第21話 みんな不安の中を生きている

「それで。陛下からのお言付けとは?」

「はい。それでは、口頭で失礼致します」


 なにを言い出すかなぁ、あのヒゲだるま。

 ヒヒオヤジ。筋肉タヌキ。ばかやろー。


「このメイドをよろしく頼む」


 はいはい、ひとまずは放り出さずにおいておきます。

 ん。それで、なんですか。


「……」

「……」


 んん?


「リリー、どうしたの。続けて」

「終わりです、奥様」


 ふむ?


「まだ『よろしく頼む』しか聞いてないんだけど」

「はい、奥様。それだけしか申しておりません」


 ほほう。


「あなたはここになにしにきたの?」

「メイドとして働くためにまいりました」

「そうじゃなくて」

「何かあった場合に、陛下との連絡もいたします」


 ふむ。


「キミはどこまでボクをなめてるのかな?」

「奥様、奥様、また地が」


 こめかみがピクピクして止まらないぞ。

 ブチ切れそうだぞ。


「リリー、答えなさい」

「なめるなんてとんでもありません。本当にそれだけなんです」

「そんなことのために ――」


 コン、コン。コン、コン。


 このノックは、ヘンリか。

 ひとまず詰問は中断だね、思わず大声を出しかけたボクは、慌てて口に人差し指を当ててリリーに合図する。


「どうぞ、お入りなさい」


 リリーが頷いたのを確認してから、ヘンリ奥様付きメイドを招き入れた。

 だんな様に与えられていたお仕事が終わったのかな。


「失礼致します」


 深々と頭を下げてから入ってきたヘンリがリリーと目が合って一瞬硬直した。


「あなたはここで何をしているの?」


 ヘンリからもっともな質問が飛ぶ。

 だって、彼女はボクじゃなくてだんな様のメイドだからね。

 さて、王の間者のお手並み拝見だよ。どんな言い訳を用意しているか。


「あ、ヘンリ先輩こんにちは! えっと、私はさっき奥様に呼ばれたんです。ね、奥様」

「え、あ、うん?」


 丸投げするかぁ。

 これが王の間者のお手並みなのかぁ。


「奥様?」


 ヘンリは、眉をひそめて露骨に怪しんだ顔でボクを見る。

 そりゃそうだ、これには怪しい自覚しか無い。


「え、ええ。ほら、ちょうどヘンリが席を外していたじゃない? だから、その、廊下に出たらこの子が見えたもので、ね」


 こんなものだろう、うん。


「リリー、あなたはどうして奥様の部屋の近くにいたの? あなたの管轄じゃないわよね」


 ツッコまなくていいよ、ヘンリ!


「どうしてって……どうしてでしょうか、奥様」


 こらあ。

 この子、ヤバい。変な意味でヤバい。天然? 天然なの?

 天然の間者っているの? アリなの?


「いえ、だからね、その『廊下』っていうのはこの部屋の前の廊下じゃなくてね、一階まで下りたらそこにいたのよ。ね?」

「はい、そうです。奥様の言うとおりですよ、先輩」


 ジト……と、擬音が聞こえてきそうなほどに据わった目で見つめられている。いや、睨まれている。マズいマズい。これ追求されたらボク泣く。


「……そうですか。わかりました、もういいですよ、リリー。あなたの仕事に戻りなさい」

「えー、もう終わりなんです? 奥様のお話はおもしろかったのに」

「リリー」


 とりあえずは見逃してくれたらしいヘンリに退室を促されたリリー、不承不承の体でようやくドアへと歩を進めてから、振り返る。


「あ、奥様」

「は、はい?」


 まだ何かあるの? いまはやめて。


「あの、奥様付きのメイドって、私じゃダメです?」


「え?」

「は?」


 最初がボクで、次がヘンリ。


「何を言いだすのあなたは」


 目を吊り上げてヘンリが怒る。

 珍しいな、ボクやだんな様以外に向けて感情を出すなんて。


「だって、ヘンリ先輩はいつも怖いからいやだって、奥様が言ってましたし」


 言ってねえし!!


「リリー、ちょっと、ボクそんなことぜったい言ってないよね??」

「奥様、また出てますよ、地」


 ううっ。

 再び、ヘンリのジト目に圧倒されるボク。

 い、言ってないから、ホントに。

 てか、リリーさん、キミさっきと口調もテンションも違うし、そのイタズラっぽいニタニタ笑顔はなに。

 

「ま、いいや。奥様、考えておいてくださいね~」


 もはや存在するだけで爆弾に等しい新人メイドがようやく立ち去ると、そこには、鬼より怖い有能メイドと、それに怯える無力な若奥様だけが残されたのだった。


「奥様」

「は、はい」

「私は怖いですか?」

「そ、そんなわけないでしょ」


 こわい。


「お邪魔ですか?」

「そんなわけないでしょ」


 それは、うん。じゃまじゃない。


「……おそばにいてもよろしいですか?」

「いて」


 なんだなんだ?

 だんな様だけじゃなくてヘンリまで甘えんぼなのか?


 ソファーに腰掛けるぼくの前で、背筋をピンと伸ばしたいつものいい姿勢のまま、何やらもじもじしている。


「へーんり」


 言って、立ち上がって、彼女の頭をなでてあげた。

 元の身長が二十センチくらい向こうの方が高いもんだから、戸棚の荷物を背伸びして取るような不自然な姿勢になってしまったけれど。


「奥様、ホントにチビですよね」

「うるっさいな。これは母上のせいなんだよ」


 真顔で頭を撫でられながら憎まれ口を叩く彼女に、ボクは言い訳がましく親のせいにする。

 ボクは魔法でこの姿になっているわけだからね。

 そして、この姿は若い頃の母上に生き写しなのだ。

 

女の子にそうなる前から私よりチビでしたけど」

「ここまでの差はなかったでしょ」


 くすり。

 あ、ヘンリが笑ったの久しぶりに見たな。

 彼女みたいな美人がかわいく笑うと、ホント破壊力がある。

 もしボクが、きっと一発で……って、オイ。


 発想がだんだんヤバくなってきてるな。

 まだまだ。ボクはまだ元に戻るのを諦めてないんだからな。


 ま、まあ、とにかく。

 ダークエルフ族はだいたい背が高くてすらっとしているから仕方ない。

 いや、デーモン族の男性も、だいたい背が高くてむきっとしてるんだけどね。


 ボクはちょっとそのへん……文系魔王だったから。



 ☆★☆★☆★☆★☆★



「エーレン、ちょっといいか」


 しばらくはのことは保留しておこう。

 そう誓った直後のこと。


「はい? どうしたの、ギデオン」

「俺の名代として恩師の叙勲披露に参席してもらえないか」

「え」


 ここから馬車で半日ほどのところに、ギデオンの衛兵時代の剣の師に当たる、オークウッド男爵の領地があるらしい。

 この方が先頃に勲章をいただいたということで、それをお祝いする宴が開かれるということなのらしい。


 って、ギデオンは衛兵やってたことあるのか。そこで素質を見いだされて勇者に、ってことかな。


「どうしてボクが? ギデオンのお師匠様なんでしょ?」

「本当は俺も是非参加してお祝いをしたいんだ、だが……領内の南西地域でよくない動きがあってな」


 ―― 魔物の動きが見られる。


 ギデオンが言うには、どうしても早急に確認しないわけにいかないらしい。


「わかった。いいよ、行くよボク」

「すまない」

「なんで謝るのかなぁ。夫の名代でしょ、ならボクの仕事だよ」


 むぎゃっ!

 なんだよ、なんでいきなり後ろから抱きしめてくるのかな。

 あひいっ。耳元で話すのやめて。


「あと、言いにくいんだが、ヘンリを借りたい」

「あんっ、ねえ、ちょっと離れて。……え、ヘンリ?」


 ひとまず押しのけて距離を取って話を続けた。

 相手が本当に魔族軍の残党であれば、ヘンリの力をぜひ欲しい。そういうことらしい。


「うん、そうだね、なら連れて行ってよ。ね、ヘンリ」


 今日も今日とて、ボクら二人が揃っていると、なぜか白い目で見つめてくるヘンリだ。

 ボクのお付きだからね。まあ、言わなくても一緒の部屋にいるのは当然さ。


 彼女は、ボクの問いかけには直接答えず、ギデオンに向き直って言う。


「だんな様、奥様の身辺警護はどうなさるおつもりですか」

「心配がないと言えばうそになるけどな。だが、領内の治安は魔族軍以外では安定している。伯爵家の紋章を掲げた馬車をねらうような輩はそうそういないだろうし、万が一いても相手が人間なら、おまえじゃなくても対処できるだろう」

「それはそうかもしれませんが……」


 ん……。


「ねえ、ボクを再び担ぎ上げて戦争をまた起こしたがっている勢力があるって言ってたよね」


「……ああ、残念ながら、エーレンの気持ちも考えずにそんなことを企んでるやつらが確実にいる」

「誰なの? そんなことって相当の地位にいなければできないよね。なら、ボクが知ってる人だと思うけど」


 ギデオンとヘンリは、一瞬目をあわせて、後をヘンリが引き継いだ。


「奥様、私たちもそこは調べているのですが、なかなか連中は尻尾を出しません。領内に入ってくるのは何も知らされていない傭兵ばかりで、黒幕と思われる力のある存在の


 う~ん、そっか。


「そっか。それなら、仕方ないね」


 仕方ないね。

 のことは、ボクにはやっぱり話せないか。


 前回の騒ぎで、首謀者はボクの弟のプロッツェ公爵フリートであることが明らかになっている。ただ、ギデオンもヘンリも、それをボクが知っていることを知らない。


 二人がボクに隠していることを、ことを知らない。


「失礼致します」


 うつむいて考えていると、そんな挨拶の声が聞こえてきた。


 そういえば、紅茶を頼んでおいたっけ。メイドが運んできたんだね。

 口を少し湿してから、気を取り直して話を続けよう。


従者フィリベルトにお願いしましょう」

「え?」

「護衛です。彼なら適任でしょう?」


 まだ若いが、ギデオンも認める剣の腕を持っている従者だ。

 人柄も穏やかで話していても楽しいし、馬車に揺られる時間の慰みにもなってくれるだろう。


「あいつはダメだ」

「ダメですね」


 え、なんでヘンリまで。ヘンリだって前に彼の腕前を褒めてたじゃない。


「そうですね、剣技に関して言えば心配はありません」

「なら、なんで」


「「若い男だから」」


 は?


「な、なに? なんの話?」


「俺のかわいいエーレンとあいつを二人きりで半日以上も個室に? ありえないだろう」

「奥様はそのへんまだまだわかっていませんね」


 えー……。


「いいか、エーレン、キミは全くわかっていないんだ。若い男の性欲というものをな」


 いや、わかってるけど。

 ボクだってそういうのを持て余していたこともあるんだけど。


 そもそも、性欲の権化の若い男と毎晩ベッドを共にしていますしね。


「ホントに、無防備すぎますよ、奥様は」


 いやいや、ヘンリも。考えすぎだって。


「なら、私がご一緒しますよ」


「「「え?」」」


 紅茶を持ってきてくれたメイド? まだいたの?

 気配がなくてわかんなかった。


 って。


「リリー、なにしてるの」

「お茶を持ってきました」


 ギデオンも本気でビックリしていたみたいだ。


「キミはその、リリーだったな。一緒にとはどういうことだ」

「ですからぁ、ほら、奥様とフィリベルトさんを二人にするのが心配なんですよね? なら私が同行すれば何も間違いが起きないじゃありませんか」


 間違いとか最初から無いから。


「まあ、俺が出かけていれば来客担当の仕事もあまりないだろうし、そうしてもらうのもいいかもしれないが……」

「だんな様、待ってください。メイドを監視に使うなら他の者を。このリリーはいけません」

「なに心配してるんです? 私は別に、ヘンリ先輩のポジションを奪おうなんてちっとも思ってませんよ?」

「あ、あなたね!!」


 あのヘンリを一瞬で沸騰させるんだから、やっぱりすごいよこの子。


「どうです? 奥様」


 正直なところ、この子とはもっと話す必要があるとは思っていた。

 ただ、疲れそうだから後回しにしたかったけれど……。


「そうね、だんな様、ヘンリ、それでどう?」


「俺はいいと思う」

「私は反対です」


「ヘンリ、ちょっと」


 ちょいちょい、となおも反発する彼女を呼び寄せる。


「なんですか。お行儀がよろしくありませんよ」


 言いながらも素直に近づいてくるところがかわいいんだ。


 ぎゅ。

 軽く抱きしめてあげた。


「え? なな、なんですか」

「あ、エーレン俺には? 俺にも!」


 やかましいだんな様は無視して、ヘンリの耳元にそっとささやくんだ。


「代えないから」


 そして、抱擁をとく。


「……リリー、奥様に粗相の無いように」


 安心してくれたかな。

 向き直って、リリーにお付きのなんたるかを講釈し始めたよ。


「はぁい。やきもちやきのセーンパイ」

「リリー!」


 やっぱあの子、人を怒らせるだな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る