第151話 ヴィオラの策謀

 ティオルが深夜のスラム街を歩いている。

 目的の建物の前に到着すると、扉を蹴破って室内に入り銃を構えた。

 銃に装着している照明で真っ暗な部屋を照らして室内の様子を確認する。

 室内には誰もいなかった。

 舌打ちして情報端末を取り出すと、険しい表情で誰かに連絡を取る。


「おい!

 また外れだ!

 というよりもらった情報の場所は全部外れだ!

 この居場所の情報、本当にあってるんだろうな!?」


 情報端末から女性の声がする。

 慌てているティオルとは異なり、余裕を感じさせる声色だ。


「少なくとも1週間前は確かにそこにいたはずよ。

 情報は鮮度が大事。

 大分鮮度の落ちている情報ならそんなものよ」


 ティオルが忌ま忌ましそうに表情をゆがめて情報端末に向けて怒鳴る。


「そんなもの?

 ふざけるな!

 俺の状況を分かってないのか!?」


 しかし相手は逆に軽い脅しを入れて答える。


「ふざけてなんかいないわ。

 貴方あなたこそふざけてるの?

 金も払わずに私から情報を強請ねだったくせに、その内容にまでケチを付けるつもり?

 調子に乗らないで。

 私は別に貴方あなたが破滅しようが知ったことじゃないのよ?」


 それでティオルの意気は一気に下がった。

 焦りとおびえの混ざった表情で慌てて答える。


「わ、悪かった。

 謝る。

 ……でも俺の状況は説明しただろう!

 不味まずいんだ!

 あの襲撃犯達を客として連れてきたのは俺なんだぞ!?

 下手をすると、俺は徒党を追い出されるどころか殺される!

 アキラが探しているっていうスリのガキを見つけ出して連れてくる!

 それぐらいして少しでも挽回ばんかいしないと不味まずいんだよ!

 クソッ!

 何でこんなことに……」


 ティオルが頭を抱える。

 憔悴しょうすい気味のティオルに付け込むように、情報端末から優しい声が聞こえてくる。


「これからも私の指示通り働きなさい。

 そうすればもう少し良い情報を渡してあげるわ」


 ティオルがすがるような声で頼む。


「本当に頼むぞ。

 本当に後がないんだ」


「それじゃあ、取りあえず室内をいろいろ探してちょうだい。

 居場所の手掛かりぐらい見つかるかもしれないわ」


「ああ、分かった」


 ティオルは指示通りに室内を物色し始めた。

 誰かの都合の良いように、ずっと動かされていることにも気付かずに。




 アキラとシェリルがシジマの拠点の前に来ている。

 シジマの希望でアキラ達と会談するためだ。


 シェリルは仕立て服を着ている。

 アキラは強化服を着用して武装している。

 かつて2人がここに来た時とは雲泥の差の格好だ。


 見張りの男がそのシェリル達を見て少し緊張を高める。

 財力と暴力。

 その両方を誇示している2人の格好が、男のどこかに残っていたシェリル達に対する侮りを消したのだ。


 男が警戒しながら話す。


「アキラとシェリルだな。

 ボスが中で待っている。

 案内する。

 武器を渡してもらおう」


 アキラが答える。


「嫌だ」


 男が顔をしかめて少しすごみながら話す。


「ふざけてるのか?」


 アキラがたじろぎもせずに普通にそう答える。


「いいや、本気だ。

 最近襲われたばっかりで、ちょっと警戒心が強くなっているんだ。

 悪いな」


 男がアキラの装備をもう一度軽く見る。

 アキラはAAH突撃銃とA2D突撃銃を腰に下げて、CWH対物突撃銃とDVTSミニガンを背負っていた。

 少なくとも穏便に話し合う格好ではない。


 男は交戦時の被害を思い浮かべて、更に表情を険しくさせてアキラに尋ねる。


「……そんな物騒なものまで持ってきやがって、俺らとり合う気でもあるってのか?」


「俺にはそんな気はない。

 俺をそんな気にさせる何かがこれから起こるかどうかまでは知らない」


 男はアキラの説得を諦めてシェリルに尋ねる。


「おい、良いのか?」


 シェリルは表面上少し困ったような表情を浮かべて答える。


「アキラが嫌だと言っている以上、私にはどうしようもありません。

 何しろアキラは私の護衛も兼ねていますので。

 武器を渡さないと通せないとおっしゃるのでしたら仕方ありません。

 引き返します」


 男が舌打ちする。


「……ちょっと待ってろ」


 男が拠点の中に入り、報告を済ませて戻ってくる。


「ボスが会うそうだ。

 案内する。

 絶対に変な真似まねをするんじゃねえぞ」


 できればアキラ達を拠点に入れたくない。

 男の表情がそう語っていた。


 アキラ達は拠点内の大きめの客室に通された。

 シジマが油断ならない笑顔でアキラ達に話す。


「よく来てくれた。

 まあ座ってくれ」


 シェリルは勧められるままにソファーに座る。

 アキラはシェリルの近くに立ったまま、自分達以外の人を確認している。

 シジマの背後に控えている部下達は人数も多く全員武装していた。


 シジマがアキラの様子に気付いて話す。


「気にするなよ。

 そっちも武装しているんだ。

 文句を言われる筋合いはないぞ」


「……いや、それは良いんだが」


 アキラの視線の先には知人の顔があった。

 キャロルだ。

 きっちり武装したキャロルが楽しげに微笑ほほえみながら軽くアキラに手を振っていた。

 そしてシジマの隣にはヴィオラが座っていた。


 シェリルはアキラとキャロルの様子を見て、内心に沸き上がった感情のままに表情を変えないように努力をして、辛うじて平静と微笑ほほえみを保った。


 シェリルがシジマに尋ねる。


「それで、本日はどのような御用件でしょうか?」


「ああ。

 そっちの拠点が襲撃されたって聞いてな。

 まずは無事で何よりだ」


「ありがとう御座います。

 ……仲間に死者が出ていますので被害はなかったなどとは口が裂けても言えませんが、アキラのおかげで最小の被害で済んだと考えています」


「遺物売買はもうかるからな。

 それで狙われたんだろう。

 最近はそっちの縄張りにも人が増えてきているらしいが、そこの秩序を保っている徒党が消えるとこっちにも余波が来ていろいろと大変でな。

 まあ、一安心だ」


 シェリルとシジマが表面上当たり障りのない会話をしながら裏で相手の真意を探り続けている。

 2人ともお互いに表面上何げなく口にした単語を聞いた相手の反応をうかがい、その反応から相手がその単語を口にした意図を読み取ろうとしている。


 その程度の雑談なら情報端末の通話で済ませれば良いのに。

 アキラはその程度の認識で深く考えずにシェリル達の話を聞き流していたが、アルファから2人のり取りの説明を聞いて軽く引いていた。


『……多分そんな感じのことを探り合っているんでしょうね』


『……組織のボスって、そんなことまでしないとやっていけないのか』


『お互いに武力を背景にして徒党の内外をまとめているわけだからね。

 危険の察知は重要よ。

 特にシェリルはアキラの後ろ盾があったのに襲撃されたのだから、その件に何らかの対処をする必要がある。

 シジマはシェリル達を近くのどうでも良い小規模な徒党だと考えていたのでしょう。

 そのシェリル達が急に遺物売買に手を染め始めて、しかも襲撃犯の目標になるぐらいに稼いでいた。

 金があれば人も雇えるし武器もそろえられる。

 シジマにとっては自分の縄張りの近くに武力を含めて急激に規模を拡大しそうな徒党が生まれたことになる。

 その徒党に関するありとあらゆる情報が欲しいのでしょうね』


『……徒党のボスってのは大変なんだな』


 アキラが他人ひと事のようにつぶやいた。

 シェリルとシジマの大変さの要因にはアキラも大きく関わっている。

 だがアキラにはその自覚がないようだ。


 シェリルとシジマはしばらく談笑のような探り合いを続けていた。

 そこにヴィオラが口を挟む。


「徒党間の友好を深めるのも結構だけど、そろそろ本題に入ったら?」


 シジマが表情を険しくして黙ってヴィオラに非難めいた視線を送る。

 シェリルが怪訝けげんな表情でシジマとヴィオラの様子を確認する。

 ヴィオラは僅かに不敵な微笑ほほえみを浮かべていた。


 ヴィオラが余裕を保ってシジマに尋ねる。


貴方あなたの口から言いにくいのなら、私から説明しましょうか?」


 シジマが内心に渦巻くものを飲み込んで答える。


「……ああ、頼む」


 シェリルがシジマの態度を見ていぶかしむ。


(……彼女に脅迫されている?

 何らかの共犯?

 ……よく分からないけど、一体何を話すつもり?)


 シェリルが警戒心を高めてヴィオラに意識を向ける。

 するとヴィオラがシェリルに微笑ほほえんだ。

 それだけでシェリルの表情が僅かに崩れた。

 僅かな動揺が表情に表れたのだ。


 ヴィオラの微笑ほほえみに、未熟者へ向ける挑発とも解釈できる僅かなわらいが混ざる。

 シェリルはそれ以上反応しないように表情を固めた。


 ヴィオラはアキラの方へ視線を移すと、微笑ほほえみながら話し始める。


「実は話の本題は、アキラに関することなの」


 アキラが少し困惑気味な表情で聞き返す。


「俺?」


「そう。

 アキラよ。

 アキラは最近スリの被害に遭いそうになったでしょう?

 情報屋からカモの情報を買ったスリを撃退したはずよ」


 アキラの表情が僅かに不機嫌なものに変わる。


「……それが、どうかしたのか?」


「その情報の出所なんだけど、実は私達なの。

 御免なさいね」


 余りにあっさり告げられたため、アキラの理解が若干遅れた。

 だが理解と同時にその内心を的確に表した低い声色で短い声がこぼれる。


「……あ?」


 アキラの機嫌が劇的に悪化していた。

 表情が敵意を色濃く反映した無表情に変わり、体勢もただ普通に立っていた状態から何らかの行動の手前の状態に変わる。

 だらりと下がった両腕の先の両手は銃を握っていないことが不思議なほどであり、同時に勝手に銃を握らせないように押さえつけられているような硬直を見せていた。


 アキラ以外の者達に緊張が走る。

 武装しているシジマの部下達が意識を臨戦に切り替える。

 しかし銃を抜いたり構えたりはしない。

 もし彼らが銃を構え、アキラに銃口を向けたりすれば、その瞬間に戦闘開始だ。

 誰かが場を収めるために銃を下ろせと口に出す前に、銃弾が部屋を飛び交うだろう。

 シジマも部下を手振りで押さえている。


 ヴィオラは微笑ほほえみを崩していない。

 予想を超えるアキラの様子に驚きながらも、内心の焦りを表に出さないことに成功していた。

 余裕のある声で話す。


「説明を続けたいのだけど、良いかしら?」


 アキラが静かな声で答える。


「……余計な誤解を招く表現を慎んでくれると助かる。

 仮に最後まで聞けば納得できる話だったとしても、最後まで話を落ち着いて聞けるかどうかは別だ」


 話の途中で逆上しない自信がない。

 そのアキラの返事を聞いて、ヴィオラが引きつりそうな表情を押さえて答える。


「分かったわ。

 では結論から先に話しておきましょう。

 偶然運悪く結果的にそうなっただけで、嫌がらせや報復の意思は欠片かけらもないわ。

 こっちも悪かったと思っているのだから、落ち着いて聞いてちょうだい。

 元々の原因は、アキラがシジマの縄張りで銃を構えて騒ぎを起こしたことよ。

 そこからいろいろと……」


 ヴィオラがアキラに事情を説明していく。

 アキラがアルナを追跡していた時に銃を構えた場所はシジマの縄張りだったこと。

 その騒ぎを起こしたハンターの情報をシジマが求めたこと。

 アキラが子供のハンターから引き下がったこと。

 それらに付随する情報が中途半端に不完全な状態で流れ、結果的にアキラを過小評価する情報が情報屋に流れ、その情報がシェリルの拠点を襲った者達に自分達が把握していない経路で流れたこと。


 ヴィオラは自分達の不手際を認めた上で、自分もシジマも襲撃犯達とは無関係であると説明した。

 襲撃犯達がシェリル達の拠点を襲うような指示も誘導も一切していないと。

 そう詳細に丁寧に説明した。


 アキラはヴィオラの説明を黙って聞いていた。

 その間もアキラの機嫌は全く改善されていない。

 説明が終わってもそのままだ。


 ヴィオラが余裕の微笑ほほえみを装ってアキラに話す。


「これでこちらの事情は全て話したわ。

 誤解のないように話したつもりだけど、私もシジマもアキラと敵対する気はないの。

 納得してもらえたかしら?」


 アキラは黙ったままだ。

 辺りに漂う緊迫感も少しずつ増している。

 誰かが誤解を招く行動を取れば一気に発火する。

 その認識だけは全員正しく一致していた。


 ヴィオラが冷や汗を隠しながら視線をアキラからシェリルに移す。

 そして柔らかな微笑ほほえみを浮かべて尋ねる。


「そちらの徒党にも一部関わる話をしたと思うのだけど、貴方あなたの意見を伺っても良いかしら?」


「……私の意見、ですか?」


「そうよ。

 あの襲撃でそちらにも死者が出てしまった。

 そちらの徒党のボスとしての意見を聞きたいわ。

 貴方あなたにもあの襲撃と私達が無関係であることを信じてもらえるとうれしいのだけど。

 信じられないのなら仕方ないわ。

 その上でどうするか交渉しましょう。

 私達としては穏便に済ませたいのだけどね。

 勿論もちろん、アキラと相談して決めてもらってもかまわないわ」


 シェリルの表情が引きる。

 今のアキラに話しかけるのはかなり勇気が要る。

 アキラがヴィオラの説明にどの程度納得したかも分からない。

 事を穏便に済ませるためにヴィオラ達を擁護した場合にアキラの機嫌をどの程度損ねるか。

 敵をかばったと判断されて心証が最悪になり、アキラが自分を見切る可能性さえある。

 どうしましょうか、と尋ねることさえ悪手かもしれない。

 アキラには聞くまでもないことなのかもしれないのだ。


 思い切ってヴィオラの説明を全く信じないと言い切るべきか。

 シェリルはそう考えてすぐに取り消した。

 そうすると、アキラの悪評は襲撃犯にシェリル達を襲わせるために広められたことになる。

 つまりある意味でアキラはシェリルに関わった所為で巻き込まれたことになってしまう。

 それはアキラがシェリルを切り捨てる要因に十分成り得る。

 シェリルにその選択は選べない。


 ヴィオラはシェリルにどれを選んでも悪手になる可能性を含む選択を押しつけている。

 そして恐らく選択しないという沈黙すら、ヴィオラに都合の良い何かの根拠に仕立て上げるのだろう。


(……彼女が私とアキラをここに呼び出した理由は、私とアキラが一緒にいる時にこの話をするため。

 恐らく私にアキラを押さえさせるため。

 怪我けがの確認なんか初めからどうでも良かった。

 ……そもそもなぜこんな話をわざわざしたの?

 露見した時の影響を抑えるため

 私がどの程度アキラを制御できているかを把握するため

 別の意図?

 わ、分からない。

 彼女の真意が分からないわ)


 思考が疑心を生み、疑心が焦りを生み、シェリルの表情を少しずつ崩していく。

 ヴィオラはシェリルがどの選択をしても自分の利益になると言わんばかりに微笑ほほえんでいた。


 アキラの機嫌はかなり悪い。

 相手が具体的な行動を取れば即座に反応できる状態を保ち続けている。

 自分の様子が相手の警戒と暴発の危険性を高めていることを理解しながら、それでも自力で機嫌の悪さを治めることはできないでいた。


 そのアキラに、アルファが普段の笑顔で話しかける。


『アキラ。

 シズカから通話要求が来ているわよ』


『……シズカさんから?』


『出るなら一言断ってからにしなさい。

 情報端末を取ろうとする動きを、銃を向けようとしていると誤解されないようにね』


 アキラが表情を変えずに、口調も変えずに、皆に尋ねる。


「……知り合いから通話要求が来ている。

 出ても良いか?」


 大事な会談の最中なのだからそんなものは無視しろ、という普通ならごく当たり前の意見は、状況の改善を望む皆の意見に押し流された。

 ヴィオラが代表して答える。


「構わないわ」


 アキラがゆっくりと情報端末を取り出した。

 そして通話要求に応える。


「……はい。

 アキラです」


「シズカよ。

 ちょっと聞きたいことがあって連絡したのだけど、今少し良いかしら……って聞くつもりだったけど、掛け直した方が良いかしら?」


「……いえ、大丈夫です」


「本当に?

 忙しいなら無理をしないで良いのよ?

 こっちは大丈夫だから。

 少し不機嫌そうな声に聞こえるし、もし変なタイミングで連絡してしまったのなら御免なさいね」


「……いえ、……すみません。

 切らずに少しだけ待ってください」


「ん?

 分かったわ」


 アキラは情報端末を耳から離すと、大きく深呼吸をした。

 皆が見ている前で何度も深呼吸を繰り返す。

 それで強引に気分を落ち着かせた後で、表情と口調を大分戻してシズカに尋ねる。


「お待たせしました。

 こんなものでどうでしょう。

 まだ機嫌が悪そうに聞こえますか?」


 シズカが優しげな声で答える。


「大丈夫よ。

 いつも通りの声ね」


 正確にはアキラの声はまだ完全には戻っていない。

 だがシズカはそう答えた方がアキラがより落ち着くだろうと判断してそう話した。


 そして実際にアキラはより落ち着きを取り戻した。

 少し申し訳なさそうにシズカに話す。


「すみません。

 ちょっと嫌なことがあってイライラしていました。

 ハンター稼業をしていると、その、いろいろありまして」


「ハンター稼業の大変さは私も分かっているつもりよ。

 気にしないで」


 気にした様子のないシズカの返事を聞いてアキラが安堵あんどした。

 一緒に機嫌もかなり戻した。


 シズカが元々の話を続ける。


「本題に戻るわね。

 アキラから装備の調達を頼まれていたでしょう?

 いろいろ見積りを作ってみたから内容を確認してほしいの。

 今から送るからゆっくり確認して……って言いたいところだけど、制限時間付きの見積りが結構混ざっているの」


「制限時間……ですか?」


「そう。

 何しろ予算が4億オーラムだからね。

 高額商品の取り置き期間には限度があるわ。

 それに資金繰りに悩んでいる問屋が、今すぐに支払うのなら大幅に割り引くって言っている商品もあるの。

 最短で2時間以内に決断しないといけないものもあるの。

 だからちょっと急いで連絡したのよ」


「そうだったんですか。

 ありがとう御座います」


「こちらこそ。

 大口の取引を頂いて大変有り難く思っているわ」


 シズカが口調を商売用のものから大分優しめなものに変えて話す。


「……何があったのかは知らないけど、前に言った通り、私で良ければ話ぐらい聞くわ。

 ね?」


「……。

 はい」


 アキラはしっかりと、少しうれしそうに答えた。


「ん。

 それじゃあね」


 シズカは安心したような機嫌の良い声でそう話すと通話を切った。


 アキラが機嫌良く情報端末を仕舞しまう。

 そこで皆の視線が自分に集まっていることに気付いた。


 程度の差はあれど、皆驚きの表情でアキラを見ていた。

 アキラはそれをいぶかしみながらも、ヴィオラ達との話の途中だったことを思い出してヴィオラに話す。


「話の途中だったな。

 そっちの話は分かった。

 俺も不必要にめようとは思わない。

 それとは別に徒党間の話があるのなら、けじめとか賠償とかそういう話があるのなら、それはシェリルとしてくれ。

 俺は徒党間のめ事とは無関係だ。

 シェリルから頼まれでもしない限り、積極的に関わる気はない。

 シェリルもそれで良いか?」


 シェリルが少し慌てながら答える。


「えっ?

 は、はい。

 アキラがそういうのなら私は構いません」


「だってさ」


 アキラはヴィオラ達を見てから軽くそう答えた。


 アキラの不機嫌さは完全に四散している。

 それどころか少し機嫌の良さそうな表情を浮かべている。

 先ほどまでの一触即発の状況がうそのようだ。

 場には弛緩しかんした空気が流れていた。


 だが1人だけ、シジマだけは僅かに険しい表情を浮かべていた。

 部下の報告を思い出していたのだ。


 シジマがアキラと初めて会った時、アキラはシジマの部下だったワタバの死体を持って拠点に乗り込んできた。

 ワタバを殺したのはアキラだ。


 シジマは生き残りの部下からその時の詳しい事情を聞いていた。

 アキラがワタバを殺した時、ワタバはアキラの知り合いらしい誰かの身を害するような脅しを口にしたらしい。

 ワタバがその誰かのことを口にしようとした瞬間、アキラは躊躇ちゅうちょなくワタバを殺した。

 そう聞いていた。


(……確かそいつは武器屋の店主って話だ。

 アキラの会話の内容から察するに、アキラは何らかの装備を購入したようだ。

 つまりさっきのアキラの会話の相手は武器屋の店員の可能性が高い。

 アキラはあの程度の会話で急激に機嫌を回復した。

 それだけアキラにとって重要で、高い好感を抱いている相手だってことだろう。

 先ほどのアキラの会話の相手と、ワタバがアキラを脅すために口にしようとした人物は同一人物なのか?

 ……アキラはなぜワタバを殺した?

 単純に脅されたからか?

 それならもっと早くワタバを撃ち殺しているんじゃないか?

 ……まさか、ワタバがその誰かの名前を話そうとしたからか!?

 その誰かの名前を言わせないために殺したのか!?

 他の人間に、その誰かのことを知らせないために!?

 たったそれだけのために!?)


 シジマの表情が凍り付く。

 ちょうどその時、ヴィオラがアキラに尋ねようとする。


「アキラ。

 さっきの……」


 さっきの会話の相手は誰なのかしら。

 アキラととても仲の良さそうな相手のようだけど。

 良かったら名前を教えてもらえないかしら。

 シジマにはヴィオラがそう尋ねようとしていることぐらい想像できた。

 反射的に話に割り込む。


「ヴィオラ!

 アキラがそう言っているんだから話の続きだ!

 アキラ達に迷惑を掛けたびに、こっちからする提案を決めていただろう!

 それを話せ!」


 ヴィオラが強引に半ば怒鳴るように話に割り込んできたシジマを、かなり予想外の行動を突然取った相手を、驚きながらも怪訝けげんな表情で見る。

 シジマは非常に厳しい視線をヴィオラに送っていた。

 その視線が、余計なことを聞くな、という意味であることぐらいはヴィオラにも分かった。


 ヴィオラが気を取り直したように表情を微笑に戻してアキラ達に話す。


「そうだったわね。

 ずは、私が襲撃犯達の末路とかの情報を少々誇張して広めておいてあげるわ。

 それでアキラとシェリル達に手を出す馬鹿は大幅に減るはずよ」


 シェリルが微笑ほほえんで答える。


「それはありがとう御座います。

 いろいろ不安に思っている者は多いので、とても助かります」


「今のはどちらかと言えばシェリル達に対するびになるわ。

 それでアキラに対するびだけど、アキラが探しているスリの始末をこっちで引き受けるわ」


 アキラが怪訝けげんな表情で聞き返す。


「スリの始末?」


「そうよ。

 シェリル達に頼んで探しているんでしょう?

 あのスリを、見つけ出して殺すために。

 流石さすがに防壁の内側や他所の都市にまで逃げられたら無理だけど、アキラがハンター稼業の片手間で探すよりは広範囲に探せると思うわ」


 アキラが少し考えてから答える。


「いや、それは要らない」


 ヴィオラが不思議そうにしながら聞き返す。


「あら、どうして?

 自分の手で殺したいって言うのなら、生かしたまま連れてくるぐらいはするわよ?」


「そうじゃない。

 それで何か面倒事が起こった時に、俺に頼まれてやった、なんて言われるのが嫌なだけだ。

 だから頼まない」


 ヴィオラが少し考えてから確認を取る。


「……するな、とは言わないのね?」


「しろ、も、するな、も、頼んでいることに違いはないだろう?

 さっきも言ったとおり、俺は頼まない。

 それだけだ」


 ヴィオラが更に少し思案してから微笑ほほえんで答える。


「そう。

 それならこっちで勝手に動くことにするわ。

 シェリルの方の情報を広めるとしても、そのスリが生きていると、その辺をうろちょろされると、流すうわさ信憑しんぴょう性にケチが付くのよね。

 最低限、この辺りの人間の視界からは消えてもらわないと。

 それは構わないわよね?」


「俺はそっちに何か許可を出す立場じゃない。

 そっちの判断で勝手にしてくれ」


「分かったわ」


 シジマが少し大げさな態度でシェリルに話す。


「今日そちらを呼び出した話はこれで済んだ。

 特に用がなければそろそろお引き取り願おう。

 俺の徒党の者ではない者に、そんな重装で俺の拠点の中に長居されるのは結構問題があってな。

 その問題を超える問題の話が終わった以上、これ以上長居されても困るんだ」


「分かりました。

 では、私達はこれで引き上げさせていただきます」


 シェリルはソファーから立ち上がってシジマに軽く頭を下げた。


 シジマが無言で部下に指示を出す。

 部下の男がアキラ達を拠点の外に送るために動き始める。

 アキラ達は男の後に続いて部屋から出て行った。


 アキラ達が出て行った扉が完全に閉まった。

 ヴィオラはそれを確認すると、怪訝けげんな表情でシジマに尋ねる。


「それで、さっきのは何の真似まねだったわけ?

 私の話を遮るだけの理由があってのことでしょうね」


 シジマが軽くめ息を吐いてから答える。


「ちょっとした用心だ。

 善意の行動だと思ってほしいね。

 理由を話しても良いが、聞きたいなら1つ貸しにさせてもらうぞ」


 ヴィオラは少し悩んだ。

 ヴィオラ達にとって貸し借りはそれなりに大きな意味を持つからだ。

 だがヴィオラの中で、シジマへの借りよりも、シジマにあんな真似まねを取らせた理由に対する興味の方が勝った。


「いいわ。

 1つ借りましょう。

 教えてちょうだい」


「良いだろう」


 シジマが無言で部下に指示を出すと、シジマの部下達が部屋から出て行く。


 ヴィオラがキャロルに視線で指示を出す。


「仕方ないわね。

 私が側にいない間に殺されても、私は知らないわよ?」


 キャロルは少し残念そうにしながら、冗談交じりにそう言って部屋から出て行った。




 アキラがシェリルを送ってスラム街を歩いている。


 シェリルの格好はかなり目立っている。

 シェリル達の拠点までは少し距離があり、それなりの数の人間の視線を集めていた。


 シェリルは自分とアキラが健在であることの宣伝を兼ねて、コートを羽織って高価な服を隠したりはせずにスラム街を進んでいる。

 スラム街の成り上がりと呼んで良い2人の姿に、羨望と嫉妬と畏怖の視線が飛び交っていた。


 シェリルは自分のすぐそばを歩いているアキラを見ながら思う。


(……アキラは誰と話していたの?

 アキラがそんなに気を使う相手なの?

 アキラが少し話しただけであんなに機嫌を良くする相手なの?

 どこの誰で、どんな関係なの?

 あの状況で話をしたいと思うほど、アキラにとって大切な人なの?)


 それを尋ねることはできる。

 しかしシェリルは尋ねたくなかった。


 尋ねれば、恐らくアキラは適当に答えるだろう。

 知り合いと大したことのない話をしただけだ。

 そのような答えを返すだろう。

 シェリルはそう思っていた。

 無理に詳しく聞き出そうとすれば、アキラは機嫌を損ねて、聞くな、とだけ答えるだろう。

 シェリルはそう判断していた。


 その誰かと自分との、考えたくもない大きな差を突きつけられるのを恐れて、シェリルはアキラに何も聞けなかった。


(……遠いな)


 手を伸ばせば届くほどの僅かな距離が、シェリルにはひどく遠く感じられた。




 ヴィオラはシジマから彼のアキラに関する懸念とその根拠を聞き終えて、愉快そうに微笑ほほえんでいる。


「なかなか楽しい話だったわ。

 貴方あなたから1つ借りた価値はあったわね」


 シジマがあきれと警戒の両方を顔に出して話す。


「今の話を基にお前がどう動こうと知ったことじゃないが、俺を巻き込むなよ。

 俺は必要以上にあいつと敵対する気はない」


 ヴィオラが心外だと言わんばかりの笑みをシジマに向ける。


「あら、それは私も同じよ。

 私だってアキラ達と必要以上に敵対するつもりなんかないわ」


 シジマは理解している。

 お互いが口にした必要という言葉には、相当な落差があることを。

 無言で何かを抗議するような、巻き添えになることを非難する視線をヴィオラに送った後、軽いめ息を吐いてから別の話題に切り替える。


「……それで、あのアルナってスリはどうするんだ?」


勿論もちろん探し出して殺すわ。

 それが当初の予定でしょう?

 アキラも言っていたじゃない。

 やるなら俺の名前を出さずにやれって」


「俺には、余計なことはするなって意味に聞こえたがな」


「そうかしら。

 そこは解釈の違いね。

 貴方あなた貴方あなたの解釈で何もしないのは勝手だけど、私は私の解釈でやることにするわ。

 終わった後に、アキラが本当に何もしなかった貴方あなたのことを、自分を軽んじていると判断したとしても、私に泣きついてこないでね。

 ……で、どうするの?」


 そう言って不敵に微笑ほほえむヴィオラに、シジマが軽い苦悩を表情に出して答える。


「……分かったよ。

 こっちからも何人か出す。

 お前の金策に協力するのはしゃくだがな。

 知ってるぞ。

 お前、アキラに狙われているハンターの債権を安値で買ったんだってな。

 今回の件でアキラと和解を取り付けて、そのハンターを見逃すようにアキラと話を付ければ、債権の売値は元に戻る。

 差額で幾らもうける気だ?」


 ヴィオラが悪戯いたずらっぽく笑う。


「あら、知ってたの?

 黙っててね」


 シジマはヴィオラの表情からそれ以外の理由が確実にあることに気付いたが、下手に関わって巻き添えになるのを避けるためにそれ以上は尋ねなかった。

 不干渉を保つためにも話を切り替える。


「ところで、シェリルはアキラの恋人らしいが、本当だと思うか?」


「そうなんじゃないの?

 少なくとも私の情報ではそうよ。

 アキラから高い服を贈られたり、一緒に風呂に入ったりもしているって聞くし、手は付けられているんじゃない?

 まあ、一口に恋人と言っても関係は様々よ。

 心底愛し合っている者もいれば、利害や打算で付き合っている者だっている。

 どちらかが一方的に執着している場合もあれば、相手に貢がせたりして食い物にしている者もいる。

 恋人と言っても関係は様々よ。

 それがどうかしたの?」


「いや、これは仮定の話だが、アキラの本命は別にいて、シェリルは何というか、デコイかもしれないと思ってな。

 アキラは自分の金を盗んだスリにはあれだけ敵意を示したくせに、恋人を襲った襲撃犯やその要因に対しては然程さほど関心を示していないようだった。

 恋人がそばにいるのに、戦闘になれば巻き添えになって死ぬ可能性があるにもかかわらずにあの態度だ。

 これはアキラがシェリルを軽視しているとも言える。

 だがアキラはシェリルに高額な旧世界製の服を贈ったり、シェリルの徒党の後ろ盾になってシェリルを守ったりもしている。

 これはアキラがシェリルを重視しているとも言える。

 この相反する要素の整合性を考えると……」


「シェリルはアキラが本命をかばうためのデコイかもしれないってわけね。

 ハンター稼業は時に恨みも買うし、優れたハンターを手駒にしたい者だっている。

 恋人を人質にしてアキラを脅そうとする者もいるかもしれない。

 そしてアキラの本命は、あの通話の相手かも。

 そういうことね?」


「そういうことだ」


 シジマはアキラにとってシェリルがおとりにすぎないのならば、そこに付け込むすきがあるのではないかと判断していた。

 だがヴィオラが軽く答える。


「その辺は然程さほど気にすることはないんじゃない?

 重要なのは、その上で貴方あなたがシェリルをどう扱うかでしょう?

 たとえシェリルが本当にデコイであったとしても、貴方あなたがシェリルを無下に扱えば、アキラはシェリルがデコイであると誰かに気付かせないために、それなりの対応を取るはずよ。

 貴方あなたがアキラと致命的に敵対するような真似まねをしない限りは、シェリルを人質にとってアキラを脅迫しようなんて思わなければ、大して違いはないと思うわ」


「……。

 それもそうだな」


 シジマはヴィオラの説明を聞いて納得し、そこで思考を打ち切った。

 元々シジマにはアキラと敵対する意思はないのだ。

 しかしヴィオラはこのシジマとの話で更に思案を広げ深めていた。


 良いことを思いついた。

 それを示すヴィオラの笑みは、すぐにヴィオラがよく浮かべる妖美な笑みに上書きされき消された。


「雑談はこれぐらいにして、そろそろアルナってスリを始末するための要員とかの具体的な話をしましょうか」


「分かった」


 シジマとヴィオラはその後もしばらく密談を続けていた。

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