滄溟を仰ぐもの

水屋七宝

架空

遥か異界の此方より

 手紙を残そうと考えたのは、一人になって数日経ってからだった。


 空腹を極めた人の行動とは、かくも突飛な所業に至るのだ。などと委細思考も漠然としているうちに筆を執った。意味のあることばがじきに書けなくなるだろうとは、無意識に直感していた。


 はてさて、何を書いたものか。書き出しに迷い、何度か紙を破いて捨てる。伝えたいことは一つであるはずなのに、そのために使いたい言葉が山程あふれる。


 あらゆる命が失われたこの世界で思い出すのは、かつての仲間の姿。その笑顔。その旅路。


 長かったようで、短かったような。楽しかったはずなのに、なぜか寂しい思い出。


 潮風が鼻腔をくすぐる。さざ波の音に意識をさらわれそうになるのを堪えて、この透き通った青い空をにらみつける。睨みつけているとは思われぬほど、穏やかな瞳で。

 


 この旅がずっと続けばよかったのに。 



 長い、長い時をかけて、こみ上げる感情を一つずつすくい上げる。漸く言葉がまとまると、宛名もなく、差出人名もない、ただあの人の顔だけを思い浮かべた手紙ができた。くぅとお腹が鳴いた。


「___前略、遥か異界の此方こなたより」


 きっと《たとえ》、どこにも届かないのに《届かなくとも》


 気づけば大きな水たまりに、流れ星が煌めいていた。

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