第48話◇勇者式マッサージ?
「レインちゃん、先日の件ですが――」
俺はマリーに怒られていた。
先日の、『七人組』と一緒に寝た件である。
しっかりと説明し、彼女たちが薬で小さくなっていたのだと証明もしたのだが、マリーの怒りは収まらないらしい。
あまりに早口かつ長々としたお説教だったので詳細はよく覚えていないが、十数分におよぶお叱りの内容はつまりこうだ。
『おねぇちゃんを差し置いてほかの女人と枕を同じにするなど許せませんっ!』
肉体年齢が幼くなろうとも、マリーからすれば七人組は警戒すべき相手ということか。
まぁマリーに見られた時はみんな元の体に戻っていたので、貞淑なマリーが憤るのも無理はない。
【剣聖】が女性をナンパしてる時なんかは、ゴミを見るような視線を向けていたくらいだ。
弟のように思っている十五の少年が、五人の美女と同じベッドで寝ていた姿は大層衝撃的だったことだろう。
「わかりましたか?」
「あぁ、うん。大体は」
「大体は?」
笑顔のまま、言葉の圧が強まる。
「マリーの言いたいことは、ちゃんとわかったよ」
「よろしい。やはりレインちゃんは良い子ですね。よしよし」
抱きしめられた上で頭を撫でられる。
マリーの体温と匂いに包まれた俺だったが、彼女がある程度満足したのを確認してから抜け出す。
「ところで、レインちゃん」
「ん?」
「姉としては、あの
「ん??」
よくわからず首を傾げる俺。
「しかし眠くもないのに昼寝というのもおかしな話」
「うん、まぁ、そうだな?」
どうやら五人がやった以上、自分も俺と一緒に寝る権利があるというようなことが言いたいらしい。
経験上、ここで断ると厄介なことになるのはわかりきっているので、応じることにする。
それに、色々あったが、俺は別に英雄たちのことが嫌いではないのだ。
「ではこういたしましょう」
マリーは俺のベッドの縁に腰掛けた。
「以前マッサージをしたのを覚えていますか?」
「あぁ、覚えてるよ」
あれはだいぶ心地よかった。
あまりに気持ちよくて、そのまま眠りに落ちてしまったくらいだ。
「今度はレインちゃんがわたくしにマッサージするというのはどうでしょう?」
「あー……なるほど?」
確かに前回も、ベッドに寝る俺を彼女がマッサージしてくれた。
五人と同じベッドで寝たことを抜け駆けとし、それを取り戻そうとするのがマリーの目的なら。
俺が彼女にマッサージするという行為でも、充分なのか。
「マリーほど、上手くできるかはわからないけど」
「構いませんよ。大事なのは愛です」
「愛」
「溢れんばかりの姉への愛を、指に込めてくれればいいのです」
込めるのは力ではないだろうか。
愛というのは、よくわからない。
「まぁ、頑張るよ」
「うふふ、ではお願いしますね」
靴を脱いだマリーは、俺のベッドに上がる。
「んっ」
そしてうつ伏せに寝た。
彼女の豊満な胸が、ふにょんと形を変える。
あまりに胸が大きいからか、胸部からへそに掛けての部分がベッドにはつかず、隙間ができている。
「すんすん……レインちゃんの匂いがします。この枕、持って帰ってもよいでしょうか?」
「だめだ。借りてるだけで、俺のじゃないし」
「ではのちほど、フェリスさんでしたか? 彼女に購入できないか尋ねてみましょう」
そんなこと言われたら、フェリスも困るだろ。
「持ち帰ってどうするんだよ」
「レインちゃんが側にいない悲しみを紛らわせるために、吸います」
想像して、複雑な気分になってしまった。
「ま、まぁそれより、今はマッサージだろ?」
「そうでした。いつでもどうぞ? レインちゃん」
マリーは自分の手で器用に長い髪をかき分け、背中部分を空ける。
彼女の衣装は露出が少なく、パッと見は貞淑さを感じる。
だが動きやすさを重視しているためか、修道女ふうの衣装でありながら服のスリットは大胆に腰から始まっている。
また、足や腕同様に黒く薄い生地に覆われているものの、背中部分は大胆に開かれていた。
もちろんこちらにも理由はある。
「な、なんだけドキドキしますね」
「? 加減に気をつけるよ」
最近はあまりないが、【勇者】の力を見せたあと、恐れられることもある。
この小さな体には、あまりに不釣り合いな強大な力が怖く感じるようなのだ。
戦いの前は握手を求めてきた兵士が、敵を倒したあとに見ると怯えた表情で後ずさる……なんとことも一度や二度ではなかった。
どうやら俺の力を知ったことで、その大きな力が自分たちをも傷つけるのではないかと身構えてしまうらしい。
実際のところは、その力の制御こそ、英雄が最初に身につけるものなのだが……。
しかし、マリーはそのあたりわかっているはずなので、俺のマッサージで背骨が折れるとか、そういうドキドキ感はないと思うのだが……。
まぁいいか。
以前彼女がやってくれたように、ゆっくりと腰から背中にかけてをマッサージする。
布ごしにも、彼女の柔らかい肌の感触が伝わってきた。
「んんっ……上手ですよ、レインちゃん」
マリーから気持ちよさそうな声が上がる。
そして、彼女の背中が微かに光り出したのが分かった。
英雄の紋章だ。
俺のは右手の甲に収まるサイズだが、マリーは背中に大きく出現したのだ。
天秤と、祈るかのように掲げられた人の両手が組み合わさった【聖女】の紋章。
彼女の魔力が漏れたのか、ぽわぽわと淡く青い光りを放って、生地越しにも透けて見える。
英雄の証明として、紋章はすぐに見せられる方がよい。
俺なんかは戦闘中に嵌めている手袋を外せばすぐに見せられるが、背中となるとそうもいかない。
仮にも【聖女】が大きく肌を晒す服を着るわけにもいかないので、折衷案でこうなったのだ。
魔力を通せば、発光する紋章が透ける生地。
「綺麗だな……」
と、思わず感想が漏れる。
「――ッ!? レインちゃん、今なんとっ!?」
「ん? あぁ、綺麗だなって。ほら、マリーの――」
紋章がさ、と続くはずの言葉は紡げなかった。
マリーに抱きしめられたからだ。
「まぁ、まぁまぁ! なんて嬉しいのでしょう。レインちゃんがわたくしを美しいだなんて。今日は記念日ですね」
「んっ、いや、だから――」
「レインちゃんも可愛いですよ。よしよ~し」
むぎゅうと抱きしめられながら、頬擦りされる。
他の英雄の目がないからか、かつてよりも行動が過激になってきているような……。
「――ちょーっと待ったぁッ!」
その時、扉が勢いよく開かれた。
入ってきたのは、十四、五くらいの年頃の少女だ。
小柄で胸は平坦。
金の髪は彼女から見て右側に結われており、ツリ目がちで、瞳の色は空のような青。
口からは八重歯が覗いていた。
「レインから離れなさい、この
「……また知らぬ
マリーの声が冷たくなる。
「いやマリー……多分俺たちが知ってるやつだ」
声がまったく同じだし、それに、俺が彼女を見間違えるはずがない。
たとえばどんな姿になったとしてもだ。
「何やってんだ――
何故そうなったかは分からないが、彼女は間違いなく俺の相棒――聖剣だ。
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