第285話 緑色の液体

 シカラベは仲間達と一緒にシェリル達の拠点の周辺で襲撃者達と戦っていた。

 その顔は険しい。

 だがそれは敵の強さの所為せいではなかった。


「……カツヤ派の連中、いねえじゃねえか。

 ……杞憂きゆうだったのか?」


 カツヤ派の残党がアキラを襲うのであればこのタイミングしかない。

 指揮官であるクロサワがそう判断したことで、シカラベ達は拠点の外に打って出ていた。

 襲撃者達に交じっているであろうカツヤ派を素早く探し、撃破し、そのままスラム街から離脱する。

 その予定だった。


 しかしそのカツヤ派が見付からない。

 そして他の襲撃者達も、本来互いに戦う必要の無い相手であるシカラベ達を、見分けて無視してくれる訳ではない。

 その所為せいでシカラベ達は、する義理も義務も無い不要な戦闘を強いられていた。


 そこにクロサワから通信が入る。

 シカラベ達はエリオ達の回線を間借りする形で通信環境を維持しており、現在の通信障害下でも通信を維持していた。

 そして指示の内容を聞いたシカラベが思わず怪訝けげんな顔を浮かべる。


「……拠点に撤退?

 どういうことだ?」


 シカラベも撤退自体は疑問に思わない。

 カツヤ派はいなかったと見切りを付けたにしろ、ハンターオフィスを介した和平をないがしろにした訳ではないと言い切れる義理と義務の分は戦ったと判断したにしろ、流石さすがにそろそろ頃合いだろうと思っていたからだ。


 しかしいずれにしろ撤退ならばスラム街からの脱出になる。

 拠点に戻る意味は無い。

 むしろ襲撃者達がそこを目指していることを考えれば不要な戦闘が増える。

 その疑問がシカラベの顔を怪訝けげんなものに変えていた。


 そしてその疑問に対するクロサワの返答は非常に曖昧で、かつシカラベには説得力を持つものだった。


「嫌な予感がする」


 その短い返事を聞いたシカラベは、表情を非常に険しいものに変えた。


 クロサワは余りに安全を重視する所為せいで、時には臆病者とすら揶揄やゆされるハンターだ。

 だがそれは並外れて高い危機察知能力の弊害であり、常人ならば見逃す僅かな予兆から多くの懸念を感じ取れるためだった。

 勿論もちろん懸念のまま杞憂きゆうで終わることも多い。

 しかしその懸念に従って指揮を執るクロサワのおかげで、多くのハンターが死なずに済んでいることも事実だ。


 そして今回その懸念が、予感が正しいのであれば、クロサワが撤退先に拠点を選んでいる時点で、スラム街の外へ撤退するのは既に手遅れである恐れがあった。


「……分かった。

 拠点に撤退する」


 自身も己の勘に命を預ける者として、そして自身の指揮を預けた者への信頼で、シカラベはクロサワのあやふやな根拠、予感、勘を基にする指示を、反論せずに受け入れた。




 アキラは巨大な多脚戦車を5発の対滅弾頭を使用して撃破した後、撃破のために掛かった弾薬費に頭を抱えながらも、これで敵が撤退してくれないかと期待した。


 恐らくあれが相手の主力兵器だった。

 それを失ったのだ。

 撤退する理由には十分だろう。

 そう思っていたのだが、その期待はあっさりと裏切られる。

 荒野に陣を敷いている敵の一団から、今度は人型兵器の部隊が出現したのだ。

 加えてミサイルによる情報収集妨害煙幕ジャミングスモークの散布も再開される。

 多脚戦車との戦闘で散った情報収集妨害煙幕ジャミングスモークが再びスラム街一帯を包み始めた。


 アキラがバイクで空中を駆けながら、同乗しているシオリとカナエに声を掛ける。


「なあ、よく分かんないけど、同じ会社のやつらなんだろ?

 どこまで被害が出たら撤退するとか、分からないか?」


「申し訳御座いません。

 見当も付きません」


「まあ、全滅させるつもりでやるしかないんじゃないっすかね?」


 シオリは真面目に、カナエは軽く笑ってそう答えた。

 ある意味で予想通りだった返事と態度に、アキラはめ息を吐いた。


「そうか。

 リオンズテイル社には仕事熱心なやつが多いんだな。

 流石さすが大企業だ」


 生きている時は死を恐れずに相打ち前提で、死んだ後もバラバラにしないと立ち上がって自分を殺しにくる者達の執念に、アキラは嫌そうな苦笑いを浮かべた。


 アキラの内心を察してシオリとカナエも苦笑する。

 そして新手の人型兵器部隊の内、地上に展開した機体達を見る。


「アキラ様。

 私達は下の相手を致します。

 余力がありましたら、また援護を御願い致します」


「上はお願いするっすよー」


 シオリ達は借りていた銃をアキラに返すと、そう言い残してバイクから飛び降りた。

 落下しながらシオリはアキラに軽く礼を、カナエは笑って手を振っていた。

 そして問題無く着地すると、瓦礫がれきに身を隠しながら敵の機体の方へ移動していった。


 人型兵器の部隊が地上と空中からアキラへの銃撃を開始する。

 その攻撃を、バイクで宙を駆けるアキラは巧みな運転で高速で回避する。


『アルファ。

 あれには対滅弾頭は要らないよな?』


 そうであって欲しいという願望を顔に出しているアキラに、アルファは楽しげな笑顔を向けた。


『不要かどうか、早速確かめましょうか』


『だな』


 返してもらった2ちょうのRL2複合銃とバイクのTGPレーザー砲が照準を定める。

 撃ち出されたC弾チャージバレット、小型ミサイル、レーザーが標的に一斉に着弾し、機体の力場装甲フォースフィールドアーマーを貫いて大破させた。


「よし!」


 安めの弾薬費で敵を撃破できたことにアキラは思わず声を上げると、そのまま意気も上げて戦闘を続行した。




 地上に戻ったシオリ達が人型兵器を撃破していく。

 瓦礫がれきだらけの地面を濃い情報収集妨害煙幕ジャミングスモークに紛れて高速で進み、距離を詰め、人と巨人の体格差による戦力差を装備と力量で覆す。


 シオリが軽く跳躍し、5メートルほどの高さの機体に向けて刃を振るう。

 横ぎの一閃いっせんが相手の力場装甲フォースフィールドアーマーを突破した。

 両断された胴体部が切断面に沿ってズレていき、上下に分かれて崩れ落ちる。


 カナエも同じように拳を振るう。

 強化服の身体能力に本人の技量を乗せて、アンチ力場装甲フォースフィールドアーマー機能まで加えた一撃が、敵の胴体部を吹き飛ばす勢いで突き刺さる。

 装甲と拳の接触箇所がへこむどころか大きく陥没し、内部に伝わった衝撃が機体を大破させた。


 シオリもカナエも人型兵器を容易たやすく倒している。

 しかし、だからこそ、その顔は険しかった。


「……あねさん。

 これ、何だと思うっすか?」


「……、分からないわ」


 投入された人型兵器はどれも微妙な性能だった。

 安物とは呼べないものの、荒野で500億オーラムの賞金首を狙ったハンター達が使用していた機体より劣る性能しかない。


 その程度の性能でも部隊として一気に投入するのであればまだ分かるのだが、逐次投入されていた。

 それでも本隊を撤退させるための時間稼ぎであれば一応理解は出来るのだが、荒野に展開された本隊に撤退の気配は無かった。


「取りえず、倒せるだけ倒しておきましょう」


「了解っす」


 シオリ達は敵の意図の読めない行動に顔を険しくさせながらも、出来る限りのことを続けていた。




 地上でシオリ達が顔を険しくしていた頃、既に多数の人型兵器を倒していたアキラもバイクで宙を駆けながら顔を険しくしていた。


『アルファ。

 これ、何かのわなだと思うか?』


 アキラも強敵など望まない。

 新手の人型兵器を、対滅弾頭を使わずに倒せることも歓迎できる。

 だがパメラが操る人型端末の群れや、巨大な多脚戦車との激戦の後に、幾ら人型兵器とはいえ然程さほど強くもない敵が現れると、拍子抜けどころか疑念を覚えていた。


 アルファも余裕の微笑ほほえみとはいかず、真面目な顔を浮かべている。


『何らかの意図はあるのでしょうけれどね。

 取りえず、こちらが対滅弾頭を潤沢に持っていないことは露見してしまったわ』


 対滅弾頭という切り札の存在は既に相手に露見している。

 その上で、空中の人型兵器の部隊はえて散開しない陣形を取り、対滅弾頭を使用されれば効果的に倒される状態を維持していた。

 その状態でアキラが対滅弾頭を使わなかった以上、残弾が僅かしかないなど、使用に著しい制限があることは明白だった。


 それらをアルファから説明されたアキラがうなる。


『うーん。

 少なくともこっちが対滅弾頭をたっぷり持ってるなんてハッタリも出来ない状態ってことはバレた訳か。

 あいつらはそれを確かめるための捨て駒だった……?

 うーん』


 一理あるとは思いながらも完全には納得できず、アキラの顔は険しいままだった。


『アキラ。

 気を散らさずに、気を緩めずに戦う。

 今はそうするしかないわ』


『そうだな。

 分かった』


 考えすぎた所為せいで術中に陥ることもある。

 アキラは気を切り替えて戦い続けた。


 その間にもミサイルによる情報収集妨害煙幕ジャミングスモークの散布は続いていた。

 以前より濃度を増した煙幕が地上部をみ込み、その中の事態を覆い隠していた。




 シオリ達が周囲の情報収集妨害煙幕ジャミングスモークの濃さに懸念を覚え始める。

 その時、カナエが煙幕の向こうに敵の気配を察して警戒態勢を取った。

 シオリも僅かに遅れて構えを取る。


 そしてシオリ達が臨戦態勢を取る中、別の二人組が少し離れた場所、互いに相手を認識できるギリギリの距離を駆け抜けていった。


 一瞬だけ見えたその二人の姿を認識した途端、シオリ達は非常に険しい表情ですぐさまその二人の後を追った。


 その二人はパメラとラティスだった。

 釣られてしまっていると理解しながらも、パメラ達の向かう方向がレイナ達のいる拠点である以上、シオリ達に追わないという選択肢は無かった。




 空中で戦い続けていたアキラの前で、敵の人型兵器達がまるで撃墜されたように急に動きを止めて落下していく。

 そして全ての機体がそのまま地面に激突した。


『な、何だ?

 何が起こったんだ?』


 アキラは余りに予想外の事態に困惑していた。

 アルファも難しい表情を浮かべている。


情報収集妨害煙幕ジャミングスモークの影響で下の状況を把握するのにも限度はあるけれど、全て着地ではなく墜落しているわ。

 機体の強度を保つため力場装甲フォースフィールドアーマー機能も衝突時に停止していた所為せいで、どの機体もひどく破損しているわ、大破したと判断して良いわね』


『そうか……』


 状況は飲み込めないものの、敵はいなくなった。

 増援の気配も無い。

 だからこれは良いことだ。

 アキラは警戒を残しながらも、そう考えて気を切り替えようとした。


『アルファ。

 シオリ達の方はどうなってる?

 分かるか?』


『大分粗い精度だけれど、交戦と考えられる大きな反応は無いから、地上の方もこちらと同じ状況かもしれないわね』


『それなら声を掛けて一度拠点に戻るか。

 弾薬も補充しておきたいし……』


 そう答えながらアキラはバイクの進行方向を拠点の方へ変えた。

 その途端、アキラの表情が急に険しくなる。

 意識をそちらに向けたことで、索敵の優先度も無意識に同じ方向に偏らせた結果だった。


 通信障害の所為せいでアキラへのサポートの精度を落としていたアルファも、そのアキラの気付きから索敵の優先度を変更して状況を理解した。

 パメラ達が自分達の警戒域を突破して既に拠点の方へ進んでおり、シオリ達がその後を追っていた。


『いつの間に……!?』


『アルファ!

 行くぞ!』


 アキラがすぐさまバイクを全速力で走らせる。

 空気より重い情報収集妨害煙幕ジャミングスモークが地上部にまって色濃くなり、スラム街を上下に二分している。

 その境をまるで雲の上を走るように駆け抜けていく。

 タイヤの力場装甲フォースフィールドアーマー機能により生成される見えない足場が煙幕のフィルター効果の影響で強固になり、煙の成分と一緒に凝固する。

 勢い良く回る両輪がその固体を砕きながらバイクを加速させ、煙の破片を後方に吹き飛ばした。


『あの人型兵器達、あいつらが先に進むためおとりだったのか?』


『そうかもしれないけれど、それを考えるのは後にしましょう』


『だな。

 アルファ。

 狙えるか?』


『出来ればアキラが自力で狙って。

 通信障害がひどくなっているの。

 照準補正にサポートのリソースを割り当てると、緊急回避の精度が落ちるのよ』


『了解だ。

 回避の方は引き続き頼んだ』


『任せなさい』


 アキラがバイクのTGPレーザー砲の照準をパメラ達に合わせる。

 撃ち手も標的も高速移動中での射撃だが、今のアキラの実力ならば何の問題も無かった。

 砲口から強力なエネルギーの奔流が撃ち出され、煙幕の影響で威力を落としながらもパメラ達へ正確に襲い掛かる。


 だがパメラはその攻撃に気付いた上で笑っていた。

 ラティスの死体を元に造られた人型端末が軽く跳躍しながら空中で振り返り、両手をレーザー砲の射線上に構える。

 そして両手の力場装甲フォースフィールドアーマー機能を使用して反射板に似た力場を作ると、飛んできた光線をはじくどころかアキラの方へ跳ね返した。


 戻ってきたレーザーをアキラは慌てて回避した。

 レーザーはただでさえ煙幕の影響で有効射程と速度と威力が減衰している。

 往復で影響も2倍、加えてアルファのサポートのリソースも緊急回避の精度に回している。

 回避自体は問題無い。

 しかしアキラを慌てさせるのには十分だった。


『うおっ!?

 危ねえ!』


『私のサポートを回避優先にしておいて正解だったわね?』


 どこか得意げに笑うアルファに、アキラは苦笑を返した。


『そうだな。

 それにしても、レーザー砲を跳ね返してくるって何なんだよ』


『理論上は十分可能なことよ。

 技術的には難しいのだけれどね』


『そうか。

 なら、こっちならどうだ!』


 アキラが両手とバイクの分を含めた計3ちょうのRL2複合銃でパメラ達を銃撃する。

 無数のC弾チャージバレットと小型ミサイルの弾幕が周囲の煙幕を貫いて標的達へ迫っていく。


 だがパメラはそれを片手で防いだ。

 ラティスと同じように前へ跳躍しながら振り返り、片手を前に出して射線上に力場障壁フォースフィールドシールドを生成する。

 生成場所の宙に存在していた煙幕を取り込んで強度を飛躍的に高めた力場の盾は、その銃撃をしっかりと防ぎ切った。


 更にパメラはその力場の盾を蹴り飛ばした。

 濁ったガラスのような物体にも見える力場障壁フォースフィールドシールドが、銃弾をはじき飛ばしながら高速でアキラに迫る。


 アキラは驚きの表情を浮かべながらもバイクを即座に空中で切り返した。

 巨大な半透明の物体がバイクのそばを通り抜けていき、後方で残存エネルギーの限界を迎えて砕けながらちりと化していく。


『……こっちも駄目なのかよ。

 クソッ!』


 思わず悪態を吐いたアキラの顔は険しい。

 攻撃を防がれ、回避を強いられ、そのすきにパメラ達に距離を取られて追い付けない。

 遠距離攻撃は威力も射程も下がり、力場装甲フォースフィールドアーマー等の効果は上がり、索敵も困難になっている。


 周囲の濃い情報収集妨害煙幕ジャミングスモークは敵から離れようとする者に味方していた。

 シオリ達もパメラから投げ付けられた力場障壁フォースフィールドシールドを避けたり破壊したりしている間に距離を取られてしまい、全力で追っても追い切れない状態だった。


『対滅弾頭は……、流石さすが不味まずいか』


『ええ。

 アキラ。

 使っては駄目よ』


『だよな』


 標的との距離が近すぎて巻き込まれる恐れがある上に、一度距離を取って撃ってもシオリ達を確実に巻き添えにする。

 それ以前に、対滅弾頭は流石さすがに人間相手に使う弾ではない。

 アキラはそう考えて対滅弾頭の使用を控えた。


 その上でアルファも同じ判断をしたと思ったのだが、別の理由を告げられる。


『前に撃った時はアキラが比較的荒野側の位置から荒野に向けて撃ったから、都市の防衛隊も対滅弾頭の使用を見逃したはずよ。

 ここまで都市に近い位置から都市側に向けて撃ったら流石さすがに見逃せないはず。

 クガマヤマ都市を本格的に敵に回すのは、坂下重工から装備が届くまで待ちなさい。

 今はまだ駄目よ』


『そ、そうだな』


 十分に納得できる理由ではあったのだが、対滅弾頭を使用できない理由の自分との差異に、アキラは僅かに顔を硬くした。


 そして、それはそれとして顔を険しくする。

 自分の切り札である対滅弾頭を、パメラ達に封じられたことに違いは無いからだ。

 それはアキラにとって、パメラ達が人型兵器達をおとりにした十分な説得力となった。


『してやられた訳か。

 仕方無い。

 アルファ。

 取りえず、シオリ達に声を掛けて拠点に向かおう』


『地面に近いほど通信障害がひどくなって私との通信が切れる恐れがあることを忘れないでね』


『ああ。

 気を付ける』


 アキラは宙を飛んでいるバイクの進行方向を下げた。

 バイクが濃い煙幕に包まれる中、アキラの視界からアルファの姿が消える。

 それでもそのまま煙幕の中を突き進み、シオリ達の姿を何とか見付けると、そばまで行って声を掛ける。


『あいつらを無視して拠点に戻る。

 乗ってくか?』


 それはパメラ達の移動先が拠点では無かった場合、パメラ達を見失うことを意味する。

 一度見失ってしまえば、情報収集妨害煙幕ジャミングスモーク所為せいでもう一度見付けるのは難しい。

 何をする気なのか分からないパメラ達を自由にした所為せいで、致命的な状況に陥る恐れは十分にあった。


 シオリ達はそれを分かった上でアキラの誘いに乗った。

 パメラが自分達を直接狙わない行動を取った以上、パメラ達を自由にした所為せいで発生する何らかの事態の恐れよりも、レイナ達の下に戻ることを優先したのだ。

 一度顔を見合わせてからバイクに飛び乗る。


『お願いします』


『お願いするっす!』


 シオリ達を乗せたアキラは、すぐにバイクを再び上昇させた。

 そのまま比較的煙幕の薄い部分、立入禁止領域を示す赤い天井近くまで登ると、拠点へ向けて一気に加速する。

 地上付近は煙幕が濃い分だけ高速フィルター効果も大きく加速は難しい。

 しかしこの付近ならば十分に加速できる。


 それでも高速フィルター効果は僅かだが存在する。

 その壁をバイクの出力で強引にぶち抜きながら、アキラ達は拠点の建物を目指した。




 アキラ達によって倒された人型端末の残骸、パメラの顔をした遠隔操作端末達が緑色の血の池に浮かんでいる。

 一部は大型多脚戦車の主砲によって完全に吹き飛ばされたが、残りはひどい損傷で半ばバラバラになりながらも現存していた。


 生物的には既に死亡している。

 機械的には既に大破している。

 それらの破片が浮かんでいる緑色の液体、一応は回復薬に属する液体の池が徐々に小さくなっていく。


 そしてそこに浮かんでいた生体部品である肉塊に口が生えた。


 口が周囲にある食料、他の生体部品や機械部品、人型端末の装備品などに食らいつく。

 咀嚼そしゃくし、飲み込み、肉塊の体積を増やしていく。


 そのまま大きくなった肉片から多関節の腕と脚が生えた。


 その脚で肉片が歩き出す。

 その腕で周辺の食料をつかみ、口に運び、旺盛な食欲を満たそうとする。

 肉片はますます大きくなり、腕と脚を更に生やしていく。


 似たような光景はスラム街の様々な場所で起こっていた。

 アキラ達はパメラが操作していた人型端末達と移動しながら戦っており、それにより人型端末達の破片はスラム街の様々な場所に散蒔ばらまかれていたからだ。

 成長した肉片達の一部は大破した人型兵器まで食べ始めていた。


 また一部の人型兵器は内部から食われていた。

 機体を操縦していた人型端末の体が裂け、そこが緑色の血を吹き出す口へと変わり、周囲の物を手当たり次第に食べていた。

 宿主が寄生虫に内側から食い尽くされるように、操縦席もジェネレーターも力場装甲フォースフィールドアーマー発生装置も、人型端末だったものに食われていく。


 そしてそれらの光景は、濃い情報収集妨害煙幕ジャミングスモークに覆い隠されていた。


 煙幕は強力な重火器の有効射程を縮めるために散布された。

 そう考えてしまった者が煙の内側の異変に気付くことは、その思い込みもあって著しく困難だった。




 レイナは拠点の屋上から襲撃者達を狙撃していた。

 シオリ達に同行するのは危険だとシオリから止められたのだが、だからといって自分だけ拠点の中に引き籠もるのはレイナも流石さすがに許容できず、互いに妥協した結果だった。


 大型の狙撃銃から撃ち出された銃弾が、濃い情報収集妨害煙幕ジャミングスモークを突き破って標的に着弾する。

 胸部に大穴を開けられた重装強化服が崩れ落ちた。


 その見事な狙撃にトガミが舌を巻く。


「この状況でよく当てられるな」


 そう自身に向けられた称賛の言葉を、レイナが苦笑気味に軽く笑って別の方向へ流す。


「標的の正確な位置が送られてきているからね。

 自力じゃ無理よ」


 レイナの実力では煙幕の所為せいで敵の位置など分からない。

 しかしシロウが介入済みの総合支援システムと情報連携を済ませているお陰で、レイナ達の拡張視界には敵の位置がはっきりと映っていた。


「この状況で敵の位置をここまで正確に送ってくるなんて……、すごい人っているのね」


 レイナ達もシロウのことはキャロルが連れてきた協力者としか認識しておらず、顔も名前も知らない。

 だがその実力は十分に理解できた。


 それでも狙撃は標的の位置さえ分かれば当たるものではない。

 加えて現在の状況では煙幕の影響で有効射程は縮まり弾道もぶれる。

 その環境下でしっかりと当てたのはレイナの実力だ。

 トガミはそのことを称賛したつもりだったのだが、僅かに苦笑して言葉を合わせた。


「……そうだな。

 世の中、すごいやつばっかりだ」


 レイナが少し不思議そうにしてから軽く笑う。


「まあ、私もいずれはそれぐらい自力で出来るようになってみせるわ。

 トガミは?」


 どことなく挑発的なレイナの笑顔に、トガミも調子良く笑って返す。


「……、俺だってそうなるさ。

 いずれは、なんて気の長い話じゃなくて、その内に、ぐらいにはな」


「あらそう。

 じゃあ、競争ね」


 競えるぐらいにはこれからもそばに。

 その願いを僅かに乗せて、レイナも笑って返した。


 次の瞬間、急接近してくる気配に気付いたレイナ達は反射的に顔をその方向へ向けた。

 トガミがレイナをかばうように立ち位置を変えて反応の方へ銃を向ける。


 反応の正体はパメラ達だった。

 レイナ達の前方の宙を飛ぶように駆けて、拠点の屋上に乗り込もうとしている。


 トガミはすぐにパメラ達を銃撃した。

 だが力場障壁フォースフィールドシールドを射線に投げ付けるように置かれて防がれてしまう。

 既に口頭で指示を出す時間も無い。

 そこで屋上の出入口を指差してレイナに避難を指示する。


 それを受けてレイナもすぐに屋上の出入口を目指した。

 ビルはツバキの管理区域から流れた遺物を取り扱うこともあって補強を重ねており、スラム街の建物とは思えないほどに頑丈な造りになっている。

 壁には力場装甲フォースフィールドアーマー機能が取り付けてあり、内部に逃げて扉を閉ざせばそう簡単には破られない。

 シオリがレイナに屋上での行動を妥協して許したのもそのためだった。


 しかしそれをパメラが阻止する。

 強固な力場障壁フォースフィールドシールドを出入口の前に投げ付けて封鎖した。

 力場障壁フォースフィールドシールドそのものは数秒で自然に消滅するが、レイナ達がそれを退かしてビル内に入るまでにパメラ達が追い付くのには十分な時間だ。


 一瞬の遅れが致命的になるこの状況で、退路を断たれたレイナが不味まずいと思い、思わず動きを思考ごと止めてしまう。

 しかしそこに新たな反応が現れたことで反射的に顔を上げた。

 そして視線の先にいた者達を見て、思考を取り戻した。


 見上げた先には、僅かに遅れてその場にバイクで駆け付けたアキラ達がいた。

 更にシオリ達がレイナ達の下へ向かおうとバイクから飛び降り、宙を蹴って自由落下より速く駆け付けようとしていた。


 だがパメラ達がその合流を邪魔する。

 向かう先をレイナ達ではなくシオリ達の方へ変えると、空中で激突するように一気に距離を詰めた。

 パメラとカナエが拳を、ラティスとシオリが刃を、宙で振るってぶつかり合う。


 その光景を見たレイナは、自分が取るべき行動を即座に取った。

 屋上の端に向かって走り出し、そのままビルから飛び降りる。

 この状況で自分がシオリ達に出来る最大の援護は、シオリ達が自分を気にせずに戦えるように距離を取ることだと判断したのだ。


 トガミもレイナの意図をすぐに察した。

 レイナの後に続いて屋上から飛び降りる。

 更にパメラ達が来た方向から人型端末が現れてレイナ達の後を追った。


 一瞬で立て続けに変わった状況にアキラが対応を迷う。

 だがシオリに視線でレイナの援護を促されたことで、そのままバイクでレイナ達を追った。


 そしてシオリ達とパメラ達が屋上に着地した。

 その顔に殺意をにじませながらも笑みを浮かべるパメラとは異なり、シオリの表情は、レイナをパメラ達からまもったのにもかかわらず、険しく、厳しい。


「間に合った……のではなく、誘われたのでしょうね」


 パメラが笑顔で肯定する。


「分かってるじゃない。

 前と同じ2対2よ?

 でも……、今度は……、私は足を引っ張らないわ」


 前回は自身の失態でラティスを死なせてしまった。

 ここでその結果を覆す。

 その意志により、パメラの笑顔に狂気がより強くにじみ出る。


 その狂気に対し、カナエはえて嘲笑を向けた。


「2対2?

 2対1じゃないっすか?」


 その途端、パメラの顔から笑みが消えた。


「……2対2よ」


 パメラの表情がにじみ出ていた憎悪と殺意だけで染まり、ドス黒い視線がカナエを貫く。


 しかしカナエは動じない。


「まあ、どうでも良いっす。

 そんなことより、私も前回はしくじったっすからねー。

 今度は、真面目にやるっす」


 そしてカナエも笑顔を消した。

 その顔から相手との戦闘を楽しみ、相手の価値を認めるものが完全に失われ、代わりに対象に一切の価値を認めないひどく冷めた顔から、仕事の障害をただ見ているだけの目がパメラに向けられる。


「死ね」


「殺す」


 共に笑顔を消したカナエとパメラが、対象の死に対する姿勢を込めた微妙に異なる言葉を吐き、吐いた言葉を実現するために動き出す。

 それに合わせてシオリとラティスも踏み込んだ。


 4人が、あるいは3人が、各自の忠義、憎悪、殺意をもって殺し合う。

 それぞれの拳も刃も、各自の強力な装備を十全に操る技量をもって、情報収集妨害煙幕ジャミングスモークに含まれた高速フィルター効果などまるで意に介さずに、大気をえぐり切り裂いた。

 

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