ライノ先輩は少しヤンデレ気味かもしれない。

ありま氷炎

第1話 恋は押すもの


「怒りの炎よ。焼き尽くせ!」


 気合を入れて唱えると、手の平から炎が発生し、目の前の巨大なトカゲを火だるまにした。

 私の一番得意な炎の魔術。

 炎はトカゲを焼き尽くすだろう。

 私の魔術がどんなに凄いか、騎士団の人たちもわかってくれるはず。

 ハカラ村のメルヤは稀代の魔術師なんだから。

 

 燃え盛る残骸に背を向けた瞬間、嫌な気配がした。振り返ると火に包まれながら、トカゲの尻尾が私に伸ばされる。

 殺されると思ったとき、視界が群青色に染められた。


―――――――――――――――――――――


「エリック様!おはようございます!」


 ハカラ村のメルヤ。

 それが私。

 貴族でも商人でもない私には苗字がない。あるのは名前と出身地の村の名前だ。

 だからハカラ村のメルヤ。

 村で初めての魔術師だ。

 魔術師になるには魔術学校に入学する必要がある。その資格は八歳の時に行われる魔力検査で合格すること。

 十年前、王都から派遣された魔力検査員に認められ、私は見事にその資格を得て、王都の魔術学校に入学した。

 八年の過程を経て卒業して、魔術師団に入団。

 二年後の今は、立派な魔術師の一人だ。


「メルヤはいつも元気だな」


 挨拶を返してくれたのは、王宮騎士団の第三部隊の隊長のエリック・ヒュットネン様。

 私よりも頭二つ分くらいの身長。服を着ていてもそのたくましい肉体を想像できるくらい、体躯がとても立派な方だ。

 けれども表情はとても柔和で、柔らかそうな金髪に空色の瞳がとても優しげだ。

 あの時に見た恐ろしい形相が嘘のように、普段のエリック様は優しい。

 

 一ヶ月前、巨大トカゲをしとめ損ねた私を救ってくれたのがエリック様だ。群青色のマントを翻して、魔物を両断した彼の勇姿は私の大切な記憶。

 あの日、私は彼に恋に落ちた。

 貴族であるエリック様と村の小娘の私。身分なんて全然つりあわないし、私の姿も彼の麗しい姿に相応しくない。 

 私は真っ赤な髪に茶色の瞳をしていて、顔立ちはなかなかいいんじゃないかと思っているんだけど、髪色が私の印象を悪くしているみたい。赤毛の何が悪いのかと文句言いたくなるけど、金髪が好まれる王都では仕方ないと最近は諦めている。

 こんな私だけど魔術師として立派になれば、少しでもエリック様の隣にいてもおかしくない存在になるんじゃないか、そう思って努力している。 

 それに振り向いて欲しくて毎朝、早朝の訓練をするエリック様の元を訪ねる。ただ訪ねるだけきゃ追い返されるかもしれないので、私も朝の訓練を一緒にしている。

 魔術師といえども体力があったほうが戦いのときに、色々便利だから。そう言い訳、言い訳じゃないから。エリック様の隣で腕立て伏せとかしている。

 そうじゃないと二人きりなんてなれないし、話もしっかりできないから。

 その他にも機会があればエリック様に話しかけているので、私は女騎士や、エリック様を慕う女性陣に煙たがられている。

 玉の輿を狙って浅ましいという陰口を叩く輩もいるくらいだ。

 だけど私に気にしない。

 だって、こうしないとエリック様は私という存在を覚えていてくれないだろうし、好きな気持ちは伝えたいもの。


 ☆


「おはよう。メルヤ」

「おはよう!スヴィー」


 眠そうに目を擦りながら挨拶してきたのは私の親友のスヴィー・ホルソ。私より背が低くて小柄なリスみたいな可愛い女の子だ。

 子爵令嬢という立場なんだけど、スヴィーは魔術学校当時から私に普通に話しかけてくれた貴族の子だった。私のせいでいじめられそうになったこともあって、魔術でやり返して先生に怒られたこともあった。

 そのおかげで、私は恐れられるようになって、イジメもなくなった。真っ赤な髪色のせいもあって、烈火のメルヤって呼ばれることにもなった。

 得意魔法も炎だし、まあ、そんな渾名も悪くないかなと思っている。


「今日もエリック様の朝練を見に行ったの?」

「見に行ったんじゃないよ。朝のトレーニングを一緒にしたの」

「毎日凄いね」

「頑張らないとね」


 ぐっと拳を握って宣言すると、スヴィーは眩しいものを見るような目をした。


「メルヤは凄い」

「そんなことないよ。単に自分の気持ちに正直になりたいだけ。好きだから、頑張りたい」

「そういうところが凄いと思うの」


 そんなに凄いって言われても。

 私はスヴィーのほうが凄いと思うんけど。

 スヴィーは魔力検査でぎりぎりだったんだけど、魔術師になりたいって両親を説得して、学園に入学した。それから、たくさん勉強して、訓練して、魔力が少ないのに、私に次ぐ成績で卒業した。

 魔力が少なくて、努力しない子たちは、魔術師になれなくて、魔術剣士に転身したり、結局卒業できなくて、別の職業に就いたりしている。

 だけど、スヴィーは努力して魔術師になった。

 貴族っていう身分があって、生活が保障されているのに、努力なんてしなくていいのに。

 学生の八割くらいは貴族だったけど、みんな適当に勉強して、努力している子なんてスヴィーくらいだった。あとは、私みたいな平民。だって魔術師か魔法剣士にならないと、村や町に返されるから。

 もし村に帰ったら、とても恥ずかしい。皆に期待されて見送られたのに。

 だから、平民の子はみんな頑張っている。

 そんな平民の学生を見下すのが貴族。私はスヴィーが友達じゃなかったら、貴族なんて大嫌いだっただろう。

 ……エリック様は特別だけどね。

 エリック様もスヴィー同様身分に関係なくて人に接するタイプだ。一目ぼれして追いかけてうちにその人柄も知って、ますます好きになってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る