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さて、ここで一ついらない話をしよう。


僕の好みの異性のタイプは確かにキュートよりかはビューティーなのだが、何分追いかけられるよりも追いかけたい派なのでヤンデレだとかストーカーだとかそういった方々とお付き合いするのはめっぽうごめんである。


朝に受けた衝撃の事実から逃れたくてたまらない。今日はもうこのまま帰って有意義に眠りたい。そして今日のことがなかったかのように時が過ぎてはくれまいかと神に頼み、何事もないまま昼休みとなった。


例の彼女は見当たらない。

朝の挨拶からわかるようにあまり他の人と仲良くするつもりはないのだろう。


男子達は少しでもお近づきになろうと合間合間に話しかけていたが素っ気ない一言程度の返答を受けていただけだった。


僕はというと、休みに入り早々に昼飯を食べ少々ボーッとしたあと次の授業の準備に取り掛かっていた。


八重ちゃんごめんまた教科書とノートと課題持ってくるの忘れちゃった。

と、なんとも安心できるいつもの声と内容が聞こえてきた。八月一日だ。


いつものこととはいえそれはもう全て忘れちゃったでいいのではないか。こいつの世話を焼くのはいつものことなので特に何かを思うことなく事務的に貸していく。


次の時間は英語だ。

英語の坂月先生はとても優しく若くスーツが似合うなかなかにイケメンなので女子からは人気が高い。

寛大な人なので"忘れ物"をしても許してくれるだろう。運のいいことだ。


そうこうしているうちに坂月先生が入ってきた。この人は5分前行動の模範のような人だ。


授業が始まる。


気が付かぬうちに例の転校生こと京極司はしっかりと席に座っていた。

いつ戻ってたんだよ。


プリントの課題を提出する際に彼女の近くを通ったのでちらりと目をやってみると殺すぞと言わんばかりに睨まれた。おー怖い。でも可愛い。


そんなことを思いながらプリントを渡す。

その時、先生は分厚いスーツが暑かったのだろう。少し腕を捲った。捲くられた袖と皮膚の間に大きな傷が見えた。ちょっとやそっとのものではない。昔に大きなやけどでもしたのだろうか。


見てはいけないものを見てしまった感じがしたのでそそくさと席へ戻る。


その後、特に変わったこともなく授業が終わり残りの授業もなんとかやり過ごすことができた。


何かアクションがあるのではと思ったがなさそうなのでこの幸運が続くことを祈り、僕は学校をあとにしようとした。


僕は部活動には入っていないので放課後という最高の時間を好きにできる。

中学生のころまでは運動部をそれもバスケなんてしていたが今となってはあんなにきついことをよくやっていたと思う。

なんせ顧問の先生が


「健康を維持するためなら体育の授業程度の緩さで何も問題ないんだ。部活でやるようなことは明らかにオーバーワークである。」


なんて言っていたぐらいだ。

本当よくやれていたよ。


とまあ中学生のころの事は覚えていたくはないのだがあいにく忘れられそうもないので記憶に残っている。

しかし僕は大切なことを忘れている。そうそれはついこの間のことである。


僕には春休みに入った初日から記憶がないのだ。

どうやら大変なことをしでかしたようだが何も思い出せない。一週間分の記憶がとんでいる。知っているのはとあるおっかなびっくりの組織に拾われ命を救われたということだけだ。それも事後報告的に。


彼らの言うようには僕は既に(僕にも彼らにもよくわかってはいないが)何かしらの化け物、つまり人でなしになってしまったと。

今の今までいたって普通に生きてきた身からするとパニックを通り越して般若心経でも唱えながら悟りを開きそうなほどだ。


彼らにもよくわかっていないというのがポイントであり、普通そんな危険分子はおっかな組織からすると捨てては置けない存在だろうからそれなりの対応を取られるのではと思ったが、ここで組織のお偉いさんの一人が手を上げたそうだ。


うちで引き取ろうと。


なんでもかなり権威のある方のようで反対意見を出させなかったそうだ。


因みにこういった話は全て僕の担当になった京極から数日まえに聞いた。

しかもどうやら引き取るというのは保護というよりかは有効活用という意味のようで僕にはこの訳のわからない体をもって仕事をしなくてはならないようだ。


詳しい話はまだまだなにも聞いていないので彼女から聞く必要があるのだがここ数日なんの連絡もなかった。


ちょうど同じクラスになったのだから人目を忍んで聞けばよいのだが、なにぶん面倒なことが世界で一番嫌いな僕は耳をふさぎ込み聾唖者のフリをするがごとく逃げ回っていた。


しかし、そんな幸運もそう長くは続くことはなかった。


校門を通りかかった時に彼女は現れた。

ひょっこりと校門の陰から。

どうやら待ち伏せをくらったようだ。周りに人はいない。生徒は皆今頃それぞれの部活に汗を流しているに違いない。ここにいるのは帰宅部の僕と転校してきたばっかりで部活はおろか一日中ほとんど"会話"をしてすらなかった彼女だけだった。


なにやら冷たい空気が吹き込んでくる。


あたりは地平線の彼方へと沈んでいく夕日によって金色に光輝いてきた。


もう逃げられないだろう。覚悟を決めねばならない。一体全体これから僕は何をさせられるのだろうか。

響き渡る烏の鳴き声とともに息を飲む。


彼女の口が開き始めた。音の速さを僕は恨む。


「ちょっと!!どうして逃げるのよ!!寂しいじゃない!!!!」


「はぁ!?」


彼女はかなり泣き目に言った。

意味がわからなかった。

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