第33話 ペリカン
その後も、子供たちのアフターサービスはなかなかのものだった。
木材を十字に打ち付ける作業も請け負ってくれたし、フィリベルトのクスリを入れるための溝も掘ってくれた。おまけに、頼んでもいないのにかわいらしい顔まで描いてくれたんだ。
左右で違う子が担当したらしくて、完全に非対象になっているのがコミカルさを増している。
魔術の道具なのにそんなのでいいのかって?
いいんだよ。
言ったでしょ。世界も自分もだまくらかすのが魔術なんだ。
変な顔の鳥はいても顔のない鳥はいない。
無いよりはあった方がまだいいってことさ。
「そういえば、尾行がついてたって?」
「ああ、はい。素人のチンピラでしたけどね。そいつを使ってるのもまたチンピラのようでしたけど、上に辿っていけばおそらく
「その人はどうしたの」
「殺しちゃいないですよ。安心してください」
明るく言わないで欲しいなぁ。
そんな話をしながら、ボクは
次は
これはボクでもちょっと難しい。話しながらでは効率が悪くなる。
それを察したのか、リリーは黙って少し離れて周囲の警戒をしてくれているらしい。
ここが、こう。で……あ、だめだこうじゃない。
あれ、そこよりこっち先だ。無限ループに陥っちゃう。
この関数なんだっけ。あれ、引数どこ――
いま頭の中で行っている作業はあまり人間の言語に置き換えられるものではないんだけど、強いて言い換えればこんな試行錯誤だ。
「よし」
「終わりましたか」
「うん」
次は、
「リリー、ここに座って」
「はい」
彼女の肩に左手を乗せて、右肩には魔術を刻んだばかりの木製のペリカンを担ぐ。
「リリー、改めて確認するよ。有効化とその後の魔術起動で、三レベルの魔力を二回分使うことになるけど、大丈夫だね?」
「いいですよ、やっちゃってください」
三レベルの魔力となれば、それなりの魔術師からじゃないと吸い出すことはできない量だ。リリーが
左手から、力が集まってくるのがわかる。
これを、体内に留まらせることなく、全て一気にペリカンに ――。
くらっ。
あ、いけないこれ。膝はどこだ。
わからない。身体全部が重力に負けた感じだ。つぶれていく。
むりだ。意識まで……沈む。
・
・
・
・
「……ん」
「奥様、目が覚めましたか」
整った目鼻立ちだけど愛嬌のあるちょっと丸い顔がボクの真上にある。
ん。んん? ああ、ボクはメイドの膝枕で寝ていたのか。
ギデオンがそういうのを男の夢だとかなんだとか言ってたっけ。
バカじゃないのかな。
身体に怪我はない、かな。少なくとも痛むところはないみたい。
意識を失っちゃったみたいだけど、倒れる前にリリーが助けてくれたみたいだね。
「まだ気分はよくないようですけど、この
ペリカン? ああ。そうだ。
「見た感じ、
「うん、終わってる。終わらせた」
「そうですか、では奥様、しばらくここで休んでいてください。起動すれば勝手にヘンリ先輩のところに飛んでくんですよね?」
「うん」
リリーはボクを廃教会の椅子に預けると、ペリカンを持ち上げて外に出て行った。
「よいしょっと」
こういうとき、彼女は決して優先度を誤らない。
それから数分。たぶん五分も経ってないうちに、リリーは戻ってきた。
「いや……安請け合いしましたけど、さすがに三レベル二回分はキツいです。私もそこ、座ってもいいです?」
「もちろん」
言うが早いか、彼女は力無くほこりっぽい椅子に腰を落とす。
舞い散る埃の粒が、隙間のできた壁から入り込んでいる太陽の光に照らされて、なんだかキレイだ。
「キミには苦労かけてるね」
「それは言わない約束ですよ、奥様」
はは。こんなときでもリリーはリリーだ。
「私は少し休めば元通りになりますけど、奥様だいじょうぶです?」
「……まいったね。立てないよ」
肘置きの両手に力を込めて、立ち上がろうとしてみた。
腰は浮くんだけど、だめだ。足の感覚が無い。
「まさかここまで反動があるとはね」
ボクは勇者の封印で、魔力を完全に封じられている。
魔術自体は外から魔力の供給があれば行使できるのをいいことに、リリーの魔力を借りてペリカンを使おうとしたらこの有様だ。
叙述魔術を外部魔力で使ったのはこれで二度目。
一レベル魔術なら一晩寝込んで治った。
三レベル魔術のこれは、回復までどのくらいかかるかな。
……そもそも、回復するかも怪しい感じはする。
「奥様って、その封印は自分で解けるんですよね」
へぇ、国王陛下にそこまで聞いてるんだね。信頼厚いんだ。
「解いてみたらどうです? そうすれば治るんじゃ」
「簡単に言ってくれるなぁ」
苦笑しかできない。
たしかに体内の魔術機構にある魔力伝達路を封じられているのが原因だろうから、封印を解いてそこを開けばこの症状は解消されるだろう。
だけど、ボクの封印は二段階なんだ。
ここは恐らく陛下も知らない事だから、リリーに伝わっていないのは当然だけどさ。
ん? あれ?
二つ目の封印が、ない?
二重月と屋敷に敷かれた封印式の空中線がボクに届いてないぞ。
あれはボクの魔術槽に直結している呪術だから、感じ取ろうと意識すればいつだってそれがわかるんだ。
―― あ、ここ圏外か。
あの封印式は、王国内全域と隣接した他国の領地の少しの部分までしかカバーできない。屋敷の位置と月の位置の関係で、どうしても効果範囲に限界がある。
なるほどつまり、ここではボクが
そうかそうか、なるほど。
「奥様? どうしました?」
「あ、ううん。なんでも」
リリーがボクの顔を覗き込んでいた。
よっぽど意外そうで変な顔をしていたんだろうね。
「で、どうです? 解いてみては」
「リリー、もしかして封印を
ボクが封印を受け入れることが、人間連合軍と魔族軍の講和条件だ。
それを反故にしたら、また戦争が始まる可能性がある。
おまけに約束を破ったボクは、もう二度と魔王として魔族を指揮することができない
陛下もボクと同じく、もう戦争には厭いていると言っていた。
だけど、魔王は
組織だった反抗が難しい状態の魔族と戦うならば?
人間が圧勝できる算段があるなら、それを選ぶのでは?
「いいえ、別に」
「そう?」
ホント言うとね、こっそりと封印を解いてまたすぐ戻しても、
そこで何が起きるわけでもない。調印書に変化が起きるわけでもない。
だけど、実際にまた戦争が始まってしまった場合。
そこで初めてボクに
正直なところ、ボクはリリーが好きだ。彼女も同じように思ってくれていると思う。
だけど、いつだって彼女は、決して
「まあ、やめておくよ、色々問題ありそうだし」
「そうですか。ではひとまず、私が背負って宿まで戻りましょうかね」
そう言うと、軽々とボクの手を引いて背中におぶってくれた。
もう魔術疲れから回復したんだ。早いな。
「そういえば、フィリベルトも軽々と背負ってたよね。力持ちなんだ」
「まあ、そうですね。アレに比べれば奥様なんてぬいぐるみみたいなもんですよ」
キィ。
きしんだ音を立てる教会の扉を開いて外に出る。
時刻は夕方になってすぐくらいかな。まだまだ明るい。
「ねえ、リリー」
「はい、奥様」
「ありがと」
「どういたしまして。うるさい先輩にも頼まれてますしね」
さく、さく、さく。
歩幅を一定させてよどみなく進む彼女の小さな背中が、とても大きく感じる。
「ねえ、リリー」
「はい、奥様」
「ごめんね」
「……どういたしまして」
ボクはなんについて謝ったんだろ。よくわかんないや。
「ペリカンはどうだった?」
「ああ、あれ、気持ちの悪い飛び方するんですね。起動した途端にいきなりそこの教会の屋根くらいまで浮き上がったと思ったら、ふわふわしながらくるくる回り出して、あげくに弓矢みたいな勢いであっちの方に飛び去りましたよ」
リリーが指さす先は、王国領だ。
無事にヘンリの元まで届きますように。
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