第162話 運試し

 格納庫の周辺でアキラと交戦していた男達が通信機越しに話し合っている。


「逃げた……、いや、一旦退いただけか?

 どうする?

 追うか?」


 アキラを下から狙っていたブレード持ちの男がそう提案したが、重装強化服の男に止められる。


「よせよ。

 俺達の分断が目的だったらどうするんだ。

 俺の強化服は重いんだ。

 お前が追っても俺は追いつけねえよ」


 DVTSミニガンの銃弾を浴びて落とされた男が地面に横たわっている。

 強化服から戦闘薬が注入されると、男はそれで何とか意識と体を交戦可能な状態まで持ち直し、少し蹌踉よろけながら立ち上がった。


「くそっ、何なんだあのガキは!?

 普通じゃねえぞ」


「確かあの顔は、ボスが手駒にしようとしていたガキどもの片方だ。

 格納庫内の俺達をかなり正確に狙ったことを考えると、相当高性能な情報収集機器を保持しているはずだ。

 他の装備も相応に高性能なんだろうな。

 腕の方もな」


「そこらのザコとは腕も装備も段違いってことか。

 ボスが手駒にしようとするわけだ」


 格納庫内にいる男達から連絡が来る。


「状況は?

 そっちはどうなった?」


「敵はガキが1人、恐らくあのアキラとかいうガキだ。

 追い返しただけで殺せていない。

 こっちは負傷者が1名……、おい、まだやれるか?」


「当たり前だ。

 この程度で戦線離脱するほど柔じゃねえよ」


 負傷した男が威勢良くそう答えた後で、その意気を落として続ける。


「……だがあのガキが手練てだれなのも事実だ。

 俺達を一人で相手にして生き延びたんだからな。

 正直な話、あいつと一対一でり合うのは御免だ。

 手に余る。

 どうする?

 ボスに連絡するか?」


 男達が黙る。

 彼らにも体面がある。

 ロゲルトから手に負えない相手がいる場合には助力すると言われているが、たった一人の子供を相手に自分達では手に負えないと助力を頼めば、男達の実力そのものを疑われ兼ねない。

 だがすきかれてアルナを殺されでもすれば、より大変な事態になる。

 既に一度奇襲されて危ないところだったのだ。


 格納庫内の男が全員の迷いを察して次順の案を述べる。


「取りあえず、全員一度戻ってこい。

 ボスに報告するかどうかは後で考える。

 まずは怪我けがの治療やら弾薬の補充やらを済ませてからだ」


 荒野に出る都合で弾薬等の運搬量に制限があるハンター達とは異なり、男達のような拠点で戦えば良い者達は余り高性能な拡張弾倉などは使用しない傾向にある。

 拠点で補給すれば済むからだ。

 同じ威力で値の張る拡張弾倉を使うより、通常の弾倉を何度も交換した方がはるかに安上がりだという理由もある。

 これは強化服等の動力源であるエネルギーパックなどにも当てはまる。


 迎撃に出た男達はアキラとの戦闘で弾薬類をかなり消費したこともあり、その補給も兼ねて一度格納庫に戻っていった。




 カツヤはやかたの中に侵入したハーリアスの部隊と戦っていた。

 カツヤもアキラと同じくロゲルトがヴィオラに大金を払って手駒にしようとした人物だ。

 装備も実力も十分で、そこらの雑兵に苦戦することはない。

 ほぼ一方的に押していた。


 監視も兼ねてカツヤの近くにいる男が、その戦い振りを見て舌を巻く。


(……ガキのくせに凄え強さだな。

 ボスが手駒にしたがるわけだ。

 ここまで強いと、何であんな女のために頑張るのかちょっと気になるところだな。

 自分の命のためにボスの要求を飲んだってのなら、ボスの機体から距離を取った後は逃げ出せば良い。

 この状況で逃げようとしないってことは、本当にあの女に人質の価値があるってことだ。

 ……あの程度の女に、分からねえな。

 まあ、たで食う虫も好き好き、女の趣味も人それぞれだ。

 大人しく俺達の指示に従ってくれるんだ。

 楽ができて良いか)


 カツヤが苦渋に満ちた顔で周囲の敵を殺し終える。

 ハーリアスの者達は別にカツヤと敵対しているわけではないのだ。


 自分はロゲルトに脅されて仕方なく戦っている。

 敵も初めから相手を殺す気でここを襲撃した者達だ。

 応戦されて殺されても自業自得だ。

 そう考えてもカツヤの気は晴れなかった。


 監視の男に仲間達からの救援要求が複数届く。

 既にかなりの時間が経過していたが、やかたの混戦は今も続いていた。

 やかたに多数転がった死体の数だけ交戦可能な者達が減っているはずなのだが、拠点の外からやかたまで撤退してきたエゾントファミリーの者達と、それを追ってきたハーリアス側の人員が追加され続けているのだ。


 ロゲルトが自身の専用機で外の敵を蹴散らしているが、敵が戦闘車両等を追加すればそちらの排除を優先する。

 また拠点のさくを破壊して全方位から侵入してくる敵に対処するのも無理がある。

 エゾントファミリーとハーリアスの構成員、そして両組織に雇われたハンター崩れなどを合わせた多数の者達が続々とやかたに突入していた。


 監視の男は少し迷った後で近くの仲間に指示を出す。


「仕方ない。

 俺はガキと一緒に東館に行く。

 お前らは全員で西館の応援に行ってくれ」


「お前だけで大丈夫か?」


「このガキに援護は要らねえだろう。

 俺はこいつを突っ込ませて後ろで監視だけやってるさ」


「この野郎。

 お前だけ楽しやがって」


「役得ってやつさ」


 男達は冗談交じりに軽く笑った。

 カツヤは不満そうにそれを見ていた。


 西館に向かう者達がカツヤ達から離れていく。

 監視の男がカツヤに命令する。


「おい、ぼさっとしてねえでいくぞ!」


「……分かった」


 カツヤは嫌そうにそう答えてから先導する男の後に続いた。




 アキラがやかたの一室で集中している。

 これからアルファがアキラの強化服の制御装置を書き換えるのだ。

 その事前準備は済ませてある。

 アキラはCWH対物突撃銃などの強化服無しでは持ち歩くのも難しい物を全て床に置き、生身でも扱える銃だけを、AAH突撃銃とA2D突撃銃を両手に握ってだらりと下げていた。


 部屋の出入口は一応封鎖済みだ。

 戦闘の余波で照明が破壊されているため部屋の中は真っ暗だ。

 床には数体の死体が転がっている。

 耳を澄ませば銃声などの戦闘音が聞こえてくる。

 やかたの中は今も確かに戦場なのだ。

 その状況でアキラは自身の戦闘能力の要である強化服を停止させようとしていた。


 アルファがアキラに最終確認を取る。


『これから強化服の制御ソフトを更新するわ。

 その間は強化服の機能が完全に停止する。

 それなりの領域を書き換えるから、一度更新を始めてしまえば何らかの事情で更新を取りやめて再起動するとしても、最短でも1分はかかるわ。

 覚悟は良いわね?』


『ああ。

 始めてくれ』


 アキラは着用している強化服が僅かに重くなった感覚を覚えた。

 強化服が完全に停止したことで、最低限の補助すらなくなったのだ。

 この状態で敵に襲われた場合、生身の身体能力で対応しなればならない。

 敵にはCWH対物突撃銃の直撃に耐え、DVTSミニガンの銃弾を浴びても戦線に復帰する者達が混じっている。

 この状況でその手の強敵と遭遇しないことも、アキラの運試しに含まれている。


 索敵はアルファが行っているので、アキラの仕事は見つからないように息を潜めながら、何らかの状況の変化が発生した場合に素早く対応できるように備えることだけだ。

 真っ暗な部屋の中で、天井や床下から、銃声が、足音が、罵声が、悲鳴が、断末魔の叫びが聞こえてくる。

 アキラは呼吸を深くゆっくりと繰り返しながら、時が不思議なほどに緩慢と流れている錯覚を覚えていた。


 アキラは無意識に周囲の音に集中しすぎて精神を余計にり減らさないように、自分は余裕を保っているという自己暗示を兼ねて、アルファといつも通りに話し始める。


『そういえば、俺はこんなに暗くてもアルファのおかげで周囲をはっきり見られるけど、他のやつらも似たようなものなのかな?』


『非常に高性能な暗視装置を使用していればね。

 私のサポートを受けているアキラと同等の精度で見えているとは思えないけれど、戦闘には支障が出ない程度の視界は確保しているのでしょうね』


 アキラが床に転がっている死体を見る。

 確かにそれらしい装備を目に着用している死体も転がっている。

 フルフェイスのヘルメットを被っている者もいる。

 それらしい物がなく、裸眼の者もいた。


『全員ってわけじゃないけど、着けてるな。

 そういう装備って結構高いよな?』


『それは性能次第よ。

 暗視装置は情報収集機器でもあるし、光学情報以外の情報も画像の補正処理に使用して、映像の精度を上げるものもあるからね。

 ハンターが光源のない遺跡内を探査するために使用する量産品なら、手頃な値段の物も多いはずよ』


『それでもそれなりの値段のはずだ。

 ここの連中か、ここを襲っている方の連中かは知らないけど、どっちも構成員にそんな装備を支給できるだけの金はあるってことだよな。

 ……すごい強いやつも混ざっていたし、人型兵器とかも出撃させていたし、それだけ稼いでいるんだろうな。

 それに比べれば、俺の稼ぎなんか微々たるものか』


 アキラはミハゾノ街遺跡の仕事で5億オーラムという以前の稼ぎとは桁違いの額を稼いできた。

 だがその程度の金であれだけの実力者達を雇い、部下の装備をそろえ、人型兵器まで運用することなど不可能だ。

 一体どれだけの金があればそれが可能になるのか。

 アキラには見当も付かない。


 アキラはそれだけの金を、力を持つ者達に喧嘩けんかを売ったのだ。

 喧嘩けんかを売ったことに後悔はないが、改めて自覚すると少々気が滅入めいるのも事実だった。


 アルファが軽く笑う。


『個人の稼ぎと組織で運用する資金を比較するのもどうかと思うけれど、そこは高い志を立てているとしておきましょうか。

 一流のハンターならそれぐらい稼いでも不思議はないしね。

 これからもその調子で頑張ってね』


『一流のハンターか。

 頑張るつもりだけど、それだけ稼げるようになるのはいつになることやら……』


 現状のざまを自覚して少々皮肉気味に答えたアキラに、アルファが笑顔で間違いを指摘するように答える。


『あら、案外早いかもよ?

 初回は300オーラムだった稼ぎが今はもう5億オーラムになったのだからね。

 その調子なら来年には100億オーラムを楽に超えるわ。

 そこまで行けば、はした金は卒業ね』


 以前アキラはアルファから100億オーラム程度ははした金だと言われたことがある。

 勿論もちろんアキラもその比率での説明が無茶苦茶むちゃくちゃなものであることは分かっている。


 アルファも流石さすがにそこまでの額になるとはした金とは呼ばないようだ。

 アキラはそう思って少し吹っ切れたように楽しげに笑った。


『そうだな。

 その時まで頑張るか』


 この程度の状況でへこたれていては、アルファの依頼の完遂など不可能だ。

 アキラはそう考えて気を取り直した。


 急にアキラの表情が険しくなる。

 アルファの表情も真面目なものになる。


『アキラ。

 覚悟を決めて』


『ああ。

 分かってる』


 男達が部屋の外の廊下を通り抜けていったことは何度もあった。

 アキラは息を殺してそれをり過ごしていた。

 だが今度の男達は部屋の中に突入しようとしている。

 彼らの目的が味方の救出であっても敵の殺害であっても、どちらにしろアキラの敵だ。

 アキラはエゾントファミリーの者でもハーリアスの者でもないのだから。


『まあ、俺の運じゃ、交戦なしは無理だよな』


『できるだけ時間を稼いで。

 私もできる限り急ぐけれど、強化服を最短時間で再起動させるのは難しいと思って』


『了解』


 アキラが部屋のドアを塞いでいる家具に両手の銃を向ける。

 そして意識を集中して、家具が外側からドアごと吹き飛ばされた瞬間、両手の銃の引き金を引いた。


 数名の男達がアキラのいる部屋に突入してくる。

 アキラの銃撃を受けて着弾の衝撃で倒れた者も致命傷にはほど遠い。

 突入した男達が部屋中を乱射する中で、アキラが飛び交う銃弾を辛うじてかわしながら応戦する。


 極限まで集中して体感時間を圧縮し、アルファのサポートによって視界に表示されている敵の射線から全力で逃れようとする。

 強化服による身体能力強化を得ていない自身の動きにもどかしさを覚えながら、機能不全でも起きているかのように遅く感じられる身体に意思を送り続ける。

 強化服使用時の速さと比べて余りに遅い生身の動きを、動きの正確さで補おうと全力を尽くす。


 回避行動を取りながら銃口を敵に向ける。

 倒すべき敵の順番も、狙うべき位置も、アルファがアキラに拡張視界と念話で指示し続けている。

 アキラはその指示に従って可能な限り的確に行動し続ける。

 指示に遅れた分だけ敵の射線から身をらすのが遅れ、被弾でその代償を支払い続ける。


 防護コートの制御を強化服と切り離し、力場装甲フォースフィールドアーマーを常に最大出力で発生させているおかげで、少々被弾してもアキラの命に別状はない。

 だがその分だけエネルギーの消費も大きい。

 被弾なしでもって数分だ。

 アキラが動きを止めてしまい、正面から真面まともに無数の銃弾を被弾し続ければ2秒が限度だ。


 銃口から銃弾が飛び出すたびに、その反動が両腕に襲いかかる。

 敵の防護服の性能次第では、通常弾など敵に命中しても牽制けんせいにもならない。

 両手の銃には生身で扱える限界の威力の強装弾が装填されている。

 その威力の代償に、反動の衝撃がアキラの両腕を発砲するたびに痛めつけている。

 発砲の反動と事前に服用しておいた回復薬が、両腕の細胞単位の破壊と治療を繰り返し続けている。


 アキラはえて敵の懐に飛び込み、目の前の敵を盾代わりにして他の敵を銃撃する。

 被弾して体勢を崩した敵の首に右手の銃の銃口を押しつけながら引き金を引き、左手の銃をその背後の敵に向けながら引き金を引く。

 絶命した敵を前に蹴り飛ばしながら、両手の銃を左右に向けて引き金を引き続ける。

 両側の敵が被弾の衝撃で体勢を崩しながらあらぬ方向へ銃弾をき散らしていく。


 アキラの実力とアルファの指揮能力の総和は、男達の戦力を辛うじて上回った。

 アキラに倒された男達が部屋の床や廊下に転がっている。

 ただし男達の大半は死んだわけではなく一時的に戦闘不能になっただけだ。

 そしてアキラもその場に崩れ落ちた。


 アルファがそのまま意識を失ってしまいそうなアキラを怒鳴りつけて意識を保たせる。


『急いで戦闘可能な状態を取り戻しなさい!

 まずは回復薬を追加で使用する!

 急いで!』


『……わ、分かってる』


 戦闘は1分にも満たない時間だったが、死力を尽くしたアキラの心身を限界近くまで疲労させていた。

 アキラはひどく鈍くなった動きで、少し朦朧もうろうとした意識で、コートの裏に入れておいた回復薬を取ろうとする。

 だが上手うまく取れない。

 不思議に思って自分の手を見ると、指が数本自然な方向とは逆方向に曲がっていた。


 アキラは苦笑して比較的無事な指で何とか回復薬を取り出して飲み込むと、歯を食いしばって痛みに耐えながら、折れた指を少々無理矢理やり気味に元に戻した。

 そしてふらつきながら立ち上がる。


『次はまだ死んでいない者に止めを刺して。

 急いで。

 今のうちに殺しておかないと、また頑張って倒す羽目になるわよ』


『……殺し切れてないのか。

 生身でも扱える弾丸とはいえ、強装弾で、あの距離から撃ったんだぞ?

 随分頑丈だな』


『あの時はCWH対物突撃銃の弾丸に耐えた敵もいたわ。

 それよりはましでしょう?』


 アキラは蹌踉よろめきながら銃を拾うと、拡張視界に表示されている最優先目標の男に近付いていく。


『……そうだけどさ、何となくだけど運悪く強敵とばっかり戦っている気がする。

 シェリルを助けた時のやつらはあんまり強くなかったけど、あいつらが偶然弱かっただけか?』


『アキラの運の悪さに関しては、今更よね』


『……。

 そうだな』


 苦笑気味の微笑ほほえみを浮かべるアルファに、アキラも苦笑を返した。


 床に倒れていた男が注入された戦闘薬の効果で意識を取り戻し、状況を確認しようとする。

 その男が確認できたのは、既にアキラに頭部に銃口を突きつけられていることだけだった。


 アキラが両手でしっかり構えた銃の引き金を引く。

 男はほぼ接着状態で強装弾を頭部に被弾して絶命した。

 優先順位に従って他の男達にも止めを刺していく。

 ある意味でアキラよりも不運な者達はこの場で全員死に絶えた。


『それで、強化服の方はまだなのか?』


『急いでいるけれど、もう少し掛かるわ』


『そうか。

 ……そんなに掛かるなら、一度やかたの外っていうか、さくの外まで出た方が良かったかもな。

 そっちの方が安全だろ?』


『確かにそこまで行ければここより安全だと思うけれど、アキラの運の悪さだと、そこまで行く前にやかたの外にいるあの黒い機体に捕捉される気がしたのよ。

 だからその選択は選ばなかったわ。

 結果論とはいえ、裏目に出た可能性はあるけれどね』


 アキラが嫌そうな表情を浮かべる。


『……確かに、強化服有りであれと戦うよりは、強化服なしでやかたの連中と戦う方がましだな』


 アキラは屋上で見た黒い機体の動きを思い出す。

 人型兵器はただでさえ強力で、個人が通常の装備で戦う相手ではない。

 黒い機体はその人型兵器の基準でも一段上の性能のように見えた。


 何でそんな機体をここの連中が保持しているのか。

 そう疑問に思ったが、存在する以上どうしようもないのだ。

 ある意味で、これも自分の運の悪さだと開き直って、それ以上の思考を打ち切った。


 銃の弾倉と防護コートのエネルギーパックを交換し、回復薬を追加で服用してから部屋の片隅で息を潜める。

 静かに呼吸しながら、回復薬の効果が体中に広がっていくのを感じながら、落ち着いて脳を休ませながら、強化服の制御装置の書き換えが終わるのを待つ。


 その僅かな休憩もすぐに終わる。

 書き換えが終わったのではなく、敵の追加によって。


『アキラ。

 部屋の外に出て迎撃して。

 接近を許すと不味まずいわ』


 アキラが部屋の外に出て両手の銃を廊下の奥にいる敵へ向ける。

 その敵を見る表情はひどく険しい。


『何であいつがここにいるんだよ……』


『いいからとにかく撃ちなさい。

 間合いに入られたら終わりよ』


 アキラはすぐに両手の引き金を引き、敵の男に銃弾を浴びせ続ける。

 敵の男は前に半身をさらす体勢を取り、折りたたみ式の大型のブレードを盾代わりにして銃撃を防いでいた。

 無数の銃弾がブレードに着弾して火花を飛び散らせる。


『あいつ、あの時に俺の足を斬ろうとしたやつだよな?

 追ってきたのか?』


『いいから撃ち続けなさい。

 あの敵と強化服無しで接近戦になったら勝ち目はないわ。

 残念だけどその銃弾では体に当てても敵の防御を突破できない。

 それでも足止めぐらいにはなる。

 弾数で接近を押さえなさい』


 事実アキラが撃った銃弾の一部が敵のブレードでは防ぎきれない部分に何発か命中しているが、敵はひるんだ様子もなくその場から動かない。

 流石さすがに着弾の衝撃を無視して前進はできない様子だが、一度引いて銃弾から逃れようとする気配は全くない。


 アキラの表情が険しくゆがむ。


『……あいつ、もしかして、俺の弾切れ待ちか?』


『恐らくね。

 でも撃つのを止めては駄目よ。

 銃撃の圧力を弱めたら一気に距離を詰められるわ。

 強化服の身体能力がなければ逃げるのも無理よ。

 とにかく撃ち続けて時間を稼いで』


『弾切れが先か、強化服の書き換えが終わるのが先か、また運試しか!』


『しっかり当て続けないとその運試しにもならないわ。

 集中して撃ち続けなさい。

 すきを見せたら飛び込んでくるわよ』


『分かってるよ!』


 アキラが必死に銃撃を続ける。

 敵の体勢を崩しやすい場所を狙って敵の前進を阻み続ける。

 普通の弾倉なら既に弾切れだが、高価な拡張弾倉を先ほど取り替えたばかりだ。

 そのことに僅かに幸運と準備の大切さを覚えた後で、別の運試し要素に気付いて苦笑する。


(……俺の腕、弾切れまでつか?)


 銃撃の反動がアキラの両腕を壊し続けている。

 回復薬がその両腕を治し続けている。

 その両腕に覚悟を乗せて銃を支え続けている。

 覚悟はアキラが保証する。

 だがその程度でアキラの腕が銃を支え続けられるのならば、元より強化服など必要ないのだ。

 CWH対物突撃銃もDVTSミニガンも、生身の人間が精神論で支えられる重量ではない。

 超人の類いならば例外だが、アキラはその例外ではない。


(……超人を目指しているって勘違いされるような状態なら、俺の体も少しは鍛えられているはずだ!

 頼むからってくれよ!)


 アキラは都合の良いことを願いながら必死に銃撃を続ける。

 その結果が出るまでの時間は後僅かだ。




 アキラからの銃撃をブレードで防いでいる男は自身の優勢を確信して笑っている。

 そのトラルトという男はアキラの予想通り相手の弾切れを狙っていた。


 トラルトは別にアキラを追ってここに来たのではなかった。

 トラルト達はアキラを一度退けた後で、その後の対応について相談した。


 死なれては困る人質のアルナをまもりながら、かなり手強てごわいアキラを撃退するのは少々手に余る。

 だが応援を呼ぶとしても、自分達の評価を下げないために、できればボスのロゲルトに知られずに済ませたい。

 それならカツヤの監視役に裏金でも渡してカツヤを自分達の近くで戦わせればいい。

 カツヤもアルナに死なれるのは困るはずだ。

 必死に戦ってくれるだろう。

 危険で損な役回りをカツヤに押しつけて、自分達は安全に援護しながら戦えばいい。

 それなら問題なくアキラに対処できるだろう。

 トラルト達はそう結論を出した。


 そして単独行動に適したトラルトがカツヤの監視役に話を付けに行くことになった。

 わざわざそこまで出向くのは、無線経路ではボスに話が漏れてしまう可能性を考慮してのことだ。

 後でボスに単独行動の理由を聞かれても、アキラを追っただけだと答えれば良い。

 トラルトはそう考えてやかたの中を進んでいた。


 そこでトラルトがアキラと遭遇したのは偶然だった。

 反射的にブレードを盾代わりにしてアキラの銃撃を防ごうとする。

 ブレードの強度ならCWH対物突撃銃の銃弾でも数度は耐えられる。

 防いだ後は一度退く。

 そう判断した。

 だがブレードから伝わってきた着弾の衝撃が、その判断を取り消させた。


(……軽い。

 何だ、この威力の低さは?)


 トラルトがちらっとアキラの銃を確認する。


(あれは、AAH突撃銃?

 何でそっちを使う?

 デカブツの方は弾切れか?)


 銃撃を受けてもほぼ無傷。

 トラルトはその余裕をアキラの様子の確認に振り分ける。

 アキラは必死の形相で脂汗を流しながら歯を食いしばって銃撃を続けている。

 両手に持つ銃を支える両腕が大きく震えている。

 その様子を見て、トラルトが薄くわらう。


(そういうことか。

 強化服にトラブル発生だな?

 あっちのデカブツは使いたくても使えないんだな?)


 銃の種類や着弾の衝撃から発砲時の反動もある程度想定が付く。

 強化服が機能しているのならば、その程度の反動でアキラの体勢があれだけ乱れることはない。

 トラルトはそれらからアキラの強化服の機能不全を見抜いた。


 トラルトが降って湧いた幸運に笑みを深める。


(ついてる!

 俺だけであいつを殺せば俺の評価もばっちりだ!

 強化服の不具合なんて他の連中には分かりゃしねえ!

 どうする?

 流石さすがに遠い。

 この程度の弾なら多少の被弾を覚悟して、距離を詰めて今すぐに殺すか?

 いや、待て、今はブレードで防いでいるから大丈夫だが、飛びかかる最中に両手の銃をまともに食らえば、流石さすがに俺も体勢ぐらい崩れる。

 それで倒れても死にはしないが、そのすきに逃げられる可能性もある。

 もっとあいつに近付いてから、あるいはあいつが弾切れを起こしてからだ!

 あの銃の弾倉が拡張弾倉だとしても、あれだけ撃ち続ければ弾切れなんかすぐだ!

 それに強化服無しならあの銃弾の反動程度でもかなりきついはずだ!

 あいつが弾切れよりも早く体勢を崩したら、その時に一気に飛び込めばいい!)


 トラルトがブレードを盾代わりにして銃弾を防ぎながらアキラとの距離をゆっくりと詰めていく。

 強化服の身体能力で繰り出される斬撃の間合いは見た目よりもかなり長い。

 飛ぶように踏み出せば数メートル先の相手でも一歩の踏み込みで事足りる。

 相手と十分近付いた。

 トラルトがそう判断するまでの距離は然程さほど長くなかった。




 アキラが少しずつ距離を詰めてくるトラルトを銃撃し続けている。

 下がって距離を保つことはできない。

 銃撃以外に力を割く余裕などない上に、自分が僅かでもひるむような態度を見せれば、相手がその途端に襲いかかってくるような気がするからだ。


 そしてついにアキラのAAH突撃銃が弾切れを起こす。

 弾切れに気付いたアキラの意識が乱れ、左右の銃の反動が偏り体勢を崩す。

 崩れた体勢で撃ったA2D突撃銃の反動がアキラの体勢を更に大幅に崩す。

 そのアキラの視界には、まだかなりの距離があったはずの位置から一瞬で間合いを詰めようとするトラルトの姿が映っていた。


 圧縮された体感時間の中で、アキラの意識だけはトラルトの攻撃に追いついていた。

 だが体の方は敵の動きに全く追いつけていなかった。

 自分を縦に両断しようと青白く輝くブレードを構えるトラルトの姿が見える。

 その構えではブレードがその長さから途中で天井に当たるだろうが、その切れ味なら全く問題ないことは既に知っている。

 生身の動きしかできない自分に回避手段はない。

 次の一瞬で、自分は縦に両断される。

 アキラはそれを理解してしまった。


 世界が静止するほどの濃密な意識の中でアキラとトラルトの視線が合わさる。

 トラルトは勝利を、アキラは敗北を確信した。


 その直後、その確信は覆された。


 トラルトが天井を切り裂き高速で振り下ろしたブレードを、アキラは身を素早く横にずらしてかわしていた。

 同時にアキラの蹴りが回避行動の勢いのままにトラルトの頭部にたたき込まれていた。

 3億5000万オーラムの強化服から生み出された身体能力は、アルファによる制御プログラムの改造によって更に出力と精度を数段増していた。


 トラルトが蹴りの衝撃で吹き飛ばされ壁にたたき付けられる。

 体が壁に少しり込み、周囲に放射状に大きなくぼみと亀裂が広がる。

 勝利を一瞬で覆されて混乱の極みにあった意識で最後に見たものは、宙に飛び、両脚蹴りをたたき込もうとするアキラの姿だった。


 アキラの両足飛び蹴りがトラルトの頭部に痛烈にたたき込まれる。

 頭部が壁ごと粉砕され、砕けた壁面と一緒にトラルトの命も飛び散った。


 着地したアキラはそのまま少し唖然あぜんとしていたが、満足そうにうなずくアルファを見て我に返る。

 だが状況の理解が追いついておらずかなり混乱していた。


『なかなかの威力だったわ。

 の場しのぎの制御プログラムにしては出力も精度も悪くないわね』


「えっ?

 あ、え!?

 ん!?

 ちょ、ちょっと待ってくれ!」


『何?

 何か質問があるのなら、いろいろ準備を済ませてからにしてね。

 まずは部屋に戻って床に置いたものを急いで装備し直して。

 それから両腕とかの治療も済ませないとね』


「あ、ああ」


 アキラの混乱は治まっていないが、それでも行動の優先順位ぐらいは理解できた。

 指示通りに急いで部屋に戻ると床に置いた銃器類や荷物を再び身に着ける。

 回復薬もしっかり服用して戦闘で痛んだ体をできる限り治療もした。

 それらを済ました頃には混乱も大分治まっていた。


『アルファ。

 強化服の書き換え処理が終わったのはいつ頃だったんだ?』


『あの時間稼ぎの途中の頃にはもう終わっていたわ』


 アキラが不満そうに表情をゆがめる。


『やっぱりそうだったのか。

 終わったのならその時に教えてくれ。

 死ぬかと思っただろ?』


 だがアルファは気にした様子もなく微笑ほほえんでいる。


『別に意地悪で教えなかったわけではないわ。

 教えると絶対アキラの態度に出て、敵にそれを気付かれるから黙っていただけよ。

 そのおかげで敵の油断をけて楽に倒せたのよ。

 黙っていた価値はあったと思うわ。

 危険に見合う成果もね』


 アキラもアルファの言い分は理解できる。

 だが完全に納得できるかと問われれば否だ。

 しかしより効率的な手段の代案を出せるかと問われれば同じく否だ。

 そしてそもそも現状の戦闘は自分の我がまま、自業自得から発生したものだ。

 それらの思いがアキラの表情を少し釈然としないものに、自身への苛立いらだちを含めた僅かに不機嫌なものに変えさせた。


 アルファが笑ってアキラの機嫌を取る。


『アキラが頑張って時間を稼いでくれたおかげで、強化服の制御ソフトをの場しのぎと言ってもそれなりの内容に書き換えられたわ。

 戦闘中の動きのサポートは勿論もちろんとして、照準補正とかのサポートの質もかなり向上したわよ。

 次にアキラがあのスリを狙撃する時はよほどのことがない限り命中するわ。

 それで機嫌を直してちょうだい』


 アキラは少しだけ申し訳なさそうにしているアルファの笑顔を見て、軽く笑って気を切り替えた。


『そうだな。

 命を賭けた甲斐かいはあったってことにしておくよ。

 ……よし!

 行こう!』


 アキラが気を引き締めて部屋を出ると、アルファが床に転がっているブレードを指差した。


『アキラ。

 あれをもらっていきましょう』


 トラルトのブレードは青白い輝きを失った状態で死体の近くに転がっていた。

 切れ味は期待できそうにない。


『あれを?

 使えるのか?』


『大丈夫よ。

 故障の意味でも、セキュリティーの意味でも、近接戦闘技術の意味でもね。

 私に任せなさい』


『そうか?

 分かった』


 アキラがブレードを回収する。

 ついでにブレードの固定具などもトラルトの体から取り外して一緒にもらっていく。

 その後、アルファの指示でアキラの情報端末とブレードを端子でつないだ。


『これって、何の意味があるんだ?』


『強化服の制御プログラムの書き換えのようなものよ。

 ……もう外しても大丈夫よ。

 もらった固定具でブレードを装備し直して出発しましょう』


 アキラがブレードの装備を終える。

 アキラの武器に、AAH突撃銃、A2D突撃銃、CWH対物突撃銃、DVTSミニガン、A4WM自動擲弾銃に加えて、折り畳み式のブレードが加わった。

 既に相当な重量だ。

 強化服無しでは移動どころか装備品の重みで押し潰されかねない。


『何か、俺の装備も随分ごちゃごちゃしてきたな』


 アキラが苦笑すると、アルファが揶揄からかうように笑う。


『邪魔なら幾つか捨てていく?』


『嫌だ』


 アキラはきっぱりと答えて先を急いだ。

 即答だった。

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