スチューデント日記

ユウタ

スチューデント日記

 しびれを切らす。今の先生の状態は完全にそれだろう。八北小学校3年2組の帯番組になりつつある持ち物忘れて問い詰めのコーナー真っ只中、先生はマニュアルでもあるのだろうか、何で忘れたの?と半自動的に繰り返す。祖母の家の縁側でダラリと過ごす昼下がりにも人生の大切な時間が同じように流れ去ってしまうように腐りかけのミカンをほうばった時のようなヒリヒリとした空気の教室で過ごす私の時間も奪われてゆく。生徒30人中、忘れ物が原因で立たされているのが4人で立たされている人は帯番組のレギュラーばかりである。レギュラーであるから、平らな壁に叩きつけたドッジボールが概ね自分の方向へ跳ね返ってくることがわかるのと同じで、先生からこの質問が投げかけられることは重々承知なはずだ。しかし、私を含めるその4人は押し黙っている。それは、この質問が小学生に人が生きる理由を問うのと等しく、それに答えられるだけ苦渋にまみれた経験をしていないからである。

 「普通に忘れました」

 存在するだけで体が痺れだす教室に居てなおさらに直立を命令されている我らが同志の伊藤が斬り込んだ。私はコレを聞いた瞬間、嘘はイケナイんだ正直でありなさいと毎週全校生徒の前で説いていた校長先生がカツラであった時程の衝撃を覚えた。この回答こそ、偽りの体毛をこしらえていた我が校長先生の熱望した正直な回答である筈だ。頭皮に毛がないとバレた校長先生は翌週から私たちに優しい気持ちの重要性を話し聞かせるようになったのだが、我が担任の先生よ、今こそその優しさで私たち4人をつつんではくれないだろうか。

 「伊藤くんは忘れるのが普通ってことかな?」

 そんなことは分かっていた。所詮生徒30人に対して先生1人のこの自分の教室にいても私たちはホームではなくアウェイなのだ。先ほどの普通に忘れましたという回答は先生が言うような忘れるのが普通ということではない。忘れる時は忘れるのだ、致し方ないことに時間を使うなというほんの少しの抵抗だったのだ。それをこの独身、ミニデブ、口臭、三十路オバさん先生は変な風に捉えて嫌味な切り返しを当然のように行使してくる。これは明らかな職権濫用というやつではないのだろうか、いかがなものかといった視線を学級委員に送ってみても一瞬しか目が合わず、あとは下を向き指をこねくり始めた。先生の奴隷に成り下がるものが学級委員としてクラスをまとめられるものだろうかなどという浅はかな考えに至ったが、そもそも私が経験した小学校生活で学級委員がクラスをまとめるといった姿を1度も見たことがなかったので今回の件で学級委員とはひな祭りにおける雛人形のようなもので、肩書きさえあれど何の意味も持たぬものだと結論がでた。伊藤くんの頬は赤く口をすぼめて呆然と立ち尽くしている。

 「連絡帳には書いたのかな?」

 伊藤くんの表情を読み取った先生は保護者対策であろう甘い声で罠を仕掛ける。

 「書きました」

 「じゃあなんで忘れちゃったのかな?」

 でた。これぞエンドレスクエッションである。かくいう私もこの狡猾でしたたかな罠にはめられ、1日で2キロ痩せたことがあるのだ。などと考えていると、教室の扉が勢い良く開いた。

 「あ、先生、3限目は朝会で全校集会に変更になったじゃないですか、集まっていないの3年2組だけですよ」


 それ以降、私たち4人は未だ忘れ物レギュラーを続けたが、帯番組はなくなりました

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スチューデント日記 ユウタ @kobayashiyuta

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