第266話 誰かの意向

 アキラは防衛隊の人型兵器部隊に囲まれながらキバヤシの到着を待っていた。


 500億オーラムの賞金首となったアキラだが、その賞金首を囲んでいるグートル達は相手が賞金首だと知った上で普通に周囲の警戒を続けている。

 ある意味で平穏な時間が流れていた。


 キバヤシが到着するまでの暇潰しを兼ねて情報端末で自身のハンターページを閲覧する。

 注意事項有り、の文言が赤字で小さく記載されており、そこから詳細を閲覧すると自身の賞金首情報が記載されていた。


 アキラは自分が確かに賞金首になったことを改めて認識しながらも、怪訝けげんな顔を浮かべていた。


『なあアルファ。

 俺は賞金首になったんだよな?』


 アキラがある意味で落ち着いていることもあって、アルファは普段の微笑ほほえみを浮かべている。


『そこに記載されている情報を信じる限りはね』


『だよな……』


 ハンターオフィスの口座も凍結などされていない。

 アキラのハンターとしての身分は変わらずにしっかりと残っていた。


『……賞金首に指定されても、ハンター登録って消されないんだな』


『そのようね』


『賞金首になったのに?

 そういうものなのか?』


『私に聞かれてもね。

 その辺りの説明はキバヤシから聞きましょう。

 詳しく話してくれると言っていたわ』


『……、そうだな』


 考えても仕方無い、聞いた方が早いと、アキラは気を切り替えた。


 しばらく待っていると荒野の向こうから荒野仕様車両が近付いてくる。

 車両にはハンターオフィスのマークが目立つように記されており、自身の存在を広域に知らせる通信も発せられていた。

 キバヤシだ。


 するとアキラを取り囲んでいた人型兵器の部隊が包囲を解除して都市へ帰還していく。

 最後に残ったグートルが機体の外部音声でアキラに言い残す。


「俺達は帰還する。

 ……デカい額の賞金を懸けられたようだが、とち狂って都市に来るような真似まねはしないでくれよ。

 お前とり合うのは御免だ。

 お前が都市に近付きさえしなければ、俺達が出る必要も無くなるんだ」


 アキラがやや不機嫌な声を返す。


「そういうのは俺以外のやつに期待してくれ。

 俺は巻き込まれてるだけなんだからな」


「……、そうか」


 苦笑を浮かべていると察しやすいめ息を残して、グートルの機体も飛び去っていった。


 車両がアキラのそばまり、キバヤシが降りてくる。

 アキラに連絡を入れていた時の高揚は落ち着いていたが、非常に上機嫌な様子までは変わっていなかった。


「良し!

 ちゃんと大人しくしてたな!

 俺が到着するまでの間に防衛隊の連中と殺し合ってるんじゃないかって、結構不安だったんだぞ?」


 アキラが軽く疲れたようにめ息を吐く。


「……俺だって別に好き好んで殺し合ってる訳じゃないんだけどな」


 アキラのその言葉に、キバヤシが吹き出す。


「普通はな、リオンズテイル社の創業者一族と殺し合ってる時点で、十分に好き好んでり合ってる範疇はんちゅうなんだよ」


 不満げな顔を見せるアキラを見ても、キバヤシは上機嫌に笑っていた。

 そして車両から折り畳み式のテーブルと椅子を取り出して地面に投げる。

 直径20センチほどの円盤が地面に落ちると、円盤が広がり、脚が生えてテーブルと椅子になった。


「まあそっちの事情はお前にいろいろ説明しながら聞くとして、短い話にはならないんだ。

 飯を食いながらにしよう」


 キバヤシが車両から携帯食を取り出してテーブルに置いていく。


「本当ならシュテリアーナで話をしたいところだが、今のお前をクガマビルまで連れていく訳にはいかないからな。

 だが携帯食とはいっても、これも高級品なんだぞ?

 何せ500億オーラムの賞金首との対談用だ。

 並の代物じゃ話にならない。

 まあ、俺としては役得だな」


 キバヤシが席に着き、アキラにも着席を促す。

 アキラは怪訝けげんな顔をしながらも一応座った。

 そしていぶかしむような視線をキバヤシに向ける。


「こんな開けた荒野で飯を食っていて大丈夫なのか、ってのは別にしても、賞金首にこんな場所で暢気のんきに飯を食おうって誘うって、それ、大丈夫なのか?」


「大丈夫だ。

 周辺の雑魚モンスターはお前達の戦闘の余波で消し飛んだし、お前を狩ろうとするハンターも俺と飯を食ってる間は手を出せないからな。

 何で手を出せないのかはこれから説明してやる。

 まあ信用できないって言うのなら仕方無い。

 食いながら話すのはめて、荒野を一緒にうろちょろしながら話すか?」


 アキラは黙って携帯食の封を切った。

 常温の容器から、つい今し方調理を終えたばかりのような温かな肉料理が現れる。

 備え付けのフォークを使って口に入れると、高級店の料理に見劣りしない美味が舌に伝わった。


「……美味うまいな!」


「高級品だからな」


 キバヤシは話を聞く姿勢を見せたアキラに楽しげな笑顔を向けて、自分も携帯食の封を切った。


「さて、いろいろ話すことはあるんだが、まずはお前の状況から話しておくか。

 質問も出るだろうが、一通り聞き終わってからにしてくれ」


 流石さすがにアキラも美食に意識を奪われている場合ではないと、口に料理を運びながらもしっかりとうなずいた。


 キバヤシはその様子を見て、随分余裕があるな、と笑っていた。




 ハンターが狩る賞金首は基本的にモンスターだ。

 だがそれは周辺地域の難易度から逸脱した強力なモンスターが出現して東部の流通等を阻害する事態などが発生した時に、流通業者が対象に多額の賞金を懸けてでも速やかな駆除を望む機会が多いだけであり、賞金首制度自体は依頼受諾処理を不要とする簡易依頼の一種にすぎない。

 よって、賞金を懸ける対象はモンスターに限らない。

 人でも組織でも対象となる。


 また対象がモンスターの場合には基本的に駆除が目的なので、賞金の支払条件を対象の死亡とする場合が多い。

 しかし生死不問や生け捕りのみという条件も設定可能であり、モンスターを研究対象として確保したい場合などに使われる。


 これは対象が人間の場合でも同じだ。

 逃がすぐらいなら殺した方が良いが、可能であれば捕縛して情報を引き出したい。

 そういう場合などには生死不問で賞金が懸けられる。

 何らかの事情で逃げ出した者を捕まえたい場合などには生け捕りのみとなることが多い。


 アキラは生死不問で賞金が懸けられている。

 しかし対象死亡による賞金の減額などは設定されていないので、賞金首とはいえ人を殺すのはちょっと、という者にもアキラを狩ってほしいための処置だと分かる。


 そして賞金首になったからといっても、賞金首であるという理由だけで何らかの権利が剥奪されたり、制限を加えられたりすることは無い。


 仮に、ハンターが壁の内側で生死不問の賞金首を殺したとする。

 その場合、賞金自体は支払われるが、殺人としての罪もしっかりと裁かれ、相手が賞金首でも殺人は殺人として有罪になる。

 むしろ金目的の殺人として扱われて罪が重くなり、防壁内の治安を著しく悪化させた代償を支払うことになる。

 壁の外側であっても、そこが民間警備会社の警備区画などであれば似たような扱いを受ける。


 治安維持側に許可を取っていれば問題は無いが、少なくとも事前にその手続きが必要だ。

 加えて、賞金首だから、という理由で無条件に許可が下りる訳でもない。

 自身が賞金首であることは、自身を狙う者に殺人許可証を与えることを意味しない。


 これは賞金を懸けたのが統企連であっても同じだ。

 賞金首認定と同時にハンターの身分を消されたとしても、それは統企連から賞金を懸けられるほどに敵対したからであって、賞金首になったからという理由ではない。

 たとえ坂下重工から賞金を懸けられたとしても、ハンターオフィスの口座を凍結されるような事態にはならない。

 ハンターオフィスは他の五大企業の管理下にもあるからだ。


 つまり賞金首としてのアキラは、単に500億オーラムもの賞金を懸けられるほどにリオンズテイル社と敵対している、というだけであって、それ以上でも以下でもなかった。


 そこまでの話を聞いたアキラはどこか拍子抜けしたかのような顔をしていた。


「何ていうか、賞金が懸かっても、思ったほどどうしようもないって訳じゃないんだな」


 そのアキラの反応に、キバヤシが笑いを堪えている。


「まあ、所詮は企業から賞金を懸けられただけだからな。

 恐らくお前は、賞金首になった時点で所謂いわゆる犯罪者として東部中で追われて中央部への亡命まで考えなければならない、なんて思ってたんだろうが、そんなことはない。

 金目当てでお前を殺そうとする者が多少増えるだけだ。

 それでも普通は御免な状況だけどな」


「金目当てで俺を殺そうとするやつはスラム街にいた時から幾らでもいたよ。

 まあ、額は増えたけど、そこまで大きな違いじゃない」


 キバヤシが口に手を当てて、口内の飲食物を吹き出してしまわないように堪えてから続ける。


「500億オーラムを狙うハンターも、お前にとっちゃスラム街の強盗と変わらないってか?

 良いね!

 実に良い!

 そうこなくっちゃな!」


 東部の一般的な思考や感覚では、頭がおかしい、と判断されるアキラの言動に、キバヤシは大満足だった。


 賞金首としてのアキラの説明を取りえず終えたところで、次はモンスター認定の説明に移る。


 モンスター認定についてはアキラの感覚でも実害が出ている。

 この認定により、クガマヤマ都市の治安維持組織はアキラをモンスターとして扱わなければならないからだ。


 都市の防衛隊は当然として、都市と契約している民間警備会社なども、警備区域にモンスター認定対象者がいる場合には、モンスターに侵入されたとして排除しなければならない。

 勿論もちろん、モンスター認定対象を殺しても都市側は問題視しない。

 モンスターだからだ。


 このモンスター認定は、基本的に東部の統治企業にのみ許可されており、敵対者への消極的な処理として行われる。

 認定元の地域から出ていってもらうのが目的であり、アキラの場合はクガマヤマ都市の経済圏から出ていけば、都市もそれ以上の干渉はしない。

 認定元が五大企業であっても、他の五大企業の支配地域へ脱出すれば済む。


 この説明にはアキラも顔をしかめていた。

 家もシズカの店もクガマヤマ都市にあるが、都市に近付いただけで防衛隊と交戦になるのは間違い無い。

 そして交戦した時点で消極的な敵対から積極的な敵対に変わるのは確実だ。

 気は進まないが、必要なら選択しなければならない。

 アキラが悩みつつ、確認を取る。


「取りえず、クガマヤマ都市は敵に回ったって解釈でいいのか?」


「まあそう判断を急ぐな。

 確かにお前はクガマヤマ都市からモンスター認定を受けているが、取り消される可能性もある。

 そして認定情報の詳細をちゃんと確認すれば分かることなんだが、実際に認定処理を行ったのはクガマヤマ都市じゃない。

 だから、都市もお前と敵対する意思は無いのかもしれない」


「どういうことだ?」


「モンスター認定は統治企業の権限があれば可能なんだが、今回は賞金首登録申請の付加処理として実施されている。

 そして申請はリオンズテイル社から行われている。

 お前、都市の幹部のイナベってやつと仲が良いだろう?

 そのお前のモンスター認定なんて、普通ならイナベが絶対に止める。

 お前とめると、お前の恋人のシェリルってやつとも絶対にめて、お前がそいつに任せているスラム街での遺物販売にも無茶苦茶むちゃくちゃ支障が出るからな。

 あそこにはイナベが裏金作りにツバキの管理区画の遺物を流してるんだ。

 その金策を自分から潰すなんて絶対にしない」


 厳密には、その辺りのことは別にアキラがシェリルに任せてやっている訳ではない。

 だが自分とめると確かにそちらにも影響がでるだろうと思ったので、アキラもいちいち指摘するのはめた。


「でもモンスター認定は出てるんだ。

 大企業からの圧力とかで、都市としても仕方が無かった、とかじゃないのか?」


「それは無い。

 まあ、リオンズテイル東部本店がクガマヤマ都市を脅したのなら、有り得る。

 流石さすがに企業規模が違いすぎるからな。

 都市も断れないだろう。

 だが申請はリオンズテイル東部三区支店から出されている。

 それでもクガマヤマ都市より企業規模がデカいとはいえ、都市もたかが支店から圧力を掛けられた程度で屈したりはしない。

 東部全体から見れば地方の中堅統治企業とはいえ、クガマヤマ都市にも意地はある。

 それに最近はクズスハラ街遺跡の例の遺物取引で上り調子だ。

 リオンズテイル社の一支店程度に全面降伏する訳がない」


「じゃあ何で俺はモンスター認定を受けてるんだ?」


「推測になるが、リオンズテイル社が賞金首登録申請時に何かやったんだろうな。

 お前が追っていたリオンズテイル社のやつ、クロエ、だったか?

 そいつは今クガマヤマ都市にいるんだが、リオンズテイル社からのお客様としてではなく、都市襲撃犯として拘禁されている。

 その辺かな?」


 理解の追い付いていない顔を浮かべているアキラに、キバヤシは自分の推測にすぎないと前置きして補足を続けた。




 都市の重役室でアキラに関する報告を受けたイナベが激怒している。

 怒りの対象はウダジマだ。


 アキラへの通知では都市がアキラをモンスター認定したとしか記載されていないが、都市内部の情報ではもっと詳細に記載されている。

 そこにはアキラの賞金首申請の付随事項として、ウダジマが都市の代理人としてアキラをモンスター認定したという内容が記載されていた。

 その上で、リオンズテイル東部三区支店からハンターオフィスへ事後申請が出ており、承諾されたことも記載されていた。


「ウダジマを呼び出せ!

 今すぐにだ!」


「既に実施しておりますが、呼び出しに応じません」


「ならば連行、いや拘束でも構わん!」


 イナベの部下が僅かにたじろぐ。


「彼も都市の幹部クラスの人間です。

 それを呼び出しに応じない程度のことで拘束となると流石さすがに問題が生じると思いますが……」


「構わん!

 やれ!

 責任は私が持つ!

 居場所すら不明なら指名手配を懸けても良い!

 私の権限で出来る限りやれ!」


「りょ、了解致しました」


 部下が慌ただしく処理を進めていく。

 その様子を見ながらイナベは怒気を落とし、代わりに険しい表情を浮かべる。


「ウダジマめ、一体何の真似まねだ?

 私と全面的に敵対するつもりなのか?

 今更?

 ……分からん」


 ウダジマの意図が読めず、イナベは顔をしかめていた。




 クロエはクガマヤマ都市の防壁内の一室に軟禁されていた。

 部屋から出られず、ラティス達との合流も認められていないことを除けば、広い室内には通信環境もしっかり整えられており不自由の無い状況だ。


 備え付けの紅茶を久しぶりに自分で入れて一口飲み、その味に不満をこぼす。


不味まずい。

 駄目ね。

 軟禁した部屋の備え付けとはいえ、ローレンスの一族に出すものなのだから、もう少し質の良いものを用意してほしいわ」


 今度はティーカップに視線を移す。

 東部の一般的な感覚では高級品に分類される品なのだが、クロエを満足させる物ではなかった。


「カップもソーサーも安物ね。

 随分とひどい扱いだわ」


 そう不満を述べてから、クロエが楽しげに微笑ほほえむ。


「まあ、仕方が無いわ。

 この扱いのひどさは、クガマヤマ都市が私を都市襲撃犯であると真面目に扱っている証拠としておきましょう」


 カップにがれた紅茶も東部の一般的な感覚では十分に高級品だ。

 それを一口飲んだだけで飲むに値しないとテーブルに戻した時、部屋の扉が勢い良く開けられた。

 そして予想通りの者が予想通りの態度で入ってきたのを見て、クロエがその者へ向けて上品に微笑ほほえむ。


「こちらがお邪魔している立場とはいえ、ノックぐらいするのが礼儀だと思いますよ?」


 クロエのその余裕の態度を見て、部屋に入ってきたウダジマは怒気を必死に抑えていた。

 取り調べの時のクロエの態度が演技であったことには既に気付いていたが、自分に向けて気品すら帯びて微笑ほほえむクロエの表情を見ると、だまされたという感情が更に改めて湧き出し、抑えるのに苦労していた。


「……やってくれたな!

 貴様、何の真似まねだ!?

 どういうつもりだ!?」


 クロエが分かった上でとぼける。


「何のことです?」


「ふざけるな!

 知らんとは言わせんぞ!」


「そう言われましても。

 粗雑な何らかの誘導尋問でないのであれば、もっと具体的に尋ねていただけると助かります」


 ウダジマはクロエの胸元を思わずつかんで引き上げた。

 クロエの両足が床から離れたが、それでもクロエは欠片かけらも動じずに微笑ほほえんでいる。


「ここは壁の内側です。

 あなたのためにも、手荒な真似まねはお勧めしません。

 まあ、壁の外に追い出される予定でもお有りでしたら、ご自由に」


 クガマヤマ都市の幹部が、自身の都市の防壁内で他企業の幹部の胸ぐらをつかんでいる。

 所属している都市の治安維持に自ら喧嘩けんかを売っているという意味でも、より経済規模の高い他企業の者への態度としても、明確な不祥事だ。

 ウダジマもそれぐらいは理解していたが、抑えられなかった。


 だがここでクロエを殴り付けでもすれば、ただでさえ悪化している自身の立場が更に悪化する。

 壁の外へ本当に追い出されかねない。

 その理解がウダジマをギリギリで抑えた。

 クロエから手を離し、深い呼吸を繰り返して平静さを保つ努力をする。


 それに対し、クロエは余裕の微笑ほほえみを浮かべたまま襟元を整えていた。


「それで、何を聞きたいのです?」


「……アキラというハンターのモンスター認定者を私にしたのはお前だろう」


「はい。

 私です。

 厳密には、賞金首申請でその旨を記載し、リオンズテイル社を介して申請を出した、という意味です。

 ですから申請内容の妥当性の精査はハンターオフィスの管轄ですね」


「そんなことは分かっている!

 私を勝手に認定者にした理由を聞いている!

 なぜそんな真似まねをした!」


「勝手にと言われましてもね。

 あなたからあれだけ繰り返し確認を取ったのにもかかわらず、無承諾と言われても困ります」


「何だと……!?」


「あなたの判断をクガマヤマ都市の意志と考えて良いのか、それを分かった上で私を都市襲撃犯としたのか、本当に取り消さなくて良いのか、私は繰り返し確認を取りました。

 その記録も申請時に添付しました。

 その上でハンターオフィスも、あなたが確認内容を十全に理解した上で実施したと判断したのでしょう。

 ですので、賞金首認定と一緒にモンスター認定も通ったのです。

 確認するまでも無いと思いますけれどね」


 歯を食い縛って怒号を抑えているウダジマへ、クロエが余裕の微笑ほほえみを向ける。


「ハンターオフィスの判断に不服があるのでしたら、その抗議はハンターオフィスの方へお願い致します。

 私に言われても困ります。

 申し訳御座いません。

 残念ですが、私もハンターオフィスの決定を覆せるような権限は持ち合わせておりません」


 ウダジマはクロエをにらみ付けていた。

 だが状況に屈し、険しい表情ながらも焦りと懇願を顔に出す。


「……何が望みだ?

 俺を追い詰めて何の意味がある?

 リオンズテイル社ならば、賞金を懸ければ、それであのアキラというハンターを追い詰めるには十分なはずだ。

 あのハンターのモンスター認定にしても、都市に正式に協力を要請すればいい。

 あのだまし討ちのような手段を取って、俺を含めて都市と無駄に敵対する必要は無いはずだ」


「いろいろ考えた結果とだけ、お答えしておきましょう。

 それに、私個人としては貴方あなたと敵対するつもりは御座いません。

 むしろ手を取って協力したいと思っております」


「何だと?」


 思わず怪訝けげんな顔を浮かべたウダジマに、クロエが僅かに身を乗り出して笑う。


「イナベという者の策略にはまり、閑職に追いやられているのでしょう?」


「な、何を言って……」


「その苦境から脱するための力を欲しているのでしょう?

 私に協力していただければ、私も貴方あなたの地位の改善に協力致しますよ?」


 ウダジマは自分のことをそこまで調べられている驚きに加えて、自分へ向けてまるで味方のように微笑ほほえむクロエの態度にたじろぎ思わず身を引いた。

 そこに通知が届く。

 内容を確認すると都市の保安部からであり、イナベから呼び出されていることを改めて告げた上で、呼び出しをこれ以上無視した場合は保安部としてウダジマの拘束に動くという警告だった。


 ウダジマの顔に焦りが色濃く浮かぶ。

 大人しく出頭したところでイナベに責任を追及されるだけなのは間違い無い。

 自分はだまされたのだと弁明し、相手がそれを信じたとしても意味は無い。

 しかしこれ以上何の理由も無く呼び出しを無視すれば本当に保安部に拘束され、クガマヤマ都市と明確に敵対したと見做みなされかねない。

 ウダジマは追い詰められていた。


 そこでクロエが笑って告げる。


「実はですね、私も上から呼び出しを受けているのです。

 しかし今は軟禁されていますので、仮想現実での遠隔会議となりました。

 これから始まるのですが、よろしければ貴方あなたも参加しませんか?

 リオンズテイル東部三区支店の支店長を初めとして重役がそろっています。

 我が社の者と顔をつなぐ良い機会だと思いますよ?

 我が社の会議に参加していたと言えば、呼び出しに応じられなかった理由にもなるのでは?」


 ウダジマの顔に様々な驚き、懐疑、困惑、混乱が生まれ、混ざり、その顔をゆがめていく。


「……なぜ分かった?」


 先程の通知がイナベからの強固な呼び出しであること。

 その呼び出しに応じない理由が必要なこと。

 それらの背景をなぜ知っているのか、という部分を、何をどこまで把握しているのか、どうやって把握したのかという探りを込めて、ウダジマはえて省いて聞き返した。


 それに対し、クロエが全て分かっている顔で笑って答える。


「ただの推察ですよ。

 ご心配なく。

 別にそちらのことを洗いざらい調べた訳ではありません」


 自身とイナベの確執を知られている時点で、ウダジマはそれを信じられなかった。

 非常に険しい表情で黙ってしまう。


「それで、どうなさいます?

 会議に参加なさいますか?」


 ウダジマが僅かに迷う。

 だが参加を断ったところで事態は全く改善しないと判断し、相手の意図通りに動かされていると分かった上で、意図の読めない相手の意図に乗るという際疾きわどい決断をした。


「……御厚意に甘えるとしよう」


「ありがとう御座います。

 では早速一緒に参加しましょうか。

 実は、会議自体はもう予定時間を過ぎておりまして、先程から催促の通知がまっていたのですよ」


 困惑を強めた怪訝けげんな顔を浮かべているウダジマに向けて、クロエは楽しげに笑った。




 都市の保安部から報告を受けたイナベが顔をゆがめている。


 保安部はイナベの要望通りウダジマの確保に動こうとした。

 だがそのウダジマはクロエを軟禁している部屋におり、しかもリオンズテイル社の遠隔会議に参加していた。

 その時点でクロエの軟禁部屋は都市間の取り決めにより機密情報保護規定が適用されて、クガマヤマ都市の職員でも勝手に踏み込めない場所となっていた。


 坂下重工に貸し出している区域も限度の違いはあれど同様の規定で守られている。

 クガマヤマ都市の保安部であっても、勝手に踏み込めばリオンズテイル社との敵対を考慮しなければならず、二の足を踏む状況となっていた。


 イナベも状況の確認に動いたが、リオンズテイル社が仮想現実機能を使用した会議をしており、クロエとウダジマがその部屋から参加しているとしか分からなかった。


「……どういうことだ?

 なぜウダジマがリオンズテイル社の会議に出席している?

 まさか、リオンズテイル社がウダジマに協力しているのか?

 馬鹿な、あいつにそんな伝などある訳が……」


 状況への思案を続けながらも、イナベは取りえず静観を選択した。

 会議も永遠に続く訳ではない。

 保安部の人員を部屋の前に待機させて、会議の終了と同時にウダジマを確保し、必要ならば拘束すれば良い。

 そう判断した。


 嫌な予感はするものの、それがイナベが自身の権限で出来る限界だった。




 無限に広がる室内の中に巨大な円形のテーブルが置かれている。

 この仮想空間での会議の席は10名分。

 クロエとリオンズテイル東部三区支店の支店長であるベラトラムに加えて、クロエが属する派閥の者達が座っていた。

 空席が幾つかあるが、そこに人が突然現れて席が埋まっていく。


 ウダジマの席は無い。

 クロエの横に立って緊張した顔を浮かべている。

 参加者全員の表情を正確に取り込んでおり、支店とはいえ大企業の幹部達から向けられる叱責の視線に耐えかねていた。

 機能としては拡張現実に近い会議の場で、視線を微妙に現実側にずらして何とか耐えている状態だ。


 一方クロエは平然としていた。

 社内で数段上の地位の者達から厳しい視線を向けられているのにもかかわらず、薄笑いすら浮かべていた。


 クロエのその太々ふてぶてしい態度に他の者達が逆に困惑を覚える中、席が全て埋まったところでベラトラムが口を開く。


「では始めるか。

 議題の提示は不要だろう。

 クロエ・レベラント・ローレンス。

 釈明を聞こう」


 クロエが相手の言葉の意味を分かった上で申し訳なさそうに答える。


「こちらの事情で連絡が遅れ、会議まで遅延させたことには深く謝罪致します。

 しかし都市襲撃犯として拘束された状態で、出来る限り尽力したことだけはご理解頂きたく思います。

 また、私を都市襲撃犯と認定したのはそちらのウダジマ様ですが、ウダジマ様にもクガマヤマ都市に務める者として引けぬものが御座います。

 その上での判断であり、その点に関してはどうかご理解を……」


 別の幹部が声を荒らげる。


「そんなことはどうでもいい!

 ふざけてるのか?」


 クロエがえて首を大きく横に振る。


「いえ、そのようなことは決して。

 連絡が遅れてしまい、皆様の貴重なお時間を浪費させてしまったことは十分に理解しております」


「その返答そのものがふざけていると言っている!

 この会議の場でその言動、正気か?」


 非難の声で騒めきが増し、自身に向けられる視線が更に厳しくなる中、クロエは困惑したように顔をゆがめていた。

 そこでベラトラムが再び口を開く。


「どのような意図でそのような真似まねをしているかは知らないが、これ以上その態度を続けるのであれば、この会議も続ける必要は無いだろう。

 君と会うことも二度と無い。

 壁の外で存分に朽ち果てると良い。

 その上で、最後に、もう一度だけ聞こう。

 釈明は?」


 ベラトラムの最後通告で場が静まり返る。

 次の言動を誤ればクロエの立場は終わる。

 クロエを含めて、会議の出席者全員がそれを理解していた。

 その上でクロエが答える。


「失礼ながら、私には何に対しての釈明が必要なのか全く分かりません。

 ですが、もし、それがオリビア様のカードの取り扱いや、それに付随するアキラというハンターへの対処、賞金首申請やモンスター認定等に関することであれば、やはり釈明は不要とお答えしておきます」


 場が完全に静まり返る中、ベラトラムが執行直前の死刑囚に向ける視線と表情をクロエに向ける。


「そうか。

 その言葉、取り消せるとは思わないことだ」


 終わった者へ向けられる視線を、クロエは笑って受け流した。


勿論もちろんで御座います。

 決して取り消しません。

 何しろ、アリス代表の御意向ですので」


 その言葉で、場が一気にざわめいた。

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