第64話◇雪遊び1(ルート)




「確かに、やってみたいかもしれない」


 この興味が、『楽しそう』という感情なのか。

 子供たちも「やりたいやりたーい!」と騒いでいる。


「わたしの結界術で囲っていますので雪崩被害の心配はありませんし、仮に結界内で雪に飲まれたとしても範囲内の生体反応は掌握していますから、すぐに救出可能なんですよ~」


 日々生徒の命を預かるルートらしい配慮だ。

 そして、とても大事なことでもある。

 遊びだからこそ、安全でなくては。

 特に子供たちがいる今は、一層の注意が必要だろう。


『それにしても、ルートの遊びをエレノアが実演するなんて。いつもとは違うのね』


 ミカが言う。

 言われてみれば珍しい。

 これまで何度かこういった催しはあったが、競技中に各参加者が協力することは今までなかった。


「競争意識は大切ですが、そのことでレイン様に要らぬ心労をおかけするわけにはいきませんから。我々は仲良く競い合うことにしたのです!」


 えっへんとばかりに、エレノアが胸を張る。

 確かに、俺のことを気にしてくれるのは嬉しいが、そのことで『七人組』がギクシャクするのは見たくない。

 彼女たち自身が、仲良く競い合えるというのなら、それはよいことなのだろう。


「とはいえ、みなが同じ試験に取り組めば、成績に差は出てくるものですから~。一位は本気で獲らせていただきますよ~」


「望むところですとも」


 普段は細められているルートの目が開かれ、エレノアと火花を散らす。


『……まぁ、吹っ切れた様子なのはいいことよね。うじうじされてもあれだし』


 自由奔放な大金持ちフローレンスが俺と再会してから、既に再会を果たしていた五人は焦燥感のようなものを覚えていたようなのだ。


 しかし、彼女たちはフローレンスと自分を比較して落ち込むことをやめ、以前に増して元気になった。


 そこにマッジも加わり、ついに『七人組』が勢揃いしての競技となった今回。

 俺たちはまず、ルートの用意した滑雪へと挑戦するのだった。


 ◇


 丘の上への移動は、風属性魔法を使える者たちで行った。

 雪上を滑るのに用意された装備は三種類。


 細い二枚の板を片足ずつ装備するもの、両足を一枚の板に固定し横向きで滑るもの、そしてそりだ。

 チビたちはほとんどがそりに乗るようだ。最初は『七人組』やメイドのセリーヌが一緒に乗ってあげるようだ。


 例外はうさ耳のキャロで、彼女は一枚板に足を固定し、瞳をキラキラさせている。


 俺は二枚板のものにした。

 そのまま歩こうとすると面倒だが、これが雪上を滑り降りる時には大いに役に立つことは先程目にしたことからも明らか。


 チビたちが歓声を上げながら滑り降りるのを見送ってから、いざ出発。

 最初は比較的ゆっくりと、しかしだんだんと勢いが乗ってくる。周辺一帯が銀景色だから分かりづらいが、視界に映るものがどんどん通り過ぎていく。雪を滑る音。風を切る音。全身を撫でる冷気。凹凸を通り過ぎた時にやってくる浮遊感。


 気づけば、俺は止まっていた。丘を下りきってしまったようだ。

 思い出したように、ほうと息が漏れる。小さな雲みたいな吐息が、上って消える。


 ルートが俺を見て、にっこりと微笑んでいる。


「どうでしょう~? 楽しめましたか?」


 ちなみにミカはルートに預かってもらっていた。


「楽しい、か……うん。楽しいかもしれない。もう一回やってきていいか?」


 するとルートは嬉しそうに頬を緩ませた。


「もちろんですとも~」


『ぐっ。こんなことなら人間化してくればよかったわ』


「戻った時に錆びるだろ」


『そうだけど……!』


 どうやらミカも雪滑りを試したいらしい。

 俺はミカを背負うように差し、一緒に滑ることに。


『ひゃっほー! 風よ! あたしたちは今風になってるのよ!』


 と、大変楽しんでくれた。


 ちなみに。

 チビ達が年長者を伴わず自分達だけでそりを使えるようになったあと。


 『七人組』の面々もそれぞれ滑雪に挑戦していた。


 まずはモナナだが……。

 彼女は一枚板に足を固定し、いざ立ち上がった直後。

 顔から雪に倒れた。


「ふべっ」


 なんとか顔を上げるも、自力では起き上がれないようで「んぐぐ……」と涙目になっていたので助け起こした。


「ふ……ふふ……滑る以前の問題だなんて……確かに運動は苦手だけどここまでとはね……あはは……レインくんも失望したよね……?」


「いや、得意不得意があるのは当たり前だろ。こんなことで失望なんてしないよ」


 モナナが安堵したような、擽ったそうな、そんな顔をする。


「そっか。でも、やっぱり出来るようになりたいから、もう少し頑張ってみるね。もし上手くなったら、一緒に滑ってくれる?」


「あぁ、そうしよう」


 彼女は俺の言葉に、嬉しそうに微笑むのだった。


「お嬢様は参加されないのですか?」


 羊の亜人の執事、セリーヌが言う。


「上に立つ者として、とるべきリスクについては熟考を重ねて判断することにしているのよ。結果として、滑雪は避けるべきと言わざるを得ないわ」


「何故でしょう?」


「何故って、貴女それでもわたくしの執事? 見て分からないのかしら?」


「はぁ、そう言われましても」


「雪を滑るには足許の確認も必要になるでしょう。眼下、と言ってもいいかもしれないわね。けれどこの豊満極まる胸では、下が見えづらいのよ。理解できて?」


「己の不得手を語る際にも自慢を織り交ぜることを欠かさない、さすがはお嬢様です」


「貴女、『さすが』って言っておけばなんでも許されてると思っていないかしら!?」


「いえ、そもそも許しを請おうなどとは思っておりませんので」


「ここまで強気な部下は貴女が初めてよ……」


「恐縮です」


「はぁ……。まぁいいわ。それで、貴女はどうするの? 別にわたくしに気を遣う必要はないのよ?」


「?」


「えぇ気を遣うなんて意識はないのね分かっていましたけれど!?」


 セリーヌはくすりと、微笑んだのか。

 表情が変わったのは一瞬で、錯覚かと思うほどだった。


「私も遠慮しておきます。胸が大きくて足許がよく見えないので」


「わたくしの理由をパクらないで頂戴!」


 二人はやはり仲がいい。

 主従ではあるものの友人のようでもあって、フローレンスがセリーヌを雇うことになったきっかけを、少し知りたくなった。


 視線を移す。

 エレノアが見事に滑れるのは先程見たが、ヴィヴィも劣らず上手だった。二人は競うように一緒に滑っている。


 マッジは二人には交ざらず、一枚板を華麗に操り、凄まじいスピードで雪を下りている。

 その顔は「悪くない」とでも言いたげで、表情に乏しいながら満喫しているのがわかった。


 レジーはというと、何やら謎の箱を俺に向けている。

 かつて人間領で見た『写真機』に似ているが、同じようなものだろうか。


「はぁはぁ……れいんさまのモコモコ防寒着姿とか貴重すぎる……後世に残しておかないと」


「……レジー? ちゃんと許可はとっているのでしょうね?」


 姉であるフェリスの言葉に、レジーは「分かってないなぁ」とばかりに溜息を溢す。


「おねえちゃん。いい? 写真っていうのはね? 被写体がカメラを意識したものとは別に、自然体を写したものにも価値があるんだよ」


「つまり、盗撮なのね? いけないわ、レジー」


「え、おねえちゃん何して……あぁ、取り上げないで! あと六千枚は撮りたいのに!」


 多すぎるのではないだろうか。

 そんなに撮れる写真機は、人類領にもなかったぞ。


「これ、モナナ様製の魔道具なのよね? どのような品であれ、悪用してはならないわ」


「うぅ……酷いよ……」


「ちゃんと勇者さまに謝って、お許しを頂けたら、レジーと一緒に写真を撮って頂けないか頼んでみるから」


「……! おねえちゃん、大好き!」


 二人には、今の会話がばっちり聞こえていたことは言わないでおこう。


「レインさま~」


 もう一度滑ってこよう、と風魔法を使おうとしたところで。

 ルートに声を掛けられた。


「ん?」


「実は、わたしが用意したのは正確には滑雪のご提案だけではなくてですね~」


 彼女の頬が少し赤い。


「そうなのか」


「自分が用意した企画、折角ですからレインさまと一緒に楽しめればと思いまして~」


「一緒に? あぁ、そりに乗るってことか?」


 ルートがこくりと頷いた。


「だめ……でしょうか?」


 上目遣いに、断られることが不安なのか心細そうな表情で、彼女は言う。


「いや、いいよ。一緒に滑ろうか」


 ルートの顔が、一瞬で華やいだ。瞬きの間に、雪原が一面の花畑に変わったような。劇的で美しい変化だ。


 ミカが『あたしはここで待ってるわ』と言ったので、丸くなって欠伸していた白狐に預けることに。


 その後、俺とルートは一緒に丘の上まで移動。

 ルートが用意したそりに乗ることに。


 俺が前で、ルートが後ろから俺を抱きかかえるようにして乗る。

 二人で乗るにしては少し小さい気がしたが、まぁなんとかなるだろう。


 お互いに防寒着なのだが、背中にルートの胸が当たるのが分かる気がした。

 彼女がぎゅうっと力強く俺を抱きしめているからだろうか。


「いつでもどうぞ~」


 と、耳許でルートの声がした。

 吐息が温かくてくすぐったい。


 彼女の柔らかい匂いに包まれるようにして、足で雪を掻く。

 それを何度か繰り返して、斜面を滑っていく。


 そりだと雪までの距離が近く感じられた。

 姿勢制御も難しい。

 ぐんぐん速度が出てくる。


「あっ」


 雪が盛り上がっているところがあり、通過した勢いでそりが宙に浮く。


「ひゃあっ」


 ルートから可愛い声が上がった。

 俺達はなんとか転倒することなく下りきることに成功。


「一瞬ひやっとしたな」


 振り返ると、ルートはまだドキドキしているのか、顔を真っ赤にしていた。


「ルート?」


「ひゃいっ。あ、あはは~。そ、そうですね~」


「ありがとう、ルート。楽しかったよ」


「~~~~っ! そ、それはよかったです……!」


 彼女は胸を押さえている。

 体調が悪いようではなさそうだが……?


「ルートはどうだった?」


「え?」


「今一緒に滑ったろ? 楽しめたかな……?」


 ルートは一瞬目を丸くしたあと。

 瞳を潤ませて、顔全体で笑った。


「はい。と~~~~っても! 楽しかったですよ~」



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