第2話「都会から田舎へ」
私とK田は、地元での習い事(武道)の先輩後輩だった。
小学生のときに都会から引っ越してきた私。片田舎の、山奥の道場。私が大人になるまで過ごした場所。
道場長先生は、両親の昔からの知り合い。
親の仕事の都合で田舎に越すことになり、それをきっかけに入門した。弟たちも一緒に。
*
結論から言うと、私は田舎の学校に馴染めていなかった。
もっと言うなら、高校生になっても「都会に戻りたい」と、ずっと思っていた。
私はこの町が嫌いだった。
田舎特有の、よそ者を受け付けない、ムラハチにする感じ。
都会にいた頃の小学校は、みんなそれぞれ家の事情があって当たり前だった。どこかから引っ越してき子、家庭が複雑な子、外国人の子、ハーフの子…多くは、いまいる土地と出身地の違う子ばかり。
かくいう私も、都会の中で一度転校している。
だから都会にいた時は、「色んな人がいて当たり前」は、子どもの頃から共通の認識だった。というか、当たり前すぎて考えたこともなかった。それが普通だったから。
でも、引っ越し先の田舎は違った。
みんな親の持ち家があって(土地があるから)、そこで生まれて、そこで育って、保育園、幼稚園、小学校と、みんなずっと一緒。
1年生から6年生まで、全て2クラス。一つの学年は、50人前後。そのうちほぼ10割に近い9割が、いわゆる「幼なじみ」だった。それも、ほぼ赤ちゃんの頃から一緒の。
(しかも、親同士も幼なじみだったり、親戚同士の家庭も多かった)
残り1割は、低学年や中学年のときに隣町から引っ越してきた子。
つまり私がいた都会と何が決定的に違うかって、すでに町としてのコミュニティ、メンバーが昔から決まっていたこと。
その中に突如、テレビで取り上げられるような都会からやってきた転校生は、珍しいものでしかなかったらしい。
「ヒロちゃん、どっから来たん?」
「関東?東京とかあるとこ?」
「え、"〜じゃん"って言うん!〜じゃん、だって!笑」
「ヒロちゃん、ちゃうで!"やん"やで!笑」
はじめに珍しがられたのは、やっぱり標準語の「じゃん」だった。
今にして思えば、彼女たちからすれば本当に珍しかったんだろうし、悪気はなかったんだろうけど、私は喋るたび「じゃん」を笑われることが嫌だった。
そのうえ、彼女たちの言ってることも分からない時が多かった。
「ヒロちゃん、ゴミほって〜」
「机つってよ!」
「ほる」は捨てるってことで、「つる」は、運ぶってこと。
当時の私は、「放っておく」や「釣り上げる」だと本気で思っていた。
また、休み時間のシステムや、委員会の役割なんかも、都会の学校とは全然違っていたけれど、教えてくれる人はいなかった。
みんなにとっては昔からの「当たり前」のことだから、「分からない」感覚がなかったのだろう。だから教える必要も、彼女たちにとってはなかったんだと思う。
分からなかったせいで、私はよく委員会に遅れた。いや、そもそも委員会があるなんて思っていなくて、行かない時もあった。
行ったら行ったで、方言が分からないせいで指示がストレートに通らない。
何なら方言の強い先生に怒られているのが自分のことだとは気づかず、まるで無視してしまったこともあった。
そんな私を、みんな段々めんどくさく思ったらしい。
放っておかれることが増えた。
「変な子」というレッテルを貼られた。
それでも仲良くしてくれた子たちもいる。
その子たちが周りからコソコソと言われているのも聞いたことがあるが、私はその子たちが好きだった。
私の標準語を笑わなかった。私に変なあだ名をつけたりしなかった。都会の学校では当たり前のように友達同士でやっていた、「ク●ヨンしんちゃん」の物真似。みんなが引く中、都会の子と同じように、笑ってくれた。
それでも、仲良くしてくれる子はほんの少数派だったから、どこか息が詰まる学校生活。
そんな私にとって、武道のために通う道場が、段々と居場所になっていった。
道場長先生や、他の先生のことも好きだった。
本当に、私の大切な場所だった。
K田との出会いで、それがぶっ壊れるまでは。
*
K田は私の7つ上。
道場に来たのは、私より一年早い。
でも、入門当時の私の記憶にK田はいない。
というのも私が入門した時期、K田は大学受験のために休んでいたし、大学入学後はキャンパス内にある同じ武道の部活に入り、道場は休眠状態となっていた。
つまり、私とK田はほぼ入れ違いだった。
当然、K田という存在が道場にいた先輩だなんて知る由もなく、次に「会った」(お互いを認識した)頃には、私は中学生になっていた。
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