第4話:忘却〜朝〜
翌朝。
やっぱり俺は、朝が苦手だ。眩しいし、頭痛ぇし……。
「ああぁああああああ……」
というか、あのドールは起こすとか言いながら9時になっても起こさねえじゃねえか。
ドールは眠りませんとか言いながら、寝坊かぁ?
何気に気になった俺は、ドールの元へ行き、
「おはようさん、調子悪いんか?」
ドールは、無反応。
問いかけには、答えていたはずなんだがな?
ちゃけたかッ?!
「おい、まだ一日しか経ってねぇぞ!」
鉄心のとこに持って行くしかねえ!
ということで俺は、ドールを負んぶするように抱え、部屋着から着替えることも忘れてサンダルを履き、家を飛び出した。
抱えてみて解ったことが一つ、ドールは最初箱に入っているときより、軽い。
多分、人間の160センチの女と同じだろう。
更に言うと、本当の人肌に触れている感もある。ただ、すでに硬くなりつつある。最初触れたときの温かみもなくなっている。
「守れ」
大分視線が気になるが、そんなことよりも今俺がしたいことは、何だ?
「何だ?」
何なんだ?
やばい、解らん。解……らん……。
このとき、俺の意識は完全にぶち切れた。
テレビの電源ついてるのに、何にも考えずにコンセント一気抜きしたようなもんだ。
が、偉いもんで、人が気絶するときの記憶は曖昧と言うよりも、一瞬が鮮明。
「忘れて」
あのドールの声で、あの一瞬に聞こえた言葉。
何を忘れろと言うのか。
ドールのこと?
なぜ、急に止まりやがった機械を忘れてしまわなければならんのか。
そして、今の俺が置かれている状況は、気絶後、俺は
「……で、ドールはどうなんだ」
「ああ、発条が止まってたな」
「発条が?そりゃあ、有り得ねぇだろ」
「何ぃ?」
「俺は、少なくとも千回は巻いたぜ。普通ドールは、一巻きで一日のはず。そして、巻いたのは昨日のこの時間ぐらいだ」
「正確な回数ってのは、覚えてるか?」
覚えてるわけねえだろ。
鉄心の言葉に、本気でそう思った。
「まあ、覚えてるわけねえんだがよぉ。1……440回くらい?」
「1440回だぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ?!」
俺が、質問に答えただけなのに鉄心が驚嘆で絶叫する。
「そんなに怒るかぁあ?」
「んなこと言ったらこいつ、一巻きで一分しか行動できねえことになるじゃあねえか!」
「一分?マジ…?か……」
言葉が出ねえ。考えれるくせに、喉が潰れたような感覚。
多分俺は、同情している。いや、何も感じていないようだったあのドールのこんな境遇を知り、何処かホッとしてしまったのかもしれない。心の奥底にある、強い孤独という被害妄想の傷専用の麻酔にしてしまったのかもしれない。
そして俺は、そんな怠惰を見ないために同情を言い訳してしまっている。
「巻けば戻るんだろ?普通に」
「それがそうでもねえ。巻いてみな」
鉄心が、首でドールを指す。
俺は、恐る恐るドールに近づき、頭の上についている発条を摘まむ。
そして、震えながら発条を、一巻き一分ということだったので一応30回ほど巻いた。
すると、
「おはようございます。D‐2981ただいま起動しました」
ドールは、淡々と挨拶と製造番号を言った。
俺は、そんなどうでもいいことを聞きたい訳じゃない。
俺が聞きたいのは、
「あなたが、私のご主人様でしょうか」
「は?」
ドールは俺に、疑問符さえ上げずに、知っているはずの記憶を聞いた。
おい待てよ。何だこれは。いやいやいや、可笑しい。
「おい、本気で言ってんのか?そりゃあ」
「はい?私は、情報を貰っていないことを質問しただけと思います」
確かに……そうじゃねえだろ!
「お前は、俺と一緒にいた昨日を忘れたのか?」
「私は、今日初めて目覚めました。そう認識しています」
随分と喋るんだな。
意味不明な怒りが、俺を喰らおうとしている。
たった一日しか知らないくせに、俺は何を怒っているのだろう。
たった一日としても、時間を食われたこと。俺が、担いででも助けようとしたにも関わらず俺を忘れたなどとほざいていること。
いや、どれも違う。
俺は、
「俺は、怠惰だ」
独りだから、俺は独りだからって自分で自分痛めつけて、勝手に孤立して、勝手に思いこんで苛ついて、自覚してるからこそしんどくて、しんどくて……寂しくて。
「フフッ。イヤになるなぁ、本気で」
俺は、自分で自分が可笑しくて、イヤでイヤで仕方なくて、つい声に出した。
鉄心は、そのことを悟っていたように静かに俺が涙を流す姿を見守っている。ほんっとに、鉄心は俺の恩人だ。
そんなでも俺は、やっぱりこのドールはムカつく。
そんなことを思っていると、
「は?何……」
俺はふと状況を知ろうと意識を集中させると、喫驚。ドールが俺を抱きしめていた。
その感覚は、温かく、柔らかく、優しく、どこか懐かしい。まるで、幼い頃に覚えた母親の抱擁の様だ。
俺は、僅か四年の幼き日の母親との記憶を手がかりに、そう想像する。
「私のプログラムは、人々の痛哭の感情を感じた場合、メンタルケアのための行動を行うというプログラミングをされています」
言葉や口調は淡々としていても、聞こえる発条と歯車の心地良い一定のテンポとリズム。人間よりかは、少し高めの37度ぐらいの体温。肌理の細かい、凡そ人工とは思えないほどの肌。
一瞬の奇怪さと、先ほどまでの苛立ちなど泡沫の感情。
俺は、数分もかからぬ内に、ドールの温もりに落ちた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます