第4話「中学生時代の違和感②」

土曜日。


自由とはいえ19時開始という時間は守らなければいけない中、18時50分の時点で、道場には私しか来ていなかった。


この様子だと、きっとK田と2人きりだ。



嫌なような、変な汗をかきそうな、微妙な気持ちを抱えながらストレッチをして待つが、19時を過ぎてもK田は現れなかった。


15分が過ぎた頃、外に車のライトの明かりが見え、ようやくK田がやって来た。




ガラガラと玄関のドアを開け、道場に入る前の、全員の義務である挨拶をする。


「こんばんは」


私も姿勢を整えて挨拶を返す。


K田はいつも通りスタスタと、真っ直ぐ更衣室に向かった。




5分ほどして、男子更衣室からK田が出てくる。


その頃には、私の足先は氷のように冷たくなっていた。




片田舎の、しかも山のふもとにある道場。


3月とはいえ、道場の固い板の間はキンキンだ。




震える私をよそに、K田は一人ストレッチをはじめ、やっと終わって口を開いたかと思うと、「もうアップ終わってるか?」と言った。


「終わってます」


「よし、じゃあやるか」




やっと練習を始めることができたのは、19時半になってからだった。






2時間後。


外に車のライトの明かりが見えた。


K田は自分の車で来ているから、あれは私のお迎えだ。




「あの、親が来たみたいなんでそろそろ」


「お、そうか」


練習の終わりには、組んでいた相手にお互い、お礼を言い合うのが武道。




きちんとお礼も言ったし、私は帰るために荷物をまとめているし。


しばらく、待ってみた。




と、K田が棚に放り込んであったトートバッグの方に向かった。




自分の図々しさのようなものに、やや心臓が高鳴る。


K田はトートバッグからペットボトルの水を取り出し、ひと口飲んで、タオルで汗を拭いて……トレーニングマシンに向かおうとした。




意を決した私は、まだ棚の近くにいるK田のもとへ歩き出す。


目の前で立ち止まり、話しかけた。




「あの」




横目でトートバッグを見ると、あの日と同じように、中身が入ってなくてクニャリとしていた。




「ん?どうした?」




しばし沈黙したのち、








「何言いたかったか、忘れちゃいました」




K田はフンと鼻を鳴らして笑うと、




「親御さん待ってるんだから、早く帰れよ」


と言った。




私は今度こそ玄関に向かい、退室の前の一礼をする。(道場に入る時と同じだ)


「ありがとうございました」




K田はトレーニングマシンに手をかけており、こちらを見て、義務の挨拶をする。




この後しばらくの間、私は肩透かしを食らったような、どこか虚しいスカスカとした気持ちに包まれていたが、季節が暖かくなって中学校生活最後の年を迎える頃には、そんなこと忘れていた。




だが、この時の「どこか虚しい気持ち」は、もっともっとよく覚えておくべきだったんだ。




あの頃の私は子どもだったから、自分が間違っているのかもとか、勘違いなのかもと、この違和感をスルーしてしまっていた。




だって相手は大人だったから。


私はまだ14歳の中学二年生だったけど、相手は21歳の大学三年生。しかも、県内トップの大学。




普通に考えたら、常識的なものをいくつ兼ね備えているかで言えば、K田の方がその数は多くて当然だ。


そう思っていたから、私はこの一連の出来事の違和感を、首をかしげながらも、違和感として認識しようとはしなかった。




でも、この時きちんと、K田のことを「非常識な人」として認識していれば。


絶対に絶対に付き合ったりなんかしなかったのに。




次にK田と再会したとき、私は高校生だった。

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