第233話 東側領域

 アキラ達を乗せた都市間輸送車両が列車のように車列を組んで荒野を進んでいく。

 巨大な車体が大量の砂塵さじんを巻き上げながら疾走し、その存在を広範囲に知らしめている。

 地面に散らばる障害物を吹き飛ばし、踏み潰し、粉砕し、物ともせずに突き進む。

 数メートルはある瓦礫がれきも、巨大なモンスターの残骸なども、都市間輸送車両の大きさと比較すれば小石に等しく、車両の進行を妨げることは出来ない。


 車体の力場装甲フォースフィールドアーマーは非常に強力で、生半可な戦車砲など軽くはじき返す。

 屋根に搭載されている巨大な砲は、空を飛ぶ巨大なモンスターすら撃ち落とす。

 最大乗員数は小規模な街を越え、その人数を抱えられる各種設備も整っている。

 移動要塞と言い換えても十分通用する大型荒野仕様車両、それがアキラ達の乗るギガンテス3だ。


 アキラはこのギガンテス3の警備要員として搭乗している。

 既に車両の警備体制に組み込まれており、今は基本1時間間隔で人員を入れ替える区切りの待ち時間だ。

 アルファとの雑談や勉強などで暇を潰していた。


 アキラが何となくヒカルの方を見る。

 ヒカルは誰もいない空間に向けて愛想良く微笑ほほえみながら、無言で口を盛んに動かしている。

 たまに小さな声も出している。

 小型のAR拡張現実機器を装着して、ここにはいない人物と通信越しに交渉しているのだ。

 その前提情報を知っていれば何の問題もないが、その手の知識を全く持たない者が見れば少々正気を疑いたくなる光景だ。


『アルファ。

 俺もアルファと話している時は、他の人からはあんな感じに見えてるのか?』


『私と二人きりの時はそうよ。

 他の誰かがいる時は、普通に装えているから安心しなさい。

 少なくとも、今はね』


『つまり、アルファと出会ったばかりの頃は結構駄目だったってことか。

 目立ってたんだろうなー』


 楽しげに笑っているアルファの横で、アキラは苦笑を我慢した。


 ヒカルが軽くお辞儀をして一息吐く。

 交渉を終えたのだ。

 その笑顔には十分な手応えが浮かんでいた。

 そしてアキラの方を見た。


 アキラが何か用かと思っていると、警備側から通信要求が届いた。

 ヒカルにちょっと待ってくれと手で示してからそれに出る。

 そして自身の拡張視界に表示された相手の姿を見て、少し驚いた。

 通知は通信相手が警備の指揮側の職員だと示していたのだが、表示された者はヒカルだった。


 思わず視線を向けてきたアキラに、ヒカルが少し得意げに笑って返す。


「ちゃんと警備の指揮系統に割り込めたようね。

 間に合って良かった。

 アキラ。

 私もアキラのオペレーターとして警備に参加するわ」


 アキラが意外そうな顔を浮かべる。

 その表情はどことなく怪訝けげんそうにも見える。

 ヒカルが察して苦笑する。


「オペレーターと言っても、適宜細かな指示を出す訳じゃないわ。

 指示の内容も、基本的には警備側からの内容を私がそのまま伝えるだけよ。

 その代わり、警備側からあからさまに変な指示が来たり、アキラの疲労状態とかを無視した要求とかがあったりしたら、私がアキラの代わりに向こうと交渉するわ。

 オペレーターとして細かな指示を出してサポートするってよりは、アキラが煩わしい指示に翻弄されずに自由に動けるようにサポートするって考えてちょうだい」


「ああ、そういうことか。

 分かった。

 頼む」


「任せといて。

 それじゃあ早速オペレーターのお仕事ってことで、アキラ、そろそろ時間よ。

 準備を済ませて一緒に行きましょうか。

 ぎりぎりの場所まで付き添うわ」


 ヒカルは笑顔をアキラに向けた。

 少々虚勢がにじんでいたが、持ち前の有能さでアキラには気付かれなかった。


 アキラは準備を済ませて部屋を出ると、ヒカルの案内で車内の通路を進んでいた。

 ヒカルはアキラの隣で周囲を警戒しながら気を張り詰めており、まるで遺跡の中を慎重に進んでいるかのようにも見える。


 アキラがそのヒカルの様子を少し不思議に思っていると、アルファが隣でどこか意味深で楽しげな笑顔を浮かべていた。


『何だよ』


『ん?

 基本アキラを部屋から出さない。

 出る場合はアキラのそばで要警戒。

 アキラの腕には位置情報を常時把握するためのブレスレット。

 まるで囚人の護送のようね、と思っただけよ』


『俺が何をしたって言うんだ』


『防壁外で殺人多数。

 私は気にしないけれど、防壁の内側の人はどうかしらね』


 アキラもヒカルの態度の理由を何となく察した。


『……別に俺も進んで騒ぎを起こす気は無いんだけどな』


『それを信じてもらえるかどうかは、別の話でしょう?』


『全くだ』


 アキラはヒカルに見られないように苦笑をこぼした。




 輸送車両の屋根部分は基本的に真っ平らだ。

 これは出来る限り簡素な形状の方が力場装甲フォースフィールドアーマーの効率向上に適しているためだ。

 その都合で屋根の上には備え付けの大型砲ぐらいしか風を遮る物が無い。

 加えて車両もかなりの速度を出しているので、常に強風が吹き荒れている。


 アキラの配置場所はその屋根の上だ。

 生身なら即座に吹き飛ばされ屋根から落下する強風の中を、強化服の体勢維持機能を使用して普通に立っていた。

 索敵は警備側が車両の高度な索敵機器で実施している。

 今のアキラの仕事は、敵襲の連絡が来るまで屋根の上で待機し続けることだった。


 アキラは屋根の端に立って荒野の光景を眺めていた。

 高速で走り続ける車両は既に荒野の大分東側の領域に到達している。

 最前線まではまだ大分遠いとはいえ、遺跡の技術水準も生息するモンスターの強さも、クガマヤマ都市周辺に比べて跳ね上がっている。

 遠景の雰囲気も、どことなくより高度な文明の面影を見せている。


『アルファ。

 なんか向こうに、デカい島が空中に浮かんでいて、島の下側から地面に向かって伸びている高層ビルが見えるんだけどさ。

 俺の視界をいじったりしてないよな?』


『してないわ』


『じゃあ、見たまんまの物があそこに浮かんでるのか』


 アキラがちらっとアルファを見る。

 非現実的なまでの美貌と、場違いな露出過多の格好、そしてたまに浮かんでいることを除けば、アルファはそこに実在しているとしか思えない。

 義手や強化服越しにさわれば感触も得られる。

 だが実在していない。

 そして遠方に見える非現実的な建築物は実在している。


『自分の視界が信じられなくなりそうだ』


『世の中、見えるものだけが真実ではないわ』


『それ、絶対意味が違うだろう』


『あってるわよ?

 私とアキラのつながりも、視認可能なもので結び付いている訳ではないでしょう?』


『いや、そうだけどさ……』


 依頼の取引。

 契約。

 積み重ねた信頼と実績。

 借り貸し。

 恩。

 策謀。

 妥協。

 義理。

 判断。

 割り切り。

 アキラとアルファは旧領域接続者の通信領域を介し、それらを複雑に束ねてつながりを強めている。

 そのつながりは強く引っ張ればあっさり千切れるものなのか、あるいは意外なほどに強靭きょうじんなのか、どちらも正しく把握はしていない。


 ただ、アルファはより強いつながりを求めてアキラに笑いかけ、アキラはまた意味深なことを言っているだけだろうと考えて然程さほど気にせずに軽く流した。


 ヒカルから通信が入り、アキラの拡張視界にヒカルの姿が現れる。


「アキラ。

 敵襲よ。

 飛行型モンスターの群れが接近中。

 大型は車両の砲で対処するから、アキラは担当範囲に入った小型の対処を御願い。

 担当範囲外の個体は余力があってもこっちの指示が無い限りは無視して。

 別のハンターの成果を横取りすると後でめ事になるから。

 敵の反応を送るわ。

 アキラの獲物の判断もその反応で確認して」


 送信されてきた索敵状況が表示される。

 無数の反応が車列の前方から迫ってきていた。

 反応は色分けされており、今はどの個体もアキラの担当ではないことを示している。


「敵が手強てごわくて大変だったら遠慮無く言って。

 すぐに応援の手配をするわ」


「了解だ。

 まあ、出来る限りやるよ。

 要望はそれぐらいか?」


「そうね。

 強いて言えば、オペレーターとしてこっちでもアキラの様子を見ているから、格好良いところを見せてね、と応援したいところなんだけど……」


 そこまで愛想の良い笑顔を浮かべていたヒカルが、少し苦笑気味に笑う。


「私がそう言ったからって、キバヤシ好みの無理無茶むちゃ無謀を見せ付けられても困るのよねー」


 アキラも軽い苦笑を返す。


「俺だって好き好んでその無理無茶むちゃ無謀をやってる訳じゃないんだけどな」


「そうなの?

 まあ、その辺の基準は人それぞれよね。

 じゃあ後で戦闘の様子を一緒に見て、その辺の認識のり合わせでもしましょうか。

 アキラ。

 頑張ってね」


 アキラの視界からヒカルの姿が消える。

 アキラも気を引き締めて意識を戦闘に切り替えた。


 車列前方から迫るモンスターの群れは、既に肉眼でも捉えられる距離まで近付いていた。

 アキラがその方向を注視すると、情報収集機器が対象領域を拡大表示して敵の姿をはっきりと映し出す。

 巨大な虫の群れが空を飛んでいる。

 敵の反応の表示部分には、目標までの距離の概算も出ている。


 アキラが敵までの距離を示す数値を見て、少し怪訝けげんそうにする。


『……あれ?

 まだ結構遠い?

 数値が間違ってる?』


『敵が大きすぎるから距離感が狂ってるだけよ。

 空には大きさの比較対象が無いからね。

 数値の方が正しいわ』


『そうなのか?

 いや、でもちょっと遠すぎる気がするけど……』


『それなら分かりやすい比較対象を加えてみましょうか』


 アルファの姿がアキラのそばから消える。

 そして拡大表示しているモンスターのそばに現れた。

 アキラがモンスターの姿を身近な比較対象と比べながら改めて見て、顔を引きらせた。


 やや長い半球形状の昆虫の、その全長と比較して小さな頭部に付いている小さな丸い目。

 その目の大きさが既にアルファの身長を超えている。

 形状こそ指先に乗る小型の昆虫と似ているが、その体長は小島のように巨大だ。

 それらが群れで飛んでいる。

 流石さすがに全ての個体がその大きさではないが、他の個体も十分に大きい。


『デカすぎるだろう……。

 もっと東側はあんなのがうじゃうじゃしてるのか。

 道理で戦車や人型兵器が拳銃程度の基本装備扱いになる訳だ』


 アルファが自身の姿をアキラのそばに戻して微笑ほほえむ。


『あら、じ気付いたの?』


『正直に言うと、ちょっとな。

 でもデカければ倒せないって訳じゃない。

 前に巨人みたいなやつも倒したし、装備もその時に比べてかなり良いものに変えたんだ。

 やるだけやるさ。

 第一、俺が相手をするのは一部だけだろうしな。

 でも、サポートは本気で頼む』


『任せなさい。

 アキラ。

 始まるわよ』


 アルファが車列の前方を指差した。

 その先にある輸送車両の大型砲が動き始めていた。


 複数の巨大な砲が敵の群れを率いる大型モンスターに照準を合わせる。

 そして大気を震わせる咆哮ほうこうとともに、その砲口から巨大な光の矢を一斉に放った。

 放たれた光線はアキラのAF対物砲のものと似ているが、速度、射程、威力、光線の太さや光度、その全てが桁違いだ。

 大気を貫く光線が宙を飛ぶ巨大なモンスターを次々に穿うがつ。

 目標の強靭きょうじんな甲殻に大穴を空け、内部を蒸発、焼却、融解させ、その巨体に見合う生命力を光の奔流で殺しきる。


 撃墜された巨大昆虫が次々と落下していく。

 それらが余りにも巨大な所為せいで、アキラには非常にゆっくりと落下しているように見えた。


 輸送車両が砲撃を開始すると、車列の前方に配置されている人型兵器も敵の迎撃を開始する。

 人型兵器用の拡張弾倉から供給される巨大な弾丸が、同様に巨大な銃から撃ち出されて弾幕となって空へ飛んでいく。

 ミサイルポッドからも大量のミサイルが撃ち出され、モンスターの群れに殺到していく。

 輸送車両に撃ち落とされた個体よりは小さな個体が、弾幕に、爆発に、その体を砕かれ千切られ粉砕されて四散していく。


 人型兵器に混ざって歩兵の部隊も各自の武装で応戦している。

 そのどれもが東側領域用の強力な装備であり、輸送車両の砲と人型兵器が迎撃を後回しにした比較的小粒な個体を易々やすやすと撃ち落としていた。


 車列前方で迎撃部隊とモンスターの群れの激しい戦闘が続く。

 アキラはその様子を半ば唖然あぜんとしながら見ていた。


『大迫力だな。

 あれがもっと東側で活動しているハンターの戦闘か。

 流石さすがというか何というか、住む世界が違うって感じだ』


『実際に別世界と思った方が良いわ。

 より東の地域ほど、より高度な技術の影響を受けているからね。

 その影響下で生まれた生態系は異常そのものよ』


『まあ、あんなデカい虫が山ほど飛んでるんだ。

 真面まともじゃないのは分かる。

 そんな地域でハンター稼業をやってるんだ。

 ハンターの方も真面まともじゃやってられないか。

 俺も結構強くなったと思ったけど、向こうの連中と比較すればザコ同然か』


 輸送車両の警備の人員は強力な者ほど前方に配置されている。

 アキラの警備場所は後方部分であり、輸送車両に乗り込んでいるハンター達の中では下っ端の配置位置だ。


 アキラが世界の広さの一端を感じ取って軽く息を吐く。

 その顔に軽い感嘆にも気落ちにも見える少し複雑な表情を浮かべていた。


 アルファがいつものように微笑ほほえむ。


『必死に積み上げた山に空を見上げながら登っても、果てが遠すぎて近付いたとは思えないわ。

 でもちゃんと近付いているの。

 大丈夫よ。

 焦らずに落ち着いて積み上げていきましょう』


『……。

 そうだな』


 アキラが気を取り直して軽く笑う。

 アルファも機嫌良く笑って返した。


『それでは、いつものようにハンター稼業に精を出しましょうか。

 アキラ。

 あれらを倒して実績の山に加えてしまいましょう。

 より高みに近付くためにね』


 アルファが指差す先では、前方での戦闘領域を突破したモンスター達が後方の車列へ向けて宙を飛んでいた。

 見逃しても車両の被害は比較的軽微だと判断されて撃破を後回しにされた小型の個体だ。

 それでもどの個体もアキラより大きい。

 それらの一部は車両の屋根や側面に張り付き、車両の装甲にかじり付くなどして被害を与えている。

 他の個体群は車列の後方部分を目指してアキラに近付いていた。


 アキラの視界に表示されている索敵反応の色が変わり、アキラの撃破担当になったことを知らせる。


『了解だ』


 アキラは笑って銃を構えた。

 両手にそれぞれLEO複合銃を持ち、銃口をモンスターの群れに向ける。

 勢い良く銃弾が撃ち出され、アキラの戦闘が始まった。




 ヒカルは車内でアキラの戦闘の様子を見ていた。

 アキラの情報収集機器から送られてくる主観視点の映像。

 輸送車両の警備側から送られてくる索敵情報。

 それらを基にアキラの状態を逐次確認して、苦戦の傾向が見られればアキラからの要請を待たずに応援を手配するつもりだった。


 だがその気遣いは不要となった。

 既にアキラの周辺には倒されたモンスターの死骸が大量に散らばっており、追加で倒した死骸を更に積み重ねようとしている。

 群がる敵の数の暴力を、撃ち出す銃弾の数の暴力で押し返し、1対多数の不利を逆に敵に押し付けている。


 アキラの頭部カメラの映像は本人の高速戦闘の影響で上下左右に激しく揺れ続け、目まぐるしく変化している。

 両手の銃の照準器視線の映像はそれ以上に無茶苦茶むちゃくちゃに動き続けている。

 アキラ本人はその視界に追い付いている。

 だがヒカルには無理だった。


「あ、駄目、無理、酔う」


 アキラ本人と同じ視界で見た方が相手の状況をつかみやすいだろう。

 そう考えて必死に同じ視界を追い続けていた。

 だがこれ以上は見るだけ無駄だと判断して、自身の拡張視界を再度整理する。

 アキラからの視覚情報を縮小して脇に追いやり、車両の索敵情報を基にした俯瞰ふかん視点の映像を大きく映し出した。


 視覚化した索敵情報の中で、アキラに近付く敵の反応が次々に消えていく。

 敵の増援は今も湧き続けているが、反応の消え方を確認する限りは、アキラに敵を苦にする様子は見られない。


(……確かにすごい。

 キバヤシさんが入れ込む訳ね)


 アキラの戦闘能力を称賛しながらも、ヒカルの表情はかなり険しい。

 下手をすれば、この戦闘能力が中位区画内部で暴れ回る。

 その場合、その責任を取るのは、実行者とその許可を出した者だ。

 つまりアキラとヒカルだ。


 危険物の取り扱いにけている者には、その危険度に応じた権限が付与される。

 その危険物を有効活用して高い利益を生み出す者には更なる権力が与えられる。


 だからこそ、キバヤシの権限はかなり高い。

 ハンターとハンターオフィスの関係も同じだ。

 暴発すれば東部を脅かしかねない力を管理するために、その力で東部開発を進めて更なる利益を得るために、統企連は日々四苦八苦している。

 そして、今のところは上手うまくいっている。


 ヒカルもその上手うまくいっているがわの者になろうと情熱と野心を燃やしていた。

 少なくとも、少し前までは。


「はぁ……。

 くじけそう……。

 ……いや、やるの!

 こんなところでくじけてたまるもんか!」


 口に出た弱気を、首を横に強く振って吹き飛ばし、ヒカルは意気を張り上げた。




 アキラが屋根の上を動き回りながら銃撃を繰り返す。

 視線は前に、両手の銃の銃口は前後上下左右に向けている。

 既に両目で照準を合わせるような悠長な真似まねはしていない。

 両目の視界は前方の状況認識の精度向上に割り当てている。


 高性能な情報収集機器が収集した情報を旧領域接続者の受信能力で取得する。

 その情報を無意識の水準で認識し、知覚情報から脳内で構成された世界として知覚する。

 その気配とも呼称できる感覚で敵の大まかな位置を捉えて銃を向ける。

 銃の照準器からの映像を拡張視界に追加して照準を合わせる。

 銃の照準補正機能が照準を細かく補正する。

 その後、アルファが更に照準補正を実施する。


 両手のLEO複合銃から撃ち出される弾丸は、力場反応物質を主要構成物とする特殊な弾丸だ。

 その物理特性により供給されたエネルギーに応じて威力を増すことから、通称C弾チャージバレットと呼ばれている。

 理論上は幾らでも威力を向上可能だが、現状の企業の技術ではエネルギーを過剰に投入すると弾頭が負荷に耐えきれずに崩壊することや、余りに高エネルギーとなると威力への変換効率が急激に悪化することから、威力には一定の上限が存在している。


 撃ち出されるC弾チャージバレットに高額大容量のエネルギーパックからエネルギーが供給される。

 その供給量はアルファの制御により目標の撃破にちょうど良い威力に調整されている。

 弾丸は装填している高額大容量の拡張弾倉から尽きることなど無いように潤沢に供給される。


 それらの結果、LEO複合銃での銃撃は連射速度、1発の威力、命中精度、その全てが非常に高い水準にあった。

 片手片方だけでもだ。

 アキラはそれを両手にそれぞれ握り、縦横無尽に動きながら四方八方に死を振りまいている。

 次々に積み上がる死骸が、モンスターの群れに襲われるという脅威をもってしても、蹂躙じゅうりんするがわはどちらなのかを分かりやすく示していた。


 そのアキラの戦い振りはヒカルに戦況を楽観視させるほどだった。

 だがアキラ自身はヒカルの判断ほど余裕ではなかった。


『多すぎる!

 切りが無い!

 何なんだこの量は!?』


 アキラは既にかなりの数のモンスターを撃破している。

 それは周辺の死骸の量からも十分に実感できる。

 だが敵が減ったという感覚は全く感じられなかった。

 そばでいつものように微笑ほほえんでいるアルファの様子から、現状など苦境にはほど遠いと理解はしている。

 だがそれでも愚痴ぐらいは吐きたくなる量だった。


『アキラ。

 そんなにつらいのならヒカルに応援を頼んでも良いわよ?』


『アルファのサポートでも手に負えないって言うのならすぐに頼むぞ?』


『それなら不要ね』


 軽く笑い合って状況への認識を互いに合わせた後、アキラが少し面倒そうに顔をしかめる。


『アルファ。

 あとどれぐらい倒せば減りそうなんだ?』


『当分減らないわ。

 初めに倒された巨大な個体の死骸から小型の個体が無数に出現しているの。

 タンクランチュラと戦った時にも似たような小型個体が現れたでしょう?

 あれと同じよ』


『そういうことか。

 あんなにデカいやつなんだ。

 湧き出る量もすごいことになってるんだろうな。

 道理で幾ら倒しても減らない訳だ』


『しかもそれらの個体が車列全体に群がっているの。

 アキラが頑張ってたくさん倒して、この辺の包囲を一時的に薄くしても、他の濃い部分からすぐに補給されるから、すぐに元に戻るのよ』


 付け加えるとアキラの担当区域は下っ端の警備場所とはいえ、本来は部隊で警備する場所だった。

 これはヒカルが輸送車両の警備にアキラを少々強引にじ込んだことと、め事防止のためにアキラと他の警備の者を直接接触させないように、配置場所に対して警備側の指揮系統に割り込んだ弊害だ。

 その所為せいで本来なら複数人で対処する敵をアキラ1人で対処する羽目になっていた。


 ヒカルもそれは分かっていたので応援を迅速に手配する準備を整えていた。

 しかしその準備はアキラが1人で敵に対処したことで無駄になった。


 応援を頼むつもりはないが、幾ら倒しても変化が無ければやる気もせてくる。

 仕方が無いのでアキラは少々無理矢理やりに気を切り替えることにする。


『よし!

 もう成果を荒稼ぎする良い機会だってことにする!

 アルファ!

 ちょっと派手にやる!』


『分かったわ』


 アルファは念話でアキラの意図を理解して微笑ほほえむと、その意図の達成のために、今まで出していた移動方向等の指示内容を少し変え始めた。


 モンスター達もアキラに黙って倒されている訳ではない。

 小さな羽虫の素早さ、自身の数倍の物を持ち上げる昆虫の身体能力を、その体長に比例してそのまま引き上げたような移動速度と筋力をもって襲いかかっている。

 強靭きょうじんな甲殻は並の銃弾など容易たやすはじき返すほどに硬く、口や手足は瓦礫がれきを砕き鉄を千切る。

 輸送車両の車体は力場装甲フォースフィールドアーマーで守られているが、放置していればいずれは破られる。


 遠距離攻撃を行う個体も多い。

 銃身のような器官から体液を高速で射出してアキラを狙う。

 射出される液体も様々で、空中で固体化して弾丸と化すものもあれば、非常に高い粘着性で動きを封じるもの、浴びた物を強力に溶かすものもある。

 どれも食らえば致命的だ。

 弾丸が死骸を砕き、粘着液が細かな破片を固めて大きくし、溶解液がそれらを溶かしていく。

 その過程で周囲の足場は逐次劣悪に変化し続けていた。


 アキラはその足場の中を素早く駆けていた。

 十分な足場となる移動に適した僅かな場所を、アルファのサポートにより拡張視界に強調表示してもらうことで正確に認識し、そこを踏んで移動速度を落とすことなく俊敏に動き続けている。

 更に強化服の足部分の力場装甲フォースフィールドアーマーを強めることで、溶解液の影響を著しく弱めていた。

 その移動力で敵の攻撃をかわし、新たな敵を撃ち落として比較的無事な足場を増やしていく。

 同時に、敵の動きを少しずつ誘導していた。


 アキラの誘導により敵の位置に偏りが生まれていく。

 その偏りは更に大きくなり、四方を囲んでいたはずの敵の位置がほぼ一方向のみに限定された。

 するとアキラは両手のLEO複合銃を素早く仕舞しまい、背中のAF対物砲を起動した。

 変形しながら前に現れたAF対物砲を両手でしっかりと握り、拡散設定を最大角に変更する。

 そして引き金を引きながら前をぎ払うように銃を大きく横に振るった。


 AF対物砲の砲口から発射された閃光せんこうが、アキラの前の空間をモンスターごと飲み込んだ。


 光が消える。

 拡散により著しく威力が低下した所為せいで、閃光せんこうに消し飛ばされたモンスターは1体もいなかった。

 だがそれでも効果は高く、今の攻撃で倒されたモンスターが動きを止めて荒野に落下していく。

 倒しきれなかった個体もこれまでのようには動けない負傷を負っており、鈍った動きでは宙を飛べず、飛べたとしても輸送車両の移動速度に追い付けず、車両から引き剥がされていく。


 アキラが軽く息を吐く。

 敵の大半を一撃で排除できたことには満足しながらも、少し険しい表情を浮かべていた。


『結構倒したけど、今の攻撃、黒字かな?』


『どうかしらね。

 報酬の算出方法にもよるのでしょうけれど、赤字かもしれないわ』


 AF対物砲の弾丸は非常に高い。

 そもそもが大物殺し用の切り札であり、小物の殲滅せんめつ用ではないのだ。

 小物の撃破額では相当な数を倒さなければ赤字になる。

 それはアキラも分かっていたが、ハンターランクの稼ぎにはなると考えて割り切って使用した。

 一応、撃つ前までは。


『……良いんだよ。

 あんな量、ちまちま倒していられるか。

 決めた。

 黒字になるように、ヒカルには報酬交渉を頑張ってもらう。

 そうしよう』


『そうね。

 彼女の交渉手腕に期待しましょうか』


 不安をあおるように意味深に微笑ほほえむアルファに、アキラは苦笑気味の顔を返した。


 一時的に敵密度が薄くなった周辺に、他の場所からモンスターが早速殺到する。


『アキラ。

 敵の増援よ』


『分かった。

 もう一回だ』


 アキラが両手の銃をLEO複合銃に戻す。

 そして少なくとも総額では黒字になるように期待を込めて、敵の群れを効率良く銃撃し続けた。

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