第234話 普通の感覚

 アキラが敵の猛威に半分自棄やけになって奮闘し続けていると、AF対物砲を3回ほど使用した辺りで状況に変化が現れた。


『……?

 敵が来なくなったな』


 不思議に思って周囲の少し先を見渡すと、他の場所ではハンター達が今も交戦中だった。

 別に敵の群れが退いた訳ではない。

 しかしこちらには来ない。

 アキラが軽く顔をかしげる。


『アキラ。

 気を緩めずに、今のうちにいろいろ整えておきなさい』


『そうだな』


 アルファの指示通りに、装備の状態などを整え直す。

 回復薬を飲み、弾倉とエネルギーパックを交換する。

 ついでに周囲の死骸を蹴飛ばして足場を整備しておく。

 それをしばらく続けても敵は来ない。

 急に生まれた暇に少し釈然としないものを覚えながら辺りを見渡す。

 離れた場所では今も交戦が続いている。


 増援が来ない理由は、アキラが敵を倒しすぎたからだ。

 死骸から発せられるフェロモンはその濃度に応じて同種の増援を呼び寄せる働きを持つ。

 だがその濃度が一定以上になると、逆に遠ざける効果を生み出す。

 その濃いフェロモンから戦力差を感じ取り、小型は勝ち目が全く無いと判断して近寄るのを止めるのだ。


 濃いフェロモンは同時により大型の個体を呼び寄せる原因にもなるのだが、そちらの大型達は車列前方の部隊が相手をしているので、車列後方に向かうことはなかった。

 前方の部隊も大型モンスターを車列後方に向かわせてしまうと不味まずいと分かっているので、そこは念入りに潰していた。


 その結果、配置場所に対して中途半端な実力を持つアキラを襲う敵がいなくなったのだ。


『急に暇になったな』


『暇なら他の場所に応援にでも行ったらどう?

 と、言いたいところだけれど、それはヒカルに止められているわね』


『そうなんだよなー』


 アキラも呼ばれれば行くが、呼ばれてもいないのにしゃしゃり出て他のハンターの戦果をさらっていくのもどうかと思っていた。

 取りえず、応援に行く余裕があることぐらいはヒカルに伝えておこうかと思っていると、ヒカルから通信が入る。


「アキラ。

 一応伝えておくけど、応援の要求が来ているわ」


「分かった。

 どこだ?」


 あっさり答えたアキラの態度に、ヒカルが軽い困惑を見せる。


「無理しなくていいのよ?

 応援要求があったからって、絶対に助けにいかなくちゃいけないって訳じゃないの。

 随分戦ったようだし、疲れたでしょう?

 休憩を取って、残弾等も整え直して、その後で気が向いたらで良いと思うけど。

 便利に押し付けられると思われたら、後で大変よ?」


「軽く休憩は取ったし、弾薬にもまだ余裕がある。

 それに余所よそは交戦中なのに、俺だけここでぼーっと突っ立ってるのもな。

 まあ、それでもただ働きする気はないから、その辺はヒカルに頼む。

 もし無償奉仕になるのなら、このまま突っ立ってるよ」


 そう言って軽く笑ったアキラに、ヒカルも笑って返した。


「分かったわ。

 そっちの交渉は任せておきなさい。

 じゃあ、応援要求の情報を送るわ。

 アキラ。

 頑張ってね」


 アキラの拡張視界に表示されている索敵反応が更新され、アキラの新たな担当分が表示された。


『よし。

 それじゃあ、もう少し稼ぐか』


 アルファが少し揶揄からかうように楽しげに笑う。


『そうしましょう。

 黒字にしないといけないしね』


『……いや、黒字だって。

 多分。

 きっと』


 弾薬費は自費の契約だ。

 赤字の危険性は低いとはいえ残っている。

 アキラは湧いた僅かな不安を拭い去るためにLEO複合銃を構えて応援に向かった。




 輸送車両の車列後方でハンター達が陣を敷いて必死に戦っている。

 ハンターランク40台の者達で構成された部隊だ。

 その動きの統率や手際から、普段からハンター稼業を部隊で実施している者達だと分かる。

 単純にランク40台のハンターを集めただけの者達とは一線を画する成果を上げていた。


 車内との出入口を中心にして複数の簡易防壁を設置し、車両側の許可を取って屋根から力場装甲フォースフィールドアーマーのエネルギー供給を受けて防御を高めている。

 それらの簡易防壁で陣を強固にして銃撃を繰り返す。

 弾幕を浴びた昆虫達が強靭きょうじんな甲殻を破壊されて内部を引き裂かれ、次々に息絶えて落下していく。

 死骸が屋根を転がり、荒野に落ちていく。


 しかし戦況は思わしくない。

 敵が多すぎるのだ。


「ジリ貧だぞ!

 応援要請はどうなってる!」


「出してるよ!

 何度もな!

 それでも来ねえってことは、余所よそも似たような状況で、こっちに応援を送る余裕はねえんだろうな!」


「交代要員から予備戦力ぐらい出せるだろう!?」


「先に音を上げた連中に全部派遣したってさ!

 俺達ももっと早く音を上げるべきだったな!」


「仕方ねえだろう!?

 応援を気軽に呼んだらひねり潰すって、メルシアさんに脅されたんだぞ!?」


「それはその辺を加味して、ひねり潰されないように戦況の推測をしっかりやれって意味だったんだろうがな。

 その推測を誤ったのは事実だ。

 後はもう時間を稼ぐしかねえよ。

 このままだと負けるが、ジリ貧だからってすぐに潰れる訳じゃねえ。

 前方の部隊が大型を片付けさえすれば、戦況は一気に好転するんだ。

 それまで持ちこたえるぞ」


「分かってるよ!

 ちくしょう!」


 全員がこのままでは敗北は時間の問題という戦況を理解しながらも、下手に動じることなく統率を崩さずに戦い続けている。

 それは制限時間の引き延ばしに大いに役立っていた。


 神経をり減らす戦闘が続く。

 徐々に押され始め、敵を倒しきる前に増援が現れ、陣を囲むモンスター達の密度が上がっていく。

 溶解液を浴びて腕を失った者も出た。

 粘着性の液体を踏んで動けなくなり、仕方無く足を切り落とした者も出た。

 硬質化した液体の被弾や、突撃してきた個体の攻撃で負傷した者も出た。

 負傷で戦えなくなった者を車内に戻した分だけ、部隊の制圧力が弱まっていく。

 その分だけ、徐々に周辺の敵の密度が上がっていく。

 時間切れも間近だ。

 その共通の判断に、部隊の者達も流石さすがに表情を曇らせた。


 その時、陣の周辺を閃光せんこうが飲み込んだ。

 光に飲まれたモンスター達が一時いっときその姿を消す。

 突然の事態に驚く男達の前で光が消える。

 そして、多少焦げてはいるが健在なモンスター達が再び姿を現した。


「……倒してないのか」


 男達は驚きと怪訝けげんさと、別の感情も交ざった微妙な表情を浮かべた。




 救援に駆け付けてAF対物砲を撃ったアキラの横で、アルファが苦笑を浮かべている。


『倒し切れてないわ。

 少し遠いし、敵の量も多いし、効果範囲を広げすぎて威力が足りなかったわね。

 もう1回よ』


『クソッ!』


 アキラが再度AF対物砲で宙をぐ。

 モンスター達も流石さすがに2度食らうと耐え切れず、今度は一斉に落下していった。


流石さすがに分かる。

 今のは赤字だ』


 敵の量と距離からLEO複合銃では間に合わないと判断してAF対物砲を使用した。

 その判断に間違いはなかったが、かさんだ弾薬費を計算するとアキラも思わず顔をしかめたくなる。


『残りをさっさと始末して、頑張って黒字にしましょうか』


『そうだな』


 アキラはそのまま走って敵との距離を縮めながら、今度こそLEO複合銃を構え直す。

 そして憂さを晴らすように敵の残りを苛烈に銃撃し続けた。

 部隊の者達も周辺の敵の大半が一気に倒されたことで意気を上げて応戦する。

 戦況はアキラ達の優勢に急激に大きく傾いた。


 そのまま周辺の敵を粗方一掃すると、敵の増援が緩やかになり、更に減っていく。

 モンスター達も無限に湧く訳ではない。

 輸送車両のハンター達の奮闘もあり、そろそろ全体数も減ってきたのだ。


 これでまた一息付ける。

 アキラがそう思って僅かに気を緩めた時、警備側から送られている索敵反応が拡大された。

 アキラのいる車両周辺に敵の反応は無い。

 だがその更に外側から大規模な反応が迫ってきていた。

 思わず視線をそちらに向けると、昆虫系の群れが再び迫ってきていた。

 しかも群れの個体は先ほど倒した小型達より大型なものばかりだった。


『……ちょっと多くないか?

 それに大きくないか?』


『真っ先に倒された母艦のような大型種から湧いたモンスターの中で、小型高速の個体群が先に車両に追い付いたのよ。

 そして中型中速の個体群もようやく追い付いたってところでしょうね』


『勘弁してくれ。

 洒落しゃれになってないぞ』


 あれらを相手にするのは流石さすがに無理だ。

 アキラや近くのハンター達も同じ結論を出して顔を険しくする。


 だがアルファは平然と笑っていた。

 アキラがそれに気付いて怪訝けげんな顔を浮かべる。

 勝ち目でもあるのだろうかと尋ねようとした時、その答えが先に現れた。


 中型個体の群れにエネルギー弾と実弾の群れが殺到し、群れの個体を次々に吹き飛ばしていく。

 長く伸びたエネルギー弾の弾幕が巨大な光刃で切り裂くように群れをぎ払い、実弾の爆発が連鎖して無数の中型種を爆炎に飲み込んでいく。


 アキラが思わず弾幕の発射元に視線を向ける。

 大型の人型兵器が車列の前方から後方に向けて飛んでいた。

 両手の5本の指が巨大な砲口になっており、右手からは実弾を、左手からはエネルギー弾を撃ち出している。

 人型兵器の肩には重武装の女性が立っていた。


 女性はこの場の警備部隊の上司であるメルシアだ。

 体の線を強く出す旧世界風の強化服を着ており、肩や腰や腕から伸びる拡張アームに体型差を大分無視した大型の銃などを取り付けている。

 背中と脚には飛行装置も装着していた。


 メルシアは自分に気付いて歓声を上げる部下達を見た後、アキラに気付いた。

 すると表情に僅かな警戒を表す。

 そして人型兵器の肩から勢い良く跳躍してアキラの近くに着地した。


 少し驚いているアキラに、メルシアが内心の警戒を僅かににじませた愛想の良い笑顔を向ける。


「ここは私達の受け持ち範囲だと思うけど、うちの新人じゃないわよね?

 どちら様?」


「応援要請を受けたハンターだ。

 俺は……」


 アキラが自分の名を名乗ろうとして、言葉を止めた。

 そして苦笑を浮かべる。


「すまん。

 俺のオペレーターから私語厳禁だって苦情が山ほどきたから黙ってる」


 メルシアの方にも警備側の通信経由で、かなり焦った様子のヒカルから通信が届いていた。

 メルシアは以前自分達のチームに不審者が紛れ込んだ事例からアキラへの警戒を示した。

 だがヒカルの慌て振りを見て、警戒を解いて苦笑を浮かべる。


「分かったわ。

 貴方あなたも大変ね。

 私はメルシア。

 部下達の救援を感謝するわ。

 後は私達で対処するから大丈夫よ。

 ゆっくり休んで。

 じゃあね」


 メルシアはそれだけ言い残して人型兵器の肩に戻ると、そのまま敵の群れに向けて前進していった。

 全身の武装から、乗っている人型兵器に見劣りしない砲火を放ち続け、その実力を敵味方に見せ付けていく。


 大型種を片付け終えた車列前方の部隊も続々と群れの撃破に加わっていく。

 戦車や人型兵器が車両近くの地面を逆に進む。

 ハンターが強化服の飛行装置で飛んで後方に向かう。

 飛行エアバイクに乗っている者もいる。

 それらの部隊から放たれる圧倒的な砲火がモンスターの群れを粉砕していく。


 アキラはその派手な戦闘光景を見て、もう自分の出番は無いと理解した。


「ヒカル。

 俺、もう車内に戻っても良いよな?

 それとも一応持ち場で突っ立ってないと駄目か?」


「取りえず元の持ち場に戻って。

 私が警備側に許可を取ってから迎えに行くわ」


「分かった」


「お疲れ様。

 ……それにしても、私もこっちから見てたけど、向こうのハンターって、本当にもう桁違いね」


「全くだ」


 上には上がいる。

 そのある意味で当たり前のことを、アキラは強く実感しながら戻っていった。


 その後、輸送車両の主力部隊はモンスターの群れを然程さほど時間も掛けずに殲滅せんめつした。




 交代時間の前だが、アキラ達のような並のハンターは警備の切り上げを全員許可された。

 戦闘の続行が困難なほどではないにしろ負傷者も多い。

 休憩も、弾薬等の補充も必要だ。

 継続戦力確保のためにも、一度車内に戻された。


 車内に戻ったアキラをヒカルが笑って出迎える。

 そして良く表現すれば恋人に寄り添うように、悪く表現すれば凶悪犯の護送のように、アキラのそばにしっかりと付いて部屋まで送る。

 その様子を見た他のハンター達の印象は大まかに2種類だ。

 警備依頼で良いところを見せようと、輸送車両に女連れで乗り込んだ調子の良い者。

 あるいは、車内に戻った途端に監視員が付く厳密な行動制限を課されている者。

 印象の強さに程度の違いはあれど、比率としては後者が多かった。


 部屋に戻ったアキラはヒカルの勧めで少し念入りに休憩を取ることになった。

 警備側との調整はヒカルが行った。

 強化服を脱ぎ、付属品のインナーを備え付けの洗濯機に入れる。

 洗濯中に風呂に入り、家の設備より高性能なことに少し複雑な感情を覚えながら汗を流す。

 高性能な洗濯機により短時間で洗濯が終わる。

 少し残念に思いながら入浴を切り上げ、インナーを着て部屋に戻る。


 そして半分日課になっている柔軟体操を始める。

 入念に体をほぐし、身体の可動域を少しずつ広げていく。

 その途中で、片足立ちになり、もう片方の脚を天井に向けて、両足をほぼ一直線に伸ばした。

 そのままバランスを取っていると、ヒカルと目が合った。


「何だ?」


「……あー、えっと、ず、随分体が柔らかいのね」


 アキラのインナーは強化服と体の細かな動きのずれから生じる皮膚等の裂傷を防ぐ緩衝材であるのと同時に、強化服側で取得した感覚を体に伝える媒体でもある。

 そのために体に非常に密着する構造となっており、着用者の動きを阻害しないように伸縮する。

 その所為せいで体の線などが強く浮き出ていた。

 鍛え上げられた筋肉の隆起もはっきりと分かる。


 年頃の少女には少々刺激が強い光景だったが、アキラ自身が全く気にしていないことから、ヒカルは下手に反応する方が悪手だと思い、いろいろとごまかす言葉を口にした。

 だがその言葉に対して、アキラが少し得意げに笑う。


「俺も昔はすごく体が硬かったんだけど、最近ようやく出来るようになったんだ。

 おかげで強化服使用時の負荷が大幅に減った気がする」


「そんなに違うの?」


「ああ。

 知り合いが強化服の動きに体が付いていけなくて、訓練中に腕をじ切って悶絶もんぜつしてたけど、あれも体が十分に柔らかければ防げたはずだ」


 ヒカルが急に血なまぐさい話を聞いて若干引き気味になる。


「ね、じ切ったって……」


「まあ、じ切ったは大袈裟おおげさか。

 でも筋繊維が千切れたり、関節をひどく痛めたりしたのは本当だ。

 戦闘中ならそのまま戦闘続行だからひどいことになる。

 回復薬で強引に治しながら戦うにしても限度はあるからな。

 事前に可動域を広げておいて、負担を減らしておくのは大切なんだ」


「そ、そう。

 大変なのね」


 ヒカルは都市の職員としてアキラの入院履歴も閲覧できる。

 負傷がひどすぎて全身に再生治療手前の処置を受けたことも、片腕を失って再生治療を受けたことも知っていた。

 負傷状態から専門家が推察した負傷理由も閲覧した。

 だがそれは知識止まりであり、実感には至っていなかった。


 しかしアキラの戦い振りを見て、話を聞いて、じかにその体を見て、僅かではあるが実感を得た。

 自分ととし然程さほど変わらない体に、回復薬の過剰投与による戦闘続行状態の維持と、細胞単位での負傷と再生の繰り返しによる激痛の繰り返し、その状態での過酷な戦闘経験が、地獄が詰まっている。

 それを一端とはいえ実感し、理解したヒカルは、先ほどごまかした変な感情が消えていくのを感じて、表情を少し真面目なものに変えた。


「本当に、大変だったのね」


「まあな。

 でもまあ、ある程度は慣れだ。

 もう慣れたよ」


 それほどのことに慣れてしまうのに、どれほどの経験が必要なのか。

 ヒカルは少し考えてみたが、分からなかった。




 当初の予定の交代時間になってもアキラの休憩は続いていた。

 警備側が警備人員の交代予定を組み替えたのだ。

 アキラの代わりは、先ほどの戦闘で仕方無いにしても早めに持ち場を放棄して車内に撤退してしまい、車体への被害を増やしてしまった者達が行っている。


 先ほどの戦闘後は目立った敵襲も無いので、警備人員の仕事は屋根の掃除になっていた。

 残っている大量の死骸を荒野に捨てるのだ。

 直接触ると危険な液体が散乱していたり、まだ生きている個体も混じっていたりなど、掃除とはいえそれなりに危険だ。

 そのため、一応少額ではあるが報酬も出る。


 ハンター達の報酬は基本給と歩合給で算出される。

 アキラは元々チームで防衛する場所を1人で守りきり、更に応援にまで行ったので、配置場所のハンターとしては少々加算分を稼ぎすぎた。

 特定のハンターに想定外の報酬を支払うと、め事や問題の種になる場合もあるので、今後目立った敵襲がない限り目的地までずっと待機の予定だ。


 持ち場を勝手に離れた者には特別減算が課せられる。

 その所為せいで破産者が出ると誰にとっても良いことはない。

 減算分を相殺するために、アキラが部屋でゆっくりしている間にも、ハンター達は必死に働いていた。


 アキラはヒカルと一緒に屋根での戦闘を振り返っていた。

 ヒカルは自分が見ていた映像を部屋の壁にスロー再生で表示して、隣のアキラ本人に状況の解説などをしてもらい、その内容に改めて少し引き気味になっていた。


「アキラ。

 今の銃撃だけど、どう考えても視界の外にいる敵を撃ってるわよね?

 しかもこの命中率から考えて、偶然じゃなくてしっかり狙って当ててるわよね?

 どうやってるの?」


「情報収集機器で敵の大まかな位置をつかんで銃口を向けて、照準器の映像で敵を狙ってるんだ」


「走りながら?」


「走りながら」


 普通に答えたアキラの態度に、ヒカルが軽くあきれたように頭を抱える。


「アキラ。

 自分が無茶苦茶むちゃくちゃなことを言っているって、自覚、ある?」


「む、無茶苦茶むちゃくちゃって……」


 ヒカルに大分頭のおかしい人を見る目で見られたアキラが、自分が普通に言ったことの内容を今一度確認する。

 そして相手が普通の人だということから、過去の自分を基準にして、アルファと出会った頃の自分が同じことを聞いたらどう思うか、という想像をしてみた。

 過去の自分の反応もヒカルと似たり寄ったりだった。


「た、確かに、誰にでも出来るとは言わない。

 それに俺だって昔から出来た訳じゃない。

 物すごく高性能な装備を高い金を出して買って、その上で訓練を繰り返して、ようやく出来るようになったんだ」


「同じ装備と同じ訓練さえそろえれば、誰でも同じことが出来るようになると思う?」


「そりゃ……」


 出来る、と答えようとして、アキラは非常に楽しげな顔で首を横に振っているアルファに気付き、続きを変える。


「……人による、かな?」


 ヒカルが非常に手間の掛かる問題児へ向けるような小さなめ息を吐く。


「それが分かっているのなら、もう少し考えた方が良いと思うわ」


 それを分かっていなかったアキラは、苦笑いと沈黙で返答をごまかした。


「さっきの話に戻すわね。

 情報収集機器で敵の大まかな位置をつかんでって言ってたけど、私にはその時点で結構意味不明なんだけど。

 どうやってその敵の位置をつかんでるの?

 いえ、情報収集機器が索敵したのは分かるの。

 その結果をどうやって知ったの?

 私もアキラの拡張視界情報を送られてきたデータから見てたけど、その索敵結果なんかどこにも映ってないわよね?

 音とかで知ったようにも思えないし……」


「それは、何というか、何となくというか……」


 旧領域接続者の能力を介して情報収集機器のデータを取得し勘を働かせている、となど言える訳がない。

 アキラは何と言ってごまかそうかと考えながら、適当なことを言っただけだった。

 だがそれで、変人に向ける視線をアキラに向けていたヒカルは、何かを思い出して納得したように軽くうなずいた。


「ああ、そういうこと。

 アキラは拡張感覚の訓練もしてるのね。

 まあ、それなら、索敵情報が通常の拡張視界に映ってなくても不思議はないか」


「ああ、うん」


 アキラが当然知っているという態度を取りながらアルファに助けを求める。


『アルファ。

 拡張感覚って何だ?』


『五感以外の感覚、人工的な第六感のことよ』


 高ランクのハンターやその関係者の間では、第六感が拡張感覚の俗称としてそれなりに認識されている。

 元々は情報収集機器等を自身の脳につないだ義体者やサイボーグなどから広まった言葉であり、それらの人工感覚器官から得た情報を追加の新しい感覚として認識できるようになった者が得た新たな感覚、通常の人間の生来の五感とは別の感覚のことを意味する。


 離れた熱源やその温度を認識する熱覚、物の動きを認識する動覚、空間の立体構造を認識する空間覚、その他様々な拡張感覚が存在している。

 可視光の領域を紫外や赤外にまで広げた拡張視覚や、360度の視野を持つ拡張視覚を、通常の視覚と同時に知覚する者もいる。


 当然ながらそれらの拡張感覚は人工感覚器官を脳につなげばすぐに得られるようなものではなく、通常は拡張四肢や全身義体の操作以上に取得が困難だ。

 取得できるかどうかには本人の素質も関わってくる。

 場合によっては脳が未知の感覚を扱い切れずに発狂しかねない。

 その取得難易度や危険性から、感覚機器の情報を徐々に少しずつ慣らしていくのが基本的な訓練方法だ。


 そして、何となく、という表現は、新たな拡張感覚の取得訓練を実施している者が、拡張感覚がまだ脳内に新たな感覚として定まっていない段階によく使用する言葉であり、拡張感覚を持っていない者にその感覚を取り合えず伝える時にも多用される言葉だった。


 それらの拡張感覚は通称として第六感と呼ばれているが、高ランクのハンターには元の5と合わせて6どころか10も20も持っている者もいる。

 アキラなら拡張感覚の1つや2つ持っていても不思議はないだろう。

 ヒカルはアキラの戦い振りからそう判断していた。


 アキラはその後もアルファに説明の補足を頼みながら、ヒカルと一緒に屋根での戦闘の記録を見ていた。

 常人のヒカルでも状況認識が追い付くようにスロー再生を続けた結果、本来は然程さほど長くない屋根での戦闘を見終えた時には既に夜になっていた。


 ヒカルがその感想を少し難しい顔でアキラに伝える。


「一通り見た感想を言うわね。

 確かに私は都市の職員として仕事でハンターと関わることも多いから、まるっきり素人って訳じゃないけど、それでも戦闘のプロって訳じゃないし、そういう人達の当たり前とか標準とか基準とかに慣れている訳じゃないわ。

 それを踏まえて、アキラの実力のすごさを認めた上でのめ言葉として聞いてね。

 頭おかしい。

 これが無理無茶むちゃ無謀じゃなかったら、無理とか無茶むちゃとか無謀とかって一体何?

 って感じね。

 そりゃキバヤシさんがアキラを気に入る訳だわ。

 ……こんなところね」


「そ、そうか……」


 アキラが自分でもよく分からない理由で僅かに気落ちする。

 防壁の内側と外側。

 戦闘面の一般人と高ランクのハンター。

 住む世界の異なる者達による、普通、の感覚のり合わせは、それぞれがそれなりの衝撃を受けて終了した。




 ヒカルが風呂に入って1日の疲れを癒やしている。

 今日の出来事を思い返しながら、疲労を湯船に溶かし込むように気を抜いた顔で息を吐く。


「……濃い1日だったわ。

 ……あと2日もあるのか」


 アキラに関わるのは想像以上の激務だった。

 特に精神的な疲労がひどい。


「……キバヤシさんはあんなのを何人も、下手をすれば何十人も管理してるのか。

 そりゃ権限も強くなる訳だわ」


 高ランクハンター。

 そのそこらのハンターとは格の違う実力と、その実力ゆえの扱いの難しさを肌で感じたヒカルは、結構へこたれていた。


 自身が有能であるという自信に揺らぎはない。

 だが何でもかんでも出来るとも思ってはいない。

 今回は少し手に余るだけ。

 そう考えて意気を取り戻し、気合いを入れる。


「よし。

 あと2日。

 頑張ろう。

 そのためにも、今はゆっくり休む。

 ……この風呂、家のやつより高性能なのよね。

 折角せっかくの機会だし、役得と思って堪能しましょう。

 ……高ランクハンター向けの設備は流石さすがに違うわ。

 アキラもいつもこんなのに入っているのかしらね。

 本当に、いろいろと住む世界が違うわ」


 ヒカルは日々億を超える金を平然と稼ぎ豪遊する高ランクハンター達の生活を少し羨ましく思った。

 アキラが日々安い風呂に入っているとは思いもしなかった。


 浴室を出たヒカルが備え付けの寝巻きを借りて部屋に戻ると、アキラは既に眠っていた。

 強化服のインナーを寝巻き代わりにしてベッドに横になっている。


 ヒカルが何となくアキラの寝顔を見る。

 その寝顔は穏やかで、スラム街の路地裏で寝ていた時のような警戒の色は無い。


「こうして見ると、アキラも普通よねー。

 お休み。

 アキラ」


 ヒカルは笑ってそう言うと、自分もベッドに横になった。

 備え付けのベッドは十分広く、問題は無かった。

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