第171話 化け物の巣窟【ガルム視点】

「少数精鋭とはいえ、この人数で本当によろしかったのですか?」

「なに。構わん。まだ向こうは我々を攻撃する大義名分を持たない。無論、それはこちらもだがな……」


 王都からセシルム領地への視察に向かったのは団長ベリウスと私、あとは記録用に連れてきた役職のない騎士だ。

 もちろん王都騎士団に所属する以上それ相応の実力はあるとはいえ……。


「あの化け物の巣窟に向かうというのに……」


 今思い出すだけでも恐ろしい。

 あのミルムという女。あの時は全くその片鱗を見せていなかったが、集めた情報によればヴァンパイアであることは間違いない。アンデッド最上級種。もはやヴァンパイアハンターという文化が廃れた今となっては倒す技術や装備を持ったものも少ない相手だ。

 それがその力なしに我々を圧倒したという事実に身体が震えた。

 そしてランドという男。

 一見ヴァンパイアに見劣りするかと思ったが、真に恐ろしいのはあちらだった。


 騎士団というのは、質はもちろんとして、安定した数を揃えられることが最大の強みだ。

 だからこそ化け物のような相手であっても、Sランク冒険者が相手であっても、その抑止力として騎士団が機能するのだ。


 だがあの男はそれまでの枠組みを根本から破壊し尽くすだけの力を持っている。

 姿だけしか見なかったが、すでにフェンリルとミノタウロスとドラゴンを従えて本人もあれだけ戦えるのだ。あんな化け物、神話に出てくるような善意の塊であればともかく、何をしでかすかわからない人間が持って良い力を超えている。


「我々は化け物を倒すためにいるようなものだぞ。そして騎士団は一度あの地にそれをやりに行っている」


 団長が自信を持ってそう告げる。


「あのとき始末しそびれた化け物たちを倒しに行くと思えば良い」


 スタンピード。

 貴族が一つ滅ぶような魔物の大発生を食い止めたのが王都騎士団だった。

 だが同時にあのとき、騎士団は……。


「生存者を見殺しにした……あの……」

「しかたなかろう。現地の人間をいちいち助けていてはキリがなかったのだ」


 団長があの顔をしている。俺が苦手なあの、ときおり見せる残忍な笑みだ。


「魔物の討伐が最優先事項。救えぬ命だったと割り切るしかない」

「……」


 あの日の出来事はもちろん記録に残っている。

 だが騎士団の幹部にはその記録とは異なる真実が伝わっているのだ。

 あのとき騎士団は救援要請を受けて討伐隊を編成した。

 だが救援は行われなかったのだ。

 騎士団は徹底して魔物の討伐を優先して動いた。結果それが被害を食い止める最善だったと、そう言われてはいる。

 それでも……。


「若いな」


 やりきれない思いもまた、あった。

 目の前の命を救わずして何のための騎士団なのかと。


「だがもうお前は立場ある人間。此度も割り切って仕事をせよ」

「わかりました」


 切り替えなくてはいけない。

 目の前の一の犠牲に目を瞑って背後にある十の生命を救う。それが王都で働くものの務めだ。


「見えてきたぞ」


 あの化け物たちを止める必要があることはわかる。

 怪物が王国へ牙を向けば、それこそとてつもない被害をもたらすのだから。


「安心せい。あやつらは王都ギルドが遠ざけておる。それに今回はただの視察だ。所詮小娘と少々のアンデッドが出る程度のものよ」


 余裕の笑みを浮かべるベリウス団長。


 だが、俺は迷いを断ち切れずにいた。

 もしもだ。

 もしあの怪物たちが、起こさなくても良い竜だとしたら……。

 今まさに自分の行動が、王国を危機に陥らせているのではないだろうかと、そう思わざるを得なかった。

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