第22話◇命をもらうぞツインテちゃん(前)
それは、実技の授業が始まってすぐのことだった。
担当教官は別にいるようだったが、今日に限ってはルートがこの授業も担当するとのこと。
外だ。
遠くに白く大きな雲が浮いているが、日も出ていて天気は良好。
大地は剥き出しだが、平らに均されている。
中々に広いそこは、運動場というらしい。
実技用の衣装に着替え――俺の分はルートが用意してくれた。サイズはピッタリだった――生徒達はルートの説明を受ける。
どうやらみんなは水属性魔法を練習するらしい。
「アタシ達は別よ。本来なら実技試験の時だけなんだけど、実戦形式でやりましょう」
「では早速、レインくんとジュラルさんの模擬戦を見せていただきましょうね~」
ルートが指を振るうと、運動場に円を描くように浅い溝が引かれる。
魔法だ。この範囲内で戦えということだろう。
あと、あの女子生徒はジュラルというらしい。
「ふんっ、大方学院の視察でもするつもりで来たんでしょうけれど、いいわ、見せてあげるわよ。そして魔王様に報告なさい。『この国に自分は必要ないようです』ってね!」
完全に勘違いしている。
ちょっと学生やってみたかっただけだ。
信じてはもらえないだろうが。
「一個人の戦力に依存するなんて不健全だし危険よ。その個人がどれだけ強くてもね。一人の最強よりも、複数の秀才。そして此処は、それを育成する機関。その価値を、この一戦で証明するわ!」
どうしよう、普通に良いことを言っている。
人類も六人の英雄を酷使しないで、もっとなんとかしてほしいものだ。
そうはいかない状況がもうずっと続いているから、英雄なんてものが必要になったのだろうが。
『ふっ。秀才が百人いようが百万人いようが、うちのレインなら一撃よ一撃! 大いなる力を前に
百万人は厳しいだろう。
あと、これだと俺たちが悪者っぽいじゃないか。
「くっ……なんて言い草。それ聖剣じゃなくて魔剣なんじゃないの?」
あ。
『は?』
こいつが自分で魔剣堕ちするだの冗談を言う時などは別として。
他人にそう呼ばれるのを、こいつは酷く嫌いのだ。
エレノアに間違えられた時、あれは俺の力を認めるふうの言い回しだったから少し機嫌が悪くなるだけで済んだが、この言い方はよくない。
『い、今あんた……あたしのこと、誰にでも柄を握らせる
「びっ? な、なによ……意味分かんないこと言わないでよ」
『……レイン、分かってるわね?』
ミカの声が低くなる。
「いや、分からん」
『最大出力で、存在の痕跡も残さぬほどに滅しましょう』
「いやいやいや……」
『あんた、相棒が馬鹿にされたのよ! 平気なわけ!?』
ふむ。
俺はジュラルを見る。
「今の、こいつには禁句なんだ。訂正してくれ」
「は、はぁ? 意思があるとはいえ、剣に頭を下げろっていうの? 冗談じゃないわ」
「…………そうか」
魔王城のみんなが、ミカを一個人として尊重してくれるから忘れていた。
ジュラルのように考える者の方が多く、『普通』なのだと。
――こういう『普通』には、別に憧れないな。
「まぁ、事実とはいえこいつも好き勝手言ったもんな」
それでもなんとか落とし所を探らねば。
『やーだー! 滅するのよ! やつは言ってはならないことを言ってしまったわ!』
「ちょっと待ちなさいよ……事実ですって?」
「ん? あぁ、だってお前が百人いようが、俺とミカ相手に勝負になるわけないだろ? だからちゃんと加減するってさっきも言ったじゃないか。ただ……こいつは今機嫌が悪いから、使うとむしろ危ないな」
『振るいなさい! 今なら邪神でも消せる気がするわ!』
「怒りを力に変えるような力、お前にあったっけ?」
『こういうのは気持ちの問題なのよ!』
怒りの力で宝剣折ったことあるもんな、そういえば。
なおさら模擬戦では使えない。
「……さっきから聞いてれば……あたしらを馬鹿にするようなことばっか言って……」
なんかジュラルがぷるぷると震えている。
「どうした? 大丈夫か?」
『今更震えても遅いのよ! あんたの命は今日ここで潰えるのだからね!』
なんでさっきから少し悪役っぽい言い回しなんだ。
「……決闘よ」
「ん?」
「聞こえなかった!? 決闘を申し込むと言ったのよ!」
――なんで?
ジュラルはフィールド中央に向かい、俺をビシッと指差す。
「さぁ勇者、アタシと――決闘しなさい!」
ということなのだった。
しかしフリップいわく普通のことではないとのことだが、決闘とは。
俺も詳しくはないが、決して軽い言葉ではない。
誇りや名誉のため、命を懸けて行われるものと記憶している。
騎士のそれを見たことがあるが、敗者は命を落としていた。
少なくとも、本人たちにとって誇りは命を懸けるに値するものなのだろう。
「あたしが勝ったら、当校への侮辱を取り消しなさい!」
「いや、まず侮辱したつもりは――」
「あんたが勝ったら、その魔剣もどきに謝罪するわ!」
『ま、また、また魔剣て……二度も魔剣ってゆった! レインあいつ二度も……うぅ』
なんてことを言うんだ。
うちの聖剣は打たれ弱いんだぞ。
また号泣してしまったらどうする。
「……はぁ、よく分からないけど、お前がその気ならいいよ。やろう」
【剣聖】が言っていた。
――『くだらん挑発は無視しろ。売られた喧嘩も得られるもんが特になけりゃあ買うな。けどな、相手がそいつにとって重要なもんを戦いに乗っけてきたら、それは軽んじるな。
間違っても殺してしまわぬよう細心の注意を払うつもりだったが……。
決闘とまで言うのだ、応じる他あるまい。
俺もフィールド中央へ向かう。
ミカに手をかける。
魔力を解放。
『……ふっ、ふふふ……その気になったのねレイン。よく聞きなさいツインテ娘。これから始まるのは――裁きの時間よ! 聖なる一閃に灼かれて死になさい!』
もう突っ込むまい。
「ふ、ふんっ。中々の魔力……じゃ……え……なにこれ……」
「――――みなさん下がって!」
ルートが即座に結界を展開し、俺から放たれる魔力から生徒を守る。
中々の瞬発力と魔力制御だ。
目も見開いていた。
感心している内に大地が揺れ、空間が鳴き、校舎の上に止まっていた鳥の群れが逃げるように飛び立ち、ガラス窓が全て割れた。
……あ、今度こそ怒られるかもしれない。
ジュラルを見ると、杖を構えてはいるが、ぷるぷると生まれたての動物みたいに震えている。
何か特別な意図があるのだろうか。
怯えているように見えなくもないが、でも決闘を挑む以上命を失う覚悟は決めているはずだから……。
作戦なのだろう、きっと。
なんだろうと、正面から突破するのみ。
「あばばばば……」
顔を真っ青にしているが、あれも何か意味があるに違いない。
「やろうか、ジュラル」
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