第3話
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「同居だなんて、どうかしてますよ」
ダンジョンに向かう最中、フリアはティアに尋ねる。
全ての原因はフリアが見ず知らずの男をレイスと間違えたことであるため、口調は弱々しい。しかし、それでもティアが男と同居するという決断は予想外だった。
しかも素性の知らない見ず知らずの奇妙な男。謎の魔法で声を封じられたフリアにとって、あの男は要注意人物である。
「そうですね。
少し同居はやりすぎだった気もしますね」
「なら帰ったら別の住居を用意しますか?」
「いえ、一度口に出してしまったのですから、撤回はしませんよ」
「聖女だから、ですか?」
「えぇ。聖女ですから」
ニコニコと屈託の無い笑みで笑うティアに対してフリアは溜息を吐く。聖女とは、彼女の言った冗談ではない。
ティア・マドレーニアは王国に宿る土地神、ティアルシードを信仰するメルメリア教会の聖女である。
神の祝福を受けて生まれた女性。生まれた瞬間からティアルシード教の象徴として民の希望の光となる。
そんな王国にとっても超重要人物である聖女様が何故庶民が住む住宅街の家に住み、世話係だったフリアを連れてギルドの冒険者として生活しているのか。
「何故、庶民の暮らしを知りたいだなんて言い出したんですか?
ティア様は昔から庶民の生活を調べて、皆が幸せになるように努めてきたじゃないですか」
「フリア、様は禁止ですよ。それに、口調も直してください、寂しいです」
「はいはい、わかったわよ。それで、どうなの?」
「そうですね。…これはわがままです。
皆に期待されて、神のように崇められて、でもそんな生活に嫌気がさしたわけじゃありません。後悔もありませんし、私は自分が聖女であることを誇りに思っています。
でも…それでも、憧れてしまったんです。誰も私を崇めず、一人の女性として、肩を並べて笑いあう。そんな当たり前の関係を。
まぁ、未だ仲間もできずにフリアと二人で依頼をしているので、仲間はできそうにありませんね」
ティアは乾いた笑いを見せて口を閉ざす。
悲しんではいない。聖女として生まれたが故の体質なのか、ティアは無意識に自分の魔力を周囲に放出する。それは王宮魔導士がギリギリ感じ取れるくらいの極々薄い魔力の放出だ。しかし、魔力を受けたものは無意識のうちに彼女を遠ざける。
謎のオーラで近づけない。ギルド内で彼女は高嶺の花のような扱いとなっている。これでは彼女の求めるものは手に入らないだろう。
それを理解しているが故に悲しまない。
まぁ、仕方がないと諦めているだけだ。
「さ、早くダンジョンで魔物たちをギッタギッタにしてやりましょう。
生活費を稼ぐんです!」
「そうね、ティア」
教会では見せなかった新たな一面を見せるティアにフリアは笑みを浮かべながらも少しだけ悲しそうな顔をする。
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冒険者の基本的な仕事はダンジョンに行き、魔物を倒しながら素材を売ったり鉱石をギルドに納品することで生活費を稼ぐ。
ギルドに張り出されるクエストでも金は手に入るがクエストのすべては早いもの勝ちであり、一日に入るクエストの数は約30件ほどであるため、ほとんどの冒険者はクエストが受けられないのだ。
しかし今日は運良くクエストを受けることができた。ダンジョン内でいくつかの鉱石を拾って鍛冶屋に届けるという簡単な依頼だ。
「あの鍛冶屋の店主、頑固者って感じで態度悪かったわね」
「ふふっ、そうですね。職人さんらしいです」
「ティアの包容力は際限が無いわね」
仕事中に話しかけたコチラが悪いとは思う。けれどコチラも仕事で鉱石を届けたのだから怒ることはないだろうとフリアは頬を膨らませ、何か言い返そうとしたが、そうする前にティアがのんびり謝罪をして鉱石を置いて帰ったのだ。
理不尽に怒られても一切笑顔を絶やさなかった先程のティアを思い出してフリアは自分が新人であった頃を思い出す。
給仕をしていたら転んでティアの顔面に水をぶっかけたことがあった。その時もティアは笑顔でコチラを心配してきたのだ。
ティアは怒ることがないのだろうかとフリアは苦笑いを浮かべる。
「そうだ。あの人は大丈夫かしら?」
「あぁ、そう言えば名前聞いてなかったわね。今日の夕食の時にでも聞いてみようかしら」
危機感の無いのんびり聖女様にフリアは肩を落とす。
ティアに危機感がないのならば自分が守らなければならない。
しばらく歩くとようやく自宅に到着する。
扉を開けるとスパイスのきいた香ばしい匂いが漂ってくる。
「おかえりなさい」
「た、ただいま」
「あら、美味しそうな香りですね」
リビングの扉を開くとエプロン姿の男が立っていた。珍妙な格好の上からエプロンを着ているため珍妙さが増している。
しかし手付きは慣れたもので、焼いたステーキを器用に皿の上に乗せる。彩りの為に水洗いした新鮮なサラダも並べられており、ステーキと一緒に食べやすいように薄く切られたパンも用意されている。
「何やっているのよ」
「何と言えば料理だが?
もしかしてフリア、君の頭には料理という概念が存在しないのか?
それは驚きだ。であるならば今すぐ獣を用意しよう。それを食べてくれ」
「料理くらい知ってるわよ!」
「あぁそうだろうな」
自分で挑発しておいて適当に流す文彦に怒りを覚えたフリアが文彦を殴ろうと近寄るが、そのタイミングでお腹から可愛らしい空腹を告げる音が響く。
「食いたいなら座れ」
「〜〜〜ッわかったわよ!」
「美味しそうですねぇ」
ティアと私は防具を脱いで汗を拭くことなく椅子に座り、皿の上のステーキにナイフを下ろす。
「お、おいひぃです」
「……そうね」
ステーキを食べたティアは頬を赤らめて美味しそうに食べる。悔しいがその気持ちはわかる。肉の質も良いし焼き加減も完璧だ。
「そうか。
まぁ、家でのんびりしてるのも良かったがな。君達に全てを任せるのも申し訳ないからな、こうして夕食を用意してみた。
安心しろ、それほど金は使ってない」
「…え?」
その言葉に私は一瞬目の前が真っ白になった。
「お金、使ったの?」
「当たり前だ。金がなくちゃ飯は買えんだろう」
「…それって貴方のお金よね?」
「いや、そこの棚の上に置いてあったものだ」
「嘘、でしょ…」
私は手に持っていたナイフを落とす。
棚の上に置いてあったお金。それは私が毎日の仕事で少しづつ貯めてきた大切なお金だ。
「なっっにしてくれてんのよ!!」
「何がだ?」
「それは私のお金よ!私が毎日必死こいて働いて少しづつ稼いだお金なの!!
それで新しい魔道具を買おうとしてたのに何してくれてんのよ!」
「それほど金は使ってないぞ?」
「新鮮なサラダとステーキ、それにスパイス!!
これがどれだけ高価なものか知らないの?!」
私は怒りに身を任せて胸倉を掴みあげるが男の表情は変わらない。
「そうか、それは残念だったな」
「殺す!」
もう我慢はできなかった。全力でをぶん殴ると椅子を巻き込んで派手に倒れ、私は自室へと帰る。
布団を被ると涙が零れる。
私の趣味、生きがいと言ってもいい。おじいちゃんに魔道具を渡され、その神秘に触れてから、私は魔道具の研究に全てを費やすことに決めたのだ。
いつか自作の魔道具を作る。それが死んでしまったおじいちゃんとの約束だ。
「なんで、こんなことになるのよ」
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「だ、大丈夫ですか!」
「気にするな、それより飯が冷めるぞ」
血の味がすると思ったら殴られて口の端から血が流れていた。そういえば最後に血を流したのは何時頃だっただろうか。
いや、先週唇切れて血流してたわ。
しかし鋭いパンチだった為、まだ頭がくらくらする。
席に戻ると急いで肉を食べる。この肉は焼いてから早く食べないと美味しくないのだそうだ。
「えぇと、フリアに謝ってくださいね。
フリアは魔道具を買い集めるのが趣味で、そのために毎日頑張ってるんです」
「…そうか」
食卓に気まずい空気が流れる。
ティアも困惑しながらステーキを口に運ぶ。
「あぁ、私、フリアにご飯届けてきますね」
気まずい空気に耐えかねて、ティアはご飯を持ってフリアの部屋に向かう。
一人静かな食卓で僕はステーキを器用に切り分けて口に運ぶ。サラダやパンと一緒に上手いし、サラダとステーキをパンで挟んで食べても上手い。
そうなるように工夫して作ったのだ。
「…これで会話も盛り上がると思ったのだが、上手くはいかんな。
コミュニケーションなど僕が最も苦手としているものだ。今更頑張ってみたところで無駄だったな」
パンで肉を挟んで食べる。
「上手いな。料理の才もあったのか、僕は」
お肉は幸せの味がした。
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