第26話◇敏腕情報官のお仕事?(前)
ミカと白狐の声が聞こえる……気がする。
『眠っている姿は、他の子供とそう変わらぬのだな』
『小柄で童顔だからあれだけど、十五歳よ。寝顔が可愛いのは同意だけどね』
『なんと。それにしても、英雄紋か。話には聞いていたが、このような子供に発現するとは……』
『……そうね』
『我を捕らえていた者共の首領……「餓狼王」と言ったか、やつには相当の武を感じたが、やはりレインが?』
『えぇ、一撃で真っ二つよ』
『恐ろしい力だ、呑み込まれてもおかしくないほどの。だがレインからは濁りが感じられない。無垢な子供が大いなる力を振るっているような……。いびつな状態だぞ、これは』
『分かっているわ』
『救われた恩がある。この者を邪悪に染めようとする者あれば、我が滅することとしよう』
『ありがとう、もふもふ』
『……白狐だ』
『ありがとう、もふもふ白狐』
『……もうよい。それよりも、聖剣よ。
『えぇ、七人組の連中でしょうね。何か企んでるみたいだけど……』
『悪意は感じぬが、邪な想いは感じる』
『レインの気を引きたいんでしょう。大丈夫よ、うちの勇者さまを不幸にするやつらじゃないから』
『ふむ……では静観するとしよう』
『それよりあんた……ちょっとずるいんじゃない?』
『はて、何のことか』
なんだかうるさいなぁと目を開ける。
右を向くと、嬉しそうに頬を緩めて寝息を立てる狐耳の……ウルがいた。
俺の腕を枕にし、自分の腕には白狐を抱えている。
白狐はなんと――体のサイズを変えられるようなのだ。
ミニ白狐は体を丸め、俺とウルに挟まれる形で寝ている。
『く……! ずるいずるいずるいわ……!』
「ミカか……うるさいぞ」
『あっ、ごめん起こした? でもちょうど良かったわ。レイン、あたしを胸に抱いて寝なさいよ』
「外での任務中じゃないんだから、必要ないだろう」
『ま、万が一ってこともあるし……!』
「万が一、眠っているチビ達を傷つけたら大変だろ」
『……くっ。覚えてなさいよもふもふ白狐……』
「なんで白狐さまにキレてるんだ」
俺はそんなことを呟きながら、再び眠りについた。
そして、朝。
チビ白狐はチビ達に大人気だった。
昨日帰った時にはみんな寝ていたのだ。
ちなみにウルが表情豊かになったことにも、子供たちは大層喜んでいた。
『そうか……この小さき者たちも、ウルと同じように帰るべき場所を失ったか……』
みんなに抱き上げられたり撫でられたりしながら、白狐は慈しみに満ちた声で言う。
『これも何かの、うっ、縁だ、くっ、我の力の、なっ、及ぶ範囲にいれば――えぇい尻尾はやめるのだ!』
白狐はチビ達から逃れ部屋の隅に移動してから、元のサイズに戻る。
いや、元のサイズよりは一回り小さい。室内ということに配慮したのか。
「おっきくなったー!」「でもかわいー」「だっこー」
童女たちは白狐さまに夢中。
尻尾さえ避ければ、白狐も嫌そうではない。
「キャロ、お前はいいのか?」
ウサミミの彼女は俺の左腕にしがみついている。
「ふっ、みんなは甘い。今なら、ゆうしゃさまをどくせんできるの」
キャロが邪悪っぽい笑みを浮かべているが、子供なので愛らしさしか出せていない。
「ふぅん? それで、ウルの方はどうしたんだ?」
そう、ウルの方は右腕側にくっついているのだ。
白狐の方に行くと思ったのに。
「れいんはすごい」
「ん?」
「ウルも、白狐さまも、れいんが助けてくれた」
「まぁ、なんとかなったな」
ウル達に関しては偶然だし、白狐の件も間に合わない可能性はあった。
「ウルは、れいんと一緒、嬉しい」
そう言って、にぱっと笑う。
「そうか」
「うん」
「キャロもー。キャロもだよー……!」
ぐいぐいとキャロが存在を主張してくる。
そんなふうにじゃれていると、扉がノックされる。
黒髪メイドのフェリスだ。
挨拶を交わしてすぐ、フェリスは言う。
「エレノアさまがお呼びです」
「あぁ、分かった」
俺は真剣な顔で頷く。
エレノアは俺になるべく普通に、不自由ない暮らしをさせようとしている。
重要な要件でなければ、朝食の時間が始まるって時に呼んだりしないだろう。
ミカを携え、白狐にチビ達を任せ、部屋を出る。
フェリスについていくことしばらく。
厨房近くの、これまで来たことのない扉の前で止まる。
「こちらで……その……みなさまがお待ちです」
フェリスは困ったような、申し訳なさそうな、どこか呆れたような、微妙な顔で言う。
「みなさま?」
「勇者さま。今更ですが、五年前は妹を、レジーを助けていただきありがとうございました」
フェリスが深く頭を下げた。
「あ、あぁ、それはいいんだけど……」
「妹は今でも勇者さまの武勇を語るほどに、深く感謝しています」
それもいいのだが、タイミングが気になる。
「気持ちが空回りすることもあるでしょうが、どうか嫌わないであげてくださると……」
彼女の言葉から察するに、扉の向こうにはレジーもいるのだろう。
『ていうか気で分かるでしょ。七人組よ』
『空間』属性の使い手、白銀の髪を持つエレノア。
魔王の娘の護衛を務める、黒髪メイドのレジー。
魔法学院で教師を務める、茶髪のルート。
あとはもう一人分の気配を感じる。
「私はここでお待ちしていますので……」
「そう、か。うん、分かった」
俺は覚悟を決め、室内に踏み入る。
「ふふふ、来たわね勇者レイン」
椅子とテーブルだけが置かれた、そう広くもない部屋だ。
奥にも扉があり、知り合いの三人の姿はない。
奥の扉の向こうにいるようだ。
俺を待ち受けていたのは、赤紫色の長髪に褐色の肌をした女性。
光沢のある黒くぴちっとした衣装に身を包んでいるが、どうにも隙間が多く肌を露出している部分が多い。
軍帽っぽい帽子とこれまたぴちっとした手袋と、何故か鞭を持っている。
俺の知ってるのとは違うが、なんとなくイメージの近い職業が浮かんだので口にしてみる。
「拷問官か?」
『こんなエロい格好の拷問官がいるわけないでしょ』
「えぇ、不正解よ」
『ほらやっぱり』
「拷問は手段の一つでしかないわ。あたしは魔王軍の求める情報があれば何をしてでもそれを手に入れる――情報官という役職についているの」
『いや情報官でもその格好はおかしいでしょ』
「普段はもっとちゃんと肌を隠した格好をしているのだけどね。お腹とか、冷えるし」
『じゃあその格好の意味は何……!?』
ミカは今日も元気だ。
「俺から何か聞き出したいことが?」
「その通りよ、賢いのね」
「ふぅん。たとえ拷問しても聞き出すのは難しいと思うぞ」
「あなたにそんな酷いことするわけないでしょう……!?」
『分かりきってたことだけど、七人組はやっぱり変なのばっかね。ルートはまだマシだけど』
ルートに懐柔されつつある聖剣だった。
「ふっ、拷問なんてしなくても、あたしに引き出せない情報はないわ。我々が欲する情報を、今日こそ明らかにしてみせる。あなたさえ自覚していない、とっておきの情報をね」
『自覚していない、とっておきの情報……!?』
なんだかんだで気になる様子のミカ。
「そう、勇者レイン。今日こそ、あなたの――好物を明らかにしてやるわ……!」
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