第163話 その約束は守れない

 格納庫でアルナの身柄を確保している男達の一人が急に表情を険しくさせる。


「トラルトが死んだ」


 周りの男達が仲間の死にざわめく。


「死んだ!?

 あいつが!?

 本当か!?」


「敵が情報収集妨害煙幕ジャミングスモークを多用した所為で、定期通信が途絶えただけって可能性はないのか?」


 トラルトの死に気付いた男が首を横に振る。


「バイタルサインチェックの失敗通知が届いている。

 通知内容から判断すると、恐らくだが、頭部は吹っ飛んでるな。

 バイタルサインのチェックは強化服側で行われている。

 通知の送信もそっちの経路だ。

 頭に大口径の弾でも食らったか?」


「奇襲を受けたか?

 ……いや、あいつは結構手練てだれだ。

 そう簡単には奇襲なんかされないはずだ。

 多少ヤバい事態になったとしても、逃げたり応援を呼んだりするぐらいはできたはずだ」


「ああ。

 だから俺達もあいつだけで行かせたんだ。

 そのあいつが事前に一切連絡なしで殺されたのかよ……」


 男達の顔色が悪くなる。

 トラルトを殺したのがアキラだと断言はできないが、全員その可能性を大いに疑っていた。

 まとめ役の男が宣言する。


「仕方ねえ!

 ボスに支援を要求する!

 いいな!」


 他の男達から異議は出なかった。




 カツヤの監視役の男がロゲルトと連絡を取っている。


「はい、ボス。

 俺です。

 ……ええ、確かにこのガキは役に立っています。

 そこらの雑魚ならこいつだけで蹴散らせますね。

 ……それで、このガキを格納庫に応援に向かわせればいいんですか?

 ……逆?

 ……ああ、そういうことですか。

 分かりました。

 了解です」


 男はロゲルトとの通信を切ると、カツヤに高圧的に命令する。


「おい!

 ぼさっとしないで次に行くぞ!」


「……格納庫で何かあったのか?」


 何げないように装って探りを入れるカツヤに、男が少々過敏に反応して声を荒らげる。


「てめえが知る必要なんかねえんだよ!

 てめえは俺の指示だけ聞いてりゃいいんだ!」


「……分かったよ」


 カツヤは渋々という様子を隠しもせずに先に進み、男もその後を追った。


 やかたの中は乱戦が続いていた。

 既に相当数の死者が出ており、装備と技術と運による選別が進んでいた。

 粗末な装備、未熟な技量、足りない運などにより淘汰とうたされた者達が死体となって至る所に散らばっていた。


 今も交戦を続けているのはその淘汰とうたから生き延びた実力者達だ。

 流石さすがにカツヤも苦戦を強いられていた。


 監視の男がカツヤの後方から怒声を浴びせる。


「もっとやる気を出しやがれ!

 てめえが役立たずならあの女を生かしておく価値なんかねえんだぞ!」


 カツヤが苦渋の表情でより積極的に前に出て応戦する。

 前に出た分だけカツヤの危険が増す。

 だがその分だけ敵の勢いが削られたおかげで、監視の男は随分楽になった。


「初めからそうしてろ!

 クソガキが!」


 カツヤは男の罵声を浴びて悔しそうな表情を浮かべながら、それでも必死に応戦していた。


 敵の部隊が通路の奥から連続して擲弾を発射する。

 カツヤはそれを何とかかわしたが、擲弾はそのままカツヤの背後に飛んでいき、通路の影に隠れていた監視の男の近くで爆発した。


 男は軽い負傷で済んだが、その意気は大きく削られた。

 おびえ、慌てながらカツヤに怒鳴る。


「お、おい!

 戻ってこい!

 一度撤退だ!」


 男はカツヤを自分の盾にするために呼び戻そうとしていた。

 その所為で急いで戻ってくるカツヤの態度や動きに注意を払う余裕もなく、強力な戦力が自分の近くに戻ってくることに安堵あんどを抱いてしまった。


 次の瞬間、カツヤは男の頭部に銃を向けて引き金を引いた。

 男は驚きの余り一瞬だけほうけたような表情を見せたが、その表情も着弾の衝撃でいびつに変形した頭部ごとき消えた。


 カツヤは交戦していた者達に牽制けんせい射撃をした後、全力でその場から離脱する。


(擲弾爆発後の情報収集機器の乱れから考えて、あれには情報収集妨害煙幕ジャミングスモークも混ざっているはずだ!

 通信はしばらく阻害されるはず!

 あの状況なら敵の攻撃で死んだとも解釈できる!

 少なくとも発覚は遅れる!

 時間は稼げるはずだ!)


 離脱した後は格納庫を目指して必死に走り続ける。


(あの会話内容から考えて、恐らくだが、アルナは格納庫にいるはずだ!

 そして攻撃を受けている!

 今助けに行かないと、きっと手遅れになる!

 今しかない!)


 大人しく従っている振りをしていれば、アルナを助ける機会がきっと巡ってくる。

 カツヤはそう信じてロゲルト達に従っていた。

 そして今がその唯一無二の機会だと信じた。


 カツヤは既に格納庫の場所を把握している。

 ロゲルトの機体について男達に質問した時に、その機体や付随する情報として整備場所などを上機嫌に答えてもらったからだ。

 あの機体に弱点でもないかと思って尋ねたのだが、それが意外な場所で役に立ったのだ。


(待ってろ!

 すぐに助けに行くからな!)


 カツヤが強化服の身体能力を酷使しながら全速力で駆けていく。

 アルナを襲っているのは誰なのか。

 頭に過ぎるその懸念に不安を覚えながら。




 アキラが格納庫を目指してやかたの外を走っている。

 その表情は疲労等の所為で少しつらそうに見える。

 併走しているアルファがそれを見て確認を取る。


『アキラ。

 そろそろ格納庫に到着するけれど、体調の方は大丈夫?』


『両腕に違和感がある。

 あと軽い頭痛がする』


『腕の方は良いとして、頭痛の方は体感時間操作の使いすぎの所為ね。

 気絶しないように注意してね』


 アキラが軽く苦笑する。


『俺が気絶したらアルファのサポートも激減するんだろう?

 分かってるよ。

 それはそれとして、腕の方の心配は良いのか。

 痛みがないのは鎮痛作用の効果で負傷自体は今も治療中。

 違和感はそれの所為だろう?』


 アルファが軽く笑う。


『腕の方は、まあ、最悪千切れても強化服さえ動けば何とかなるからね。

 そこまで重要でもないわ』


ひどい扱いだな。

 少し休んだらとは言わないのか?』


 アキラが冗談交じりにそう尋ねると、アルファは和やかに微笑ほほえみながら黙って見詰め返してきた。

 アキラが苦笑する。


『分かってるよ。

 弱音を吐くぐらいつらいなら今すぐ撤退しろって言いたいんだろう?

 あれだけ苦労して折角せっかく強化服の方もアルファのサポートをしっかり受けられるようにしたんだ。

 もう少し付き合ってくれ。

 手早く済ませて帰るように努力するからさ』


『それならもう少し急ぎましょうか。

 少し体に負担が掛かるけれど、我慢してね?』


『了解だ』


 アルファが強化服を操作してアキラをより速く少し無理矢理やり気味に走らせる。

 アキラは今も治療中の両腕に軽い痛みを覚えながら、回復薬による治療と負荷による破壊が繰り返されている感覚を覚えながら、かなりの速度で駆けていった。


 アルファは少し休めとも撤退しろとも意図的に口にしなかった。

 それはそれを口にすることでアキラの気が変わる可能性を上げないためだった。


 手早く速やかにアルナを殺す。

 諸事情により、アキラとアルファの目的は一致していたのだ。




 格納庫の周辺に設置された小型情報収集機器がアキラの接近を男達に知らせる。


「来やがった!

 この反応は多分あいつだ!」


「配置に着け!

 残弾なんか気にするな!

 ボスが到着するまでてば良いんだ!」


 男達は格納庫の中に小型式簡易防壁を設置していた。

 格納庫の壁と簡易防壁の両方で身を守りながら敵の襲撃に備える。

 重装強化服の男は簡易防壁の外側で、他の者達は簡易防壁の内側で、それぞれの武器を敵の反応位置に向けて構える。


 男達はアキラの反応を断片的にしか探知できていない。

 小型の情報収集機器では探知範囲も狭く、加えて全方向からの襲撃に備えて分散して設置したのだ。

 奇襲を警戒した弊害だ。


「ボスはどれぐらいで到着するんだ!?」


「追加の人型兵器やら戦闘車両やらを潰してから来るってよ!」


「何でハーリアスの連中にそこまでの戦力があるんだ!?

 あいつらそんなに金があったのか!?」


「知るか!」


 男達の疑問は爆音とともに格納庫の壁に大穴が開けられたことで中断された。

 外側から無数の擲弾で爆破されたのだ。


 男達が砲火を一斉にその大穴に向ける。

 重装強化服の男が持つミニガンから大量の銃弾が放たれる。

 簡易防壁に隠れている男達も隙間から銃器を構え、銃を乱射し擲弾を発射する。

 銃声と爆発音が格納庫内に反響する。

 その場にいる者を跡形も残さないかのような猛攻が10秒ほど続く。

 壁の穴のふちを弾丸で削り取り、爆風で砕いて、穴をより大きくした後で止まった。


 静寂を取り戻した場で男達が緊張しながらで敵の様子を探る。

 だが穴の周辺やその先に敵の死体を見つけることはできない。


 次の瞬間、重装強化服の男のミニガンが轟音ごうおんとともに大破する。

 砲身や機関部が強力な弾丸が着弾した衝撃で破壊され鉄屑てつくずと化す。

 男達がその攻撃にひるみ、僅かに注意をおろそかにする。


 アキラがそのすきいて壁の穴から飛び込んでくる。

 右手のCWH対物突撃銃で重装強化服の男を続けて狙いながら、左手のDVTSミニガンで簡易防壁周辺を乱射しながら、銃撃の反動を強化服の身体能力であっさり押さえ込み、素早い動きで格納庫内に侵入する。

 そして格納庫内の大型な整備機械類の間から攻撃を続けてくる。


 重装強化服の男が破壊されたミニガンを投げ捨てて怒気を露わにしながら叫ぶ。


「クソが!

 代わりを寄こせ!」


 男は簡易防壁の仲間から別の大型銃器を受け取るとすぐに銃撃を再開した。

 人型兵器の整備に使用する高価な機材を破壊することになるが、男達にそれを気にする余裕はなかった。




 アキラが格納庫内を移動しながら男達の簡易防壁を攻撃し続けている。

 DVTSミニガンから無数の銃弾が連続して撃ち込まれ、A4WM自動擲弾銃から放たれた擲弾が爆発する。

 しかし簡易防壁の防御が揺らいだようには見えず、アキラの表情が険しくなる。


『随分頑丈だな!

 もう結構撃ち込んだよな!?』


 アルファも少し表情をしかめている。


『ここは人型兵器の格納庫だから、人型兵器の武装を基準にした防護装備を簡易防壁の代わりに使用しているのかもしれないわね』


 アキラは黒い機体の銃や近接戦闘装備の威力を思い浮かべる。

 男達の簡易防壁が本来あれらを防ぐためのものならばこの防御力にも納得できる。

 しかしその納得が現状を改善する訳でもなく、その表情は険しいままだ。


『たとえそうだとしても、幾ら撃っても無駄ってことはないんだよな?』


勿論もちろんよ。

 あの防壁の限界は近いわ。

 撃ち続けなさい』


『了解!』


 アルファの説明通り、簡易防壁の一部に限界が訪れる。

 力場装甲フォースフィールドアーマーの効果が失われ、少々頑丈なだけの鉄板と化した装甲に銃弾が撃ち込まれて穴が開く。

 その銃弾は既に簡易防壁の内側に退避していた重装強化服の男にはじかれたが、CWH対物突撃銃の弾丸が間を置かずに男に着弾した。

 男の重装強化服の防御も既に限界を迎えており、弾丸は男の胴体を貫いていた。

 3度目の戦闘薬が注入されたが、それが男の命を持続させることはなかった。


 仲間を失った男達は必死に反撃したが、動きの面でもアルファのサポートを取り戻したアキラの猛攻を食い止めることはできなかった。

 簡易防壁が限界を迎えた部分から大破していき、擲弾で吹き飛ばされていく。

 一緒に吹き飛ばされた男が床にたたき付けられて絶命する。

 銃弾を浴びた男が鮮血をき散らして息絶える。


 残りの男達がその場から逃亡を図る。

 アルナをつかんで簡易防壁から飛び出すと、壊れかけた防壁の向こうにいるアキラとは反対方向へ、僅かな可能性に賭けて駆け出そうとする。


 その無謀な賭けは実らなかった。

 だがアキラや男達の予想とも外れていた。


 逃げる男達を追って簡易防壁の穴を抜けたアキラが、その先の光景を見て表情を一気に険しくする。

 男達が眉間を撃たれて殺されていた。

 そして、アルナがカツヤに抱き付いていた。


 カツヤはアキラから少し遅れて格納庫に到着すると、アキラと男達の交戦に気付いてその場を一度迂回うかいして別のルートから格納庫の中に忍び込んでいた。

 その後は両者のすきを隠れてうかがっていたのだ。


 攻撃後の硬直と驚きによる思考の硬直、それらが絶妙に組み合わさり、アキラとカツヤが攻撃を中断した状態で対峙たいじする。

 どちらも相手に非友好的な顔を向けている。

 だがアキラをにらみ付けているカツヤとは異なり、アキラの表情には相手への呆れが含まれていた。


 アキラがめ息を吐く。


「またお前か。

 しかもまたか。

 また、あとちょっと、もう少しのところで邪魔しに出てくるのか。

 ……また一応言ってみるか」


 アキラが鋭い視線をカツヤに送る。


「そいつを、渡せ」


「断る!」


 カツヤはたじろがずにそう断言すると、アルナを片腕でより強く抱き締めた。


 それを見たアキラの表情にあきれとは異なる感情、不可解な事項への疑念が浮かぶ。


「……分からないな。

 何でお前はそいつをそんなに守ろうとするんだ?

 いや、あの時の俺ならお前の対応も理解できる。

 あの時の俺は強化服も着ていないガキで、武器も大したものじゃなかった。

 ちょっと脅して追っ払えば良い。

 お前にとってはその程度のことだったんだろう。

 でも今の俺は違うだろう?」


 アキラが装備を見せつけるように両手に持つ銃火器を僅かに動かす。


「あれから稼いだ金で銃も強化服も新調したんだ。

 この装備には4億オーラムぐらい掛かってる。

 お前の装備が幾らかは知らないし、俺の装備より高性能かもしれないが、それでも装備の相対的な差は随分縮まったはずだ。

 しかもそっちは足手まとい込みで、他の仲間もいない。

 それでも俺に余裕で勝てる。

 そう思っているからか?」


 カツヤは僅かに警戒を高めたまま黙っている。

 アキラはそのカツヤをいぶかしみながら見ている。


「お前が俺に楽勝で勝てるとしても、そいつを助けるためにこんなデカい拠点を持つ組織に一人で乗り込むなんて、そこまでするほどのどんな利益があるんだ?

 実はそいつはどこかのお嬢様とかで、救出すると莫大ばくだいな金が手に入るとか、そういうことか?」


 カツヤが怒りと侮蔑を視線に込める。


「金のためなんかじゃねえ!

 お前には分からねえだろうけどな!」


「じゃあ、お前は実はそいつとは前から知り合いで、何か恩でもあって、あの時も偶然あの場にいたわけじゃなくて、何かあったらその辺りにいるから何か困ったことがあったら来いって打ち合わせていたのか?」


「アルナとはあの時初めて偶然会ったんだ!

 お前の勝手な邪推を付け加えるんじゃねえ!」


 アキラはカツヤの言葉からうそを感じ取れなかった。

 そのため一層不可解に思い、その困惑を表情に出しながら、どこか真剣な様子で尋ねる。


「じゃあ、何でだ?

 金でもない。

 恩でもない。

 別に友人でもない。

 偶然出会っただけの赤の他人のためになぜそこまでする?」


 アキラの視線は理外の理を探るようなその奥をのぞき込むような強く鋭いものだ。

 それを浴びたカツヤは僅かに気圧けおされたが、抱き締めているアルナの震えを感じ取ると、その視線を押し返すように確固たる意思を表情と口調に込めて断言する。


「助けるって約束した!

 理由はそれで十分だ!」


 アキラの表情がほんの少しの間だけきょかれたようなものに変わる。

 そして意外さと納得の入り交じったものに変化する。


「お前、良いやつだな」


 金でも恩でもなく口約束に自分の命を賭ける矜持きょうじ

 それはアキラの理解の範疇はんちゅうであり、納得できる動機であり、敬意を払うに足る対象でもある。

 その口約束の内容が誰かを助けるという善行なら尚更なおさらだ。

 アキラの視線から一時いっときだけ敵意が消えた。


 カツヤが予想外の言葉に面食らう。

 その短い言葉には純粋な賞賛が込められており、カツヤはそれをしっかり感じ取っていた。

 動揺と困惑がカツヤの中に生まれていた。


 だがそれもアキラの次の言葉でき消える。


「だけど、その約束は守れない」


 アキラはアルナを殺しに来たのだ。

 その賞賛ではその殺意は取り消せない。

 アキラの視線には憎悪も侮蔑もない。

 だがアルナには殺意を、カツヤにはその障害への敵意を向ける。


 助けに来た者と殺しに来た者が、互いの確固たる意思を確認し合った。

 後はもうその目的を果たすだけだ。


 一瞬の緩みが死につながる。

 動けば殺せる。

 だが不用意に動けば殺される。

 それが互いの動きを止めている。

 場が張り詰めていく。


 その場の状況を第三者が吹き飛ばした。


 黒い機体が格納庫のシャッターを吹き飛ばしながら内部に突入してくる。

 アキラ達は反射的にその場から逃れようとしたものの、互いへの警戒が足を引っ張り僅かに硬直してしまう。

 その隙に黒い機体はアキラ達の前まで辿たどり着いていた。


 ロゲルトが機体の外部カメラからアキラ達を発見して激情し、外部スピーカー越しに怒鳴り声を上げる。


「ガキどもが!

 てめえらやっぱり組んでやがったな!

 めやがって!

 殺してやる!」


 ロゲルトの頭の中では、カツヤが表向き自分の要求を飲んで時間を稼ぎ、その間にアキラがアルナを助け出してその後に合流した、という流れが出来上がっていた。


 何らかの誤解を受けており、その誤解を解く余地もない。

 アキラはそれだけ理解した。

 カツヤの理解も大体同じだ。

 だが共通の敵に対する認識は異なっていた。

 カツヤがアキラに不本意そうに提案する。


「……おい、この場は協力しよう。

 あれを何とかして脱出するまで一時停戦だ」


 アキラが微塵みじんの迷いもなく答える。


「断る」


 まさかこの状況で断られるとは思わず、カツヤは表情を驚きに染めた。


「お前、状況分かってるのか!?」


「俺はそいつを殺しに来たんだ。

 この程度の状況でそれを覆すような、そいつを助けるような真似まねはしない。

 どうしてもって言うのなら、協力するのはそいつを殺してからだ」


 アキラは平然とそう言い返した。

 だがその条件を飲むのならばカツヤもこんな場所にはいないのだ。

 カツヤが叫ぶように言い返す。


「ふざけるな!」


 不毛な会話は黒い機体が近接戦闘装備を振り上げたことで強制的に切り上げられた。

 巨大なチェーンソーに似た武器が、無数の刃が高速回転する駆動音を響かせる。

 アキラとカツヤの視線がその武器に向けられる。

 そして圧倒的な破壊力をまざまざと感じさせる巨大な武器が機体の出力で目標に向けて振り下ろされた。


 攻撃目標となったのはアキラだった。

 アキラはアルファの強化服の操作に動きを合わせて、その場から全力で飛び退いた。

 一瞬遅れて巨大なブレードが格納庫の床に直撃する。

 床の接触面が粉砕されて巨大な溝ができあがり、床の破片が広範囲に飛び散った。

 大きめな破片が離れた場所の整備機械に直撃して大きく変形させた。

 それほどの威力だった。


 アキラがその直撃すれば確実に木っ端微塵みじんになる威力を肌で感じて表情を険しくしながら、ゆがんだ体感時間の中でゆっくりと飛び散っていく破片を横目に愚痴をこぼす。


『何で俺から狙うんだよ!

 足手まといが一緒のあっちを狙った方が確実だろう!?』


 アルファが焦りのない口調でその問いに答える。


『全員殺すつもりだからでしょうね。

 恐らく足手まといが一緒の方は後回しにしても追いつけると判断したのよ』


『まずは片方を確実にってからでも良いじゃないか!』


『その辺の感覚には個人差があるから、私に言われてもね』


 二者択一で自分が狙われるぐらいいつものことだ。

 アキラはそう思いながらも釈然としないものを感じながら全力で壁の穴を目指して走る。


『まずはやかたの中へ避難よ。

 そこならあの機体も入ってこられないわ』


『あいつはどうするんだ?』


『向こうもやかたの中に逃げ込むはずよ。

 そこで殺しましょう』


『あいつらがやかたの中に逃げなかったら?』


『彼らがやかたの外を走って逃げるなんて選択を選んだのなら、あの機体に追いつかれて殺されるだけよ。

 その時は手間が省けて良かったと思いましょう』


 アキラが壁の穴を抜けて格納庫の外へ出る。

 続けて黒い機体がアキラを追って壁をぶち破って飛び出してくる。

 アキラは背後の様子を振り向くまでもなく理解して必死にやかたへ走る。

 そして戦闘の余波で既に割れていた窓からやかたの中に飛び込んだ。


 アキラが飛び込んだ場所は広い部屋の端だった。

 そのまま奥に進もうとすると、先に逆側の端の窓から中に入っていたカツヤとアルナの姿が見える。

 アキラは反射的にアルナへ銃を向けて引き金を引く。


 だがそのアキラの射撃体勢はアルファによる強化服の操作で大幅に崩れていた。

 極度にけ反った崩れた体勢で撃った銃弾はアルナには命中せずに近くの壁に着弾した。


 次の瞬間、アキラの眼前を巨大なブレードが通り過ぎていく。

 黒い機体がやかたの外から壁越しにぎ払ったのだ。

 その一撃は壁を横に切り裂くどころか壁全体を吹き飛ばしていた。

 アキラの表情が大きくゆがむ。


『スリを狙うのはやかたのもっと奥に入ってからにして!』


『分かった!』


 アルファが強化服を操作してアキラの体勢を強引に立て直す。

 アキラはすぐにやかたの奥へ駆けていき、敵の近接戦闘装備の攻撃範囲外に逃げていく。

 その後ろでは黒い機体が武器を人型兵器用の巨大な銃に持ち替えていた。


 アキラが前を向いたまま腕を無理矢理やり気味に動かして、A4WM自動擲弾銃を背後に向けて引き金を引く。

 発射された擲弾の威力では黒い機体を破壊するのは不可能だ。

 だが爆発で照準を僅かに狂わせるぐらいならば可能だった。


 黒い機体が構える巨大な銃から巨大な弾丸が放たれる。

 それはアキラの横を通り抜け、その先の壁を粉砕し大穴を開け続けながら奥へ消えていった。

 アキラがその巨大な弾丸の威力に顔を引きつらせる。


『何だあれ!?

 人間に向ける弾じゃないだろう!?』


『大型モンスターや人型兵器を想定した弾丸だから、確かに対人用ではないわね。

 驚いている暇があったら急ぎなさい。

 流石さすがにあれが直撃したら、回復薬の効果がどうこうという状態ではなくなるわよ?』


 アキラは少しでも敵の射線から逃れるためにやかたの奥へ必死に走り続けた。




 ロゲルトが機体の中で憤怒ふんぬの形相を浮かべている。

 自慢の機体で襲ったのにもかかわらず、アキラもカツヤ達も取り逃がしてしまった。

 その事実が苛立いらだちを一層高めていた。

 機体の中で部下達への回線を開き怒鳴り声を上げる。


「ガキどもの大まかな位置を送る!

 探せ!

 見つけ次第殺せ!

 ガキを見つけたやつは情報収集機器の取得情報を俺の機体に送信しろ!

 俺がやかたの外からガキどもを狙撃する!

 お前らで殺しきれない場合はガキどもをやかたの外や側面に追い込め!

 分かったな!」


 黒い機体が駆動音を響かせて高速で移動する。

 機体はそのままやかたの周りを移動しながら内蔵している情報収集機器でやかたの内部を探り始める。

 そしてやかたの中にハーリアス側の人員を見つけると、苛立いらだちをぶつけるようにやかたごと切り裂いていく。

 強固な強化服などで身を守っていた者達が、やかたの壁や家具などと一緒に装備品ごと粉微塵みじんになって肉片と鮮血を飛び散らせた。

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