第44話◇モナナの企み?

 



「えっ……レインくんって、子どもたちと寝てるの?」


 人類に六人しかいない英雄。

 その一人、【勇者】の紋章に選ばれた俺は、魔王軍のヒモになっていた。


 といっても、世話になっているのは人類に敵意のない、平和な魔族の国。


 俺を養ってくれるのは、エレノアという魔王軍四天王を筆頭とした魔人たち。

 五年前、まだ幼かった彼女たちを救ったことがあったのだが、その恩義を忘れずにいてくれたようなのだ。


 俺の相棒でもある聖剣ミカは、彼女たちをその人数から『七人組』と呼んでいる。

 現在再会を済ませた五人はみな一様に、俺への恩義からかとても優しい。


 あと、個性的だ。


「あー、まぁ。勝手に忍び込んできてるって感じだけど」


「へ、へぇ……? そ、そうなんだ」


 今、俺は魔動技師のモナナに逢いに来ていた。

 モナナは小柄な体に大きな胸をした青い髪の魔人で、いつも袖の長い白衣を着用している。


 その日は聖剣ミカを調べさせてほしいとのことで、研究所にある彼女の部屋にやってきたのだ。

 最初に話を持ちかけられた時は拒否していたミカだが、モナナが小声で何かを囁くと、迷った末に了承した。


 俺には内容が分からないが、ミカが引き受けるだけの言葉だったのだろう。

 そんなこんなで、今日はモナナにミカを見せ、その間は部屋の外で待たされていた俺だったが……。


 秘密のやりとり終了後、部屋に通されたのだった。

 そして世間話に花を咲かせる内、俺と同じように魔王城で養われているチビッ子たちの話題になった。


 エレノアと再会するきっかけとなった任務で、助け出した魔物の童女たちだ。

 帰る場所のない子供たちは魔王軍が引き取ったのだが、その子たちは自分たちを助け出したエレノアと俺によく懐いてくれている。


 エレノアは任務で忙しくしているので、必然、ヒモである俺と過ごす時間の方が長くなるわけだが……。

 それもあってか、不安や寂しさを紛らわせるように、俺のベッドに忍び込んでくるのだ。


「ち、ちなみにさ。一番年上の子で、何歳くらい?」


「ん? 確かキャロが――あぁ、うさぎ耳のやつがキャロっていうんだけど――八歳くらいだったかな」


「八歳……八歳か……。うん、数年ほど巻き戻せればなんとか……そうすればボクもレインくんのベッドに潜り込んでも問題ない……?」


 モナナは途端、自分の世界に入り込んだかのようのボソボソと呟く。

 声量が小さく、何を言っているかは聞き取れなかった。


「モナナ?」


「っ! なんでもないよ! このボクが自らの技術を私利私欲のために使うわけないじゃないか、やだなーレインくんってば」


「何も言ってないぞ」


「えっ、あっ、そ、そう? ボク今変なこと言ったね。忘れて忘れて」


 モナナは余りまくっている袖をふりふり振るう。

 その拍子に彼女の豊満な胸部もぽよんっと揺れた。


「そ、そんなことより、聖剣さまはやっぱり凄いね!」


 モナナは露骨に話題を逸らした。

 少し気になったが、本人が言いたくないのなら無理に聞き出そうとは思わない。


「一応、世界最後の聖剣だしな。それで、何を調べてたんだ?」


「ボクの研究の一つに『魔剣の呪いを回避する方法』があるんだけど、聖剣さまのデータから何かヒントが得られないかと思って」


「……へぇ、よくミカが引き受けたな」


 魔剣とは、元は聖剣だったもの。

 選ばれし者にだけ特別な力を授ける、意思を持った剣が聖剣。

 自分に相応しくない者に力を授けた時、聖剣は魔剣となる。


 その罰なのか何なのか、魔剣は誰でも扱える代わりに、必ず使い手に呪いを付与する武器となった。


 そんなわけで、聖剣の誓いを守り続けているミカにとって、魔剣とは許せない存在。

 モナナのその研究に力を貸す姿は想像できなかった。


「そこは、ボクの熱意を前に折れてくれたというか。いや、聖剣さまは折れないんだけど」


 そういえば、当の聖剣は随分と静かだ。


「ミカ?」


『……えっ? あぁ、レイン。どうしたの?』


「いや、やけに静かだなと思ってな」


『心配しちゃったわけ? 優しいのね』


 ミカはからかうように言う。


「はいはい、元気そうで安心したよ」


『当たり前でしょ。聖剣様は不調なんてものとは無縁なのよ』


 調子が戻ってきたようだ。


「今、モナナと話してたんだけどさ、よく協力する気になったな?」


『あぁ……そのこと。まぁ、そういうこともあるわよ』


「ふぅん?」


『なに? 気になっちゃう? あたしのこと、気になっちゃう?』


 どうやら話すつもりはなさそうだ。


「言いたくないなら言わなくていいさ」


 勇者の紋章に目覚めてから十年もの間ずっと一緒だったが、魔王軍で養われるようになってからはちょくちょく別行動する機会も増えてきた。


 魔法教師のルートとは特に仲が良かったりなど、友人も出来たようだ。

 聖剣にも心はあるのだから、俺同様に『普通』の生活を送っても良い筈だ。

 相棒とはいえ、俺になんでも話さなければならないわけではない。


『言いたくないってわけではないのよ……ただ、そう、まだ秘密』


「よく分からないが、分かったよ」


 今は言えない、ということならそれを受け入れるまで。


「二人は仲が良いんだねぇ」


 モナナが羨ましそうに言った。


『まぁ十年も一緒にいるし? 姉弟みたいなものよね』


「そう……なのか?」


 ピンとこないが、ミカはそう感じているらしい。


「……姉弟……じゃあ聖剣さまはお義姉さま……?」


 モナナがまたぶつぶつ言っている。


『それよりモナナ、さっき何か企んでる感じのセリフが聞こえてきた気がするのだけど』


「ッッッ! な、なんのことか分からないなー」


 モナナの目が泳ぐ。


『一応言っとくと、「七人組」の連中は抜け駆けに厳しいわよ』


「うっ」


『どうせ言ってもやめないんだろうから忠告だけど、どうせなら巻き込んじゃった方が上手く行くんじゃない?』


 モナナはしばらく腕を組んで黙考した。

 やがて小さく頷く。


「…………せ、背に腹は代えられないってやつ、かな」


『レインに害を及ぼさない範囲で頑張りなさい』


「それはもちろんだよっ!」


 どうにも蚊帳の外に置かれているような気がする。

 モナナが何かしようとしていて、おそらく俺にも関係しそうなこと、というのは分かるのだが。


 ――まぁ、いいか。


 その時がくれば分かるだろう。


 そして、その時は思いの外早く訪れた。

 夕食後、自室に戻ったあとの出来事であった。



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