第50話

 とんでもない魔法だ……。

 いやそうじゃないだろう。ミルム自身がとんでもないのだ。


 そしてその超常の力を、俺を守るためにつかってくれたことに驚いた。

 人間を怖がったミルムが、他ならぬ人間の俺のために、だ。


「大丈夫かしら?」


 ミルムから出た言葉はそれだけだった。

 ミルムだって無傷ではないことは表情でわかる。普通なら即死の攻撃を全身に浴びることになったんだ。俺が弱いせいで。

 だが、ここで謝るのは違うと思った。

 だからこの驚きと複雑な思いは、他のタイミングで確認することにしよう。

 今は目の前のことに集中する。


「ああ。ありがとう。そっちは大丈夫なのか?」

「流石に無傷とは言わないけどね」


 あれで無傷なら万が一他のヴァンパイア・ロードが敵になったときにどうやって倒せという話になる。

 なんかもう、今のミルムを見てしまうとドラゴンゾンビが可愛く見えてくるな……。

 いや俺にとっては圧倒的に格上なことは代わりはないんだが……。


「さて、あれで持ってた魔力も底をつきそうね」

「じゃあ……」

「ええ。いい練習になるんじゃないかしら? 【夜の王】で道を塞ぐわ。あなたも一緒に」

「ああ……!」


【夜の王】

 ミルムは回復魔法のように使うがその原理は不明だ。

 俺にできるのは単純に黒い魔物なのか何かわからないコウモリのようなものを出現させることだけ。


 ミルムの繰り出す無数のコウモリたちがドラゴンゾンビの行く手を阻みながらその活動領域を狭めていった。


「やるか」


 ミルムに習って俺もドラゴンゾンビの周囲へ【夜の王】を展開する。


 俺の元から放たれたコウモリたちも加わり、みるみるドラゴンゾンビを黒い影が閉じ込めていった。


「グルゥルルアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

「無駄ね」


 最初に放った全身からのブレスを繰り出したが、全て黒い渦に飲み込まれて消えていた。

 すごいな……ミルム。


「あなたの分も込みであれよ?」

「いや……ほとんどミルムだろ?」

「ふふ……いまはまだ、ね」


 そんな会話をしているうちにドラゴンゾンビの身体が崩れていく。


「グルゥウアアアアアアアアアア」


 苦しそうに鳴きながら、不自然だった灰色の身体が力を失い、構成していた不完全な骨たちが地面へ落ちていく。

 ミルムが俺を見る。

 もういいってことだな。


「グギャアアアアアアアアアアア」


 苦しそうなドラゴンゾンビ、その核を見極めていく。

 今見えているのはあくまで仮初の実体にすぎない。

 魂が残っていなければアンデッドは生まれない。その魂へ向けて、静かにスキルを発動した。


「ネクロマンス」


 ──古代竜グランドメナスのネクロマンスに成功しました

 ──古代竜グランドメナスが使役可能になりました


ドラゴンゾンビとの戦いが終わった合図をするように、あの声が頭の中に響いていた。

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