葉桜の君に

ゆあん

葉桜の君に 壱

 春川桜子が中退したのは、彼女が高校三年生を迎えたばかりの、春の事でした。

 桜吹雪が舞い上がる春風の中、通学路を悠然にそして毅然とゆくその後ろ姿は、まるでこの場所に思い残すことは何一つないと言わんばかりの、そんな清々しさすらありました。生来、尽きること無き悩みを抱える十代の学徒が、しかし迷いなき一歩を踏み出し、卒業を待たずして一人学び舎に別れを告げる。それはまるで、ここに根ざす者たち全てを置き去りにして、彼女だけが別世界へと旅立つ、巣立ちのようにさえ思えたのです。雛鳥が天高く飛翔し、やがて彼方に消えゆくように、私はその姿が霞に消えるまで、ただただ、そこに立ち尽くしていたのでした。


 あの光景が、今も私の脳裏に焼き付いているのです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る