 親に愛されたり喧嘩したり。

 友達と遊んだり悪戯したり。

 大人に迷惑を掛けたり褒められたり。

 学校に通ったり普通に働いたり。

 あるいは、近くに住む女の子に恋をしたり。


 そういう『普通』がないから、心がどこか不完全なのだろう。

 別に、普通でなくてもよいのかもしれない。

 今の俺に対して、みんなとてもよくしてくれている。


 けど俺は一度、思ってしまったから。

 『普通』になってみたいと、考えていたから。


 だからあの日、エレノアの誘いに乗ったのだ。

 けど、そうか。


 雪を、それを眺めるエレノアを美しいと思えた時点で、俺は既に以前とは違っているのかもしれない。

 望んだ『普通』に、近づくことが出来ているのかもしれない。


「世界には醜く汚いものもありますが、貴方様が守ったものの中には、美しく尊いものも沢山あったのだと、知ってほしいのです」


 俺は再び、エレノアの横顔を眺めた。

 それから、彼女の手に視線が移る。


 魔法を使う時、雪に直接触れる必要があってそのままだったのか、手袋が外されている。

 そしてその手は、赤くかじかんでいた。

 何故か、それが放っておけなくて。


 気づけば俺は、自分も手袋を外し、エレノアの手を握っていた。


「……っ!!!」


 エレノアは驚いた顔をするも、振り払ったりはしない。

 嫌がってはいない、と考えていいのか。


「俺にとって英雄の任務は、やらなきゃいけないことで。誰かを助けることができて良かったと思うことはあったけど、あんまり、美しいとか尊いとか、そういうことは考えたことがなかったな。けど、これ、、もその一つだって言うなら、うん。確かに、綺麗だ」


 彼女こそが、かつての自分が守った美しく尊いものだ、と思う。


 しかしそれを口にしようとした時、それを躊躇する自分に気づいた。

 喉が発声を停止し、心は羞恥に似た感情を訴えかける。

 なんだか、それを言うのは恥ずかしい、とでもいうような。


 もしかして、これが『照れくさい』という感情なのか。

 だとしたら、感動を素直に伝えるというのは、とても難しいことかもしれない。


 憧れていた『普通』だけど、目指してみるとこれが中々、大変なものだ。


「エレノア?」


 何故か、エレノアが真っ白になっているような、そんな錯覚を覚える。


『し、死んでる……!』


 ミカがそんなことを言う。

 一瞬焦るが、いやいやいやと首を横に振る。


「そんなわけないだろ。脈は……あるし。なぁ、エレノア?」


 彼女の口から魂的なものがほわ~んと抜け出しているような幻覚も見えるが、気の所為だろう。


 その後、俺がエレノアと手を繋いでいることを見咎めたみんなが近づいてきて騒ぎ出したことで、エレノアはようやく復活。


「私、この手を二度と洗いません!!」


 と鼻息荒く語り、どういうわけかエレノアの手に他の『七人組』が襲いかかった。


「やめなさい『手を繋がれたことがない者達』! 友の幸福を汚そうとはなんと醜い行動でしょう!」


 みんなにもみくちゃにされながら、エレノアはどこか幸せそうで、楽しげだった。



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