第38話◇元英雄のヒモ生活、午前




 この世界の人類には六人、頼りになる英雄がいる。


 魔法の【賢者】。

 子供みたいな身長の、ピンク髪の女。見た目も子供みたいだが、年上らしい。

 歴代最強の魔法使いで、こいつの代だけで何個新魔法を編み出したことか。

 代償と引き換えに強い力を得られる呪いの武器・魔剣を、唯一破壊できる魔法使いでもある。


 回復の【聖女】。

 グラマラスというのか、すれ違う男が必ず振り返るほどの金髪美人。

 治癒魔法を極め、肉体を活性化させながら戦うという方法を編み出した猛者。死ぬ寸前の者さえ、彼女は即座に治してしまう。

 名はマリーといい、俺に少し変な執着を見せている。


 剣術の【剣聖】。

 根無し草の傭兵といった風体の男。赤い髪と目を覆う布が特徴的。

 魔剣によって視覚を失った彼だが、その剣の腕は人類最強に相応しい。

 他の英雄たちと違って適当な性格で、俺に英雄らしさを強いなかった。


 弓術の【魔弾】。

 中性的な容姿、緑色の髪と尖った耳をしているが、どちらも気に入らないのか常にフードを被っている。

 弓の腕はまさに百発百中。

 俺がいなくなったと聞いてからは、独自に捜索していたようだ。


 知略の【軍神】。

 青い髪をした、鉄面皮の眼鏡男。

 全てを見透かしたような策を立てる、陰険なやつ。

 人類が魔物の脅威を前に滅びていないのは、こいつの策と歴代最高峰の力を持つ英雄たちがいるからだ。


 英雄は全部で六人。


 最後の一人は、俺だ。


 万能の【勇者】。

 成長限界を取っ払って、努力次第でいくらでも成長できる英雄の中でも、あらゆることへの適性を持つ人間が選ばれるもの。

 他の五人は俺にとって、指導役であり、俺を英雄という役目に押し込む者たちだった。


 喋る聖剣ミカいわく、俺は最強の【勇者】らしい。

 そんな俺は今、人類の英雄をやめ、とある魔族の国に厄介になっている。


 ハッキリ言うと、ヒモをしている。


 ◇


 朝、布団以外の重みを感じて目が覚める。

 以前では考えられなかったことだ。


 少しでも周囲に変化があれば、その時点で目が覚めたものだ。

 それが今は、充分睡眠をとった頃になって、気づくという有様。


 これは感覚の劣化なのか、それとも、俺の目指す『普通』に一歩近づいたということなのか。

 まぁ実際は、重みの正体に慣れた、というだけなのかもしれないが。


 その日は、狐耳の童女だった。

 ウルである。


 故郷を失い、その守り手だった霊獣白狐まで攫われ、悲しみに暮れていた子供。

 失った命は取り戻せないが、俺は悪い魔族に囚われていた白狐を救出することに成功。

 以来、前よりは明るくなったように思う。

 元々口数が少なく、大人しい性格なようで、あまり変化を感じない者も多いようだが。


「う……」


 俺の上に乗ったウルが、「離さないぞ」とばかりにしがみつく。

 その動きに苦笑しつつ、一度頭を撫で、首だけ周囲を見る。


 見つけた。


『どうした、ヒモのレインよ』


 例の白狐――今は普通の狐サイズになっている――が近づいてくる。

 そいつを捕まえて、ウルにくっつける。

 すると、ウルの腕が俺から離れ、白狐を抱えた。


『むっ。ウルよ、息苦しいぞ』


 彼女をどかし、胸の重さから解放された俺は上体を起こす。

 ベッドの上には、ヒモになる直前、俺ともう一人で救出した魔族の子供たちがすやすやと寝息を立てていた。


 その人物と俺が近くにいると、童女たちは安心するらしい。

 懐かれている、とでも言えばいいのか。


『おはよう、レイン』


 部屋の一角には、岩が転がっており、そこに喋る聖剣ミカがぶっ刺さっている。

 誰かが言っていたが、岩とか地面に突き立てられているのが『聖剣っぽい』らしい。


「あぁ、おはよう」


 ミカと挨拶を交わしていると、俺が起きたタイミングを待っていたかのように、ノックの音が響く。


「フェリスにございます」


 黒髪メイドのフェリス。角の生えた魔人という種族で、そこ以外は普通の人間と見た目上の違いはない。


「うん、もう起きてるよ」


 俺の返事を待ってから、フェリスは部屋に入ってきた。

 いつも通り、優しげな微笑を湛えている。


「朝食はどうなさいますか? つい先程、エレノアさまが帰還なされたばかりですが」


 エレノアというのは、俺が世話になってるこの国の魔王軍四天王を務める魔人の魔法剣士だ。

 チビ達を救い出したもう一人の人物であり、俺をヒモに誘ってくれた女性でもある。


 白銀の長髪と空を思わせる青い瞳が綺麗な、優しいやつだ。

 普段のクールな印象と違って、俺といる時は様子がおかしかったりすぐ鼻血出したりするが、優しくて良いやつなのだ。


「そっか。エレノアさえ良かったら、一緒に食べようと思う」


「――と、勇者さまは仰られるだろうとのことで、既に食堂でお待ちです」


「そ、そっか。じゃあ急がないとな」


 俺はチビ達に「朝飯の時間だぞ」と声を掛けて起こす。

 飯という言葉に機敏に反応して飛び起きる者もいれば、眠気が勝るのが二度寝を決めようとしている者もいる。


 ミカ、白狐、フェリスの力を借りてみんなを起こす。


「さて、みなさまもまずお召し物を変えませんと。隣の部屋でメイドが待っております」


 チビ達はフェリスの指示に従い、寝室を出ていく。

 兎耳のキャロなどは、「ひとりで着替えられるよー」と欠伸混じりに呟いていた。

 部屋に残されたのは、俺とミカとフェリス。


「ささ、勇者さまも。寝衣のままというわけにはいきませんから」


「キャロも言ってたけど、俺も一人で着替えくらいできるよ」


「そうは参りません。可不可ではなく、尊い御方は、他者に任せられることは任せるものです。さぁ、どうかこのメイドにお着替えのお手伝いをするご許可を」


 じりじりと、笑顔のままにじり寄ってくるフェリス。


「えぇと……じゃあ、上だけ」


「恥ずかしがらずともよろしいのですよ」


「上だけで頼む」


「承知いたしました」


 やはり、フェリスはニッコリと微笑む。

 押しが強いかと思えば、しつこいと感じる手前で引くのだ。


 なんとか下は自分だけで着替え、俺はみんなと一緒に食堂へ向かう。

 近づくにつれ、いい匂いがしてきた。


「どうぞ」


 先導していたフェリスが、扉を開いてくれる。

 俺を魔王軍のヒモに勧誘してくれた魔人の女性――エレノアがパァッと顔を明るくした。


「レインさま!」


「エレノア、おはよう。任務帰りなんだって? おつかれさま」


「あぁ……おはようございます。レインさまに労いのお言葉を頂いたので、今この瞬間、疲れも吹き飛びました」


 歓喜に打ち震えるように、彼女は笑う。


「それはよかった……のか? 食事が終わったら、しっかりと休んでくれ」


「あと三日は不眠不休で働けそうです!」


 俺の言葉にそんな効果はない。


「お腹へったー」


 子どもたちの一言で、俺たちは席につく。

 程なくして、温かい料理が運ばれてきた。

 食事の時間は、和やかに過ぎていく。


 最近、俺の朝は大体こんな感じに始まる。



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