第63話◇雪遊び(始)

 


 温泉にでかけた俺たち。

 周辺の土地も七人組の一角、大商人フローレンスの土地だということで、雪の積もったその場所で雪遊びをすることに。


 そうして始まった雪投げは、予想外に盛り上がった。

 だが、子供の一人がフローレンスに雪玉を当ててしまったことをきっかけに、中止に。


 フローレンスが怒ったから、ではない。

 雪玉は彼女の胸に当たってぱしゃりと形を崩し、人肌で僅かに溶けると、谷間に流れ込んだ。


「ひゃうんっ!?」


 彼女は体をびくりっと震わせ、顔を赤くする。

 すぐさま雪を外に出そうとするフローレンスだったが、俺と目が合ったことで何かを思いついたように目を輝かせた。


「雪が胸に入ってしまいましたわ。このままでは風邪を引いてしまうやも。あぁ、誰かが拭いてくれると大変助かるのだけれど」


 と言いながら、俺の方をちらちらと向く。


「さすがですお嬢様。自分でやれば済むことも他人にやらせるとは、まさに金持ち的思考」


「そうでしょうそうでしょう! ――って今のは褒めてはいないわね!?」


 羊の亜人の執事であるセリーヌとは、今日も仲がいいようだ。


『レイン、言うまでもないけど、聞く必要ないからね』


「聖剣さまの言う通り。フローレンス、雪が邪魔なら胸ごと切ってあげてもいい」


 暗殺者マッジのナイフがギラリと銀光を反射する。


「ちょっとマッジ! 貴女言うことが怖すぎるのではなくて!?」


 フローレンスはぎょっとした顔で自分の胸を庇うように抱く。

 その拍子に胸がむにゅうっと形を変え、水となった雪が谷間から泉のように溢れ出る。


 つい、俺はそれに視線が吸い寄せられてしまった。


「! 予定とは違うものの、レイン様の視線はわたくしに釘付け……商才だけでなく女の魅力も飛び抜けているとは、我ながら恐ろしいものですわね」


 頬を染めつつ、フローレンスはなんだか満足げだ。

 と、そこまではよかったのだが。


 ぱしゃ、という音がすぐ側で聞こえる。


「わっ、やったー! まっじちゃんにあたったー!」


 うさ耳幼女のキャロが嬉しそうに飛び跳ねている。

 見れば確かに、マッジの胸にキャロの雪玉が命中している。


 しかし先程までのナイフ捌きを思えば、考えられないミスだ。

 いや、まさか……。


『わざとでしょ……』


「違う。あの子の投擲能力が私の反応速度を越えた結果。でも、雪が冷たい。困った。私は引き続きレイン様を護衛しなければならないので、雪はレイン様にとってもらうしかない」


 そんなことを言いながら、マッジが身を寄せてくる。

 彼女の体温で雪溶けが起こり、蜜を混ぜたミルクのような匂いが鼻孔を擽る。


 やがて他の七人組が怒ったり真似したりし始め、気づけばチビたちは雪投げをやめて違う遊びを始めていた。

 七人組の反応に慣れている子供たちは早々に雪投げを中止し、思い思いの遊びに興味を移したのだ。


 雪玉を転がして大きくしたり、しゃくしゃくと音を立てながら足跡を残したり、白狐の背に乗って雪原を駆けたり、砂の城ならぬ雪の城を作ったりだ。

 俺がそれを眺めていると、誰かが言いだした。


 『誰が一番レインを楽しませられるか』を競うのだという。


『あんたたち、こんなんばっかね』


 『七人組』の面々は邪悪な魔導師に囚われていた過去がある。

 五年前に俺がそいつを倒して以降、七人は魔族の国で保護され、各分野で活躍する人材に育った。


 辛い過去を共有した者同士、彼女たちには絆のようなものがあるように感じられる。

 喧嘩しているように見えても、仲違いには発展しない。

 良い意味で、お互い好き勝手言い合える仲。


 人間関係に疎い俺だが、彼女たちのような関係を『親友』とでも言うのかもしれない。

 何故かその親友たちが競うのは、俺のことばかりなのだが……。


 そして今日も、またいつもの競技? が始まる。

 それぞれ準備に取り掛かるということで、俺はチビたちの遊んでいる様子をぼうっと眺めているなどした。


 途中、雪の中から奇襲を仕掛けようとしたキャロを返り討ちにしたり、狐耳のウルに誘われて白狐の背に乗ったりしていると、時間。


 最初に声を掛けてきたのはルートだった。

 魔法学院の教師を務める彼女の得意魔法は、結界術。


「こちらをどうぞ~」


 パッと見た感じ、彼女が指し示したのは先程までとは変わらぬ丘だ。雪が降り積もっていて、登るとなると少し面倒だろうなと思う。


「レインさまは、雪上を滑ったことはお有りでしょうか~?」


「滑る?」


 雪原を舞台に戦った経験はあるが、その時に雪の上を転がったりしたのはルートの言う『滑る』とは違うのだろう。


「ご覧いただくのが早いですね~。ではあちらに視線をどうぞ~」


 視線を再び雪の丘へと戻す。

 すると人影が。


 銀光をぱらぱらと反射するのは、白銀の長髪を靡かせるエレノアだった。

 なるほど確かに、彼女は雪の上を滑っている。


 板だ。

 彼女は細い板を二枚、足に装着することで、雪上を滑り降りている。

 方向転換の補助のためか、両手には棒状の道具も装備していた。


 防寒具の上からでもわかる双丘を揺らしながら、彼女はこちらに近づいてきて、やがて綺麗に停止した。

 ふわっと、雪の粒が飛ぶ。


 エレノアの華麗な登場に、いつのまにか集まっていたチビたちがパチパチと拍手する。

 俺も釣られるように手を叩くと、エレノアは照れるように顔を赤くした。


「どうでしょう~? 滑雪といって、移動手段あるいは娯楽としている地域もあるそうです。楽しそうではないですか~?」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る