第21話◇学園編には突入しない(後)
魔法学院ということで、授業は魔法関連のものが多かった。
「魔法を使える者とそうでない者の違いは分かりますか~? では~レインくん」
ルートに指名され、俺は答える。
「忘れました」
だいぶ昔に【賢者】が説明していた気がするが、覚えていない。
「はい、声が可愛いですね~」
『意味分かんないわねこいつ……』
ミカまで困惑している。
「ではみなさんにはおさらいも兼ねて説明しますよ~。そもそも魔力は『奇跡を起こせる力』です。意思ある者の望みに触れると、自然界の魔力溜まりはそれを実現しようと動いてしまいます。これは有名ですね~」
『裂け目』もこれも一種と言われる。
魔力溜まりの厄介なところは、問答無用ということだ。
たまたま通りがかった人間が『金が欲しい』とか思っていればそこに金が生じるが、これが『何か面白いこと起きないかな』だと面倒くさい。
そいつの頭の中の『面白いこと』を実現しようと動いてしまう。イメージが貧困であっても、無理やり現実にしてしまう。
最初の『裂け目』は人間の『こことは違う世界との接触』という願望を叶えたものではないか、という説がある。
最近では人間がそんなこと願わなくてもこっちの悪い魔族がじゃんじゃん願うだろう。
「今のがヒントですよ~? もう一度回答どうぞ~、レインくん」
二度名指しされることがあるのか。
しかし今の話を聞いてぼんやりと思い出したことがあった。
「あー、魔法を使えるのは、大昔『魔法が使えるようになりたい』と願って、魔力溜まりにそれを叶えてもらったやつらの末裔?」
「はい正解です~。天才! 神童! オールA!」
他のクラスメイトたちに申し訳なくなってきた。
普通に授業に混ぜてもらえれば、それで充分なのだが……。
「ルート先生、真面目にお願いします」
フリップが言った。
「先生は大真面目ですよ?」
『今までの七人組の中で一番エグいわね』
人目を憚らないというか、己を貫くというか。
「もう、フリップくんったら先生がふざけてこんな話をしていると思ったんですか~。違いますよ~。今話したのは基礎の基礎ですが、これを前提に考えてみると~、人類の英雄とは何かが見えてくるとは思いませんか~」
線のように細まったルートの目が、微かに開く。
「! 英雄の紋章は……何者かの『願い』を実現し続けている『魔法』だというのですか!?」
フリップが叫ぶ。
「へぇ……面白いこと考えるなぁ」
【賢者】も紋章うんぬんについて色々考察してはメモにまとめていた。不完全な理論は説明したくないとかで聞いたことはないが。
「ミカ、そのあたり何か知ってるか?」
『……いいえ、あたしが初代の手に渡った時には、もう紋章は刻まれていたから』
ただ、そんな魔法を持続するには、とんでもない魔力が必要になる。
紋章が刻まれた者から、少しずつ継続に必要な魔力を吸ったりしているのだろうか。
どちらにしろ、最初の最初には莫大な魔力と詳細なイメージが不可欠だった筈で。
そんなものを用意出来る人間なんてのが果たしていたのかどうか、怪しいところだ。
「魔法であれば干渉が可能です。たとえば……望まずして英雄紋に選ばれたしまった者を、解放することも理屈の上では不可能ではないということになりますね」
ルートの目は、完全に開いていた。
真剣そのもので、口調まで変わっている。
『……なるほど、この女にとっての「レインを救い出す方法」は英雄紋を外すことだったのかもね』
あぁ、なるほど。
手の甲を見る。
これがある限り、俺は『英雄』であり続ける。
死ぬまで消えないと思っていたが、これも大規模ではあるものの魔法の一つと考えれば、どうにかするのは不可能ではないのか。
『危険だから、あたしは反対だけどね』
紋章が消えたあと、俺の体がどうなるかも分からないしなぁ。
この紋章のおかげで肉体の限界を越えても成長出来たはずなので、消えると体が崩壊したりして。
ルートはそのあたりまで含めて、解決策を探っていたのかもしれない。
「――とはいえ、このような仕組みを構築するには、我々で言うところの神クラスでなければ不可能でしょう~。神ですよ神~。だから皆さん、レインくんが信じられないくらいキュートだからといって疑いの眼差しを向けるのはやめましょうね~」
ルートが再び目を線のように細め、微笑んだ。
しかしその指の間には全四本のチョークが挟まれている。
その持ち方、針とかナイフでやってる敵を見たことあるよ。
一部の生徒がぶるりと震える。
「この目で見るのが一番じゃあないですか?」
声を上げたのは、一人の女子生徒だった。
髪を二つに分けて結う、勝ち気そうな子だ。
「『七人の天才』の話は誰でも知ってますけど、儀式をやってたのって雑魚でしょ? 先生が助かって本当に嬉しいですけど、それだけで英雄を神格化するのはちょっとって感じです」
人によって英雄に抱く印象は違うようだ。
それもそうか。
俺も魔族のなんたら王の話を聞いてもピンとこない。
けどフリップは俺が倒したやつらを恐ろしげに語っていたし、エレノアはこの前のなんたら王をすごいやつだと言っていた。
俺たちが生贄の少女達を助けたという話や他の活躍を、遠く離れたこの国の学生が聞いてもそれはただの噂話と大差ない。
助けられた人間が実際にいるので噂ではないか。まぁでも、実力に関しては疑われても仕方ないわけだ。
「…………」
ルートは微笑んでいるが、彼女の背後から黒いモヤが出てきている――ような気がした。
「彼は人類の英雄です。我々は我々でこの国を守る魔法使いを育成すべく学院を創設し、多数の優秀な人材を輩出してきました。先生は少々、彼に入れ込みすぎかと」
割と真っ当な意見が出てきた。
こいつはもしかすると、魔王軍が俺を戦力として数えていると思っているのかもしれない。
というか、普通はそう考える。
まさか自由なヒモ生活を満喫しているとは思うまい。
「なるほど、次は実技の授業ですものね~。レインくんも参加して、少し力を見せてもらってもいいですか~?」
ルート先生は笑顔でチョークを握り潰しながら言う。
「ん、あぁ、それは構わないけど」
「それはありがたいわね。【勇者】の力がどれほどか、見定めてやろうじゃない」
「あー、それは無理じゃないか?」
俺は思わず言ってしまった。
「どういうことかしら、勇者サマ?」
「ちゃんと加減するから。そうでもしないと、学校が無くなるだろ」
俺の全力を見定めることが出来るのは、それこそ他の英雄くらいではないか。
「……随分と自信がお有りなのね。よかったら、実戦形式であたしと対戦してくださらない?」
「あぁ、そういう感じか。いいぞ、よろしく。安心してくれ、怪我させないよう慎重に戦うから」
「……! こ、この……!」
少女はぷるぷる震え出す。
『喧しいのよツインテ。言っておくけどレインは煽ってるつもりはないんだから、事実よ事実』
この子は他の生徒よりも優秀なようだ。魔力を見れば分かる。
俺は魔力が周囲に漏れ出さないよう抑えているので、そのあたり読めないのかもしれない。
そして、その後の授業は順調に進み。
実技の時間になった。
「さぁ勇者、アタシと――決闘しなさい!」
と、こんな感じになったわけだ。
振り返ってみても、よくわからないな……。
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