第149話 エリオ達の訓練

 今日もアキラはシェリルの自室で過ごしていた。


 シェリル達は遺物販売を当面見合わせることになった。

 遺物販売用の部屋はアキラと襲撃犯の戦闘により開店できる状態ではない。

 銃弾が命中して売り物にならなくなった旧世界の遺物も多い。

 遺物販売店を再開するのは大分後になるだろう。


 アキラはしばらくの間シェリルの拠点に顔を出すことになっていたが、それは遺物販売時の警備のためだ。

 その意味では、シェリル達が遺物販売を休業している間は、別にアキラが拠点に顔を出す必要はない。


 それでもアキラがシェリルの自室にいるのは、シェリル達の動揺を抑えるためだ。

 拠点を襲撃されたことによる動揺がシェリル達からまだ消えていないのだ。


 シェリルの部屋にいるのはアキラだけだ。

 シェリルは別の部屋で部下達に読み書きなどを教えている。

 アキラはアルファの授業を受けたり、以前のゲームをして俯瞰ふかん的な行動の訓練をしたりしていた。


 ドアをノックする音がしたのでアキラが答える。


「開いてるぞ」


 ドアを開けて入ってきたのはエリオとアリシアだった。

 アキラが2人に話す。


「シェリルならいないぞ。

 授業用の部屋で授業をしているはずだ」


 エリオとアリシアが一度顔を見合わせる。

 2人の表情にはある種の決意が浮かんでいた。

 その後で、エリオが決心してアキラに話す。


「いや、アキラさんに用があるんだ」


「俺に?

 何だ?」


 エリオが真剣な表情でアキラに話す。


「俺達に訓練を付けてほしい」


 アキラがエリオ達から詳しい話を聞く。

 要は前回の襲撃のようなことがまた発生した時に備えて、自身達だけでもある程度応戦できるように、アキラから戦闘訓練を受けて鍛えたいということだった。


 アキラぐらい強いハンターならば、誰かを鍛えることも結構簡単かもしれない。

 エリオ達はそう考えてアキラに教官役を頼みに来たのだ。


 当たり前だがアキラにそんな真似まねはできない。

 面倒だとでも言って断るか。

 アキラがそう思った時にアルファが口を挟む。


『無理にとは言わないけれど、どっちでも良いと思っているのなら受けたら?』


 どちらかと言えばアルファは止めるだろう。

 そう思っていたアキラが少し不思議そうに聞き返す。


『……アルファがそう言うのなら構わないが、何でだ?』


『彼らがある程度自衛できるようになれば、アキラがここに詰める必要性も低くなるからよ』


 確率は低いが、アキラがシェリルを心配して拠点に常駐するようなことにならないように、アルファは軽く先手を取ることにした。


 シェリル側の戦力が増えればアキラの負担も減る。

 エリオ達がそれなりに戦えるようになればアキラの手駒にもなる。

 手駒が増えれば、エレナやサラのようなアキラの意思決定に大幅に影響を与える人物と、今後一緒に遺跡に行く機会も減るかもしれない。

 何かあってもエリオ達ならばアキラも比較的見捨てやすいだろう。

 アルファはそう判断した。


『それにアキラの訓練にもなるわ。

 前にもやったでしょう?』


 アキラがヒガラカ住宅街遺跡でのことを思い出して怪訝けげんそうに聞き返す。


『大丈夫なのか?

 また前みたいに変なことになるんじゃ……』


『大丈夫よ。

 どこかに行くとしても都市の近場の荒野とかだからね。

 それにアキラも部屋に籠もってばかりだと腕が萎えるわ。

 先日襲撃されたばかりだし、アキラももう少し対人戦闘に慣れておきましょう』


『ちょっと自惚うぬぼれたことを言うけど、相手がこいつらで俺の対人戦闘の訓練になるのか?』


『その辺は私がいろいろするから大丈夫よ。

 少し準備はいるけれどね』


『まあ、そういうことなら、分かった』


『決まりね』


 アキラがアルファから準備の内容説明を軽く聞く。

 その後でエリオに答える。


「分かった。

 ちょっと準備がいるからその後で良いか?」


 エリオが驚きながらアキラに礼を言う。


「良いのか!?

 あ、ありがとう!」


「ありがとう御座います!」


 アリシアもアキラに礼を言うと、エリオの方を見てうれしそうに笑った。


 アキラが2人の喜び様を少し不思議そうに見ながら話す。


「ちょっと出かけてくる。

 その間にシェリルが戻ってきたら、俺は用事でカツラギのところに行ったって伝えておいてくれ。

 ついでに訓練の話も説明しておいてくれ。

 訓練を受ける人数も後で教えてくれ」


「分かりました!」


 アリシアが元気よく答えた。


 アキラはエリオとアリシアがなぜそこまで喜ぶのか分からずに少し首をかしげていたが、それ以上は気にせずに部屋を出て行った。


 エリオとアリシアだけになった部屋の中で2人が抱き合う。


 8人の武装した襲撃犯を1人で撃退し、襲撃犯の生き残りを金貸しに売り渡し、売られるのを嫌がった者を躊躇ちゅうちょなく撃ち殺した。

 エリオ達はそんな男の機嫌を損ねることなく、頼み事を引き受けさせることに成功したのだ。

 エリオ達にとっては十分喜ぶべきことだ。


 アキラは間違いなく強い。

 そのアキラから戦闘技術を学ぶことができれば、エリオ達もアキラのように強くなることができるかもしれない。


 アキラとエリオ達では装備の違いもある。

 だがアキラは装備が貧弱な頃でも、敵対するスラム街の徒党の拠点に敵の構成員の死体を持って乗り込んで、生きて帰ってくる程度には強かったのだ。

 装備を別にしても、アキラと同じように強くなれる可能性は十分高い。

 エリオ達はそう思っていた。


 エリオがアリシアを抱き締めながら話す。


「……俺、頑張って強くなるからな。

 俺だけでもアリシアを守れるように」


 アリシアが幸せそうに微笑ほほえみながら話す。


「エリオ、ありがとう」


 エリオはあの襲撃で死にかけていた。

 一応他の者達よりは装備を優遇されていたこともあり、他の戦闘要員の仲間とともに襲撃犯の迎撃を試みた結果だ。

 結果は重傷。

 あっけなく返り討ちに遭った。

 死人が出た中でエリオが即死しなかったのはただの偶然だ。


 アリシアはアキラから受け取った回復薬をエリオに贔屓ひいきして投与していた。

 そのおかげでエリオは辛うじて生き残った。

 シェリル達の最終的な死者は8人だ。

 アリシアが恋人を贔屓ひいきしなければもう1人ぐらい助かったかもしれない。

 アリシアはそのことに罪悪感を覚えたが、後悔はなかった。


 もう助からないと思っていたエリオは、意識が消えかける直前にアリシアのことを思い浮かべていた。

 意識が戻った時、エリオは自分に抱き付いて泣きじゃくっているアリシアの姿を見て、全ての覚悟を決めた。


 アリシアは、死にかけた恋人が自分が死にかけたことよりも、アリシアを同じ目に遭わせないために覚悟を決めたことを知り、それを幸せに思うのと同時にエリオと同じように覚悟を決めた。


 自分達が今どこにいるのか。

 そのことが意識の片隅に追いやられていた2人の抱擁は、部屋に戻ってきたシェリルが2人を見て怪訝けげんな表情を浮かべるまで続いた。




 アキラがカツラギの移動店舗でカツラギと話している。


 アキラからの注文内容を聞いたカツラギが少し意外そうな表情で答える。


「注文内容は分かった。

 俺が扱う商品からは外れているが、まあそこは俺とお前の仲だ。

 発注しておいてやる」


「頼んだ。

 代金はシェリル達の装備代に含めておいてくれ」


 カツラギが不服そうに話す。


「ちょっと待て。

 それは別料金だろう」


「訓練用の装備でも、シェリル達の装備に違いはないはずだ」


「おいおい。

 そうは言ってもだな……」


 渋るカツラギに、アキラが尋ねる。


「そういえば、あの襲撃犯達からは幾らぐらい搾り取れそうなんだ?」


「ああ分かった代金は含めておくよ発送も急がせてやる良い取引だったな」


 カツラギが早口で答えた。

 具体的な金額を教えたくないのだろう。

 アキラの質問はある種の脅しになったようだ。


 アキラが少しあきれながら話す。


「……別にカツラギが幾らもうけようと知ったことじゃないが、そのもうけは真面まともな装備を適正価格で売った利益から出せよ?」


 カツラギが笑って答える。


勿論もちろんだ。

 俺は真っ当な商売をしているんだ。

 その辺りを誤魔化ごまかして差額を懐にしまうような真似まねはしない。

 今回の件でシェリルも俺の真っ当な顧客になりそうなんだ。

 商売は信用第一だ。

 安心しろ。

 ……安心しろって。

 お前の恋人を相手に詐欺まがいの商売をする気はねえよ。

 お前に地の果てまで追われるのは御免だからな」


 解釈によっては、シェリルにアキラの恋人という立場や後ろ盾がない場合はふんだくる、とでも言っているようなものだ。

 アキラがやや不信の視線をカツラギに送る。


 カツラギがアキラの気をらすために話題を変える。


「ところで、そろそろまた旧世界の遺物を持ち込んでほしいと思っているんだが、その辺はどうなってるんだ?」


「今は前の稼ぎで新しい装備を調達している最中だ。

 旧世界の遺跡に遺物を探しに行くのは装備を更新してからだ。

 その後だな」


 カツラギが不満げに話す。


「だから、少しは俺から買えって」


 アキラが平然と答える。


「それならシェリル達に売る装備をしっかり整えてくれ。

 その評判が、俺が贔屓ひいきの店を変更したくなるほどに高かったら、少しは考えるよ」


 考えるだけだ。

 恐らく考えた結果却下される。

 アキラはそう思っている。

 カツラギもアキラによほどのことがない限り変えるつもりはないと気付いている。


「遺物はちゃんと俺のところに持ち込むんだろうな?」


「それは手に入れた旧世界の遺物の種類次第だ。

 カツラギのところで高く売れそうな種類の遺物であることを祈ってくれ」


「ちゃんともってこいよ?

 シェリルのところで売りに出してから、売れなかったら俺のところに持ち込むような真似まねはするなよ?」


「遺物をカツラギに売った方が手早く高値で売れる間は、俺もそんな真似まねはしないよ」


 カツラギがめ息を吐く。


「……はぁ。

 少し前はただ強いだけだった子供が、だんだんハンターらしくなってきやがったな」


「そりゃどうも」


 カツラギとは対照的に、アキラは少しうれしそうに笑った。




 エリオ達がスラム街の外れでアキラを待っている。

 今日はアキラから戦闘訓練を受ける日だ。

 エリオを含めて8人の少年がやや緊張した表情でアキラを待っていた。


 少年がエリオに尋ねる。


「なあ、今日の訓練って何をやるんだ?」


 一緒に訓練を受ける他の子供達もエリオを見る。

 エリオが彼らに答える。


「いや、俺も知らない」


 少年が少し怪訝けげんそうに困惑気味に尋ねる。


「知らないって、アキラさんに訓練を頼んだのはエリオだろ?

 何で知らないんだよ」


「うるさいな。

 知らないものは知らないんだ。

 確かにアキラさんに訓練を頼んだのは俺だけど、訓練の内容まで決めて頼んだ訳じゃない。

 その後はボスからここで待っていろって指示されただけだ」


 別の少年がエリオに尋ねる。


「聞いたぞ?

 エリオがアリシアと一緒にアキラさんのところに行って、ボスに話を通さずに直接アキラさんに訓練を付けてもらえるように頼んだんだろう?

 ボスの機嫌とか、大丈夫だったのか?」


「大丈夫だ。

 アキラさんが許可したんだし、頼んだのが俺とアリシアならボスも大して気にしないはずだ。

 一応俺とアリシアはボスの側近的な立ち位置ってことになっているからな。

 だから大丈夫だ。

 ……多分」


 少し自信を下げて答えたエリオに、少年が慌て出す。


「多分って何だ!?

 おい、大丈夫なんだろうな!?

 俺達荒野に捨てられたりしないだろうな!?」


 エリオが怒鳴って答える。


「うるさいな!

 それが嫌なら真面目に訓練を受けろ!

 俺達の方から頼んでおいて真面目に訓練を受けなかったら、それこそアキラからもシェリルからも殺されるぞ!」


「わ、分かったよ」


 緊張で気が立っているエリオの怒気に、少年はたじろいで引き下がった。


 エリオも少々勢いでやってしまったとは思っているのだ。

 エリオもいろいろ覚悟を決めてはいるが、それだけで全てを平常心で受け止められるわけではないのだ。


 エリオがアリシアと一緒にシェリルに事情を説明した時、シェリルは少し険しい顔で何かを考え込んでいた。

 アキラがエリオの頼みを渋ったりせずに引き受けたから良かったものの、そうではなかった場合、自分達の立場はかなり不味まずいことになっていたかもしれない。

 エリオはそう判断していた。


 今回の件をシェリルがどう考えているかなどエリオには分からない。

 少なくとも今朝のシェリルはいつも通りに微笑ほほえんでいた。

 その微笑ほほえみが良い意味であることをエリオは願い祈っていた。


 待ち合わせの時間になるとアキラが車で荷台を牽引けんいんして現れる。

 そして荷台を指差してエリオ達に指示する。


「乗ってくれ」


 エリオが恐る恐るアキラに尋ねる。


「ど、どこに行くんだ?」


 わざわざ車で移動する場所だ。

 遠いのだろうか。

 行き先がまたヒガラカ住宅街遺跡だったりしないだろうか。

 あるいは近場の荒野か。

 そういろいろ考えてエリオ達が緊張を高める。

 ハンターであるアキラには大して危険な場所ではないのかもしれないが、エリオ達には十分命懸けの場所だ。


 エリオの問いに対して、アキラが大して答えになっていない返事をする。


「その辺だ」


 アキラはエリオ達にさっさと乗れという態度を取っている。

 エリオ達は少し動揺しながら荷台に乗り込んだ。

 行き先がどこであれ、エリオ達に乗らないという選択肢はないのだ。


 アキラは都市から少し離れた荒野で車を止める。

 岩や瓦礫がれき、崩れかけた壁などが散らばっている場所だ。

 そこでエリオ達と一緒に車から降りた。


 アキラが荷台から大きめの箱を運び、整列しているエリオ達の前に置く。

 箱の中には訓練で使用する銃と、ゴーグルのようなものが入っていた。

 アキラがカツラギの店で購入した訓練用の装備だ。


 アキラがエリオ達に説明する。


「自前の銃を持っているやつは外して全部荷台に置いてくれ。

 それぞれ銃とゴーグルを箱から取って装備してくれ。

 銃は1人1ちょうだ。

 弾倉は1人2つだ。

 ゴーグルのサイズがちょっと合わないかもしれないが、我慢して付けてくれ。

 詳しい説明は後だ」


 エリオ達が言われた通りに箱から自分の分を取っていく。

 1人の少年が弾倉の中身が空である事に気付いて別の弾倉を取ろうとする。

 しかしその弾倉も空だった。

 というより、弾倉は全て空だった。


 少年がずとアキラに尋ねる。


「あの、弾倉が全部空なんだけど……」


「ああ。

 空でいいんだ。

 気にしないで2つ取ってくれ」


 アキラに普通にそう言われたため、エリオ達は不思議に思いながらも言われた通りに装備を整えた。


 エリオ達が準備を終えて横に整列している。

 エリオ達と同じ銃とゴーグルを装備したアキラが前に立って訓練の説明をする。


「訓練の内容だが、やることは簡単だ。

 そっち全員で俺と戦ってもらう。

 訓練用に改造したAAH突撃銃で、弾倉は空だが大丈夫だ。

 引き金を引くと、銃口の向きなどから弾道計算とかが行われて、本当に撃ったら当たっていたかどうかが分かるようになっている。

 試しにお互いに誰かに銃を向けて引き金を引いてみてくれ」


 エリオ達は戸惑いながらも空の銃を近くの者に向けて引き金を引く。

 すると撃たれたと判定された人の視界が赤く染まった。

 表示装置を兼ねているゴーグルが、被弾を判定して透明だった表示面を赤く変えたのだ。

 エリオ達が少し驚いて軽く感嘆の声を上げていた。


 アキラが説明を続ける。


「撃たれた人間はすぐにその場に伏せること。

 俺が倒されるか、そっちが全員倒されたら、全員定位置に戻ってやり直しだ。

 ……後はまあ、一度やってみるか」


 アキラはそう言い残してエリオ達から離れていく。

 エリオが慌ててアキラを呼び止める。


「他に説明は!?

 初めの合図とかはどうするんだ!?」


「すぐ分かる」


 アキラはそれだけ言って少し離れた場所にある瓦礫がれきの向こう側に消えていった。


 エリオ達が困惑気味の表情で顔を見合わせていると、装備しているゴーグルに文字が表示される。

 エリオ達の視界には、戦闘訓練開始まで残り10秒と大きな文字で表示されていた。


 エリオ達が突然現れた文字に驚いている間にも、表示されている残り時間が減り続けていた。




 アキラが瓦礫がれきの影に隠れている。

 アルファはいつも通りアキラのそばに立っている。


 アルファは旧世界製の戦闘服を身に着けている。

 旧世界の感覚に慣れていないと身に着けるのに多大な覚悟を強いるデザインの戦闘服で、機能性に多大な疑問を残す肌の露出部があちこちに存在している。

 色の違う複数の素材で構成された戦闘服の特定の素材に注目すると、極端に布地の少ない水着を身に着けているようにも見える。

 ベルトのように見える装飾部は、意図的に特定の部位を際立たせるために設置されているようにも見える。

 他者の視線を集めるために設計されたような、ある意味裸よりも目立つデザインの戦闘服だった。


 既にアキラはアルファのそんな姿を見ても動じなくなっているが、ふとあることを思い出してアルファに尋ねる。


『そういえば、アルファの派手な格好はアルファを視認できる存在を確認するためでもあるんだっけ?

 今もその確認中か?』


 アルファが笑って答える。


『ああ、それ?

 最近その確認は余りやっていないわね。

 あれは私とアキラとの波長を合わせる過程での、広域通信網から限定通信へ範囲を狭めていく確認作業の一環でもあるから、特定の場所やよほどアキラと似通った波長の人でもない限りは、もう私の姿はアキラにしか見えないはずよ。

 だから、今の私の姿はアキラ専用よ?』


 アキラがややいぶかしみながら尋ねる。


『……それならその格好は何なんだ?』


『何となく?』


『着替えろ』


『嫌よ』


 アルファはアキラを揶揄うように楽しげに微笑ほほえんでいる。

 アキラが非難の視線を送るが、アルファは全く気にせずに話す。


『アキラが戦闘中に相手の姿形で微塵みじんも動揺しなくなったら考えてあげるわ。

 一瞬の硬直が命取りになるかもしれないわ。

 訓練とはいえ戦闘中。

 余計なことに気を取られていないで戦闘に集中しなさい。

 旧世界の遺跡で、美人で全裸の自動人形にでも襲われたらどうするの?

 アキラが敵に着替えろと言ったって着替えてなんかくれないわよ?

 それとも相手の姿を気にしたまま殺されるつもり?』


 アルファの一理有るような無いような説明を聞いたアキラが微妙な表情を浮かべる。

 予想外の光景を見ても動じずに行動するのは確かに大切だ。

 アルファを初めて見た時も、アキラは危険な遺跡の中で何度死んでも不思議はないほどにほうけていた。

 だが、それもそうだな、と納得できるかと言われれば別だ。


 アキラはめ息を吐いて、それで気を切り替える。

 どうせ口では勝てないのだ。

 そして別の気になっていたことを尋ねる。


『アルファの指示通りにいろいろ準備したけど、やっぱりあいつらと戦ってもあんまり訓練にならない気がする。

 確かに強化服の操作を追従式にして出力も下げた。

 その分だけ普段より動きが鈍くなっている。

 でも自惚うぬぼれかもしれないけど、その程度なら、あいつらの実力なら何度やっても俺が蹴散らして終わるだけじゃないか?

 そんな内容で訓練になるのか?』


 アキラもそれなりに訓練と実戦を積んでいるのだ。

 悪く言えば素人であるエリオ達程度なら何度戦っても勝てる自信が有った。


 アルファが楽しげに笑って答える。


『そこは私のサポートの見せ所ね』


『いや、だからアルファのサポートがなくても勝てると思うぞ?』


 不思議そうな表情のアキラの前で、アルファが首を横に振って楽しげに不敵に笑う。


『違うわ』


 次の瞬間、アキラの真横で着弾音が響いた。

 アキラの表情が驚愕きょうがくに染まる。

 アキラはしっかり周囲を警戒していたつもりだった。

 襲撃できる場所に敵はいないはずなのだ。


 アキラは素早く身を低くしてその場から離れ、周囲の敵影を確認する。


『着弾音!?

 実弾!?

 どこからだ!』


『大丈夫よ。

 実弾じゃないわ。

 着弾音も現実のものではないわ。

 あの音はこの訓練の現実感が増すように私が出したの。

 弾道予測上の着弾地点にね』


 アルファの説明を聞いたアキラが着弾音の場所を見る。

 実弾なら存在するはずの弾痕がなかった。

 アルファの説明通り、アルファがアキラの聴覚を拡張して出した音のようだ。


 アキラはそれを理解して安心したが、すぐにまた驚きの表情を浮かべる。


『そうか。

 それは良かった……違う!

 どこから狙われた!?

 いつの間に回り込まれたんだ!?

 情報収集機器にも反応がなかったぞ!?』


『反応ならちゃんと有ったわよ?

 私のサポートがない状態だからすごい分かりにくいけれどね。

 その上で情報収集機器に探知されにくい場所を選んで隠れて移動すれば、今のアキラにはそう簡単には見つからないわ』


 アルファがアキラにそう説明している最中に、弾丸がアキラの横を通り抜ける音がする。

 アキラは地面を滑るように移動しながら敵影を探す。

 少し離れた瓦礫がれきの影からアキラを狙っている少年の姿が見える。

 アキラが少年に向けて素早く銃を構え、引き金を引こうとした直前、少年は素早く瓦礫がれきの影に隠れた。

 アキラが引き金を引き終えるのとほぼ同時だった。


 少年に弾が命中していないことはアキラにもはっきりと分かった。


『気付かれた!?

 躱された!?

 どういう反応だ!

 速すぎるだろう!』


 アルファが楽しげに微笑ほほえみながら説明する。


『それは事前に私が彼に撃ったらすぐに隠れろって指示を出しておいたからよ』


 アキラが少し引きつった表情でアルファを見る。

 アキラにもアルファが違うと言った意味がようやく分かったからだ。

 つまり、いつもと逆なのだ。


『違うって言ったでしょう?

 私がサポートするのは相手側よ』


 アキラはアルファのサポートが無い状態で、アルファのサポートが有る相手と戦わなければならないのだ。


『楽しんでね?』


 アルファはそう言ってアキラに意地の悪い微笑ほほえみを向けた。


 自分は既にエリオ達に取り囲まれている。

 そう判断したアキラは素早くその場から移動する。


(アルファがエリオ達をサポートしている。

 つまり俺の位置はエリオ達に常に把握されている。

 弾道予測の線もエリオ達のゴーグルに表示されているんだろう。

 狙撃されにくい場所に移動し続けるしかないな。

 止まっていたら良い的だ)


 アキラの予想を裏付けるように、走るアキラの背後から無数の着弾音がする。

 着弾音とアキラとの距離はかなり近い。

 敵はアキラをしっかり狙っていた。


 アキラは周辺の地形から自分を狙撃可能な場所を探り、情報収集機器の僅かな反応を頼りに敵の位置の大体の当たりを付け、目を凝らして敵の姿を探る。

 動き続けることで敵の照準を狂わせ続け、しっかり自分を狙うために、乱射して自分を狙うために、敵が物陰から身を乗り出す時間を増やすように仕向ける。

 敵に移動方向を予測されないように、直線的な動きを抑制しながら全力で駆け抜けて、敵の狙撃を困難にする。


 アキラの目が敵の瓦礫がれきから身を乗り出す敵の姿を捉える。

 アキラが素早く銃口を敵に向ける。

 アキラと敵が互いに引き金を引いた。


 着弾音がアキラの背後から響く。

 アキラは敵の攻撃を回避した。

 自分の攻撃が敵に当たったかどうかはアキラには分からない。

 実際に弾丸を撃っているわけではないので、着弾の衝撃で敵が蹌踉よろけるようなことはないからだ。

 命中したので伏せたのか、身を隠すために伏せたのか、判別が付かないのだ。


 アキラは素早く敵の位置に向かって走る。

 アキラの攻撃が命中していないのならば、敵の位置が判明している内に急いで近付いて、今度はしっかり命中させる必要があるからだ。


 アキラが先ほどの敵をしっかり狙える場所まで移動する。

 すると、そこには地面に寝そべっている少年の姿があった。

 アキラは先ほどの攻撃が命中していたと判断して少年の横を走り抜けた。


 次の瞬間、アキラの背後で何かが動く気配がした。

 アキラが反射的に振り返って銃を構えると、少年が身を起こしてアキラを狙っていた。

 死んだ振りだったのだ。


 少年よりも早くアキラが引き金を引く。

 少年は少し戸惑った様子を見せた後、再び地面にうつぶせになった。

 ゴーグル越しの視界が赤くなったのを確認して、事前の取り決め通りに地面に倒れたのだ。


 アキラがアルファに抗議をする。


『アルファ!

 今のありか!?』


勿論もちろんありよ。

 撃たれていないのに地面に倒れてはいけないなんて誰も言っていないでしょう?

 敵が死んだ振りをしないって考えは甘いわ。

 今のが実戦だったとしても、気絶しているだけだったかもしれないわ。

 安易に倒したなんて思い込まずに、頭に一発入れておくべきだったわね』


『分かったよ!』


 アキラはアルファの説明を聞いて納得はしたものの、少し自棄やけ気味に返事をした。


 アキラが気を取り直す暇もなく背後に2人の少年が現れる。

 その気配に素早く反応して振り返りながら横に素早く飛び、敵の射線から逃れると同時に反撃した。

 その動作でアキラの体勢が大きく崩れた。


 アキラが横に大きく飛び、体勢を崩した状態で片足を地面に付けた瞬間、4人の少年が飛び込んできたアキラを待ち構えていたように銃を向けた。


 危機を感じ取ったアキラの脳が意識を加速させる。

 圧縮された時間感覚の矛盾の中で、アキラは4人分の射線から逃れるためにけ反るような体勢を維持したまま、右手の銃の引き金を引きっぱなしにして銃口で円周を描く。


 アキラは4人分の射線から逃れながらその4人を撃破した。

 敵の撃破を確信して、僅かに安堵あんどの表情を浮かべ、左手を地面について崩れ落ちそうな体を支えようとする。


 アキラの左手が地面に着いた瞬間、アキラの視界が赤く染まった。

 誰かがアキラを撃ち、しっかり命中させたのだ。

 アキラは驚きながら地面に仰向あおむけに倒れた。


 アキラの視界が通常の状態に戻る。

 倒れたままのアキラの視界の中で、アルファがどこかを指差している。

 アキラがその方向を見ると、そこにはエリオが銃を構えて立っていた。

 アキラを倒したのはエリオだった。


 アルファがアキラを見ながら楽しげに話す。


『私の勝ち。

 まだまだね』


『……どこからどこまでがアルファの作戦だったんだ?』


勿論もちろん、最初から最後まで。

 全部よ』


『……あっそ』


 アキラは少しふて腐れたように答えた。


 アキラが立ち上がる。

 アルファが先ほどまでアキラが倒れていた場所を指差している。

 アキラがそこを見て、顔をしかめた。


 そこにはアキラの死体が転がっていた。

 勿論もちろん、この死体はアキラの視界を拡張して表示した映像だけの存在である。

 アキラの死体は、頭、首、腹、腕、脚を撃ち抜かれて血を流し、一部を欠損し、血まりに沈んでいた。

 攻撃が実弾だった場合の、アキラの成れの果てだ。


 以前の射撃訓練でもアルファはアキラが映像のモンスターの狙撃に失敗した場合に、そのモンスターに襲われたアキラの死体を表示させていた。

 その時はアキラの死体の山ができていた。


 アキラがつぶやくようにアルファに話す。


『これを見るのも久しぶりだな。

 実弾だったらこうなっていたわけか』


 現実のアキラを同じ状態にするためには、強化服の防御力を考慮すればかなり威力のある弾丸を使用する必要があるが、通常弾でも頭部なら同じ状態になるだろう。

 死体という意味では大して違いはない。


 アルファがアキラに微笑ほほえみながら話す。


『そういうこと。

 実弾ではなくて良かったわね?』


『全くだ』


 アキラはやや自嘲的な苦笑を浮かべた。

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