第100話
「貴族としての死を望むなら、私が自ら引導を渡してやろう。領地で起きる跡継ぎ問題も何もかも、責任をもって管理すると約束しよう」
「え……? あの……」
「それを望まぬなら、今回の件を王都に上げる。そうなればどうなるか、お前もわからないほど馬鹿ではあるまい……」
尋常ではない汗をポタポタと流すグリムの様子から察するに、後者のほうがひどい目に遭うということか……。
俺の知ってる知識に照らし合わせると……悪質な罪に問われた貴族って親族ごと処刑されてた気がするな……。恐ろしすぎる。
「そんな……」
固まったまま動けなくなるグリム。
「どうする? グリム」
セシルム卿の言葉に目を泳がせるグリム。
ふと、俺と目が合う。
憎しみと、焦りと、懇願と、様々な感情が浮かび上がる目で俺を見ていた。
そして目線がミルムへと移る。ミルムの目はきっと、俺のものより冷めたものに映るだろう。
「ぐっ……ぐぬぬ……」
「どうしたグリム。潔く──」
セシルム卿の言葉は最後までつながることはなかった。
次の瞬間、あろうことかミルムに襲いかかろうとグリムが動きだしたからだ。
「は?!」
とっさの出来事に一瞬遅れてから、セシルム卿が慌てて止めようと腰の剣に手をかけた。だがその動きを俺が制した。
ミルムの心配は必要ない。
「あら。貴族としては死にたくなかったのね」
「くそぉおおおお! お前だけは! お前だけはあああああ」
「だったらそうね……豚としてはどうかしら?」
「ふざけるなぁあああああ……なっ!?」
グリムが襲いかかろうとして飛び込んだミルムの身体は、【霧化】によって消える。そのまま霧は黒いコウモリとなり、転んだグリムを包んでいた。
「なっ?! これは……なんだ! くそっ! やめろ! やめんかっ!? ぐぁ……が……ぶ……ぶひ……」
「おいおい、本当に豚にしたのか?」
黒い塊から漏れ聞こえてきた声に思わずミルムを見る。
どんな魔法だ……。
「幻術よ。彼はもう、自分のことを豚だと思い込んでいるわね」
「そんなことが……」
言葉通り、コウモリたちが消えて現れたのは、四つん這いでブヒブヒ鳴くグリムだった。
「凄まじい魔法だ……」
セシルム卿も舌を巻いた。
「今の、私が罪に問われることはあるかしら?」
仮にも貴族を相手にこれだ。
状況を考慮するにしても本来は問題のある行為だが……。
「君たちに迷惑がかかることなど絶対にないと誓おう」
「そう。良かったわ」
「いやしかし……改めて敵に回らずに済んで良かったと思ったよ……。もしこの男が先に訪ねてきていたら、なんの疑いもなく話を進めていたかもしれないからね」
「最初から看破していたのによく言うわね」
ミルムには俺には見えない何かが見えていたようだった。
「さて、迷惑をかけたね。だが次の予定は無くなった。君たちの時間が許すなら、地下室を見ていかないかい?」
「地下室?」
話している間にすでにグリムは使用人たちに引きずられて退場となっていた。
きっともう出会うことはないだろうことは、それを見送るセシルム卿の険しい眼光が物語っていた。
「なにかあるのか?」
「一つだけ君たちに渡しそびれていたものがあってね」
もったいつけたあと、セシルム卿はこう告げた。
「竜の墓場に遺されていたドラゴンの角を代々我が家で管理してきたんだ。君たちならこれもなにかに使えるんじゃないかと思ってね」
「おお」
ミルムを見るとうなずいている。
できるということだろう。レイやエースの時のような強化が。
『きゅー?』
アールを呼び出してやると不思議そうに首をかしげていた。
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