「極振り拒否して手探りスタート! 特化しないヒーラー、仲間と別れて旅に出る 刻一」

 『エルフマンは完全なるエルフを目指す』




 三度の飯よりエルフを愛した男、エルフ職人ヘンリク・ストロンバス三世の朝は早い。

 日が昇るのと同時に目覚めると、カッチリとしたジャケットを着て、膝まであるブーツを履き、マントを羽織り、最近めっきり薄くなった頭を木櫛きぐしでキッチリと七三のバーコードにセット。そしてその櫛をクルクルと回してジャケットの内ポケットへしまう。


「うむ、エルフであるな」


 壁にかけられた姿見の中に映る自らの姿――から頭頂部を少し外して尖った耳をしっかりと確認しつつゆっくりと頷き、壁に立てかけられた弓矢と丸い木の板を持って『ヘンリク・ストロンバス三世』ことエルフマンは自室の扉を開けた。

 まだ薄暗い城の廊下を進み、階段をいくつか下りて城の中庭に着くとエルフマンは大きく息を吸い、そして吐く。

 エルフマンは微笑んだ。


「やはり自然はいい……」


 地球でも『エルフは自然を愛している』という感じのイメージで語られることが多かったのでエルフマンも自然を愛している。当然、最低でも一日に一度は自然と触れ合わなければいけないのだ。それがエルフなのだから。

 まぁ、庭師にキッチリと整備された花壇と植木を『自然』と呼ぶかどうかは意見が分かれそうではあるが。そんなことはどうでもいいのだ。それがエルフなのだから。


 エルフマンは持ってきていた丸い木の板――円状の模様が描かれた的を近くの植木にかけると、そこから距離をとりつつ背中から弓を取り出し、その弦を軽くピンッピンッと弾いて確認した後、背中の矢筒から一本の矢を引き抜いて振り向きざまに放つ。

 静かな中庭にヒュッと音が響き、カツンと的の中央付近に刺さる。


「まだまだ!」


 矢を引き抜きながら右に飛び、着地と同時に放つ。そして逆側に体を投げ出して転がりながら矢筒から矢を引き抜き、起き上がると同時に放つ。花壇の縁に飛び乗って、ムーンサルトのように空中で一回転しながら放ち。着地後すぐに走りだしながらまた放ち、急停止。逆方向に飛び上がって空中で矢を放とうとした瞬間――


――ガチャリ


 中庭と城を隔てる扉が開いてメイドが顔を出した。


「む、いかん」


 その音に集中力を削がれたのかエルフマンの手元が狂い、メイドが開けた扉に矢がカツンと突き刺さる。


「ああああああああぁぁあぁ、ストロンバスさんっ!」

「うむ、すまぬな」


 驚いて尻餅をついたメイドがエルフマンの姿を確認すると勢いよく飛び上がって詰め寄った。


「まぁぁぁた貴方ですか! 中庭では訓練しないようにと何度も言っているではないですか! 訓練なら城の裏の訓練場でと、何度もお願いしているのに!」

「ふむ、我はエルフなのでな」

「意味が分かりません!」


 エルフは自然を愛しているので自然と触れ合わなければならないし、エルフといえば弓の達人なので弓の練習は欠かせない。しかしこのアッザール帝国の首都トランキスタは大都市で、その中心部にはほとんど自然など残っていない。あるとすれば一部の貴族の屋敷とこの場所、トランキスタ城の中庭ぐらい。城の裏の訓練場は兵士が訓練出来るように広い空間が用意されているが、そこには自然はなくただの土のグラウンドしかない。つまりエルフが訪れるとすればこの場所しかないのだ。

 そしてエルフは多くを語らない。森の奥に引きこもって人とはあまり関わらない。ペラペラとお喋りはせず、クールに振る舞う。それこそが真のエルフなのだ。

 ……という信念に基づいて行動しているエルフマンの言葉は誰にも伝わらないが、本人はそれでいいと思っている。それがエルフなのだから。


 エルフマンはメイドの説教を聞き流し、矢が刺さった的へ向かう。

 直径一メートルぐらいの的の中央付近に大体の矢が刺さっているが一本は的の外側に刺さっている。そして最後の一本。

 エルフマンは的に刺さった全ての矢を抜いて矢筒に戻した後、扉の方を向いた。

 扉に刺さった最後の一本は少し逸れたと言うにはちょっと逸れすぎで、完全に別の方へ飛んでいる。


「我もまだまだ修行が足りぬな」

「な~にツルッパゲ頭でカッコつけてるんですか! いいですかストロンバスさん? ここは姫様がお茶会を開かれる場所ですよ! そんな場所で――」


 なにか聞こえた気もするがエルフマンは気にせず扉へ向かい矢を引き抜いて矢筒に戻す。

 もう少し弓の練習をしたい気持ちもあるが、練習のしすぎもよくはない。ムキムキマッチョになってしまうとエルフではないからだ。まぁどちらにせよ今日はもうこの場所は使えないだろうが。

 エルフマンは弓を背負い、木から的を外して部屋へ向かおうとした。


「まったく……エルフならエルフの秘薬とやらをその頭に塗って――」

「メイドよ、詳しく話すのだ」


 エルフマンは光速でシュバッとメイドの目の前に現れた。

 エルフの秘薬と聞いて三度の飯よりエルフが好きなエルフマンが黙っていられるわけがないのだ。

 いきなりハゲたエルフに両肩をガツッと掴まれたメイドは「ヒィィィ」と叫び、そしてエルフマンの圧力に押されるように口を開く。


「エ、エルフに伝わる秘薬を使えばどんなツルピカ頭でもフッサフサになるって。だからエルフにハゲはいなくて、世界中の王侯貴族が密かにエルフの秘薬を探してるって!」

「……」


 確かにエルフがハゲるわけがない。ハゲたエルフなど存在するわけがないのだ。それがエルフなのだから。

 エルフマンはメイドを掴んでいた手を離すと強く握りしめ、前を向く。


「これでまたエルフの里を目指す理由が増えた、か」


  完全なるエルフ――パーフェクトエルフを目指すため、ヘンリク・ストロンバス三世は今日も歩み続ける。

 頑張れ! エルフマン! 負けるな! エルフマン! 進め! エルフマン!

 まぁ、彼はこの世界に来てからまだ一度もエルフとは会っていないので本当のエルフについてはよく知らないのだが。

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