第129話 追加の部隊

 アルファに揶揄からかわれて少し不機嫌そうなアキラに、カナエがそれを全く気にせずに話しかける。


「アキラ少年!

 また会ったっすね!」


「……そうだな」


 アキラは余り気乗りしない口調で返事をしたが、カナエは気にせずに話を続ける。


「それにしても、アキラ少年が私達を助けに来るなんて奇遇っすね。

 どうせなら、初めから私達に同行してもらいたかったっすけど。

 その方が手間が省けたんじゃないっすか?」


「俺がここにいるのは偶然みたいなものだ。

 別にそっちを助けるためにセランタルビルに乗り込んだわけじゃない。

 その辺の事情はシカラベに聞いてくれ」


「そうっすか?

 まあ何にせよ、助かったっすよ」


 カナエはなぜかアキラをかなり興味深く好意的な目で見ている。

 逆にアキラは少しいぶかしむような目でカナエを見ている。

 アキラにはカナエの態度に心当たりがないからだ。


 どちらかと言えば他者との距離を詰めることに躊躇ちゅうちょがないカナエ。

 不用意に距離を詰めてくる相手に警戒心が先に出るアキラ。

 2人はいろいろとみ合っていない空気を出していた。


 カナエはアキラの実力に強い興味を持っていた。

 カナエもまたアキラの実力を測りきれずにいるからだ。


 聞いた話では、アキラはクズスハラ街遺跡の地下街で、切り札を使用したシオリと互角に渡り合ったという。

 シオリの切り札である専用の加速剤は、使用者の集中力を高め、感覚を鋭敏にし、まるで時間が遅くなったような時間感覚の矛盾すら引き起こす。

 その代償として多用すれば脳への過負荷のために数日昏倒こんとうする羽目になるが、効果時間が切れるまでは別人のような動きを実現できる。

 そのシオリと互角に戦った人物ならば、間違いなく相当な実力者だ。


 だがアキラがスリの疑いを持たれた少女の件でカツヤ達と対峙たいじした時に、あれほどの殺気を放ちながらも結局はすごすごと引き下がったという。

 カナエはレイナ達と一緒にあの場を去ったので、その後の状況を人伝ひとづてに聞いた話にすぎないのだが、カツヤはアキラに少女を引き渡すこともなく、アキラはカツヤに屈して黙って立ち去ったという。


 カツヤは確かに優秀なハンターだ。

 ただし加速剤を使用したシオリと比較すれば劣る。

 アキラがそのカツヤに黙って屈したというのなら、その実力も大したことはないことになる。


 アキラはシカラベ達とともにレイナ達が籠城していた部屋の近くまで辿たどり着いていた。

 カナエがレイナ達と一緒に階段へ向かう際に見た通路の光景から判断すると、アキラ達が部屋に辿たどり着くまでは相当な激戦だったはずだ。

 ならばアキラは十分強いことになる。


 カナエの前にそのアキラがいる。

 カナエは相手の実力をそれなりに見抜けると自負している。

 カナエの目に映るアキラの実力は、としの割には結構強いハンターだという程度のものだ。

 つまり大して強くはない。

 アキラからは実力者が放つ空気、気迫、すごみのようなものは感じられない。

 東部に幾らでもいる一山幾らのハンターの範疇はんちゅうでしかない。


 かなりの実力者と判断する根拠も、大したことはない者と判断する根拠も、アキラには両方そろっていて、カナエはどちらの根拠も納得できた。

 それゆえアキラの実力を測りきれないでいた。


 カナエは楽しげに笑いながらアキラの実力を値踏みする。


(わからないっすねー。

 果たしてアキラ少年は強いのか、弱いのか、さっぱりっす。

 アキラ少年の実力をはっきりさせるためにも、ちょっとちょっかいを出してみたいところっすけど、流石さすがに今の状況でそれを試すわけにはいかないっすからねー)


 相手の実力が分からない。

 それがカナエのアキラに対する興味をき立てていた。


 今はカナエも流石さすがに仕事を優先させる状況だ。

 つまり状況が違えば試していたかもしれない。

 カナエは少し残念に思っていた。


 体力的にも精神的にもかなり消耗していたレイナとトガミだったが、比較的安全な場所で落ち着いて呼吸を整えることでようやく余裕を取り戻しつつあった。

 周囲の状況に意識を向ける余裕ができると、レイナとトガミは自然と視線をそれぞれ気になる対象へ向けていた。


 レイナの視線はキャロルへ。

 トガミの視線はシオリとカナエへ。

 厳密には彼女達のそれぞれの服装へ。


 レイナはキャロルの強化服を見て思う。


(……何、あの強化服?

 いろいろすごい格好というか、どう見ても男を誘っているデザインよね。

 旧世界製の強化服にはあの手のデザインの代物もあるって聞いたことがあるけど、実際に着ている人を見たのは初めてだわ。

 デザインだけ似せた現代の製品?

 それとも旧世界の遺物の改造品?

 どちらにしてもあれをよく着られるわね。

 慣れの問題なの?

 食い込みもいろいろすごいし……、デザインの所為でそう見えるだけ?)


 レイナは困惑を強めながらキャロルの強化服を見ていた。


 トガミはシオリとカナエのメイド服を見て思う。


(……あれ、メイド服ってやつだよな。

 メイドってあれだろ?

 金持ちがデカい家で家事とかをさせるために雇うものだろう?

 何でそのメイドが旧世界の遺跡の中にいるんだ?

 あのメイド服は旧世界の遺物で、頑丈だからハンターが防護服代わりに着ているだけなのか?

 でも何か、メイド服を着慣れているっていうか、ハンターってのとは違う気がするんだよな。

 シカラベが言っていた救出対象はドランカム所属のハンターのはずだけど、……いや、それはあのレイナっていうやつのことで、メイド服の2人はそいつの世話をしているように見えるな。

 ……何でハンターがメイドを雇っているんだ?)


 トガミは困惑を強めながらシオリとカナエを見ていた。


 シオリはレイナのそばで体力回復の効用のある飲み物を勧めていた。

 レイナはシオリに礼を言ってそれを飲んでいた。


 シオリはトガミの視線に気付いているが、特に気にしていなかった。

 シオリも自分の服装が少々注目を集める格好であることは理解している。

 そしてレイナ付きのメイドとしてこの場にいる以上、他者からの好奇の視線など然程さほど重要ではないからだ。


 キャロルは再出発の準備を済ませてから、焼き菓子に似た携帯食を食べていた。

 一見ただの軽食に見えるが、単純な疲労回復の効果に加え、外傷の回復薬としての効用もある。

 更に戦闘で消費したナノマシンの補充も兼ねている。

 キャロルにとっては弾丸の装填と同様に重要なことなのだ。


 キャロルはレイナの視線に気付いているが、特に気にしていなかった。

 キャロルの強化服は特に男性を強く引きつけるデザインだが、女性の視線を集めないわけでもない。

 この手の旧世界風のデザインに免疫がなくて悪気はなくじろじろと見てしまう女性もいる。

 こういう強化服を着たハンターが近くにいることを好まない女性もいる。

 それぐらいキャロルも理解している。

 レイナの内心がどうであれ、口に出してごちゃごちゃ言ってこない限りは無害だ。

 キャロルはそう考えていた。


 カナエの視線が自分を見ていたトガミに、そのトガミが今見ているシオリに、そのシオリのそばにいるレイナに、そのレイナが見ているキャロルに、順番に移っていく。


 カナエはどこか不敵に楽しげに笑うと、キャロルに笑って話しかける。


すごい格好っすね!」


 アキラが驚く。

 言いやがった。

 アキラは今、自分達の中の数名と全く同じ感想を持ったことをしっかりと感じ取っていた。


 キャロルが少し驚いてカナエを見る。

 何となくだが、カナエがそういうことを気にする人間には見えなかったからだ。


 キャロルが不敵に微笑ほほえみながら返事をする。


「否定はしないけど、その格好の人に言われたくはないわね」


 アキラが無意識に軽くうなずく。

 もっともだ。

 自分達の中の数名と全く同じ感想を持ったことを、再び確かに感じ取っていた。


 カナエが笑って反論する。


「これはただのメイド服っすよ。

 そっちのどう考えてもいろいろ誘っているデザインの強化服と一緒にしてもらっては困るっすね。

 どう見ても目立つっすよ。

 いろいろあって慣れちゃったんすか?」


 キャロルが笑って反論する。


「似たような性能の戦闘服は幾らでもあるでしょうに、戦闘に耐えうる性能のメイド服をわざわざ着て旧世界の遺跡にくる感覚の持ち主に言われたくはないわね。

 誰のメイドか知らないけど、目立つとは思わなかったの?

 それともそういう趣味なの?」


 カナエとキャロルは笑い合っている。

 談笑の空気ではないが、別に敵対しているような、張り合っているような、喧嘩けんかを売っているような空気は感じられない。


 アキラが微妙な表情で2人の様子を見ていると、急にカナエがアキラの方を向いて尋ねる。


「アキラ少年はどう思うっすか?」


 急に話を振られて戸惑うアキラに、キャロルも同じようにアキラに尋ねる。


「そうね。

 アキラはどう思う?

 どっちの格好の方が目立つと思う?」


 アキラが取りあえず2人に尋ねる。


「……何で、俺に聞くんだ?」


 カナエとキャロルは事前に打ち合わせでもしていたかのように答える。


「別に良いじゃないっすか。

 何となくっすよ」


「別に良いじゃない。

 何となくよ」


 アキラは視線を周囲に向ける。

 そこには楽しげに笑いを堪えているエレナとサラの姿があった。

 シカラベはどうでも良さそうな表情をしている。

 レイナとトガミはアキラの答えに興味を向けている。

 シオリは素知らぬ顔でレイナのそばに控えていた。


 アキラがよく分からない雰囲気を感じながらも、自分なりの考えを答える。


「個人的には、初見での感覚なら、そっちのメイド服の姿の方が驚いた。

 キャロルの強化服はとがった旧世界風のデザインってだけで、一応ハンターが旧世界の遺跡で着る服の範疇はんちゅうだしな。

 ……流石さすがにメイドは、服装としても職業としても旧世界の遺跡で見掛けるものじゃないだろう」


 アキラの意見は、アルファのいろいろな格好を見慣れてしまった感覚に大きく左右されたもので、一般的な年頃の少年の意見とかなりずれている可能性が高い。

 その証拠に、レイナとトガミが少々意外そうな表情を浮かべていた。


 アキラの意見を聞いたキャロルが、なぜか少し勝ち誇ったように微笑ほほえんだ。

 一方カナエは、分かっていないとでも言いたげな手振りで首を軽く横に振ってから、何らかの熟練者が初心者に向ける微笑ほほえみでアキラに話す。


「アキラ少年はまだまだ世界の広さってものを分かっていないようっすね」


 アキラは平然と答える。


「ああ。

 狭い世界で生きていたんだ。

 悪いな」


 エレナが少し笑いながらアキラ達に声を掛ける。


「そろそろ出発するけど、そんな雑談をしている余裕があるなら、準備は済んだと考えて良いのね?」


 アキラが表情を真面目なものに戻して答える。


「大丈夫です。

 いつでも行けます」


「いつでも良いっすよ」


 カナエはそう調子良く答えると、レイナのもとへ戻っていく。


 キャロルがそのカナエの姿を目で追いながら答える。


「問題ないわ」


 キャロルはカナエの姿を僅かに疑問の視線で見ていた。


(……彼女には何かを探ろうとしていた気配が有るように見えたけど、気のせい?

 単にああいう言動を取る性格なだけ?

 彼女の仲間も特に気にしている様子はないし……)


 ああいう性格の人間もいるだろう。

 キャロルはそう結論付けてそれ以上の思考を打ち切った。


 戻ってきたカナエに、シオリが小声で注意する。


「何を考えているか知らないけど、余計なめ事の種をくような行為は慎みなさい」


 カナエが全く気にしていない口調で、小声で答える。


「まあ、良いじゃないっすか。

 お嬢も随分気にしていたことを、私が代わりに言っただけっすよ。

 駄目っすよ、お嬢。

 親しくもないハンターをあんなにじろじろ見たら、相手によっては喧嘩けんかを売っているって勘違いされても仕方ないっすよ?」


 レイナが不服そうにカナエに反論する。


「……相手に思いっきり口に出したカナエに言われたくないわ。

 あれこそ喧嘩けんかを売っているようなものでしょう?」


 カナエはいつものどこか不敵な微笑ほほえみを浮かべながら応える。


「私は喧嘩けんかを買われても問題ないっす。

 そこがお嬢との違いっすね。

 お嬢、まさかとは思うっすけど、私達が護衛しているから、何かあっても私達が何とかするから、多少調子に乗っても大丈夫だとか考えて、それで相手をじろじろ見ていたってことは無いっすよね?

 自覚、無自覚にかかわらずっすよ?」


 レイナが言葉に詰まる。

 レイナにそのようなつもりはなかったが、無意識に2人を頼った結果の行動かどうかと問われると、はっきり否定できなかった。


 シオリが軽くめ息を吐いてからカナエに話す。


「良いから、余計な真似まねは控えて。

 度が過ぎるようならたたっ切るわ」


「了解っす」


 カナエは調子良く応えた。

 余計な真似まねを控えるという意味か、シオリとの交戦を許容するという意味か、カナエの性格から判断するのは難しかった。

 少なくともカナエがそれ以上余計な口を開かなくなったので、シオリはその追及を避けた。


 カナエは黙って思案しながら、ちらっとアキラを見る。


(……試しに突拍子もないことを言ってアキラ少年を驚かせてみたっすけど、普通に周囲の警戒をおろそかにしたっすね。

 雑談の最中もかなり油断していたっす。

 アキラ少年の実力は、やっぱり大したことはない?

 それともあの態度は欺瞞ぎまん

 又は通常時と戦闘中の落差が激しいタイプ?

 うーん、決め手に欠けるっすね)


 カナエはそんな思案をしながらアキラに対する評価を若干下げた。

 伝聞や推測ではないカナエ自身で確かめた結果が今一だったからだ。


 もっと明確に確実に疑いようもなく決定的にアキラの実力を測れる何か。

 それが起こることを期待しながら、カナエは不敵に笑った。




 エレナが準備を終えたアキラ達にこれからの行動を説明する。


「私達はこれから1階まで降りて正面出入り口から脱出するわ。

 セランタルビルを包囲している部隊が今も健在なことを期待してね」


 シカラベがエレナの説明から不穏な気配を察して尋ねる。


「部隊の健在を期待しなければならない不明確な要素があるのか?」


 エレナが軽くうなずいて応える。


「有るわ。

 私が退路の確認のために、設置式の小型情報収集機器を配置してきたことは知っているわね?

 それは1階の出入り口の近辺にも設置してあるの。

 それに反応があったのよ。

 多数の何かがビルの中に入ってきた可能性があるわ」


 キャロルがエレナに尋ねる。


「具体的にどういう形状のものが入ってきたのかは分からないの?」


 その何かが人間の大きさや形状ならば、他のハンターである可能性が高い。

 キャロルはそう考えて尋ねたのだが、エレナは首を軽く横に振って答える。


「残念だけど元々そんなに高性能の機器ではないし、その上で普段より性能が低下している状態だから、そこまでは分からないわ。

 何かがビルの中に入ってきた。

 断言できるのはそこまでよ。

 多数の何かと言ったけど、同じ個体が同じ場所を何度も徘徊はいかいして反応を意図的に増やしているとは思えないってだけで、厳密には数の詳細も不明よ」


 アキラがエレナに尋ねる。


「俺達のような先行部隊、又は後続の本隊ってことはありませんか?」


「十分あり得るわ。

 その場合は多分、追加の先行部隊の方ね。

 折角せっかく斥候を出したのに、その帰還を待たずに本隊を突入させるとは思えないわ。

 どちらにしろ、私達以外のハンターと遭遇する可能性が高くなったってことをちゃんと認識してほしいの。

 彼らを敵と誤認して攻撃しないように注意して」


「分かりました」


 アキラは素直にうなずいた。

 エレナも微笑ほほえんで軽く少し満足そうにアキラにうなずいて返した。


 エレナは表情を真剣なものに戻して話す。


「問題は、そのどちらでもなかった場合になるわ。

 つまり、ビルの外から新手の機械系モンスターが侵入してきた場合ね。

 そうなると、ビルを包囲している部隊の一部が破られたってことになるのよ。

 ビルの外が安全圏ではなくなっている可能性が出てくるわ。

 可能性は低いと思う。

 でもその万一の可能性を頭の片隅に入れておくことぐらいはやっておいて。

 何が起こるか分からない状況が続いていることだけは間違いないわ」


 エレナは30階で通路とほぼ同じ大きさの機械系モンスターに襲われたことを思い出しながら、アキラ達に念を押すように話した。


「質問がなければ出発するわ。

 質問は?」


 アキラ達が臨戦態勢に近づけた空気をまとって無言を返す。

 エレナがうなずいて出発の指示を出す。


「行きましょう」


 エレナの指揮の下、アキラ達はセランタルビルからの脱出を再開した。




 セランタルビルの1階では、2つのハンターの部隊が非交戦状態で対立を続けていた。

 ドランカム所属のハンターで構成された部隊と、それ以外のハンターで構成された部隊である。

 両方とも賞金首討伐に成功したハンターを中心に編制された部隊だ。


 セランタルビルの制圧を目的とした大部隊の編制の交渉が非常にめていた中で、アキラ達はさっさと独自に交渉を済ませて先行部隊として出発した。

 それをアキラ達に出し抜かれたと判断した勢力が大きく2つあった。


 勢力の一つは、ドランカムに所属しておらず、その指揮下に入ることを嫌がったハンター達だ。

 彼らはアキラ達の行動をドランカム側の行動だと判断した。

 ドランカムが先に部隊を派遣して作戦行動に有益な情報を持ち帰ったという実績を盾にして、クガマヤマ都市との交渉を優位に進めようとしている。

 そう判断したのだ。


 その判断は間違いではない。

 シカラベがドランカム内部での交渉でそれを口実にしたのは事実だ。

 アキラ達が持ち帰った情報はその通りに使われるだろう。


 彼らはそれに対抗するために、彼らの内部でもいろいろめていた交渉内容を一部妥協して、彼らも先行部隊を派遣することにしたのだ。


 もう一つの勢力は、カツヤ派と呼ばれるドランカムの若手ハンター達だ。

 正確にはその後ろ盾でもあるドランカム幹部のミズハの判断だ。


 ミズハはアキラ達の隊長が表向きシカラベであることに懸念を持った。

 シカラベがカツヤをひどく嫌っていることはミズハもよく知っている。

 シカラベは先行部隊の功績を使用して本隊の編制に、特にカツヤの扱いについて口を出すつもりではないか。

 ミズハはそう判断したのだ。


 ミズハはシカラベに対抗するために、本隊編制の交渉を一部妥協してでも、自分達も先行部隊を派遣することにしたのだ。


 両部隊は先行部隊の功績に対抗するために、共にセランタルビル1階の制圧を作戦目的としていた。

 アキラ達のような少人数では困難だが、自分達の部隊の人数と装備なら十分可能であると判断したのだ。

 情報収集も大切だが、手に入れた情報が先行部隊が入手した情報と重複した場合は、先に持ち帰ったアキラ達の方が有利だからだ。


 2つの部隊は、銃口を向け合うほどではないが間違いなく互いを邪魔だと思っており、ちょっとした事故で派手な交戦状態に推移しかねないほどに敵対的だ。

 それぞれの部隊長が隊員を制御することで暴発を抑えていた。


 セランタルビルの外側、出入り口に近い部分で、クロサワというハンターが面倒そうな表情で部下を指揮している。

 装備も雰囲気も他のハンターとは異なり一見して格上のハンターだと分かる。


 クロサワは15億オーラムの賞金首である多連装砲マイマイを撃破したハンターチームのリーダーだ。

 今回は反ドランカム側のハンター達の部隊の隊長を任されていた。


 クロサワが時計を見て舌打ちする。


「……6班が戻ってこねえ。

 時間厳守だって言ってんだろうが。

 おい、8班を捜索に出せ。

 A、B、C、Dの階段を確保している連中に、6班が勝手に2階に登っていないかどうかも確認させろ」


 仲間のハンターが答える。


「もう少し待てば戻ってくるんじゃねえの?」


 クロサワが少し厳しい視線を向けて答える。


「1階で敵影は確認できていない。

 遅れる要素は3つ。

 帰還が困難になるほどの特異な状況に陥ったか、戻り時間の計算もできない無能か、俺の指示に従わない馬鹿か。

 どれであっても未帰還として扱う。

 わざわざ待ったりはしねえ」


「分かった。

 すぐに確認に向かわせ……、戻ってきたぞ」


 6班のハンター達がセランタルビルの出入り口から出てくる。

 クロサワは彼らに指でとっととこっちに来るように指示を出す。

 6班のハンター達が前まで来ると、彼らへ嫌み混じりに尋ねる。


「見たところ怪我けが一つないようだが、どこで死にかけてたんだ?」


 6班のリーダーのハンターがめ息交じりに答える。


「早めに戻ろうとしたらガキが絡んできたんだよ。

 そのガキを撃ち殺しても良いって言うのなら、時間通りに戻ってこられたんだがな」


「場所は?」


「C7の通路だ」


 それを聞いたクロサワが再び舌打ちする。

 6班のハンター達に休憩に入れと手で指示を出してから、少し離れた場所にいるドランカム側の部隊長の方へ歩いていく。


 ドランカム側の隊長はすぐに近付いてくるクロサワに気が付いた。

 その隊長の近くにいる若手ハンター達がクロサワに敵意の視線を向ける。

 クロサワは全く気にせずに不機嫌な声でドランカム側の隊長の少年へ話しかける。


「そっちのガキがこっち側に入り込んでいるんだが、ちゃんとしつけておいてもらえないか?

 そっちがそっち側で遊ぶのは勝手だが、おままごとはそっち側だけでやってくれ」


 少年がクロサワを威圧するようににらみ付けながら答える。


「それが事実なら悪かった。

 それと、そういうふざけた言い方は止めろ。

 皆真面目にやっているんだ」


 少年の気迫やたたずまいは既に一端のハンターのものだ。

 そこらの駆け出しハンターやハンター崩れとは一線を画している。

 歴戦の実力のあるハンターならば、少年の歳などに惑わされずにその実力を見抜けるだろう。


 クロサワも少年の実力を見抜いている。

 目の前の少年が、かなりの才能と実力を持っていることぐらいは分かる。

 今はまだ、若手のハンターとしてはすごいという評価ではあるが、その評価から、若手のハンターとしては、などという部分が消え去るのも時間の問題だろうと感じている。


 目の前の少年は、いずれは自分よりもはるかに強くなるだろう。

 だが、いずれ、だ。

 今ではない。

 クロサワはまだ格下の少年に、口調と表情に侮蔑と嘲りを込めて答える。


「ふざけちゃいないさ。

 真面目に評価するとそうなるんだよ。

 俺はドランカム所属のハンターじゃないんでな。

 君の御機嫌を伺って言葉を選ぶ必要がないだけだ。

 ドランカムのカツヤくん?」


 ドランカム側の隊長はカツヤだった。


 カツヤがより強くにらみ付けてきたが、クロサワは全く気にしなかった。

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