第57話◇エレノアの想い

 



 夕食後、任務帰りらしいエレノアがやってきた。


「レイン様! フローレンスに遭遇したというのは本当ですか!?」


 フェリスに、その件でエレノアに話したいことがあるから見かけたら伝えておいてくれと頼んでいたのだ。

 聞いてすぐに駆けつけたらしい。


 俺はチビたちと白狐に先に風呂に行くよう頼み、引率をフェリスに任せる。

 ミカはまだ帰ってきていない。


 自室に、エレノアと二人きりだ。


「任務終わりだよな? おつかれさま」


「ありがとうございます! ――が、しかし! 今はあの女の話です!」


「フローレンスな、逢ったよ。俺の家ってところも案内してもらった」


「くっ、もうしばらく大丈夫かと思っていましたが……そうですか、祭りの件で街に出ていますから、ばったり遭遇する可能性もありますよね……」


 エレノアは悔しそうに呻く。


「仲が悪いのか?」


「いえ、そのようなことは特に……。たまに逢っては、レイン様がいかに素晴らしいか自慢……情報を共有することもありますし」


「へぇ、じゃあなんで俺に逢わせたくないんだ?」


 エレノアはしばらく考え込むように黙っていたが、やがて口を開いた。


「彼女は……明確にレイン様の一番を目指しているのです」


 その言葉の意味を考える。


「一番……。それは、その、恋人とか、そういう?」


 俺の言葉に、エレノアは照れるように頷いた。


「は、はい。そういうあれです……。私などは、レイン様に『普通』に馴染んでいただき、そのあとで、いつか自然にレイン様がそういった相手を見つけられる。そういう未来のためのお手伝いができればと考えていますが……彼女は違います。現時点で本気ガチなのです」


「ガチ」


「まるで狩人です」


「狩人」


「彼女にはそれを可能とする地位も、財力も、行動力もあります」


「そう、なのか……?」


「そうです! 私は任務があればレイン様の許を発つしかありません。ですがフローレンスは仕事上の会議があろうが、レイン様を優先してスケジュールを変えることが出来ます。良い悪いではなく、それが出来るのです」


「なるほど、今のは分かった」


 そういえばフローレンスとセリーヌも似たような話をしていたではないか。

 他の六人と違い、フローレンスだけは自分自身が組織のトップであるがゆえに、融通が利く。


 他の六人は――たまに職権乱用気味ではあるものの――あくまで仕事優先。

 彼女たちは多忙の身ながら、なんとか時間を捻出して俺と過ごす時間を確保しているのであって、フローレンスのように自分次第でいつでも――とはいかないのだ。


「でも、その、みんな俺のやったことに恩義を感じていて、再会したいと思ってくれていたんだろう? なら、その、多少考え方が違うからって逢わせないっていうのは……」


 エレノアが表情に罪悪感を滲ませる。


「はい……レイン様の仰る通りです。レイン様が誰とお逢いになるかを、私が制限するなど以っての他。そしてもちろん、フローレンスにもレイン様と再会する機会があって然るべき……私が間違っておりました」


「あ、いや、エレノアを責めたいんじゃないよ」


 俺の言葉に、彼女は力なく微笑む。


「わかっておりますとも」


「俺は、その、エレノアたちと再会したばかりで、わかってないことも沢山あると思う。今日街で聞いたんだけど、『白銀の跳躍者』なんて異名があるんだな」


 エレノアは恥ずかしがるように、唇を歪めた。


「き、聞いてしまいましたか……はい、まぁ、そのように呼ぶ者もおりますね」


「そんなふうに、まだまだ知らないことが沢山あるんだと思う。でも、それでも、俺が再会してから知ったエレノアって人はさ、友人を蚊帳の外に置くようなやつじゃないと思うんだ」


「レイン様……」


「あー、だから、フローレンスと逢わせたくなかったのは、今のとは別に、何か理由があるのかなって、そう思ったんだけど」


 エレノアは目を見開き、それから、観念するように肩を落とした。


「さすがはレイン様、仰る通りです」


 エレノアが俺を見つめる。


「この国で『七人の天才』や『七乙女』と括られることの多い私たちは、その全員がレイン様への恩返しのために努力してきました。全てはいつか、人類の手から貴方様を救いだすためです」


「あぁ」


「ですが、いつしかこの国自体も大切になってきました。

 ルートは後進の育成に携わり、学院や生徒を大切に思っています。

 ヴィヴィは諜報活動によって国の危機を事前に察知し、対策を講じるべく日々走り回っています。

 レジーは争いを好まない性格ですが、攻撃魔法の広域展開という圧倒的な才覚がありました。戦いと無関係の職を選ぶことも出来ましたが、彼女は王族警護という我が国にとって重要な仕事を選びました。

 モナナは魔動技師として様々な魔道具を制作し、国家の助けとなってくれています。

 マッジは悪しき魔族を積極的に狩り、平和な世界が訪れるよう戦いに身を投じています。

 そして私は、魔王軍四天王として、『空間』属性の遣い手として、任務を果たしています」


「……あぁ」


「我々はみな、レイン様を大切に想っていますが、仕事を投げ出すことは出来ません」


「それは、当たり前のことだろ?」


 英雄という使命を捨て、魔王軍のヒモになった俺が言うのもおかしいかもしれないが。


「そうでしょうか? フローレンスは、投げ出すとまでは言わずとも、なんとか調整してレイン様を最優先に行動することができるでしょう」


「それは、フローレンス自身が組織の長だから、そういうことが出来るって話であって……」


「私は、きっと彼女に嫉妬していたのです」


 エレノアの表情が苦しげで、とても真剣で、俺は何も言えなくなってしまう。


「私が彼女にまさっているのは、『空間』属性の一点のみです。彼女には、街の治安を乱していた者達を独力で一掃するだけの力があります。彼女の財力と比較すれば、わたしがレイン様にお渡ししている『おこづかい』など、微々たるものです。そして彼女は美しく、貴方様を最優先に行動することができる。……勝負にならない、というものです」


 エレノアはいつになく悲しげだ。


「――勝ち負けなのか?」


 思わず口から出たのは、そんな言葉だった。


「え?」


「フローレンスに逢って、あいつが用意してくれた俺の家も見たけどさ。それで、エレノアへの態度が変わるとか思ったのか?」


 俺の言葉に、彼女が慌てて首を横に振る。


「い、いえっ、そのようなことは決して……! ただ、私が一方的に劣等感を感じているだけで……」


「フローレンスが綺麗で、金持ちで、自由に動けるから?」


「はい……」


「でも、俺をここに連れてきたのはエレノアだろ?」


「――――ッ」


 エレノアがハッとしたような顔になり、俺を見る。


「エレノアたちは、五年前の件を今でも感謝してくれているけど。正直俺は、再会するまでみんなのことを忘れていた。……いや、違うかな。出来事としては覚えていたけど、敢えて思い返すようなことはなかった」


「それは、レイン様は英雄として様々な任務を課せられていたから……」


「そうじゃなくて。俺にとって、あれはただの任務だったんだ。でも、みんなにとっては違った。人生が変わるような出来事だった。そうだよな、死ぬかと思ってたのに、人生が続くってことになったんだから」


「はい……」


「それで、思ったんだ。逆もそうなのかなって」


「逆、ですか?」


 エレノアが不思議そうな顔をする。


 自分の中の当たり前が、相手にとってもそうとは限らない。

 すれ違うくらいならば、素直に思いを伝えた方がよいのかもしれない。


「うん。だから伝えるよ。エレノアにとって、あの日、再会してから俺に言ったことは全部当然のことだったのかもしれない。でも、俺にとっては予想外で、それで、嬉しいことだったんだ」




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