第45話◇七人組パジャマパーティー・前編

 



 その日はなんだか変だった。


 夕食はチビたちだけでなく、任務帰りのエレノアとも一緒に摂ったのだが、彼女はなんだかそわそわしていた。


 聞いても「ななな、なんでもありませんよ?」と目を泳がせるばかり。

 少し気にはなったが、そのまま食事の時間は過ぎ、やがて就寝時間になる。


『レイン』


 専用の台座に鞘ごと刺さっている聖剣ミカが、俺の名を呼ぶ。


「ん?」


『……本当に嫌だったら言うのよ?』


「何の話だ?」


 ミカの言葉の意味は、少しあとになって分かることになる。

 部屋がノックされた。


 時間帯的にチビたちが布団に潜り込んでくる頃なのだが、あいつらはノックなどしない。


「勇者さま、フェリスにございます」


 俺付きのメイドである、フェリスだ。


 魔王の娘ミュリの護衛メイドであるレジーの姉で、つややかな黒の長髪と優しげな微笑が特徴的な魔人の少女。


「あぁ、フェリス。どうした?」


「はい……その、お嬢様がたを、お連れしました」


 扉越しにも、言葉選びに難儀しているのが伝わってくる。


「お嬢様がた?」


 ピンとくる人物がいない。複数となるとなおのこと。


「チビたちじゃなく、か?」


「はい。あの子たちですが、本日は別室で就寝するとのことです」


「へぇ? 取り敢えず入ってくれ。扉越しじゃ話しづらいだろ」


「では、失礼いたしまして……」


 彼女が入ってくる。扉は開いたままだ。

 困ったような顔で、それでも微笑を湛えるフェリス。


「だ、誰から入る?」


 部屋の外から、どこか幼い声が聞こえてきた。


「えっ、何を言っているんですか。まずは発案者であるモナナ、あなたが入ってレインさまに説明をするべきでしょう」


 聞いたことがあるような気がするのだが、やはり記憶よりも声が幼いように感じる。


「勇気が出ないというのなら、私から入ってもよろしいでしょうか~」


「待つのだわルート、抜け駆けは禁止と言ったでしょうに」


「れいんさまと、ど、ど、同衾……隣は絶対に譲らない……」


「あ、レジーずるいよ! ね、ねぇやっぱり事前にくじとかでみんなの位置を決めない?」


「いいから貴女はまず、部屋に入ってレインさまに説明なさい。待たせすぎです!」


「やはり、ここは私が~」


「させないのだわ!」


「は、早いもの勝ち!? 負けられないっ」


 わちゃわちゃと、五人分の幼い声が混じり合い、そして――。


「わわっ」


 雪崩のように、部屋に倒れこんだ。


 五人の、魔人の童女である。

 それぞれ――、


 魔王軍四天王であり、俺をヒモに誘ってくれた白銀の髪の美女――エレノア。


 魔法学校の講師であり、結界術に秀でた茶髪の美女――ルート。


 魔王軍筆頭情報官であり、日々俺の好物を探り当てることに全力を注ぐ赤紫髪に褐色肌の美女――ヴィヴィ。


 魔王の娘の護衛兼メイドであり、フェリスの妹でもある黒髪の美女――レジー。


 魔王軍きっての魔道技師であり、様々な研究を行っている青髪の美女――モナナ。


 彼女たち五人に――よく似ていた。


 あまりによく似ている。本人の幼い頃みたいだ。

 五年前、俺が助けた際よりも幼くした感じだ。


 キャロあたりと同じ年頃に見える。


 ちなみに言うまでもないことだが、俺の知ってる五人と違って胸も平坦だ。

 全員、ワンピースタイプの寝間着を着用している。


「な、なんだ……?」


 俺の疑問に答えたのは、ミカだった。


「七人組よ。モナナの作った若返り薬を飲んだらしいわ」


「若返り薬」


 ミカは薄々勘づいていたが、俺には言わなかったらしい。

 危険が及ぶようなことなら警告するだろうが、こんな情報、先に報告されていても戸惑っただろう。


「色々疑問はあるんだが……」


 若返り薬なんて世紀の大発明なのではないかとか、なんで五人がそれを服用したのかとか、就寝前の俺の寝室に訪ねてきたわけとか。


「ほらモナナ、説明なさい」


「うぅっ……。あー、えーとね、こ、こんばんはレインくん」


「そうだな、こんばんはモナナ」


 こんな時でも、挨拶は大事という基本は変わらない。


「ボクらだって、すぐに分かっちゃったかな? まずは信じてもらうところかな、とか思ったりもしたんだけれど」


「確かに驚いたけど、まぁ分かるよ」


 常識外のことは起こり得る。英雄として戦っていればそういうことは何度もあった。

 それに、俺には『気』を察知することが出来る。


 よく集中して確かめれば、五人が本人なのは疑いようがなかった。


「そ、そっか」


「それより、なんでまた? 初めて会った時より幼いよな?」


「あ、うん。あの時のボクたちだと、今のレインくんとそう歳が変わらないからさ。ちょっと問題があるというか……」


「問題?」


「ほ、ほら、昼に話してくれたろう? 子供たちと一緒に寝てるってさ」


「あぁ、なんか寂しいみたいで潜り込んでくるって話したな」


 ちびモナナが真剣な表情になる。


「つ、つまりだよ? 話に出たキャロちゃんほどの幼い年頃かつ、『寂しい』という感情が揃っていれば、レインくんのお布団に入る資格があるということになるわけだよね?」


「さすがは魔王軍最高峰の頭脳、完璧な論理なのだわ」


 ちびヴィヴィがうんうんと頷いている。


「そうなの……か?」


 理屈が通っているというか、屁理屈というか。


「私などはここのところ激務が続いておりますから、レインさまと物理的な距離が隔たった任務地での行動はそれはもう寂しくてならず……」


 ちびエレノアがうるうると瞳を潤ませる。


「それを言うならあたしだって最近は魔族の動きが活発になっている件で情報の収集と精査に忙しくて、ろくに勇者レインの好物探しが出来ず寂しい思いをしてるのだわ」


 ちびヴィヴィ。


「わたしなんて……同じ城にいるのにお仕事がミュリさまの護衛だから中々れいんさまに逢いに行けなくて寂しいんだから……もちろんミュリさまは好きだけど」


 ちびレジー。


「私も、最近はレインさまが学校に来てくれないものですから、とてもとても寂しいんです~。レインくん、、の席、まだ残してあるんですよ~?」


 ちびルート。


「みんなはまだいいさ。ボクなんか最近になるまで再会も出来てなかったんだよ? そりゃ自分の都合もあったけどさ、寂しさで言ったら負ける気はしないね」


 ちびモナナが続き、五人揃って条件を満たしていることをアピール。


「あー、えーと、まぁ、なんとなく話は分かった。理由はよく分からんが……」


 チビたちのように俺と同じベッドで寝るべく、童女化したらしい。

 ちょっと意味が分からない。


「というわけなのですが、勇者さま。よろしいでしょうか?」


 フェリスが申し訳なさそうな顔で言う。


「うぅん……」


 判断がつかない。

 五人がそれぞれ、上目遣いに俺を見上げる。


 その表情を見ていると、ダメとは言えなかった。


「レインさま、俗に言うパジャマパーティーと捉えていただくことは出来ますでしょうか?」


 ちびエレノアが口を開く。


「ぱじゃまぱーてぃー?」


 単語それぞれの意味はわかるが、組み合わると馴染みがない。


「はい。市井の民は、仲の良い友人と夜に集まり、寝衣を纏った姿で親交を深めるらしいのです」


「へぇ、そういうのがあるのか。そのイベントをパーティーに見立てたわけだな」


「その通りです」


『……男女混合でやるものかしら』


 ミカがなにやらぼそりと呟いたが、それに被せるように五人が咳払いをしたのでよく聞き取れなかった。


「そういう『普通』もあるのか。よしわかった、やってみよう」


 普通への憧れが、俺の中にはきっとある。

 少しでも近づけるなら挑戦してみたい。


 俺の答えを聞いた瞬間、五人の童女が飛び上がって喜んだ。


 フェリスの苦笑とミカのため息は、五人の喜びに掻き消された。


『で? レインの隣どうこうの話にはどうなったわけ?』


 次の瞬間、五人から童女らしからぬ闘気が溢れ出し、視線を交わらせて火花を散らし始めた。


 ――な、何が始まるんだ。




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