第150話 シジマの災難

 模擬戦を終えたアキラ達が一度元の場所に戻る。

 アキラがどことなく気落ちしている様子で整列しているエリオ達に尋ねる。


「取りあえず一度やってみたわけだが、何か質問はあるか?

 なければすぐに再開だ」


 エリオ達がいろいろな質問をしていく。

 アキラは質問にアルファから話を聞きながら答えていく。


「借りたゴーグルにいろいろ表示されていたけど、あれは何なんだ?」


「戦闘訓練システムがいろいろやっている。

 主に部隊行動を学ぶためのものだが、命中判定や各自の位置の表示とかもいろいろやっている。

 それをゴーグルの表示装置に表示している。

 指示に従って行動すれば、戦闘時の的確な行動を学べる。

 次」


「俺達やアキラさんの位置って、どうやって調べているんだ?

 撃ってない弾が命中したって、どうやって判断しているんだ?」


「車の索敵機器や俺の情報収集機器、ゴーグルと銃に着いている発信器や照準器などからいろいろ計算して判定している。

 次」


「途中で銃口から出る線が消えたんだけど、そういう時はどうすれば良いんだ?」


「弾倉を交換しろ。

 残弾数も計算している。

 残弾を撃ち尽くすと交換するまでそうなる。

 そのための弾倉だ。

 弾倉を交換している味方を援護したり、援護されたりするためのものだ。

 今はしばらく待てばまた撃てるようになる設定になっているけど、その内変えるからな。

 次」


「隠れている敵や味方の位置がずっと表示されているけど、全員の位置が丸わかりなんて、それで訓練になるのか?」


「敵と仲間の位置が表示されているのはそっちだけだ。

 俺の方にはそのサポートはない。

 弾道予測の表示もない。

 戦闘訓練システムからの指示もない。

 そっちは敵の居場所が分かっている状態で戦うんだから、その優位をかした上で、相手を追い込む方法や、相手に気付かれない動き方などを、戦闘訓練システムからの指示で学べ。

 敵の位置を常に把握できる状態での戦闘訓練なんか、実際の戦闘では役に立たないとか思っているのかもしれないが、似た状況を作り出すことは可能だ。

 シェリルの拠点の中に高性能な索敵機器をたくさん設置したりして高機能な警備システムを稼働させれば、この訓練に近い環境にはなるだろう。

 次」


 エリオ達からの質問が止まった。

 アキラが質問の受付を締めくくろうとする。


「質問は終わりか?

 それなら再開だ」


 エリオが驚きながらアキラに尋ねる。


「待ってくれ!

 敵の位置や動きが表示されていたのは俺達だけだったのか?

 そっちは無し?」


 エリオ達からの質問が止まっていたのは驚きの余り固まっていたからだ。

 アキラが普通に答える。


「ああ。

 こっちは無しだ」


「ほ、本当に?」


「それぐらいの差がないとそもそも訓練にならないだろう。

 装備もそっちとは違うんだ。

 俺は強化服を着ているし、情報収集機器も持っている。

 それぐらいのハンデがないと、俺が一方的にそっちを片付けてすぐに終わるだけだ。

 流石さすがにそれだと訓練にならない」


 エリオ達が絶句している。

 アキラも自分達と同じように壁や瓦礫がれきの裏に隠れている敵の姿を正確に認識していたと思っていたのだ。

 敵味方の弾道予測の線や、次の行動の予測が表示されていたと思っていたのだ。

 だが実際には、自分達だけがその圧倒的な優遇を受けた上で、加えて8対1での辛うじての勝利だったのだ。


 自分達とアキラではそこまでしないと真面まともな戦闘にすらならない。

 隔絶した実力差を目の当たりにして、エリオ達は愕然がくぜんとしていた。


 黙っているエリオ達を見て、アキラが質問を打ち切ろうとする。


「質問は終わりか?

 再開するぞ?」


 我に返った少年がずと尋ねる。


「……その、俺、指示の文字が読めなかったんだけど、どうすれば」


「……表示された矢印とか図形とかの意味を何となく解釈して動いてくれ」


 アキラは相手が文字を読めない可能性を失念していた。

 そして昔は自分もそうだったことを思い出して、少し複雑な気持ちを抱いた。




 アキラはエリオ達との訓練を再開する。

 何度も模擬戦を繰り返し、どちらも必死に戦った。


 アキラの勝率は5割ほどだ。

 アキラがエリオ達を全滅させる。

 エリオ達の最後の1人が他の仲間を囮にしてアキラを倒す。

 そのような結果が続いていた。

 そうなるようにアルファがいろいろ調整しているのだ。


 物陰に隠れているアキラがアルファに尋ねる。


『それにしても、アルファが指揮をするだけでエリオ達はあそこまで強くなるものなんだな。

 アルファが指示を出していると言っても、俺と違って相手がちゃんと動くとは限らないと思うんだけど』


『そうよね。

 アキラだってクズスハラ街遺跡で私の指示に従わずに先に進もうとしたことがあったわね』


 アキラがクズスハラ街遺跡での失態を思い出して苦笑しながら話す。


の節は大変申し訳御座いませんでした』


 アルファが軽く笑って答える。


『まあ私もいろいろやっているのよ。

 例えば私が彼らの誰かを右に移動させる場合、その誰かはゴーグルの表示面の指示を読んで、指示の内容を理解してから右を向いて、右の状況とか安全とかを確認して、右に進もうと試みるはずよ。

 その誰かの一連の行動に10秒掛かる場合は、私は10秒前に移動の指示を出すの。

 そうやって効率よく相手を動かそうとしているのよ』


『……そんなことまでやっているのか。

 その10秒掛かるってのはどうやって調べるんだ?』


『いろいろよ。

 いろいろな指示を文字や図形で出して、指示を受けた人間が実際に動き出すまでの時間を計測したりね。

 他にも当事者の疲労や緊張の具合や周囲の状況や指示の難易度などから総合的に推測しているわ』


 アキラが感心しながら納得する。


『なるほど。

 いろいろやっているんだな。

 ……スラム街のガキがあんなに危険なクズスハラ街遺跡に無謀にも1人で探索に行って、そこから生きて帰ってきて今もこうしてハンターをやっているんだ。

 それぐらいはできても不思議はないか』


『そういうことよ。

 私に会えて良かったわね?』


『ああ。

 本気で感謝してる。

 借りはアルファからの依頼を完遂することで返すから、気長に待っていてくれ』


 アキラは軽口をたたくように答えた。

 しかしその言葉はうそ偽りのないものだ。

 本気でアルファに感謝をしている。

 そしてどれだけ時間が掛かってもアルファからの依頼を完遂する覚悟でいる。


 アルファがそのアキラの内心を見抜いて満足げに楽しげに微笑ほほえむ。


『期待しているわ』


ちなみに、アルファのサポートを受けているあいつらって、どれぐらいの強さなんだ?』


『クズスハラ街遺跡でエレナとサラを助けたでしょう?

 私のサポートを受けたその時のアキラより少し弱いぐらいよ。

 この訓練の最中に限った話だけれどね』


『……全員で?』


『違うわ。

 8人全員それぐらいよ』


『……苦戦するわけだ』


 何しろあの時の自分と同格の敵と戦っているのだ。

 しかも8対1でだ。

 アキラは苦笑しながらも、それらを相手に戦えている自分の成長を実感して少しだけ喜んだ。




 エリオ達は距離を取ってアキラを取り囲むように移動している。

 まだ戦闘は始まっていない。

 アキラが戦闘開始直後にまだ大して移動していないエリオ達を強襲して、そのまま全滅させたことが数回続いたので、その後はエリオ達の配置が済んでから始めることになったのだ。


 エリオ達のゴーグルに文字が表示される。

 エリオがそれを読む。


「今後は適切な射撃姿勢以外で引き金を引いた場合、銃の反動で弾道が大幅にれたと判断し命中判定を省略する?

 ……どうやって持てば良いんだ?」


 エリオが銃を見る。

 銃口から伸びていた弾道予測の線が消えていた。

 困惑していると、簡易表示された人型が銃を構えている姿がゴーグルに表示される。

 エリオはそれを真似まねて銃を構えてみる。


「……こう、か?」


 エリオが両手でしっかり銃を構えると、銃口から伸びる弾道予測の線が再び表示されるようになった。

 試しに片手で適当に銃を持ってみる。

 弾道予測の線は再び消えてしまった。


「ちゃんと両手で持てってことか。

 でもアキラは片手で無茶苦茶むちゃくちゃな体勢で撃っていたけど……。

 ああそうか。

 アキラは強化服を着ているから、片手でも体勢が崩れていても反動を押さえられるのか」


 その後もいろいろな射撃姿勢の例がゴーグルに表示されていく。

 エリオがそれらの射撃姿勢を試す。

 銃を適当に持つと射撃姿勢の線が消えるため、その都度銃の持ち方を修正していく。


 エリオが他の少年達の様子を見てみると、他の少年達もエリオと同じくいろいろ試行錯誤していた。

 銃を持った素人の集団という雰囲気がありありと感じられる。

 他の少年達がエリオを見ても同じ感想を持つのだろう。


「……先は長そうだ」


 恋人のアリシアを守れるだけの実力を身につけるために、エリオは覚悟を決めて訓練に臨んだ。

 初回でアキラを倒した時、意外に何とかなりそうだと少し自信を付けたのだが、それはあっさり四散してしまった。


 エリオは自分の未熟さを把握して、それを覆すための道程みちのりの長さを実感した。

 自分の不甲斐ふがいなさを嘆いてめ息を吐き、恋人の名を心で呼んで気合いを入れ直し、気を切り替える。

 既に覚悟は決めたのだ。

 この程度でくじける気はない。


 模擬戦が再開される。

 エリオは力強く走り出した。




 アキラ達が荒野で訓練をしていた頃、クガマヤマ都市の下位区画でシジマという男が頭を抱えていた。


 シジマはスラム街に無数に存在する徒党の一つのボスだ。

 そして以前アキラとめた経験の持ち主だ。

 シジマの部下だったワタバという男がシェリル達の拠点を奪おうとした際にアキラを脅したのだ。


 ワタバはシェリル達の拠点でアキラに殺された。

 アキラはそのままワタバの死体を持ってシジマの拠点に乗り込んできた。

 シジマとアキラは一触即発の状態だった。


 その頃のアキラの実力なら、シジマ達はアキラを殺せただろう。

 ただし状況的にシジマが巻き添えになって死ぬことになるため、アキラと上手うまく取引をして穏便に事を済ませた。

 アキラに金を払わせることでシジマ達の面目も保たれた。


 しばらくは何事もない日々が続いた。

 シジマはアキラがハンター稼業などで死んだらシェリル達の拠点を乗っ取るつもりだったのだが、アキラが死なずに生き続けたので大きな行動に出ることはなかった。

 シジマがしていたことは、定期的にアキラの生死を確認する程度のことだ。


 ある日、1人のハンターがシジマ達の縄張りで問題を起こした。

 そのハンターは誰かを追っている最中に銃を抜いて騒ぎを起こしたのだ。


 シジマ達のようなスラム街の徒党は、ある意味縄張りの治安維持も担当している。

 縄張りの中で銃撃戦を行うような者を野放しにすることは、武力で縄張りを維持している徒党にとって致命的である。

 その武力を、暴力を軽んじられれば、縄張りのみかじめ料などの徴収にも影響する上に、最悪の場合は他の徒党に襲撃される可能性すら生じさせるのだ。


 シジマは普段なら問題を起こしたハンターからび代なりを徴収して事を済ませる。

 必要なら交戦するが、それは本意ではない。

 ハンターから金を取り立てられる。

 必要なら排除もできる。

 そういう武力を、暴力を保持していると示すことさえできれば十分なのだ。


 シジマは騒ぎを起こしたハンターを調べていつも通りに対処しようとしたが、そこに問題が生じた。

 騒ぎを起こしたハンターはアキラだったのだ。


 シジマはアキラを危険視していた。

 アキラの実力ではなく、シジマ達との殺し合いを視野に入れてシジマ達の拠点に乗り込んできたアキラの性質を危険視していた。

 たとえ実力の劣る者であっても相手と差し違えることに躊躇ちゅうちょのない者は、死にたくない者にとって厄介だからだ。


 だが徒党の面子メンツためにもアキラを放置するわけにはいかない。

 しかし相打ち上等で襲ってきそうな人間と戦うのは割が合わない。

 シジマは対応方法を悩んでいた。


 そのシジマに別の情報が入ってきた。

 アキラはスリに遭うような間抜けで、その上子供のハンターに威圧されてすごすご引き下がるような腰抜けだ、というシジマが思い浮かべるアキラの人物像を崩す情報だった。


 その情報を聞いたシジマは更に悩んだ。

 アキラを危険視した自分の判断が間違っているのか、遺跡などで死にかけてアキラの性格が変わったのか、あるいは入手した情報が間違っているのか。

 シジマには判断がつかなかった。


 シジマは悩んだ末にヴィオラにアキラの調査を依頼した。

 ヴィオラの質の悪さを話には聞いていたが、その腕前の高さも同様に聞いており、敵対さえしなければ問題ないという話も聞いていたからだ。

 ヴィオラはシジマに少し時間が掛かると前置きした上で、シジマの依頼を請け負った。


 そして今、シジマが頭を抱えている。

 シジマがヴィオラから依頼の結果を聞いたからだ。


 シジマが情報端末での通話越しにヴィオラを怒鳴りつける。


「おい!

 ふざけるな!

 どういうことだ!

 説明しろ!

 アキラの実力とか人柄とかを調査するために、ちょっとしたスリか何かにアキラを狙わせる!

 そういう話だっただろうが!

 それがどうしてシェリル達の拠点にいるアキラを武装集団に襲わせたって話になるんだ!?」


 怒鳴るシジマの声とは対照的な、余裕を感じさせるヴィオラの声がシジマの情報端末から聞こえてくる。


「少しは落ち着きなさいよ。

 アキラの実力と人柄の調査。

 予定外の事態ではあるけれど、当初の目的は十分果たせたでしょう?

 貴方あなたもそこらのスリが不完全な情報に釣られてアキラを狙う程度では満足できないって言っていたじゃない。

 ちょうど良かったわね」


 アキラはスリ達にとって手頃なカモである。

 その類いの情報がスラム街の情報屋に流れたのはヴィオラの仕事だ。

 依頼主はシジマである。

 アキラのスリへの対処を再確認するためだ。


 余裕を感じさせるヴィオラの口調に、シジマが更に苛立いらだちと怒りを高めて怒鳴る。


「良かったわね、だと!?

 その襲撃に何で俺が関わっていることになってるんだ!?

 その襲撃はお前の仕込みだろうが!

 俺は無関係だ!」


「人聞きの悪いことを言わないでちょうだい。

 私はあの襲撃とは無関係よ。

 私は貴方あなたの依頼で情報を流しただけ。

 襲撃犯達はその情報を、アキラの実力を誤認させるような情報を基にしてシェリル達の拠点を襲っただけ。

 貴方あなたの依頼で流れた情報を基にね。

 それをアキラが知ったらどうなるか。

 襲撃犯達は貴方あなたの指示でシェリル達の拠点を襲った。

 そうアキラ達に誤解されるかもしれない。

 その可能性の話をしただけじゃない。

 貴方あなたがシェリル達の拠点を狙っているのは事実でしょう?

 その都合でアキラに死んでほしいと思っていることもね。

 貴方あなたと襲撃犯につながりはない。

 貴方あなたが襲撃犯を雇った訳でもない。

 ただ、アキラがそれを信じるかどうかまでは、私にはちょっと分からないわね」


 シジマの表情が苦々しいものに変わる。

 ヴィオラの説明は部分的に正しいと理解しているからだ。

 加えてヴィオラなら、アキラにヴィオラの都合の良いように誤解させることも可能であると理解しているからだ。

 つまり、ヴィオラがその気になれば、シジマ達はアキラと殺し合うことになるのだ。


 既にシジマはアキラの実力を理解している。

 ヴィオラがシジマにアキラの実力を教えたからだ。


 クズスハラ街遺跡で1億オーラム以上稼いできた。

 賞金首討伐部隊に参加して成果を上げた。

 都市が危険視したミハゾノ街遺跡のセランタルビルに突入して生還して5億オーラムも稼いできた。

 1人でハンター並みに武装した8人を撃退した。

 ヴィオラはアキラの実力を示す証拠をそろえてシジマに提供していた。


 既にアキラの実力は、シジマ達の手に負えるものではなくなっている。

 アキラはシジマの拠点に乗り込んだ時の無謀さを維持したまま、シジマ達を壊滅させかねない実力を身に着けてしまっている。

 今のアキラと下手に敵対すれば火傷やけどでは済まない。


 シジマの表情は苛立いらだちよりも焦りの色を濃くしており、声色にもその様子を反映させながら尋ねる。


「……そっちの要求は何だ」


 ヴィオラが楽しげな、心外だとでも言わんばかりの口調で答える。


「あら、私は別に何も頼んでいないわよ?

 この会話だって、貴方あなたからの依頼を済ませたことの報告と、私の顧客を大切に思う営業方針を元にしたちょっとしたサービスよ。

 役に立つ情報だったでしょう?

 本来なら金を取る情報よ?

 それとも何も知らない方が良かった?

 余計なお世話だったかしら。

 御免なさいね。

 貴方あなたの機嫌を損ねないためにも、次は一々教えずに黙っておくわ」


 シジマは勝手に叫びだそうとする自分の口を閉じて、歯を食いしばって激情を耐えた。

 その後で冷静であろうと努めながら話を続ける。


「……貴重な情報をどうもありがとう。

 お返しに俺は何かそちらに協力ができるかな?」


「あら、そこまで言ってくれるのに断るのも失礼ね。

 それなら一つお願いがあるの。

 良いかしら?」


 ヴィオラの機嫌の良い声がシジマの情報端末から聞こえてくる。

 質の悪い女が、質の悪い話を、質の悪い声で、機嫌良く説明する。

 声だけならなまめかしいヴィオラの話を、シジマは嫌々引き受けた。


「それじゃあ、また後でね」


「……ああ。

 頼むよ」


 シジマが通話を切った。

 その後でシジマが思いっきり叫ぶ。


「クソが!」


 シジマの大声は部屋の外まで響いていた。




 アキラとエリオ達の訓練は特に終了時間などを決めていなかったが、エリオ達が体力の限界を迎えたので終了となった。


 エリオ達のゴーグルに着いている通信機から、アキラの声で訓練の終了が告げられる。

 疲労困憊こんぱいのエリオ達が、やっと休めると安堵あんどの表情を浮かべながら、よろよろとした動きで銃をつえ代わりにして車の荷台に向かっていく。


 アキラが車に戻る前に周囲の様子を見渡して、少し落胆気味にめ息を吐く。


『……随分死んだな』


 アキラ達が訓練を行った荒野には、無数のアキラの死体が転がっていた。

 アキラとアルファにしか見えない虚構の死体であり、アキラが訓練でしくじった結果であり、訓練が実戦だった場合のアキラの末路だ。


 自分の不甲斐ふがいなさを嘆くように表情をゆがめているアキラに、アルファが元気づけるように話す。


『まあこんなものよ。

 私が指揮を執った部隊と交戦した結果と考えれば、結構良い結果を残したと思うわ。

 エリオ達には私のサポートもあったわけだしね』


『……そうか。

 ……そうか?』


『そうよ』


 不満げに疑問を口にするアキラに、アルファがはっきりとそう言い切った。

 アルファにそう言い切られると、アキラも納得せざるを得なかった。


 アルファが不敵に微笑ほほえみながら話す。


『それともアキラはアキラをここまで追い詰めた私のサポートの質に不満でもあるの?』


 アキラがはっきり答える。


『いや、ない』


『そうでしょう?』


 アルファが満足げに得意げに微笑ほほえんで答えた。


 アキラが気を取り直して答える。


『そうだな。

 アルファのサポートにはいつも助かってる。

 ありがとう。

 それじゃあ帰るか』


 アキラが車に戻る途中で思い出したようにアルファに尋ねる。


『……そういえば、これは俺の訓練でもあるけど、一応エリオ達の訓練でもあるんだろう?

 エリオ達の実力はどんな感じなんだ?

 今回の訓練で結構強くなったのか?』


『まあ、曲がりなりにも私の訓練を受けたわけだし、少なくとも昨日の彼らより強くなったことだけは確かよ。

 訓練の効率という面でも、彼らが自主的に訓練するよりははるかに強くなったわ。

 彼らにはアキラの訓練相手としても、アキラの手を煩わせる機会を減らすためにシェリル達の自前の戦力を増やすためにも、これからも訓練に励んでもらいましょう』


 アキラは訓練を終えた後の、息も絶え絶えで今にも倒れそうなエリオ達の様子を思い出す。


『……あいつらがもう一度同じ訓練を受けたいと思うかどうかは微妙な気がするけどな』


『その時はシェリルに頼みましょう。

 嫌とは言わないはずよ』


『……いや、まあ、そうだろうけどさ』


 シェリル達にとっても悪い提案ではないのだ。

 シェリルは快く承諾するだろう。

 そしてエリオ達はシェリルの指示に逆らえないだろう。

 何しろシェリルの指示に逆らえば、エリオ達は徒党から追い出されかねないのだ。


 アキラはエリオ達に少しだけ同情した。




 訓練を終えたアキラ達がシェリル達の拠点まで戻ってきた。

 少し疲れた程度の様子のアキラとは対照的に、長時間の強制労働後のような疲労状態のエリオ達を見て、シェリルの部下達が少々引いていた。


 シェリルはエリオ達に十分休むように指示を出してから、アキラと一緒に自室に向かった。


 アキラはシェリルにエリオ達との訓練についての軽い説明を済ませてから続けて話す。


「……そういう訳で、俺はこれからも定期的に継続して訓練を続けても良いと思っている。

 訓練用の装備代もカツラギにシェリル達の装備の代金に含めるように言ってあるし、それを活用する意味でも継続した方が良いと思う。

 俺の都合を言えば、俺の訓練にもなるしな」


 シェリルがうれしそうに微笑ほほえみながらアキラに礼を言う。


「ありがとう御座います。

 エリオ達も喜ぶと思います」


 本当にそうだろうか。

 シェリルは本気でエリオ達も喜ぶと思って答えているのだろうか。

 それとも自分の機嫌を取るためにそう答えているだけなのだろうか。

 あるいは徒党全体の利益を考えて、有益だと判断したための返答なのだろうか。

 アキラはふとそう思った。


 アキラは普段より少し注意してシェリルを見てみる。

 シェリルは機嫌の良さそうな微笑ほほえみを浮かべている。

 アキラにはシェリルの様子が演技には見えないし、演技だとしてもその裏を読み取るようなこともできない。


 シェリルがアキラの様子に気付いて、少し不思議そうな表情で尋ねる。


「どうかしましたか?」


「いや、何でもない」


 アキラはそう答えてそれ以上気にするのを止めた。

 シェリル達が訓練を継続するかどうかはシェリル達の問題だ。

 アキラが気にすることではないのだ。


 シェリルはアキラの態度をしっかり察していた。

 アキラが何かを考えてから、その考え自体を些事さじと判断してそれ以上考えるのを止めたことを正しく把握していた。


 シェリルは念のため自分の言動を再確認する。


(……アキラの機嫌を損ねるようなことは何も言っていないはず。

 大丈夫よ。

 問題ないわ。

 ……一応何を考えていたのか尋ねた方が良い?

 いえ、アキラが何でもないと言った以上、下手に聞き出そうとするのは悪手ね。

 止めましょう)


 シェリルは何げなく微笑ほほえみながら裏ではいろいろと思案している。

 機嫌を損ねないように、好意を持たれるように、アキラの気紛きまぐれとシェリルの幸せがいつまでも続くように。


 シェリルが気を取り直してアキラに話す。


「話を変えますけど、シジマから私に連絡がありました。

 私とアキラに一度会って話したいそうです。

 どうしましょうか」


「シジマ?

 誰だっけ?」


「別の徒党のボスです。

 前に一度アキラと一緒に拠点に乗り込んだ徒党のボスです」


「ああ、あいつか。

 徒党間の話なら、シェリルとそいつで話せば良いんじゃないか?」


「いえ、私だけではなくどうしてもアキラにもじかに会いたいそうです」


「何でだ?」


「私の推察になりますけど、私達の拠点が襲撃されたことを聞きつけて、私とアキラが無事なのか、正確には大怪我けがや死亡していることを隠していないか、じかに会って確認するつもりなのだと思います」


 アキラはシェリルの推測を聞いて納得する。


「ああ、そういうことか」


 これを下手に断ると、シジマがシェリル達はアキラという後ろ盾を失った可能性が高いと判断して、また面倒事を引き起こすかもしれない。

 装備を更新するまで面倒な戦闘は避けておきたい。

 シジマも前のように自分をそこらの子供とは判断しないだろう。

 十分な戦力を用意するはずだ。

 アキラはそう考えて、シジマ側が十分な戦力をそろえた上での戦闘を考慮して、少し疲れた様子で答える。


「……今日はもう疲れたから、明日以降で良いか?」


「分かりました。

 調整しておきます」


 シェリルはアキラの返事の理由を、単純に疲れているからと判断していた。

 交戦を前提にして答えたとまでは思っていなかった。

 アキラとシェリルの認識には、まだまだ大きな隔たりが存在していた。

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