第27話◇敏腕情報官のお仕事?(後)




 好物。


 好きな食べ物や飲み物。


「過酷な環境下で、食事なんて『腹に入ればそれでいい』という考えを叩き込まれたのよね、勇者レイン。けれどこの魔王城に来てから食生活は大きく改善された筈だわ!」


「あぁ、うん」


 確かに前は飯の美味い不味いとかを、そもそもあまり考えない生活だった。

 だが今は毎日のように美味しいごはんを楽しんでいる。


「そこであたし達は考えたわ、そろそろあなたにも特別好きな食べ物、好物が出来ている頃ではないかってね。普通、一つや二つあるものだから」


「なるほど……」


 『普通』とは自ら進んで獲得するだけでなく、自然に備わっていることもあるのか。


『それでどうして七人組で集まる必要があるのよ』


 情報官が目を逸した。


「……あたし達の個人的な調査のために料理人を動員するのはね、ほら、職権乱用っていうか」


『今更の極みなんだけど……。本音を言いなさいよ本音を』


「ふっ、嘘はついてないわ。誰かが手料理を振る舞いたいと言い出し、予定の合う四人がここに集ったとかそういう裏事情はないのだわ」


『あんた情報官やめた方がいいわよ。集めるどころか漏洩著しいから』


 そう言うな、きっとエレノアタイプなのだ。

 仕事中はそれはもう優秀に違いない。


「さぁ、準備はいいかしら勇者レイン。既にあなたと再会を果たした三人にこの筆頭情報官ヴィヴィを加えた四人で、あなたの好物を詳らかにしてやるのだから……!」


 どうやら情報官の名前はヴィヴィというらしい。


『これ思うの一度や二度じゃないけど、この魔王軍大丈夫かしら色々』


「俺の方はいつでもいいぞ」


『そしてうちの勇者はご飯に弱いし……』


「ふっ、良い覚悟ね。これが終わった時……あなたは自分の好きな食べ物をあたしたちに掌握されることでしょう」


 そう言ってヴィヴィは身を翻し、奥の扉へと消える。


 こうして、未知の戦いが始まろうとしていた――。


 誰かが入ってくる。

 見知らぬ男で、二十代の魔人だ。


 ガラガラと、車輪つきの荷台を押している。

 料理を運ぶやつだ。料理には銀色のドームカバーが被せられていて、中が窺えないようになっている。


『あんたは?』


「……ヴィヴィ様の配下にございます」


『ゴリゴリの職権乱用じゃない』


「い、いえそんな……! 私は自ら志願してこの任についたのです……!!!」


『忠誠心が迸ってるわね……部下の教育はしっかりしてるみたい』


「それより、料理を」


「はっ……!」


 俺は椅子に腰掛け、料理が並べられるのを待つ。


「こちら、ルート様作となります」


 ドームカバーが上げられ、中から覗くのは――。


「こ、これは……学食で食べた肉と野菜を炒めたやつ……!」


 さっそく食べると、ツインテールのジュラルと仲直りしたことや、初めての男の友達であるフリップと談笑しながら飯を食ったことや、隣に座ったルートがミカと仲良くなったことなどが思い起こされる。


 もちろん味もいいのだが、あの日の記憶が思い出されて自然と頬が緩んだ。


「は、早い……! 既に皿が空とは……これが勇者……」


『こんなしょうもないことで勇者認定しないでくれる? 早く次』


「はっ……! ただちに!」


 次は黒髪メイドのレジー作。


「こ、これは……塔を探索した時に食べたサンドイッチ……!」


 フリップと友達になったきっかけでもある、公園に塔を立ててしまった例の件。

 元々彼の妹であるミュリの希望だったこともあり、みんなで塔のてっぺんを目指したのだ。


 途中で疲れたチビ達は風魔法で運んだ。そっちの方が喜んでいた。

 ミュリは兄におんぶしてもらい、上機嫌だった。


 てっぺんについてすぐあと、赤髪メイドのアズラが空を飛んでこれを運んでくれたのだ。

 その時、ミュリの護衛としてついてきたレジーは「その手が……!」と悔しそうな声を上げていた。


『……次』


 次に運ばれてきたのは、エレノア作。


「こ、これは……ぱ、ぱ、パンケーキ……!」


 黄金のような輝きを放つのは、蜜を垂らされた円形の生地。照明を反射するのは美しく盛り付けられた氷菓。瑞々しい果実によって彩られたそれは、俺がかつて憧れたスイーツの頂点だった。


『さすがエレノア……普段からレインの要望を聞いてるだけあるわね……』


 もちろん味わって食べた。


 最後はヴィヴィ作。

 みんなそれぞれの経験を活かした料理だったが、ヴィヴィはどう出るか。


 出てきたそれを見て、俺は一瞬、呆けた顔を晒したと思う。

 彼女が用意したのは――りんご飴だった。


『……これはっ。なるほど、筆頭情報官の名は伊達じゃないわね……』


 そう、知っているわけがないのだ。

 なんたる情報収集能力。


 これは魔王城に来てから食べたものではない。

 まだ六英雄として働いていた頃。


 立ち寄った街で祭りをやっていた。

 けれど俺たちに遊んでいる暇はない。


 時間帯もあってその日は街に宿をとった。

 夜だってのに外は騒がしくて、通りを往く者たちは楽しそうだった。


 これを守るためにも、英雄は戦わなければならない。


 ――『なんか食いたいもん言え、いっこだけな』。


 同じ部屋になった【剣聖】がそう言って、でも俺は何も思い浮かばなかった。

 【剣聖】はそれを見て、頭を掻きながら部屋を出て行ってしまう。


 戻ってきた彼の手にあったのは、彼用の酒と、俺のために買ってきたりんご飴だったのだ。


 ――『これで共犯な』。


 次の日、普通にバレて【剣聖】は怒られていた。

 特に甘いもの厳禁というルールを作った【聖女】にすごく叱られていた。


 俺は虫歯が出来ていたらいけないと口の中をチェックされて治癒魔法を掛けられた。


 思えば、それがあったから、俺の中の甘いものへの憧れは他よりも強かったのかもしれない。

 微かでも、その良さを知っていたから。


「これで全てとなります」


 ヴィヴィの部下が下がり、四人が入ってくる。


「ふふっ、どうかしら勇者レイン。好物は見つかった?」


「……あぁ」


「もしよ? もし良かったらなのだけど、あなたの好物を見事当ててみせた者にはなんというか、褒美的な? そういったものがあると嬉しかったりするかもしれないというか」


「いいよ、俺に出来ることなら」


 四人が色めき立つ。


「レインさま、そ、それではその、結果発表の方を……」


 エレノアがおそるおそるといった感じに言う。

 俺はみんなを見回す。


「全部好きだ。全部大好物だったみたいなんだけど……だめか?」


 そして――みんな倒れた。


 え。


「……フェ、フェリスー」


 困った時は有能メイドを頼る。


「はい、勇者さま」


 入室したフェリスは一礼してから、重なって倒れる四人を見下ろし、そっとため息をついた。


「やはりこうなりましたか……」


 彼女にはこの結果が読めていたようだ。


『今のは仕方ないわよフェリス……こいつが照れくさそうに頬を掻きながら首を絶妙に傾けて微笑み掛けたんだから、死んでないだけマシと思うべきね』


 なんで俺が笑っただけで人が死ぬんだよ。


「いえ……エレノアさまは……息をしていません」


「なんでだ……!? というか大変じゃないか!」


「問題ございません。……あらこんなところに、服の裏表を逆に着てしまった勇者さまの写真が――」


 全員がガバッと立ち上がり、フェリスに手を伸ばす。


『……あんた、魔王軍に来てとんでもない集団を支配下に置いたわね』


「いやいやいや……」


 そんなつもりはまったくない。

 ま、まぁとにかく。


 その朝、俺の好物が少なくとも四つ判明した。


「くっ……さすがに四人相手では……っ」


 取り敢えず、なにやら苦戦しているフェリスを助けよう。




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