第286話 死者の呪詛

 ビルから飛び降りたレイナは落下しながら空中で身を反転させた。

 そしてトガミの背後にいる人型端末に気付くと、すぐに銃を構えて引き金を引く。

 銃弾が標的の頭部を目掛けて一直線に飛び、相手の首から上を吹き飛ばす。


 それで倒したと思ったレイナは表情を僅かに緩めた。

 だが即座に驚きで顔をゆがめる。

 首無しの敵が着弾の衝撃で体勢を崩しながらも、銃をレイナの方へ向けようとしていた。


 その人型端末を、同じく空中で身を翻したトガミが銃撃する。

 無数の銃弾を全身に浴びた人型端末は、それでも壊れない。

 だが動きを封じるのには十分だった。

 そのすきにレイナが今度は胴体を狙う。

 強力な弾丸が相手の胴体を粉砕し、結合箇所を失った四肢を四散させた。


 バラバラになった人型端末だったもの、肉片と金属片と緑色の液体が飛び散る中、レイナ達は落下しながら強化服の接地機能を応用して足下に力場装甲フォースフィールドアーマーを生成し、その見えない足場の上を滑り降りるようにして減速する。

 そして上からバイクで近付いてくるアキラを見ると、そのバイクに飛び乗った。


「アキラ!

 どうなってるの!?

 何があったの!?」


「俺にもよく分からないし、説明する時間も無いからこれだけ聞いておく。

 このままレイナ達だけ安全な場所に避難する。

 距離を取って一緒にシオリ達の援護に回る。

 どっちにする?」


 レイナは一瞬だけ迷った。

 だがすぐに決めると、その自分の我がままに付き合わせてしまうトガミを見る。

 トガミはうなずいて返した。


「援護!」


「了解だ」


 アキラがバイクを垂直方向に勢い良くUターンさせる。

 地面すれすれで折り返し、一気に飛び上がった。




 レイナ達と合流したアキラがふと思う。


『アルファ。

 さっきレイナ達が倒したやつだけどさ、随分弱かった……と思うのは俺の自惚うぬぼれかな?』


 自分やシオリ達が必死になって相手をした人型端末はもっと強かったはずだ。

 そう思ってしまうのは、自分がレイナ達の実力を無意識に軽んじてしまっているからだろうか。

 そうだとすると、不味まずい傾向だ。

 アキラはそう懸念を覚えていた。


 それをアルファが否定する。


『いいえ。

 実際に大分動きが悪かったわ。

 恐らく本人が戦っている最中だから、遠隔操作端末の操作までは手が回らないのよ』


『なるほど。

 それなら上にいたやつは、やっぱり本物か』


『希望的観測ではあるけれど、彼女を殺せば敵の勢いが激減する可能性はあるわ。

 急ぎましょう』


『ああ。

 とっとと終わらせよう』


 念話で済ませた一瞬の会話なので、然程さほど高くないビルの屋上へ向けてバイクで高速で駆けてもまだ到着していない。

 だがそれでもシオリ達を援護できる位置まで移動するのに掛かる時間は、本来ならば僅かだ。


 しかしそれを邪魔するものが現れる。

 アキラは側面の空中から近付いてくる新たな反応に気付くと、飛行バイクに乗った人型端末だと判断してすぐに銃を向けた。


 そして反応の正体が情報収集妨害煙幕ジャミングスモークを突き破って現れる。

 それを見たアキラは思わず顔を引きらせた。


 飛行バイクに乗った人型端末だろうというアキラの予想は半分だけ当たっていた。

 それは飛行バイクの形状をした肉塊と機械の混合物から、銃と一体化した半分ほど生身の多腕が生えているものだった。


 アキラ達と異形が銃撃し合う。

 多数の銃から撃ち出された弾丸が宙を飛び交う。

 そのそれぞれの威力は互いを十分に殺し切れる意味でほぼ互角だったが、回避率と命中率はバイクの巧みな挙動と撃ち手達の実力もあり、アキラ達が一方的に上回っていた。

 無数の銃弾を浴びた異形は緑色の血を流しながらも異常な程の生命力で持ちこたえたが、その上で更に弾幕を浴びては耐え切れず、原形の大半を失いながら落下していった。


 アキラ達は容易たやすく勝利を得た。

 だがその顔には勝利への喜びなど欠片かけらも無く、驚きで染まり、険しくゆがんでいた。

 そしてレイナが思わず声を荒らげる。


「アキラ!

 あれ!

 何なの!?

 アキラ達が連れてきたの!?

 向こうで何と戦ってたの!?」


「向こうにもあんなのはいなかったよ。

 どうなってるんだ?」


 困惑を強めるアキラに、アルファが真面目な顔で指示を出す。


『アキラ。

 追加が来たわ。

 意識を切り替えて迎撃して』


 遠距離から高速で接近してくる新手の異形達は、元は飛行バイクだった部分から多腕で頭部の無い上半身を複数生やす個体や、異様に肥大した眼球を付けている個体など様々だ。

 だが少なくとも人間には見えないという点で、基本的には似たような形状をしていた。

 そしてその全てが間違いなくアキラ達を攻撃対象にしていた。


「レイナ。

 トガミ。

 あいつらがシオリ達を攻撃する前にこっちで全部撃破する。

 俺にそっちを気遣う余裕はあんまりないと思って、出来るだけ自力で何とかしてくれ」


 レイナが力強く笑い、トガミも軽く笑って、どちらも高い意気を見せる。


「言われるまでも無いわ」


「元々レイナの護衛は俺の仕事だ。

 そっちに押し付ける気はねえよ」


「よし。

 行くぞ!」


 バイクが一気に加速する。

 そのまま高く上がり、ビルの屋上を越えると、次は拠点の周囲を高速で旋回する。

 並の者達であれば慣性で即座に振り落とされる負荷の中、アキラ達は各自の銃を異形達へ向けると銃弾に己の才をぎ込んで撃ち出した。


 被弾した異形達が緑色の血を吹き出して撃墜していく。

 しかしその一部は落下しながら負傷箇所を速やかに回復させると、再び飛んで戦線に復帰する。

 更に追加の増援まで現れて攻撃に加わっていく。

 飛び交う銃弾の量は減るどころか増えている。


 多数の異形達を相手にしてなおアキラ達が優勢ではあるものの、戦況は硬直していた。




 エリオ達はシロウの指示で拠点まで撤退していた。

 仲間に犠牲者を出してでも戦線を維持していた状況で急に出た撤退の指示に憤りを覚えた者もいたのだが、そこにドランカムのハンター達まで戻ってきたことで、指示の妥当性を受け入れるのと引き替えに、一体何があったのかと不安と困惑を強めていた。


 ビルを完全に閉鎖すれば防御は増すが、襲撃者達への反撃も出来ず一方的に攻撃されてしまい、いずれは破られる。

 ビルの力場装甲フォースフィールドアーマーも長くは保たない。

 それを防ぐために今までは外に打って出て、奇襲を続ける形で応戦していた。


 今は出入口付近に簡易防壁を配置し、各自が配置に付いて外へ銃を向けている。

 戦車や人型兵器まで持ち出してきた襲撃者達から逃げ場も無く攻撃されることを想像して、エリオ達の緊張が徐々に高まっていく。


 しかしその緊張もしばらくすると再び困惑で上書きされた。

 襲撃者達が一向に現れないのだ。


「エリオ。

 どうなってるんだ?」


「……都合良く考えれば、アキラさんが勝ったから連中が撤退した……とか?」


「おぉ!

 そうか!」


 エリオの発言には何の根拠も無いのだが、それでも他の少年達が活気付く。

 それに釣られてエリオ自身もそうかもしれないと考え始めた時、上から落ちてきたものがその楽観視を粉砕した。


「な、何だ!?」


 エリオ達が慌てて銃を向ける。

 手足の生えた肉塊が拠点近くの地面に激突していた。


「モ、モンスター!?

 何でモンスターが……」


「まだ動いてるぞ!」


 驚き戸惑っていたエリオ達がその言葉で我に返り一斉に銃撃する。

 モンスターは被弾しながらも再生しようとしていたが、既に負傷で動けないところへ銃弾を山ほど浴びては再生が追い付かず、体内に流れる緑色の回復液を使い切って動きを止めた。


 しかしそれでは終わらなかった。

 拠点の上空でアキラ達に撃墜された異形達が、エリオ達の安堵あんどたたき潰すように次々と落ちてきたのだ。


 狼狽ろうばいする少年達をエリオが一喝する。


「落ち着いて撃て!

 ちゃんと倒せる!」


 それで少年達も我に返った。

 統率を取り戻した部隊が総合支援システムの支援もあって効果的に動き出し、戦況を優勢に固定する。

 その成果が少年達の意気を回復させた。


 そこに更なる変化が現れる。

 今まで姿を見せていなかった襲撃者達が遠方から現れたのだ。

 こんな時に、とエリオが思わず顔をしかめる。

 だがその顔もすぐに怪訝けげんなものに変わった。

 襲撃者達も別のモンスター、地上を闊歩かっぽする異形達に襲われていたのだ。


「本当に……、どうなってるんだ……?」


 訳が分からない状況が続いていたが、それでもエリオ達は戦うしかなかった。




 拠点の周辺の空中をバイクで旋回しながら戦っていたアキラが、辺りの状況を見て考える。


『アルファ。

 これさ、足の速い個体が先にこっちに来ただけで、その内に他のやつも来るよな?』


『恐らくね』


 自分達が戦っている相手は暴食ワニのように食べたものを自身に反映させる何かだ。

 その何かの内、人型端末達が使っていた飛行バイクを取り込んだ個体が、その機動力で先にここまで来た。

 それならば他の個体はまだ到着していないだけで、今ここに向かっている最中だ。

 そして恐らく後続の方が量も多く強い個体も多い。

 その中には撃墜した人型兵器を取り込んだ個体もいるはずだからだ。

 そう考えたアキラが、面倒だと顔をしかめる。


 そこで真面目な顔のレイナに声を掛けられる。


「アキラ。

 私達が戦ってる相手って、あれ、モンスターよね?」


「えっ?

 まあ、俺にはそう見えるけど……」


 見れば分かるだろうと、アキラは少し不思議そうな顔を返したが、レイナはそれで言質は取ったとした。


「アキラもそう思うのね?

 それならこの状況を都市に伝えましょう。

 アキラとリオンズテイル社の戦闘なら防衛隊も傍観するでしょうけど、モンスターの群れが都市を襲撃してきたのであれば動くはずよ。

 私とトガミで行ってくるわ」


 アキラが僅かに思案する。

 相手はモンスターに見えるが、無関係のモンスターが偶然同時期に都市を襲撃したとはとても思えない。

 間違いなくリオンズテイル社、パメラ達が関わっている。

 それを分かった上で防衛隊を戦闘に参加させるのは、無関係な都市をこちらの都合で利用し巻き込むことを意味する。

 自分ならばしない、と考える。


 しかし自分ならばしないだけであって、レイナ達に、だからやめろ、と強制するのは違うとも思う。

 レイナも分かってやっており、だからこそ自分に、敵はモンスターだと確認を取ったのだ。

 そう遅れて理解する。


 モンスターの襲撃という口実を使ってでも、防衛隊を巻き込んででも、シオリ達を助けるために、レイナはそれを、する、と選んだのだ。

 そう理解したアキラは、そのレイナの選択を肯定した。


「……、分かった。

 じゃあ俺のバイクを貸すから後はそっちで頑張ってくれ」


 バイクから降りて徒歩で行くつもりだったレイナが、アキラの申し出を意外に思う。

 情報収集妨害煙幕ジャミングスモークによる通信障害の所為せいで直接伝えに行く必要があるが、通信可能な距離まで近付くとアキラの立入禁止領域に重なる恐れが高いので、危険ではあるがアキラと別行動になるのは仕方無いと思っていた。

 しかしバイクを貸してくれるとは思わなかった。


「良いの?」


「まあ、シオリ達には向こうで手伝ってもらった借りもあるからな。

 その分だ」


 アキラもシオリ達からレイナの護衛を期待されていることは分かっている。

 その上でレイナ達と別行動を取るのならそれぐらいはしておこうと、アキラとしてはその程度の考えだった。

 その程度の考えで、バイクという重要な武装をレイナ達に貸していた。


「分かったわ。

 ありがたく借りておくわね」


 当然だがアキラはバイクから降りればその分だけ危険になる。

 アキラにそれを許容させるだけの貸しを作ったのはシオリ達であり、それがどれだけ大変なことだったなのかはレイナにも容易に想像できた。

 その上で、レイナはシオリ達の主として、その貸しを、責任をもって受け入れた。


「言っとくけど、壊すなよ?」


「一応、気を付けるわ」


 アキラとレイナが軽い調子で笑い合う。

 そしてアキラはバイクから飛び降りた。


 運転を代わったレイナがバイクを加速させる。


「トガミ!

 アキラはいないけど、その分しっかりまもりなさいよ!」


「分かってる!

 全く、人使い荒えなあ!」


 飛行バイク並みに空中を移動する異形達は大分減らしていたが、地面を移動する他の個体達は既に周辺まで近付いていた。

 筋肉が異様に肥大した所為せいで皮膚が破れ筋繊維を露出させたような腕を持つ人型の異形が、腕から生やした大型の銃で近くのビルの屋上からレイナ達を狙って発砲する。


 レイナ達はその銃弾をくぐりながら、先を急いでバイクで宙を駆けていった。




 空中を走行中のバイクから飛び降りたアキラが、落下しながら拠点周辺の敵に銃弾を散蒔ばらまく。

 そのアキラと併走するように宙を飛んでいるアルファは少し難しい顔をしていた。


『アキラ。

 バイクを貸してしまったのはり過ぎだと思うわ』


『まあ何とかするさ。

 それに残弾が本当に尽きそうなんだ。

 ついでだよ』


 め息で懸念を示すアルファに、アキラは苦笑を返してごまかした。


 そしてアキラの残弾が本当に尽きる。

 両手の銃が同時に沈黙したが、アキラは慌てずに宙を蹴って下方向へ跳躍、加速した。


 その下ではキャンピングカーが自動操縦で拠点の外へ勢い良く出ようとしていた。

 アキラは着地と同時に既に開いている後部扉から車両の中に入り、弾薬補充を素早く済ませると今度は車の屋根に飛び乗った。

 そして弾薬を満杯にしたRL2複合銃を宙に向けると、驚異的な装弾数を誇る拡張弾倉の中身を全て吐き出すように、濃密な弾幕を周辺の敵へ撃ち出した。


 空間を埋め尽くすC弾チャージバレットみ込まれた異形が、一瞬で気化したように形も残さず消滅する。

 弾丸サイズの小型ミサイルである誘導弾がその余りの数に空中を流れる濁流と化し、無数の支流に分かれて敵に襲い掛かり標的を撃破する。

 バイクとキャンピングカーでは携帯可能な装弾数に根本的な違いがある。

 その強みを存分に生かして膨大な量の弾丸で敵を圧殺していく。


『あのデカい戦車の主砲みたいな、バイクで必死に逃げないといけないような攻撃はもう無いだろう。

 後はこうやって敵の攻撃を避ける必要も無いようにしよう』


 そう言って笑うアキラに向けて、アルファが意味深に微笑ほほえむ。


『アキラ。

 弾薬費って知ってる?』


『……対滅弾頭を5発も撃ったんだ。

 後はもう誤差だよ』


『そう。

 まあ、アキラがそういう考えなら、私もごちゃごちゃ言うのはめておきましょうか』


 少し自棄やけになったように笑ったアキラに向けて、アルファは少し揶揄からかうように楽しげに笑った。


 アキラはそのままキャンピングカーで拠点の周囲を回り続けながら、有効射程にいる敵を消し飛ばし続けた。

 その途中、拠点の屋上に視線を向ける。

 誘導弾の濁流がそちらに向かい、途中にいた異形達に命中して相手を派手に吹き飛ばす。


(……やっぱり、自分から当たりに行ってるな)


 周辺の異形達はアキラを最優先の攻撃目標にしていた。

 だがそれは単純にアキラを狙っているのではなく、アキラがシオリ達を援護しようとしているからだった。

 また異形達はパメラ達を援護もしない。

 拠点の屋上で繰り広げられているシオリ達とパメラ達の戦闘に介入しようとする者を優先して襲っていた。


(邪魔するなってことか?

 どうなってるんだ?)


 疑問に思いながらも、アキラはシオリ達の下には向かわずに周辺の敵の排除に専念する。

 自分がシオリ達と強引に合流しようとすると、恐らく異形の群れもそこに殺到する。

 そしてその乱戦はシオリ達に不利に働く。

 そう判断し、まずは周囲の敵の殲滅せんめつを優先した。




 カナエが拳を繰り出す。

 そこに込められた殺意は相手の死を望む意味で本物だが、今のカナエは戦闘を楽しむのを完全に止めたこともあって、その殺意は対象に嫌悪すら抱かない害虫駆除に近いものであり、ただただ効率を求めた一撃だった。


 その効率をもって生み出された速度が、1メートルも無い相手との距離の間にある空気を相対的に分厚く固い壁に変える。

 その壁を極限まで上げた効率による技巧で貫き、拳の弾道に沿って衝撃すら飛び散らせながら、冷徹な一撃をパメラに放つ。


 しかしかわされた。

 無表情に近いカナエと、わらうパメラの視線が、攻防が切り替わる一瞬で交差した。


 パメラが拳を繰り出す。

 そこに込められた殺意は相手の死を望む意味で本物であり、その一撃によって対象がむごたらしく死ぬことを望む憎悪に満ちていた。

 数十の人型端末を一人で操る技量を応用した、自身の体を客観的に操作可能な技術をもって、自身の体を全く気遣わずにひたすら威力を高めた一撃をカナエに放つ。


 それをカナエが何とかかわす。

 避けられたことにパメラの顔が憎々しげにゆがみ、辛うじてかわしたカナエの顔も険しくゆがむ。


(……強い!

 やはりあの時に殺しておくべきだったのはこっちだった……!)


 己の選択の誤りを悔いながら、その悔恨すら力に変えてカナエは戦い続けていた。


 シオリが刀を振るう。

 高性能な強化服から生み出される驚異的な身体能力を、長年の研鑽けんさんで磨き上げた技術をもって巧みに操った上で、輝く刃に己の忠義を乗せて主の敵を討ち滅ぼそうとする。


 だが防がれた。

 使用にリオンズテイル社の支店長の許可が要るほど強力な装備なのだが、それは相手も同じだ。

 そして既に死んでいるラティスには意志も忠義も無いが、代わりにパメラの技術と憎悪が込められている。

 数十体の人型端末の同時操作に必要な類いまれな精密動作をたった1体のために割り当てた動きは、シオリの動きを上回っていた。

 即座に反撃が来る。


 シオリはそれをギリギリで防ぐ。

 光刃同士が再び衝突し、そこから漏れたエネルギーが火花のように飛び散った。


(本人よりも強い……!

 自身もカナエと戦いながらこの操作……!

 何て技量……!

 道理でこっちを生かす訳です……!)


 あの時ラティスではなくパメラを殺しておけばこの状況は無かったと、シオリは自分の命と引き換えにしてでも躊躇ちゅうちょ無くパメラを逃がしたラティスの冷静な判断を称賛しつつ、それを見抜けなかった自身の未熟を悔やむ。


 だが悔やんで終わりにはしない。

 自分達が敗北すればこの力が次はレイナを襲う。

 それは認められない。

 レイナのためにも勝たなければならない。

 そう決意し、強敵に、そして未熟な己にあらがい、この苦境を斬り払うと意気を高める。


 シオリもカナエも既に重い副作用のある戦闘薬を服用済みだ。

 意識は加速し、感覚は研ぎ澄まされている。

 発砲後の弾丸すら視認し、見てから回避可能なように感じられる。

 その状態でなお、パメラ達とは互角にすら至っていない状況に、シオリ達は死力を尽くしてあらがっていた。


 一方パメラもシオリ達の認識ほど余裕ではなかった。

 死力を尽くして相手を殺し、勝利を得ようとしているのはシオリ達と同じだ。

 だがその勝利条件の差異が徐々にパメラを押し始める。


 シオリ達はパメラ達の凶刃からレイナをまもために戦っている。

 そのためならば自身の死を許容できる。

 つまり相打ちでもシオリ達にとっては勝ちとなる。


 しかしパメラは自分が足手まといになった所為せいでラティスを死なせてしまった過去を払拭するために戦っている。

 そのためにはパメラもラティスも健在な状態で勝たなければならない。

 つまり相打ちは、パメラにとっては負けとなる。


 あの時と同じ2対2の状況で戦い、結果を覆す。

 パメラはその状況を作り出すために、連れてきたリオンズテイル社の部隊をほぼまるごと消費した。

 加えて元は人型端末だった異形達にも、戦闘に手を出さないように指示を出していた。

 余りの憎悪の所為せいでそこまでするほど勝ち方にこだわってしまったパメラに、今更その勝利条件を変える考えは欠片かけらも無かった。


 だが勝利条件が困難であるほど、それを達成するために極限の集中を続けるパメラの負担も強くなる。

 ラティスの精密動作にもどうしても影響が出る。

 その所為せいでパメラはシオリ達を殺し切れない状態が続いていた。


 そして契機が来る。

 戦闘薬の効果が切れるまでの残り時間を察したシオリとカナエが、効果が切れて動きが鈍れば殺されるだけだと勝負に出る。

 残る力を振り絞り、拮抗きっこうする攻防から、生死が危うく混在する領域へ決死の覚悟で踏み込んだ。

 忠義をもって死を許容し、自らの退路を断ち、刺し違えるための一撃を、シオリとカナエは目配せもせずに同時に放った。


 パメラもそれに対応しようとする。

 だがパメラはシオリ達ほどは踏み込めない。

 死は恐れないが、勝利条件を満たすためには死ねないからだ。

 その踏み込みの甘さがパメラを後手に回させた。

 カナエの一撃を自らで、シオリの一撃をラティスで受け流そうとする。


 そして、自分が足手まといだった所為せいでラティスが死んだと思っているパメラは、自身とラティスの精密操作の配分を偏らせた。


 ラティスはシオリの一撃を完璧に受け切った。

 死を賭して繰り出した一撃でも駄目なのかと、シオリの顔が大きくゆがむ。

 既にシオリにはこの後に対処出来る余力は無い。

 自分はこの後すぐに反撃を食らい、死ぬ。

 そう察して、使命を達成できなかったことを心の中でレイナにびた。


 だがその反撃は来なかった。


 カナエの一撃はパメラに通っていた。

 パメラも防ごうとはした。

 だが自分よりもラティスを優先した所為せいで、その動きは精彩を欠いていた。

 そこに生まれた僅かなすきき、カナエの拳はパメラが前面に配置した力場障壁フォースフィールドシールドを砕き、両腕の力場装甲フォースフィールドアーマーを貫き、相手の腕をし曲げて頭部に届いていた。

 その威力はパメラの頭部を吹き飛ばすには足りていなかったが、衝撃を内部に伝えて脳を粉砕した。


 即死したパメラが背後へゆっくり崩れ落ちる。

 限界だったカナエも少し遅れて崩れ落ち、片手と片膝を付いた。


 シオリも膝をつく。

 動かす者がいなくなったラティスはその場に立ったままだった。


「カ……、カナエ……、そっちは……、殺せたの……?」


「な……、何とかっす……。

 あ、あねさんの方は……?」


「こっちの方は……、初めから死んでるでしょう……」


「そう……だったっすね……」


 荒い息を続けながらシオリ達が呼吸を整える。

 そして少しだが体力を回復させたシオリは、刀をつえ代わりにして何とか立ち上がると、その刀を上段に構えた。


「まあ……、一応斬っておきましょう」


 誰かに再びラティスを動かされる前に、用心のために使用不能にしておく。

 その程度の考えでシオリは刀を振り下ろした。


 今のシオリでも動かない相手を斬るぐらいは出来る。

 だが出来なかった。


「なっ!?」


 ラティスがシオリの刀を防いでいた。


 カナエがシオリを助けようと反射的に拳を振るう。

 だが既にほぼ死に体の体では余りにも遅い。

 それはシオリも同じで、顔を一気に険しくしていた。

 そして次のラティスの動きを反撃の予備動作と捉えたシオリ達が顔を大きくゆがめる。


 ここでラティスに今までの動きで反撃されていれば、シオリ達は死んでいた。


「……えっ?」


 しかしラティスは大きく飛び退いてシオリ達から離れた。

 更にそのまま走り出し、屋上の端から跳躍して逃げていった。


 半ば唖然あぜんとしていたシオリ達だったが、まずシオリが我に返る。

 そして懸念を覚えてパメラの死体に視線を向けると、次にカナエを見た。


 察したカナエが首を横に振る。


「いや、こっちが本人だと思うっす。

 そうじゃなきゃ二人とも殺されてるっすよ」


「……それもそうね」


 実はラティスとパメラは脳を入れ替えており、逃げていったラティスの中身はパメラだったのかもしれない。

 シオリはそう思ったのだが、それならばそのまま自分達を殺していただろうと考え直した。

 パメラが死に、操縦者を失ったラティスが動きを止めたからこそ、シオリ達は死なずに済んだのだ。


「それで、逃げられたっすけど、あねさんはあれをどう思うっすか?」


「パメラが死んだことで外部入力が無くなったから、強化服の保護機能が、着用者が最低でも意識喪失、致命的な状態であると判断して、自動操縦で着用者を逃がそうとした……、かもしれないわね」


「ああ、それなら、急に動いたことも、反撃せずに逃げたことも辻褄つじつまは合うっすね」


「本当のところは分からないわ。

 でも今は放っておきましょう。

 追う余力も無いし、そんなことよりお嬢様の援護の方が重要よ。

 カナエ。

 動けるわね?」


「全く、人使い荒いっすね。

 立つのもキツいんすよ?」


「そんなこと、お嬢様の安全と比ぶべくもないわ」


 カナエも流石さすがに苦笑を浮かべる。

 言いたいことは分かるのだが、シオリ自身もふらついており、無理をしているのがはっきりと分かった。


「ここでアキラ少年の援護でも欲しいところっすけど……、向こうに回したっすからねー。

 ……ん?」


 ちょうどその時、アキラが拠点の壁を駆け上がって屋上に上がってきた。


「ちょうど良いところに来た、か、もうちょっと早く来てくれれば、か、迷うっすねー」


 近付いてくるアキラを見ながら、カナエは苦笑を浮かべてつぶやいた。




 アキラは何とかシオリ達の援護に向かおうと、大量の弾薬に物を言わせて異形の群れと戦っていた。

 ある程度減らしさえすれば、自分が屋上に行った所為せいで異形達をシオリ達の所に連れていってしまったとしても、自分だけで問題無く対処できるだろう。

 そう考えて群れの数を減らすことを第一に撃ち続ける。


 しかし続々と追加が来る所為せいでなかなか数が減らない。

 シオリ達の状況も気になるので、アキラは多少強引にでも屋上に向かうべきかどうか迷い始めていた。


 その時、敵の増援が急に止まった。

 残っていた敵もまるで撤退するように拠点から離れていく。

 アキラはそれを怪訝けげんに思いながらも、それはそれとして好機だと考えて拠点の屋上に向かった。

 そしてシオリ達の姿を見付けてまずは安堵あんどする。

 状況から考えてシオリ達が勝ったのだと判断すると、落ち着いて二人の下に向かった。


「無事で何より……ってほどでもない感じか。

 回復薬あるけど、使うか?」


もらうっす!」


 アキラが未開封の回復薬の箱をカナエに渡す。

 カナエはその箱をじ切るように開けると、中身の半分を頬張るどころか流し込むように一気に服用した。

 そして残りをシオリに渡す。

 シオリも残り半分を同じように服用した。


 かなり予想外の使い方をされたアキラが少したじろぐ。


「おー、効くっす!

 アキラ少年!

 これ、結構高いやつっすね?」


「ま、まあな」


「良く効く訳っす。

 大分ましになったっす。

 あー、でもこれ、効き目が切れたら数日昏倒こんとうコースっすね」


 服用していた戦闘薬の効果は既に切れており、本来ならば重い副作用の所為せいで立ち上がるのも難しい状態だ。

 その副作用をアキラからもらった回復薬で無理矢理やり相殺することで、シオリ達は一応戦える状態を取り戻した。


 もっとも副作用自体が消えた訳ではなく無理をしていることに違いは無い。

 カナエも体感的に何となく察しただけではあるが、気を緩めて倒れてしまえば、そのまま数日昏倒こんとうするのは間違いなかった。


「アキラ様。

 回復薬、ありがとう御座います。

 経費は後日御請求を。

 それで……、お嬢様は?」


「モンスターの群れが都市を襲撃しようとしてるって防衛隊に伝えに行った。

 俺のバイクを貸したから、まあ、大丈夫だろう。

 最悪でも逃げるぐらいは出来るはずだ」


 シオリはそれで大体の事情を察した。

 欲を言えばアキラにはそのままレイナに付いていて欲しかったのだが、都市に入れないアキラにそれは出来ない以上、この状況下でバイクという移動手段をレイナに渡すのは十分な配慮だと判断した。


「お嬢様のためにそこまでして頂き、感謝致します」


「いいさ。

 それで、こっちはどうなったんだ?

 勝った……んだよな?」


「パメラは殺しました。

 三区支店の部隊を指揮していたのは恐らくパメラです。

 ですが、それで三区の部隊が退くかどうかまでは、私には何とも……」


「あー、そうか。

 退いてくれると良いんだけど……」


 状況は好転しつつあるが、気を緩めるには早すぎる。

 アキラがそう思っていると、まるでそれを肯定するように声が響く。


「私、負けたのね……」


 声はパメラの方から出ていた。

 アキラ達が反射的に警戒態勢を取る。


「カナエ!?」


「いや、ちゃんと殺したっすよ!?」


『アルファ!?』


『死んでいるわ。

 録音が死後に自動で再生されるようになっていたようね』


 パメラは確実に死んでいる。

 アキラ達は改めてそう認識した上で、死体から続く声に耳を傾けた。


「結局私は足手まといだったか……。

 ラティスと一緒に殺したかったのに……。

 残念だわ……」


 パメラは狂いながらも、自分が負けた時のことを考えていた。

 そしてその場合はラティスだけでも逃がそうとしていた。

 パメラが死んだ後、ラティスの死体が交戦を続行せずに退いたのは、パメラが初めからそう設定していたからだった。


「でもそれなら仕方無いわ……」


 そして自分が足手まといだった所為せいで負けた場合には、その要素無しで復讐ふくしゅうを続ける用意も済ませていた。


「殺されなさい。

 ラティスに」


 死者の呪詛じゅそが終わった。

 つぶやくようなその声は、自身の敗北時を想像して込めただけあって恨みに満ちていたが、最後だけ非常にはっきりした声だった。


 アキラ達が険しい表情で顔を見合わせる。


「……なあ、そのラティスってやつ、前に殺したんじゃなかったのか?」


「殺しました。

 ただその死体は、パメラが操作可能な状態で維持されていました。

 先程もパメラの操作でここで戦っていたのですが……、逃げられました」


 嫌な予感がする。

 アキラ達はそれを表情にありありと出していた。

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