第5話 冒険者ギルドにて
「上着を脱げ。それで尻尾を隠すんだ」
「どうするの?」
「走って逃げても追いつかれる。野次馬の中に隠れろ」
ラビオリが視界を炎に遮られ、街路樹の消火に気を取られている間に、二人はそんなやり取りをしていた。グリエにとっては街中で危険な発火術を使った後ろめたさがまだ残っていたが、セージはとにかくこの場を乗り切ることを考えていた。
「そんなことしたって……」
「俺を信じろ。とにかく目立たないようにしてろ!」
罪悪感でうまく頭が働かない間に、セージが強い口調で言うものだから、グリエは思わずそれに従った。上着を腰に巻き、特徴的なカギ尻尾を隠す。そして、騒ぎにつられて集まってきた人々の間に体を押し込む。まわりからはとがめるような目を向けられはしたが、声を直接かけるほど勇気がある者はいなかった。
その頃、ようやくラビオリは枝から火を消し、顔を上げていた。
その目が、道の両側をぐるりと見回した。目が合いそうになって、グリエは身を低くする。
「どなたか、赤い髪のしっぽ族を見ませんでしたか?」
ぐるりを見回しながら、鋭い声で聞く。だが、人々はざわつくだけで誰もはっきりとした答えを返さなかった。
ラビオリの視線が、ある一点で止まった。
「あなた……」
その目はグリエを見つめていた。びく、とグリエの全身が緊張する。
(何も言うな)
髪のなかで、セージがささやいた。グリエは緊張に顔をこわばらせ、ぎゅっと口をつぐんでいた。
ラビオリが一歩、二歩と近づいてきて……
「服に煤がついています。巻き込まれてしまいましたのね。かわいそうに」
そう言って、グリエの手を取って銀貨を一枚、握らせた。
「わたくしの責任でもあります。これはお詫びですわ」
「……えっ?」
不思議がるグリエを余所に、ラビオリは肩を落としながら、それでもしっかりした足取りで道を歩いて行った。
「……た、助かった?」
「ここを離れろ。人気のないところに」
セージがささやく。グリエはすっかり首をかしげながら、そっとその場を抜け出した。
🌳
「はぁ……」
路地裏に駆けこんで、しっぽ族の少女は大きく息をついた。
「危なかったぁ。捕まってラビオリの奴隷にされちゃうところだった」
「そうなっても当然だぞ」
グリエの頭の上によじ登って、セージはそこにどっかりと座りこんだ。
「でも、俺まで巻き込まれるわけにはいかないからな」
「セージ、何かしたの?」
どう考えても、ラビオリとは目が合っていた。一枚服を脱いだくらいで、彼女が見間違うはずがない。
「鏡、持ってただろ」
言われて、グリエは懐から手鏡を取り出した。覗き込んでみると……
「こ、これがあたし?」
……と、勢いで驚いてみたのだが、事実、そこに映った自分の姿は不思議だった……と言っても、変わっていたのは一部だけだ。
髪の色が違う。赤い髪が墨のように黒くなっていた。
「一晩休んで、ほんのわずかに魔力が戻っていることに気づいた。それで、もしかしたら今の姿でも一番得意だった魔法なら使えるかもしれないと思ったんだ」
「髪の色を変える魔法?」
「
鏡の中のグリエの髪色が、壁の絵の具を洗い流すように見慣れた赤い色にもどっていく。土煙まみれだったが、ばさばさとゆすって振り落す。
「うわっ、いきなり動くな!」
魔法を使って力が抜けていたセージが振り落されそうになる。それを、グリエの手が受け止めた。
胴体をつかんでセージの自由を奪っていたさっきとは違って、今度はふわりと受け止める手つきだ。
「くそ、前なら幻影の竜を戦わせることもできたのに……」
今は、外見の一部を変えるだけの魔法で力を使い果たしている。情けなさそうに、金髪の妖精はうなだれた。
「おかげで助かったよ。ありがと」
顔の高さまで掲げて、グリエがほほ笑む。
「お前のためじゃない。俺が元の姿にもどったら、あの女に突き出してやるからな」
「そんなこと言って、あたしが協力しなかったら何にもできないよ」
「いきなりお前のせいでトラブってるけどな……」
呻くセージ。グリエはてへへ、と頭を掻いた。それで許す気になるようなかわいい事態ではなかったが。
「ラビオリが火を消してくれなかったら、もっと大変な事態になってたかも」
「あいつはお前の『保護者』になるつもりだったんだ。お前が起こしたことの始末はつけるはずだ」
「その間に隠れる時間を稼ぐ作戦だったの?」
「まあな。弱みにつけこむのは基本だ」
あっさりと言うセージを見ていると、グリエの罪悪感はズキズキ痛んだが、今は二人ともが無事であることを喜ぼう、と切り替えることにした。
「そういえば、セージを元に戻す相談の途中だったね。手がかりを探さないと」
「俺はエルフの王だぞ。空位だった王が戻ってきたとなれば、エルフは協力するはずだ」
「エルフはもうほとんどいない。少なくとも、この街じゃ見たことないよ」
五王国時代に隆盛を誇ったエルフだが、王国の崩壊に伴い、姿を消していった。言い伝えによれば、そのほとんどが大陸中の森の奥深くに潜んで暮らすようになったという。
だが、一つの方法が使えないくらいであきらめるセージではない。
「情けない。それなら、王としていまの王に協力を要請しよう」
「王もいないよ」
あっさりと、グリエは言った。
「五王国が滅んで以来、大陸には王様は一人もいない」
「じゃあ、どうやって治めてるんだよ」
街を見回して問い返す。無秩序な街にはとても思えない。
「重要なことは、いろんなギルドの合議制で決めてる」
「ややこしい統治しやがって……。それじゃ、その合議に参加してるやつに会わせろ」
「二人は知ってるけど……」
気が進まない様子で、グリエはつぶやく。
「わかった。会わせてあげる。でも、絶対、失礼なこと言っちゃだめだよ」
その言葉から、セージはなんとなく言いたいことを悟った。
「そいつもしっぽ族か」
「うん」
「安心しろよ、利用価値のあるやつはちゃんとおだててやるから」
「あたしは?」
言外の意味を敏感に察して、じぃ、っとグリエが見つめる。
「そいつの名前はなんていうんだ?」
「無視しないでよ!」
あっさりと話を進めようとするセージに、不満の声を上げるグリエ。
会話の主導権を握られていることには、まだ気づいていない。
「ボヤボヤしてると、ラビオリに見つかるぞ」
「もう、わかったよ!」
怒りが収まりきらない様子で、少女は尻尾を立てた。
「その人は、ブルギニョン。冒険者ギルドの長だよ」
🌳
冒険者ギルドは石造りで、大きな入口には扉がついていなかった。
グリエによれば「扉を着けてもそのうち誰かが壊すから」とのことらしい。
入り口の正面には壁一面を埋める掲示板があり、右手側に受付、左手側に二階へつながる階段があった。しっぽ族の建物は、そのほとんどが二階建てか、もしくは平屋だ。彼らは高い場所で過ごすことを好まないらしい。
「やぁ、グリエ。珍しい友達を連れているね」
受付に座っている若いしっぽ族がメガネを押し上げて声をかける。
「や、ムニエル。これはフェアリーのセージ」
「ギルド長とやらに用がある」
グリエの赤い頭の上からセージが告げると、彼らは少しの驚きを含んだ表情を浮かべていた。
周囲には何人かのしっぽ族やオーガがいた。おそらく、彼らも冒険者なのだろう。グリエと同じ年頃も珍しくないようだ。
「すぐには無理です」
メガネをかけたしっぽ族の青年が、ほほ笑んだまま答える。彼だけは、表情を変えなかった。
「忙しいの?」
「すぐに会わせると、ありがたみがないので」
青年は変わらぬ口調で答える。
「なんだそりゃ。あのなあ、こっちは急いでるんだ。高速で動く女に追いかけられてるんだぞ」
「ラビオリさんですか。彼女はいろんなものを欲しがるタイプだから、珍しいものを放っておけないんでしょう」
「珍しいもの扱いされる気持ちがわかるか?」
「わかりますよ。僕もネレウスの里に旅行に行ったことがありますから」
「ネレウスの街は海の中にあるって本当なの?」
青年の言葉に、グリエはすぐさま反応した。
「半分はね。陸に半分、海に半分あるんです」
「へぇ。行ってみたいな」
「お前らは話を
最初に告げた用事からどんどんズレていく会話を
「ここに座っていると退屈な時間が多いんですよ。決まりで、日没までいなきゃいけないんです。休憩は一日三回。それ以外ずっとですよ」
「エルフって寿命が長いんでしょ? それなのに、セージは短気すぎ」
「今はてめぇらの話を聞いてる余裕はねえんだよ! 本来ならグリエも一緒になって俺と一緒に怒る側だぞ、わかってんのか!」
「新しい出会いを楽しみなよ」
「こんなチョイ役しかもらえない役者みたいなやつに用はないんだよ!」
複雑な怒りをどう伝えたものか。そしてセージが何に怒っているのかをグリエに理解させることができるのか。セージは頭のなかで伝達の筋道を立てようとしてから、それがあまりに時間と体力の浪費であることに気づいてやめた。
「おい
ヒートアップする声量。頭のすぐそばで騒ぐから、グリエは耳をふさいでいた。
しかし、青年はいまだ表情を崩さない。
「では、面談申し込みの書類を用意します。座ってお待ちください」
セージがもう一度叫ぶために息を吸い込んだとき、別の声が会話を遮った。
「その必要はない」
階段の最上段に、いつの間にか一人の老人がいた。白いひげをたくわえているが、がっしりとした体つきをしている。
「ギルド長か?」
老人はうなずき、セージを手招きした。
「こちらへ。静かなところのほうがよいでしょう」
そして、
「ようやくまともな話ができそうだ」
妖精のつぶやきに、グリエは不満そうに唇を尖らせる。
「失礼がないようにね。ギルド長は議会の議長でもあるんだよ」
「なおさら話が早いな」
「それに、冒険者を組織化したのもあの人なんだよ。昔はみんながバラバラに探索してたから、今ほど成果もなかったし、立場だって……」
「わかった、わかったよ。早く行くぞ、グリエ」
話を途中で遮られて、グリエはムッとする。が、ブルギニョンをあまり待たせる方が悪い、と考えて、セージを肩に乗せたまま歩きはじめる。
「じゃあね、ムニエル」
「グリエ、今日は爆発しないよう気を付けて」
さわやかに手を振る青年を、グリエはひと睨みしてから歩き出した。
(今日はもう爆発してるからな)とは言わないだけの情けは、セージにもあった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます