第36話◇ライオとキャンプに行く前に
ちょっと太ってしまったらしい俺。
体重を落とすために、四天王の一人が協力してくれることに。
その人物とは、獅子の頭を持った魔族の大男・ライオだ。
彼は軍を束ねる役目を担っているらしい。
エレノアは独自の捜査が認められた精鋭を率いているのだとか。他にも『空間転移』を頼られて色々仕事を振られるので大変なのだと聞いた。
ちなみに情報官は魔王の直属なので、ヴィヴィの上司はエレノアではなく魔王のおっさんだ。
残りの四天王は一人が魔法使い部隊の長で、もう一人は農家だそうだ。
……農家?
一瞬気になったが、実際食べ物はとても大事。
四天王に抜擢されるくらいなのだから、よほどの何かを持っているのだろう。
「よし、まずは山まで馬で行くぞ」
ちなみに【聖女】マリーは人類領に『空間転移』で帰しておいた。
エレノアはついてきたがったが、彼女も多忙の身。
迎えにやってきた部下と共に任務へと向かった。
「え、転移でよくないか?」
「……そういった怠慢がお前を太らせたのだぞ」
「ぐっ」
これが『空間転移』の罠か! 便利過ぎるのがよくない。
とはいえ、俺はぽんぽん使えるが、そもそも『空間』属性を利用した転移は膨大な魔力を消費しても短い距離しか飛べないもの。
前に白狐を助けに行った時も転移を繰り返したが、一緒にいたエレノアは魔力消費がきつそうだった。
つまり、『空間転移』の使い過ぎで足を使わなくなって太る……なんてのは世界広しと言えど俺くらい。
少し恥ずかしくなってきたな。
「まぁいいか。馬に乗るのは久々な気がするな」
「屋内での遊戯が悪いとは言わんが、馬で遠乗りしてみるのも良いだろう」
「あぁ、なるほど」
目的地へ向かうためだけの移動ではなく、移動そのものを楽しむということか。
そういう感覚は無かったので、新鮮な気持ちになる。
「それにしても、ライオはなんでキャンプに連れてってくれるんだ?」
相棒の聖剣ミカが言うところの『七人組』はまだ分かる。
過去、俺に助けられたことで恩義を感じている彼女たちならば、色々と世話を焼いてくれるのも納得だ。
しかしライオとは顔を合わせたことがあるくらいの関係。
「少し時間が出来たのでな」
「ふぅん?」
トップの魔王からして、この国を瘴気から守る結界の維持に努めている。
四天王が暇ということはあるまい。
実際、エレノアなんかは忙しい時間の合間を縫って俺に逢いに来てくれているのだ。
あとここ最近は自由に使えるお金として――お小遣いまでくれるようになった。
ざっくりこの国の通貨事情について聞いたが、ざっと成人した男の月収分くらいのようだ。
それを週一で貰っている。
……ますますヒモ染みてきたな。
いや、紛うことなきヒモなのだが。
今のところ使いみちも思いつかないので、貯まっていく一方なのだが。
受け取りを辞退すると悲しそうな顔をするので、断れないのだ。
話が逸れたが、ライオだって暇なわけはない。
貴重な時間を俺に割く理由があるとするなら、魔王軍の善良さを除いても何かあるとしたら、それはおそらく――。
「レイン」
「あぁ」
部屋を出た俺たちは廊下を進み、階段を下り、外へ向かう。
「体の調子が良いと聞いたが」
やはり。
「うん、かなり良いよ。人類領にいた頃より強くなってると思う。太ったみたいだけど」
ライオは「フッ」と微かに笑ってから、真剣な表情になる。
「魔族領……いや、瘴土での戦いについては既に承知の上か?」
「最近知った」
魔界に満ちているという、瘴気。
それは周囲の動植物を変容させ、大地を蝕む。
この瘴気、魔界とこちらを繋ぐ『裂け目』からも入ってくるし、一部の魔族は撒き散らす手段を持っているようで、更には放っておいても徐々に広がっていく。
瘴気に侵された土地を瘴土と言い、人が暮らせる環境ではなくなる。
これを浄化するのはとても難しく、現状人類は徐々に土地を奪われながら抗戦している状況。
ここ最近は防衛については以前より余裕があるようだが、瘴気の脅威は依然大きな問題だ。
「お前は、短期間で凄まじい力を手にしたことになる」
「みたいだな」
瘴気が何かしらの役割を果たすのか、瘴土内で何者かを殺すと、死んだやつの強さを殺したやつが奪えるそうなのだ。
つまり敵を殺しただけ強くなれるわけである。
俺はなんたら王を何体も倒しているので、常人からするとびっくりするほど強化されている。
「精神に変調はないか」
「大丈夫、ちゃんと診てもらったよ」
【聖女】マリーに。
何故か裸に剥かれそうになったが、エレノア達によって阻止された。
どうにも、その方法で強くなるとちょっとずつ凶暴な性格になっていく者が多いのだとか。
敵の強さを手に入れるというより、殺めたものの魂を取り込むという方が近いのだろう。
殺されたばっかのやつの魂を取り込んで己を強化していく……と考えると、変になるやつが多いのも頷ける気がする。
俺の場合、【勇者】の紋章がそこらへんをなんとかしてくれてるのかもしれない。
「……ふむ、確かに問題なさそうだ」
四天王にまで上り詰めた武人ならば、直接観察することでその程度は判断出来るということか。
「これでも英雄だからな」
「……あぁ、そうだな」
ライオは一瞬複雑そうな顔をした。
ライオはエレノアの同僚でもあるわけで。子供の頃から英雄として働いてた俺に対して思うところがあるのかもしれない。
なんとなく、優しげな視線を感じる。
「それで、知りたいことが分かったなら……キャンプはどうする?」
「むっ。見くびってもらっては困る。このライオ、一度結んだ約束は必ず果たす。そもそもだ」
「うん」
ライオは少し間を置いてから、歯を剥き出しにして笑った。
「俺は既にキャンプの気分になっている。満喫するまで他の仕事など手につかんさ」
「あはは、それは良かった。俺もちょっと楽しみになってきたよ」
冗談だとは分かったが、あまりに楽しそうに言うので笑ってしまう。
『ヒモのレインよ。またがるのであれば馬ではなく我にするがいい』
さて馬に乗ろうというところになって、白狐がどこからともなく現れた。
口には器用にミカを咥えている。
『ちょっともふもふ白狐気をつけなさいよね? それ新しい鞘なんだから噛み跡とか付けたら承知しないわよ?』
相棒の聖剣はいつもの調子だ。
俺は苦笑し、白狐からミカを受け取る。
ミカと白狐はそれぞれ俺の移動を感じ取り、こうして追いかけてきたのだという。
白狐は狐耳のウルを守るものと思っていたが、聞けばチビ達には今黒髪メイドのレジーと赤髪メイドのアズラがついている。
確かに護衛の心配は要らない。
俺もそうなのだが、そこはなんだろう。気分だろうか。
『城内で過ごすのも悪くはないが、大地を駆けるのも良いだろう』
やはり、気分か。霊獣にも息抜きは必要だろう。
「あぁ、行こうか。いいよな、ライオ」
「……存在は知っていたが、本当に霊獣と誼を結んでいるとは。さすがは【勇者】……ということか」
なにやら衝撃を受けている様子。
だが嫌がっている感じではない。
『もしかしてあたしを置いていこうとした?』
「ルートとの邪魔をしたら悪いと思ってな」
『そんなこと考えなくていいから、どっか行くなら連れていきなさい』
「分かったよ、相棒」
『そ、それでいいのよ……!』
嬉しそうだ。
「鞘、良い感じだな」
『! あ、ありがと』
よし、これで完全に機嫌は直っただろう。
ライオが黒い馬にまたがり、俺は白狐に乗る。
「そろそろ行こう」
「一応言っておくが、麓についたら徒歩で山を登るぞ」
「……分かっているとも」
白狐に乗ったままとか、やっぱ転移しようとか、そんなことは思っていない。
それにしてもキャンプか。
ご飯、どんな感じになるだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます