第265話 500億オーラムの賞金首

 アキラを囲む都市防衛隊の人型兵器部隊の隊長であるグートルという男は難しい判断を迫られていた。


 本来ならば、相手が警告を無視した時点で消し飛ばせば済む話だ。

 しかしそれも相手による。

 機体のカメラを介して相手の顔から身元判定を実施し、対象がアキラというハンターであることはすぐに分かった。

 同時に、単なるハンターとして扱うには難しすぎる相手だとも分かったのだ。


 都市防衛を主任務とする防衛隊の隊長は、その任務のためにかなり高い権限を与えられている。

 加えて現在、都市の上位区画に坂下重工の重役が滞在していることもあり、本来坂下重工側が管理する情報の一部も都市防衛への協力としてクガマヤマ都市に閲覧許可が出ていた。


 そこにはアキラの情報も載っていた。

 都市間輸送車両の護衛、それも大分東側の都市であるツェゲルト都市への輸送路のものを請け負い、車両を襲撃した多数の強力な人型兵器と交戦した記録に加え、坂下重工の重要人物の襲撃を試みた建国主義者の部隊と交戦して勝ったという情報まで記録されていた。


 グートルがそれらの情報を閲覧した時点でアキラへの攻撃は難しくなった。

 下手をすると負けるからだ。


 坂下重工の重要人物には、当然強力な護衛が付けられている。

 襲撃側もそれを知った上で襲う以上、非常に強力な部隊であったことは間違いない。

 アキラがその襲撃者達に勝った以上、アキラの実力も下手をするとその護衛並みに強い恐れがある。

 どれほど強いかは不明だが、坂下重工の何らかの人物の護衛に付いていたハーマーズという者の強さはグートルも知っていた。

 最近ミハゾノ街遺跡で暴れていたからだ。


 グートルも流石さすがにアキラがハーマーズと同格の実力者だとは思っていない。

 しかし都市間輸送車両の襲撃者に勝った以上、比較対象になる程度の実力は持っている恐れがあった。

 最低でも個人で人型兵器に勝てる実力であることは、都市間輸送車両護衛の戦歴からも確実であり、それだけでも十分に脅威だ。


 加えて部下から報告が届く。


「こちら6番機。

 隊長、大規模な戦闘反応の原因と思われる大型モンスターを確認しました。

 既に倒されています」


「了解した。

 個体の原形はどの程度残っている?

 種類等の特定は可能か?

 一体何だったんだ?」


「それが……、恐らくですが……、巨虫類ジャイアントバグズの機械化兵隊蜂類で、全長50メートルほどの個体です」


「何だと!?

 そこまでの大型だと、並の都市間輸送車両ぐらい単機で潰せる脅威度だぞ!?

 何でそんなやつがここに……、相当な高度か、東側領域にしかいないはずだ……、クソッ!

 どうなってる!」


 グートルとしては何かの間違いだと思いたかった。

 だが都市からでも観測できた大規模な戦闘反応を考えると辻褄つじつまは合ってしまう。

 更に倒されているということは、それを倒した何かがいるということだ。

 そして先程のアキラの情報を考慮すると、あるいは、という程度ではあるが、その何かがアキラである懸念が生まれてしまう。


 そしてその懸念を考慮しながらも、勤めのために覚悟を決めて警告を放つ。


「最後の警告だ!

 武装を解除しろ!」


「断る!!」


 返ってきたのは銃口だった。

 その相手の躊躇ちゅうちょの無さが、グートルのあるいは、という懸念を現実的な脅威にまで引き上げた。


 相手は自暴自棄になっているのではなく、こちらを倒せると踏んで銃を向けている。

 ギリギリ交戦に至っていないのは、都市そのものを敵に回すのは流石さすが躊躇ちゅうちょしているから。

 そして交戦になれば本格的に自棄やけになり、その戦闘力をもって都市に襲いかかる恐れがある。

 グートルはそう考えて迷う。


 都市を守るために死ぬ覚悟は出来ている。

 だが覚悟があるからといって安易に交戦を選び、不用意に都市に被害を出す訳にはいかない。

 しかし引き下がる訳にもいかない。

 相手はどこか興奮状態だ。

 このまま都市に向かわせる訳にはいかない。


 グートルは本当に難しい判断を迫られていた。




 アキラもギリギリだった。

 不要な戦闘は避けたいと思っている。

 だが引く訳にはいかない。

 武器を捨てて投降してもろくでもない結末しかないと決め付けている。

 加えて仮に逃げようとしたところで、逃がしてはくれないだろうとも思っていた。


 やはり戦うしかないのか。

 逃げ場もなく、戦うのであれば、自分から仕掛けた方が良いか。

 アキラは冷静であろうとしているが、心の奥底から敵を殺せと叫ぶ声も続いている。

 その声を聞き続けている内に、冷静に戦闘を肯定する理由と根拠を探してしまう。

 非常に険しい顔でそちら側の覚悟を決めようとしてしまう。


 だがその時、隊長機からグートルの声が出る。


「分かった!

 武装解除も投降もしなくて良い!」


 その内容にアキラは思わず意外そうな顔を浮かべた。

 そこにグートルのより強い口調での話が続く。


「ただし!

 この場で事情を聞かせてもらう!

 この場でだ!

 状況の把握が終わるまで、これ以上クガマヤマ都市に近付くのは認めない!

 この要求がめないのであれば、こっちもそっちと刺し違える覚悟を決めるぞ!

 どうする!

 答えろ!」


 そこにアルファも真面目な顔で口を挟む。


『アキラ、一度仕切り直しましょう。

 休息も弾薬の補給も必要よ。

 不要な敵を減らす努力もね。

 彼女の居場所はまたヴィオラに調べてもらって、改めて殺しにいきましょう。

 向こうが先に引いたわ。

 アキラも引きなさい。

 ね?』


 そしてアルファはアキラを落ち着かせるように優しく微笑ほほえんだ。


「……分かった」


 アキラがAF対物砲を下ろし、大きく息を吐いて僅かに項垂うなだれる。


『……悪い。

 まだ冷静さが足りなかったな』


『変に意地にならずに引き下がれたのなら十分よ』


 アキラが戦意を下げたことで、周りの人型兵器達も銃を下ろした。

 条件付きではあるが、両者が引いたことで一応場は収まった。




 クロエ達の車両はクガマヤマ都市のスラム街に入り、そのまま下位区画の防壁側に進もうとしていた。


 だがそこに都市の防衛隊の人型兵器が飛び掛かる。

 装備している重武装で攻撃は出来ないが、その武装の使用を可能にする機体の出力で車両に貼り付き強引に押し止めようとする。


 リオンズテイル社の要人輸送にも使用される大型装甲車両も、人型兵器3機がかりで止められてはどうしようもなかった。

 機体に貼り付かれたまま強引に進もうとして機体ごと周囲の建物に衝突し、数棟を半壊全壊させながらスラム街を進んだが、ついに止められる。

 その車両を事前に連絡を受けて応援に駆け付けた防衛隊の部隊が取り囲んだ。


 車両の扉が開いてクロエ達が出てくると、部隊の銃口がクロエ達に一斉に向けられる。

 ラティス達が即座に応戦の体勢を取ったが、クロエがそれを手で制した。


 部隊長の男がそれを見てクロエの対処を決める。


「ご同行願おう。

 拘束しないだけ有り難いと思ってもらいたいね」


 クロエが全くたじろがずに微笑ほほえんで受け答える。


「お気遣い有り難く。

 では、案内して頂ける?」


「……こっちだ」


 男はクロエの余裕の態度を僅かにいぶかしんだが、クロエを防壁側へ案内する。

 同時に部下に視線で指示を出した。

 それを受けて男の部下達がラティス達を拘束していく。

 ラティス達は一瞬判断に迷ったが、軽く首を横に振るクロエを見て大人しく拘束された。


「……こちらの指示にそう大人しく従うのであれば、もっと早くそう出来なかったのかね?」


「申し訳御座いません。

 我が社にも事情というものがありまして。

 それに、都市の圏内と荒野では、いろいろと違いますでしょう?」


「……、そうか」


 最低でも都市の下位区画に入らないとリオンズテイル社所属の者という安全保障が通用しないと判断したのか、あるいは別に何か理由があるのか。

 男は少々迷ったが、そこを考えるのは自分の仕事ではないと思い直し、クロエを粛々と連行した。




 アキラは荒野で待機状態となっており、暇そうな顔でめ息を吐いていた。


「なあ、いつまで待てば良いんだ?」


 アキラを囲む人型兵器部隊の隊長機から短距離通信で返事が返ってくる。


「まだだ。

 上の決定待ちなんだから大人しく待ってろ。

 ここで黙って待つのが嫌なら他所の都市に行け。

 何なら送ってやる」


「俺の家はクガマヤマ都市にあるんだよ」


「駄目だ。

 クガマヤマ都市には近付かせない」


 アキラが再び深いめ息を吐くと、通信越しにそれを聞いたグートルから半ばあきれたような声が返ってくる。


「お前は自分が何をやったか分かってるのか?

 リオンズテイル社とめるなんて、普通じゃねえぞ」


 アキラが少々不機嫌な声を返す。


「知るか。

 向こうが襲ってきたから反撃しただけだ」


「そういう話じゃねえんだよ……」


 アキラは既に自分で分かる範囲での事情の説明を終えていた。

 その内容を聞いたグートルは自身の権限で判断する領域を超えているとして、詳細を上に報告して判断を投げた。

 リオンズテイル社の者との取引でめて、殺し合い、戦闘の余波で上空領域のモンスターまで呼び込んで、そのモンスターまで倒した。

 そのようなハンターの扱いなど、現場の人間には手に余るからだ。


「とにかくだ。

 上も両方から事情を聞かねえと判断できないんだろう。

 向こうも今はクロエという者を連行して詳しい事情を聞いているらしい。

 それが終わって、集めた情報を基に上が対処を決めるまでは待ってろ」


 アキラが少し意外そうな顔を浮かべる。


「クロエってやつ、連行されてるのか?」


「当たり前だ。

 見逃す訳がないだろう」


「……、そうか」


 都市側はクロエ達だけ見逃した訳ではない。

 アキラはそれを知って僅かに溜飲りゅういんを下げると、もうしばらく待つことにした。




 クガマヤマ都市側はクロエ達を防壁内にある防衛隊の施設まで連行して取り調べを進めていた。

 それでもクロエには来賓用の部屋を用意し、都市の管理職に対応させていた。

 これはクロエがリオンズテイル社の創業者一族であるという配慮に加えて、連行中のクロエの態度が非常に従順であり、普通に事情を聞けそうなので取調室に連れていくほどではないと判断されたからだ。


 そして相手がリオンズテイル社の創業者一族ということもあり、クガマヤマ都市側もそれなりの地位の人物、最低でも都市の幹部を出す必要があった。

 社内での調整後、担当者となったウダジマは連行中のクロエの様子を部下から聞いて、下手な権力を持った子供の相手をしなければならないような事態は避けられたと、内心で安堵あんどしながらクロエの待つ部屋に入った。


 だがその安堵あんどはすぐに苛立いらだちに変わった。

 取り調べが始まり、ウダジマに向けて金切り声を上げるクロエは、まさに下手な権力を持った子供だった。


「私を誰だと思っているの!?

 リオンズテイル社の、ローレンスの一族なのよ!?

 分かってるの!?」


 身内の権力を持ち出して増長するたちの悪い子供がそこにいた。

 服は高価だが本人に気品は無く、癇癪かんしゃくを起こして声を上げれば自分の思い通りになると思い上がっている我がままなだけの無能がわめいていた。


 ウダジマが表情をゆがめてクロエをなだめようとする。


「落ち着いてください。

 我々も事情が知りたいだけなのです」


「何度も話してるでしょう!?

 聞いてないの!?」


「ですから、先程から何度も言っている取引も出来ないモンスターとは、このアキラというハンターのことなのですか?

 それとも機械化兵隊蜂類の方で?」


「私の話を聞いてたの!?

 私を殺そうとしたのよ!?

 モンスターと何が違うって言うのよ!」


 クロエ達が都市への進入を強行した理由が、ハンターに追われたからなのか、モンスターに追われたからなのかは、都市側にとって非常に重要であり、しっかり確認を取らなければならない。

 だがクロエはアキラと機械化兵隊蜂類の区別をわざと曖昧にしているような分かりにくい話を、相手の理解力の無さを非難する態度で繰り返していた。


 加えてリオンズテイル社の企業規模を持ち出してクガマヤマ都市を下に見るクロエの態度に、ウダジマはそろそろ苛立いらだちと我慢を抑えきれなくなっていた。

 そしてアキラのことを何度もモンスターと呼ぶクロエの言動から、あることを思い付く。


「まるでアキラというモンスターに追われたので、都市まで必死に逃げてきたように聞こえますが、そういう解釈でよろしいので?」


 クロエが図星を指されたのを怒りでごまかすような態度を取る。


「に、逃げたですって!?

 ちょ、ちょっと距離を取っただけよ!

 そ、それに逃げて何が悪いって言うのよ!

 都市に近付くモンスターを倒すのは都市の仕事でしょう!?」


勿論もちろんです。

 こちらも防衛隊を派遣して事態の対処を試みました」


「だったら何の問題があるって言うのよ!

 逃げずに戦えとでも言いたいの?

 そんなの私の仕事じゃないわ!

 そっちの仕事でしょう!?」


 再び調子に乗り始めた笑みを浮かべたクロエに向けて、ウダジマが少し真顔で告げる。


「ええ。

 こちらの仕事です。

 ですので、お前を都市襲撃犯として拘束する」


「はぁっ!?」


 驚いたような声を出すクロエの前で、ウダジマは2名の警備員を呼び寄せた。

 そして指示を出す。


「彼女は都市襲撃犯だ。

 その扱いで拘束拘禁しろ」


 警備員は顔を見合わせて困惑したが、上司の指示に従いクロエの両腕をつかんだ。


 クロエが慌てた様子で声を荒らげる。


「ちょっと!?

 本気!?

 自分が何をやっているのか分かっているの!?」


 ウダジマが厳しい視線をクロエに向ける。


「都市に強力なモンスターを連れてきた者は都市襲撃犯として扱われる。

 そんなことも知らなかったのか?

 それとも、我々がリオンズテイル社の者である自分を都市襲撃犯として扱うなんて有り得ないとでも思っていたのか?

 めるな」


 クロエが慌てた顔で声を荒らげる。


「こんな扱いをするなんて、それがクガマヤマ都市の意志で良いの!?

 それを分かってやっているんでしょうね!

 めるなら今よ!

 今しか無いわよ!」


「たかが一地方都市がリオンズテイル社相手にそんな真似まねはしないとでも思っていたのなら、後悔するんだな。

 とっとと連れていけ!」


 クロエが警備員達によって半ば引きられるように部屋の外に連れられていく。


「自分が何をやったのか理解しているんでしょうね!

 クガマヤマ都市として、リオンズテイル社に、意志を示したと分かっているんでしょうね!

 今なら間に合うわよ!」


「もう間に合わんよ。

 せいぜい後悔することだ」


 クロエは部屋を出るまでわめき続けていたが、その声も部屋の扉が閉まるのと同時に消えた。


 ウダジマが少し溜飲りゅういんを下げてめ息を吐く。


「全く、リオンズテイル創業者一族の娘だと期待すれば、あれか。

 考えが甘かったか……」


 ウダジマはイナベとの権力争いに敗れはしたが、都市の幹部の席に着けるだけあって無能ではなかった。

 今も以前より力を弱めたとはいえ幹部の席に着いている。

 しかしイナベとの地位の差が開き、それがほぼ固定化された現状を打開したいという欲に釣られている部分もあった。


 ツバキの管理区画の実務的な担当はヤナギサワだが、そこは一応はイナベの担当区画なのでイナベの権限も強い。

 加えてヤナギサワは坂下重工との折衝、特にシロウの捜索に忙しく、ツバキの管理区画の仕事の優先順位を大分下げていた。

 当然ながらイナベの仕事が増える。

 そしてイナベの仕事が増えた分だけ権限も増え、ツバキの管理区画の利権に何とか関わりたいと思う者達が、その機会を得ようとイナベに接触する。

 それはイナベの地位をより高く強固なものへ変えていた。


 そしてウダジマは反イナベの派閥扱いをされているので、ツバキの管理区画の利権には関われない。

 イナベに頭を下げれば可能かもしれないが、ウダジマにも意地があり、そのような真似まねは出来なかった。


 そこにクロエの件が舞い込んできた。

 このめ事を解決し、リオンズテイル社という大企業との伝を得れば、現在の状況を覆す契機になるかもしれない。

 ウダジマはそう考えて張り切っていたのだが、クロエの態度を見て、あれでは話にならないと落胆していた。


「……まあ、あれでも、リオンズテイル社の創業者一族の者なんだ。

 見捨てはしないはずだ。

 一族の他の者と接触する材料にはなるだろう」


 クロエをより良い条件で解放する交渉材料として、クガマヤマ都市が何らかの利益を得られれば、自分の地位も多少は上向くだろう。

 リオンズテイル社との伝も得られるかもしれない。

 ウダジマはそう考えて気を切り替えると、クロエが出ていった扉に視線を向けた。

 そしてあのような者にもかかわらず、生まれだけで高い地位を得たであろう少女に軽い憤りを覚えた。


 その少女であるクロエは、部屋から出た途端に態度を変えていた。

 わめくしか能の無い子供は完全に消え去っていた。

 両腕をつかまれながらも姿勢を正し、気品すら感じられる微笑ほほえみを浮かべている。


 そして両側の警備員達に丁寧に話し掛ける。


「お手数をお掛けしております。

 拘禁は軟禁でも地下ろうでも独房でも構わないのですが、通信環境の剥奪だけは見逃して頂けないでしょうか?

 勿論もちろん、一般回線で構いませんし、通信内容の記録もそちらの自由にしていただいて構いません」


「えっ?

 あ、いや……」


 警備員はクロエの別人のような変わりように驚いた上に、上位層の者が放つ独特の雰囲気にまれてまごついてしまった。

 そこにクロエが両腕をつかまれながらも真摯な態度で丁寧に頭を下げる。


「通信が途絶した場合、リオンズテイル社が私を死んだと見做みなす恐れが御座います。

 その誤解は我が社にとってもクガマヤマ都市にとっても不幸な事態を招きかねません。

 両社の安全のためにも、どうか、お願い致します」


 警備員達もリオンズテイル社の者を粗雑に扱うのは流石さすが不味まずいのではないかという考えがあった。

 そこにクロエから頭を下げられたことで流されてしまう。


「ま、まあ、それぐらいなら……」


「ありがとう御座います。

 ご配慮に深く感謝致します」


 クロエは警備員達に微笑ほほえんで頭を深く下げようとしたが、両腕をつかまれている所為で上手うまくいかない。


 それに気付いた警備員達は思わずクロエから腕を放してしまう。

 すぐに、しまった、と思ったが、クロエは丁寧に頭を下げた後は逃げたり暴れたりする様子を一切見せずに従順にしており、まあ良いか、と思い直してしまう。


 それでも警備員達もクロエの余りの変わりように困惑していた。

 一度部屋に戻りウダジマに伝えた方が良いかと僅かに迷う。


 そこでクロエが上品に笑って声を掛ける。


「では、参りましょう。

 どちらへ向かえばよろしいのでしょうか?」


 そして両手を警備員達に差し出した。

 形だけでもしっかり拘束しろという意思表示にも見えるが、エスコートを望むようにも、上位者からの手を取っても構わないという気遣いにも見える仕草だった。

 人を従わせるがわの存在であると自然に示し、それを相手に疑問の余地無く認めさせるだけの、住む世界が異なる者の品格がそこにはあった。


「あ、はい。

 こっちです」


 クロエの雰囲気にまれた2人の警備員はクロエの手をそれぞれ握り、ウダジマへの報告を忘れてクロエの案内を優先した。




 荒野でひたすら待ち続けていたアキラにハンターオフィスから通知が届く。

 アキラがその内容を確認しようとすると、その前にアルファから真面目な顔でくぎを刺される。


『アキラ。

 内容を確認する前に落ち着きなさい』


『何だよ急に』


『とにかく、何があっても冷静さを失わないようにしなさい。

 内容を確認しても、何があっても、慌てず、取り乱さず、冷静さを保ちなさい。

 逆上して冷静さをたもてなかった所為で、ミハゾノ街遺跡で死にかけたことを思い出しなさい。

 良い?

 分かったわね?』


『わ、分かった』


 アキラの情報端末を掌握しているアルファは既に通知の中身を知っている。

 初めは怪訝けげんな顔を浮かべていたアキラも、それに気付いてからアルファの様子から余程の内容なのだろうと判断した。

 事前にしっかりと覚悟を決めてから通知の内容を確認した。


 その途端、アキラの表情が非常に険しくゆがむ。

 事前に忠告を受けていなければ間違いなく激情に駆られていた。


 新賞金首周知通知。

 名称、アキラ。

 賞金額、500億オーラム。

 支払元、リオンズテイル東部三区支店。

 モンスター認定、クガマヤマ都市。


 アキラは現時点をもって賞金首となった。


『アキラ!

 落ち着きなさい!

 大丈夫よね!?』


『……大丈夫だ』


 同じ過ちを繰り返すなと、アキラは自身に強く叱咤しったして冷静さを保とうとしていた。

 だが表情に内心の激情が漏れ始め、気配も怒気と敵意の入り混じった臨戦手前のものに変わる。


 そしてそのアキラの様子に気付いたグートルの機体から短距離通信を介して警戒の声が響く。


「おい!

 何があった!?」


 アキラが思わずグートルの機体をにらみ付ける。

 そっちの指示に従って待った結果がこれかと、視線に無意識に殺意を込める。


 それに反応したグートル達も銃を構えて臨戦態勢を取った。

 だがアキラが銃を構えていなかったことから戦闘は避けられた。

 代わりにグートルが警告を出す。


「何の真似まねだ!

 気が変わって俺達と戦う気になったとでも言う気か?」


「……そっちには通知が来ていないのか?」


「通知?

 何のことだ?

 ……いや待て、キバヤシという者から通知が来た。

 ……お前と戦うのはちょっと待て、という内容だな。

 指揮系統外からの要望なので従う義務は無いが……、何か関係があるのか?」


 グートルの困惑した声を聞いて、アキラも大いに困惑した。

 するとそこにキバヤシからアキラてに通話要求が届く。

 アキラは表情を怪訝けげんゆがめながらも一度アルファと顔を見合わせると、アルファが軽くうなずいたのを見てキバヤシと通話をつないだ。


 するとキバヤシのかつて無いほどに上機嫌な声がアルファを介した念話で響く。


『ようアキラ!

 ついに賞金首だな!

 お前はいつかやってくれると思っていたが、俺をここまで楽しませてくれるなんて流石さすがに予想外だったぞ!』


 アキラがゾッとするほど底冷えする声を返す。


『……お前か?』


 だがその殺気混じりの声も、絶好調のキバヤシの態度を揺るがすことは出来なかった。

 興奮気味な声が返ってくる。


『いや、違う!

 ああ、もう通知を確認したんだな?

 それなら書いてあっただろう?

 お前に賞金を懸けたのはリオンズテイル社だ!

 俺じゃねえよ!』


『……そうか。

 それなら何の用だ?』


『お前が馬鹿な真似まねをする前に止めようと思ってな!』


『馬鹿な真似まねだと……!?

 あいつらの要求を蹴ったことか……!?』


『無理無茶むちゃ無謀にも程があるって意味ならそうだな!

 だがそっちは大歓迎だ!

 あんな馬鹿な真似まねをするなんて、お前は俺をどれだけ楽しませてくれるんだ?

 全く、お前は最高だ!』


 アキラはクロエの要求を拒絶して交戦したことを馬鹿な真似まねだと言われたと思い、内心の激情を吐き出すような声で答えたのだが、それに対してキバヤシから心底嬉しそうな称賛を返されたことに大きく困惑して、逆に少し冷静になった。


『……ちょっと待て、どういうことなんだ?』


『お前のことだ!

 どうせ賞金首になった意味も分かってないんだろう!

 それで変な勘違いをして、自棄やけになって、素手でモンスターに挑むような馬鹿な真似まねをするんだ!

 折角せっかくのド派手な無理無茶むちゃ無謀をそんな馬鹿な真似まねで台無しにするのはめろ!

 死ぬ時は可能な限りド派手に戦って死ね!』


『そ、そうか……』


 キバヤシの余りの勢いに、アキラは毒気を抜かれていた。


『いいか!

 今から俺がそっちに行ってじかに説明してやるから、それまでそこで大人しく待ってろ!

 リオンズテイル社に最大戦力で喧嘩けんかを売る方法をしっかりと教えてやる!

 分かったか!?』


『わ、分かった』


『良し!

 あと、その辺にいる防衛隊のやつらだが、俺が着くまで、そいつらはお前の護衛になったとでも思っておけ!』


『俺の護衛?

 何でだ?

 俺は賞金首になったんじゃないのか?』


『その辺も含めてしっかり説明してやる!

 今から行く!

 もう向かってる!

 だから、そこで、ちゃんと、待ってるんだぞ!

 いいな?

 分かったな?』


 キバヤシはそれだけ言い残して通話を切った。


 既にアキラの中から激情は消えせていた。

 代わりにひどい困惑で満たされていた。

 そしてアルファに顔を向けると、アルファも困惑気味な顔を返した。


『……取りえず、うそは言っていないと思うわ』


『……だろうな』


『まあ、待ちましょうか』


『そうだな』


 アキラはそのままどこか唖然あぜんとした様子でキバヤシを待ち続けた。

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