第37話◇ライオと森を歩く
魔王軍のヒモとなり、これまで経験出来なかった普通の人間らしい生活を満喫していた俺は、若干太った。
それもこれも『空間転移』があまりに便利な所為だからだが、それはいい。
魔王軍四天王のライオにキャンプに誘われた。
これもいい。
『空間転移』ばかりで足を動かさないから太ったという正論を食らった俺は、しっかり山を登って目的地へ向かうことに。
山の麓までは、少し前に助けた霊獣白狐の背に乗って。
相棒の喋る聖剣ミカも一緒だ。
野営とはまた違うらしい、『キャンプ』というイベント? については興味がある。
が、正直山を歩くだとかは慣れ過ぎていて、面白みもない。
少しついた贅肉を落とすための運動程度に捉えていたのだが……。
「魔族領の森って言っても、このあたりはさすがに綺麗だな」
俺の呟きに、獅子の顔をした獣人ライオが大きく頷いた。
「これも全ては魔王様のお力によるものだ」
「あぁ、さすがだよ」
こっちの世界と魔界はちょくちょく『裂け目』が開いては繋がってしまう。
そこから漏れ出す瘴気の所為で、人間領の大地は汚染され、一部の特別な者を除いて長期の活動が出来なくなってしまうのだ。
魔族は平気なのに、人間には毒な瘴気。
かと思っていたが、魔族にも瘴気を嫌う者たちはいた。
俺を養ってくれているエレノアの上司、つまり魔王のおっさんはそんなやつらの救世主。
人間領で見られるような緑豊かな自然というのは、魔族領は貴重も貴重。
「どうだ。作戦行動中に過ぎゆく景色とは違い、良いものだろう?」
その言葉には、実感が込められていた。
「あぁ……確かに違うな、まったく違う」
正直、驚いた。
作戦中だって、周囲には気を配っている。当たり前だ、警戒は怠らない。
けれど、風の音や木の葉の揺れ、動物の足音や鳥の鳴き声・羽ばたく音、光や影、熱や匂い、全ては情報に過ぎない。
敵味方について把握するための、情報でしかない。
何の重荷も無しに、誰を警戒する必要もなく、ただありのままの自然を眺める、というだけでこれほど違うのか。
楽しいとか、好きとか、まだそこまではいかないが、『なんとなく良いな』とは思う。
『空間転移』でスキップしてしまうには惜しい、と感じるくらいには。
「エレノアらはとにかくお前を甘やかしたいようだが、優しさを享受するだけが『普通』ではあるまい。やつらだけではヒモ? なる生活にも偏りが出よう」
「……それで誘ってくれたのか? 魔王軍のやつらはみんなお人好しだな」
そう言うと、ライオはおもむろに手を伸ばし、俺の頭を少し乱暴に撫でた。
「一人の武人として、兵士として、お前の功績は素晴らしいものと思う。あの幼さで、人魔問わずどれだけの罪なき者がお前に救われたことか」
「……言われたことをやっただけだよ」
「誰にでも出来ることではない。だが同時に、一人の男としてお前の境遇には胸を痛めている。子供が経験すべきではないことも多くあっただろう」
「もう気にしてないって」
ライオは俺から手を離し、ニカッと笑った。
「あぁ、気にせずにすむくらいに、楽しい生活を送るべきだ。堕落と幸福は違う。己の幸福とはなんたるかを知るためにも、多くを経験しておくに越したことはなかろう。それが、多少面倒な山歩きであっても、何かのきっかけにはなるかもしれん」
「……やっぱりお人好しなんじゃないか」
風が吹いた。
頬を撫でて後ろへと流れていくそれは、多分、きっと、心地いいものだった。
『なによ、いいヤツじゃない。獣人の武人って言えば野蛮な印象しかなかったけど、これは認識を改める必要があるわね』
ミカが言う。
『ヒモのレインよ。水の匂いがするぞ、川が近い。ばーべきゅー? なる儀式は川で行うのであろう?』
小さくなった白狐が俺の肩まで登って、そんなことを言う。
「レインよ、釣りをしたことはあるか?」
「あぁ、得意だぞ。こう、魔法でな――」
いつか海に行った時のことを話す。
生命力を探知して、あとは風魔法で周囲の空間ごと引き上げ、あとで海水だけ戻す。
「……それは釣りではないな。いや、楽しいなら構わない……のか。しかし釣りには釣りの楽しみ方というものが……」
ライオはぼそぼそと何か言っている。
「そうだ、狩りはどうだ? 自分で狩った肉を糧とするというのも」
「【魔弾】に少し習ったよ。風魔法の矢で――」
獲物を苦しませず仕留める方法や、命を頂くことへの感謝の気持ちなど、そういうことを教わった。
「魔法の才が有りすぎるのも困りものだな……いや、困らないのか? しかし……うぅむ」
「でも、今いるのはライオだもんな。ライオのやり方を教えてくれよ」
そう言うと、彼の顔が輝くのが分かった。
「任せておけ! この四天王ライオが、狩りの何たるかを叩き込んでやろう!」
嬉しそうだ。
「それが終わったら、みんなも呼ぶか」
「確かに二人では食い切れん量になるかもしれんな」
『転移で運ぶの?』
「まぁ、その方が早いだろ。チビ達に山歩きはまだキツイだろうし」
時間の問題もある。今から狩りを済ませて……となると夕方頃になるだろうし。
『ふーん』
「なんだよ」
『山歩き、楽しかった?』
「……あぁ、多分な」
『そう、なら良かったわ』
「……チビ達も、今度最初から誘ってみるか? 疲れたら白狐に乗ればいいし」
『承った』
白狐が尻尾で俺の首をふぁさふぁさ撫でながら答える。
「何をしているレイン! 行くぞ!」
なにやらテンションが上がったライオが、気づけば結構先にいる。
俺は苦笑しながら、彼を追うべく足を早めた。
自分の足で大地を蹴るのも、楽しいことのためなら悪くない。
そんなことを考えながら。
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