第128話 発展途上のハンター達

 部屋の出入り口を塞いでいた機械系モンスター達の残骸が突然吹き飛んだのを、アキラは驚きの表情で見ていた。


 残骸が吹き飛んだ場所からシオリとカナエが飛び出してくる。

 2人は近くにいた甲B18式を殴り飛ばし、切り捨てた。

 殴り飛ばされた甲B18式は、そのまま壁まで吹き飛んで派手に壁に激突した。

 切り捨てられた甲B18式は、鋭利な切断面を見せながら左右に分かれて床に転がった。


 アキラはその2人がシオリとカナエであることに気付いた。

 2人もすぐにアキラ達に気付いた。

 少し遅れて部屋からレイナが飛び出してくる。

 レイナは部屋から出ると、すぐに必死に周囲の警戒を始めた。


 いち早く状況を理解したシカラベが大声で指示を出す。


「戻るぞ!

 アキラはしんがりをやれ!

 トガミはそいつらの護衛に付け!

 付いてこい!」


 シカラベは端的に指示を出すと、先行して退路を確保するためにすぐにきびすを返した。


 カナエが頭が状況に追いついていないレイナの腕をつかんで走り出す。

 そして擦れ違いざまにアキラに声を掛ける。


「後はよろしくっす!」


 カナエはレイナをつかんでいない方の手で、調子の良い笑顔で軽くアキラに手を振った。

 動転気味の表情のレイナがカナエに半ば引きずられながらアキラの横を通り抜けていく。


 シオリがアキラの横にふわりと立つ。

 そして端的に尋ねる。


「お任せしても?」


「行ってくれ」


 アキラも端的に答えた。

 お互いに忙しいのだ。


 シオリはアキラに恭しく礼をすると、素早くレイナの後を追った。


 トガミは急転した状況に付いていけず困惑した表情を浮かべていたが、ようやく我に返ったように慌ててシオリの後を追った。


 しんがりとして1人残ったアキラのそばで、アルファが微笑ほほえんで話す。


『部屋の中を探す手間が省けて良かったわね』


『全くだ。

 後は帰るだけだ。

 ようやく折り返しだな。

 案外何とかなるもんだ』


『行きよりは楽になると思うけれど、油断しては駄目よ?』


『ああ。

 分かってる』


 アキラはA4WM自動擲弾銃を通路の奥へ向けて構える。

 強力な擲弾をき散らすA4WM自動擲弾銃は、基本的に屋内向きの武器ではない。

 非常に頑丈な旧世界の遺跡の中であっても、取り扱いには注意が必要だ。

 たとえ強力であっても、進む先の通路が崩壊してしまっては意味がないので、今までは使用を控えていた。


 しかし後は戻るだけだ。

 通路が崩壊して敵の足止めになれば好都合だ。

 アキラはそう考えて遠慮なく引き金を引いた。


 無数の擲弾が通路にばらまかれ、擲弾は通路の奥から向かってくる多数の機械系モンスターを巻き込んで爆発した。

 爆風の逃げ場に欠ける通路で爆発させたため、威力の一部がアキラの方まで戻ってきた。

 爆風で吹き飛ばされた大きめの残骸がアキラの横を通り過ぎていく。


 アキラが驚いて思わず口に出す。


「……危なっ!」


 アルファが慌てるアキラを楽しげに見ながら話す。


『屋内向けの武器ではないのよ。

 気を付けて使わないとね』


 通路の奥は爆煙が漂っており少し視界が悪くなっている。

 アキラは敵の様子を確認するためにそちらを少し見ていたが、敵の増援が爆煙をかき分けて現れる様子はない。

 大丈夫そうだと判断して、その上で警戒を怠らずにエレナ達のもとへ急いだ。




 レイナ達は先導するシカラベの後に続いてエレナ達が確保している階段を目指している。

 シカラベ達が行きに敵を排除していたため、帰りのレイナ達は比較的楽に通路を進んでいる。

 全く敵がいないというわけではないが、シカラベ、シオリ、カナエの3人の障害になる規模ではなかった。


 レイナ達の後方から爆発音が聞こえる。

 アキラがA4WM自動擲弾銃を使用している音だ。


 カナエが後方をちらっと見て楽しげに話す。


「アキラ少年、随分派手にやってるっすねー。

 それにしてもアキラ少年が私達を助けに来るとは意外だったっすね。

 これも奇縁ってやつっすかね?」


 シオリがカナエを注意する。


「無駄口をたたいていないで戦闘に集中しなさい」


「大丈夫っす。

 これは余裕の表れっす……よ!」


 カナエはそう答えながら、通路の脇道から出てこようとした甲B18式を蹴りつける。

 メイド服のスカートから黒タイツの脚が伸びて、脚の先の少し大きめな靴が甲B18式の装甲に勢いよくたたき込まれる。


 カナエのメイド服は高性能な防護服で、黒タイツは薄手の強化服だ。

 それはシオリもカナエも同じである。

 しかし靴は別だ。

 カナエの靴は格闘戦に特化したカナエ用の戦闘靴だ。

 非常に頑丈な上に任意で小規模な力場装甲フォースフィールドアーマーを発生させる機能が付いており、蹴りの威力を格段に上昇できる代物なのだ。


 カナエに蹴られた甲B18式は、蹴りの衝撃でまるで巨大な鉄球が高速で直撃したように変形しながら、勢いよく通路の奥に吹き飛ばされた。


 シオリが通路の逆側の脇道から出てきた甲B18式を一刀両断する。

 シオリが振るった刀は、甲B18式に搭載されていたはずの力場装甲フォースフィールドアーマーなど無視したように、その機体をあっさりと切り裂いた。


 シオリが少しあきれながら話す。


「余裕があろうとなかろうと、無駄口は品位に欠けると思わないの?

 カナエも教習は受けたでしょう?」


 カナエは揚げ足を取るように話す。


「適度な会話は、長時間の戦闘での過度な緊張による精神の疲弊を防ぐためにも重要って習ったすよ?

 あねさんだってお嬢にいろいろ話しかけているじゃないっすか」


「カナエの無駄話と、私とお嬢様の会話を一緒にしないでちょうだい」


 シオリとカナエは周囲の警戒を怠らずにしっかりとレイナの護衛を続けながらも、そんな話をする余裕を見せていた。


 レイナはシオリとカナエの後に続いて走っている。

 籠城した時にはあれだけ大量にいた機械系モンスター達の姿もほとんどなく、出現してもシオリとカナエがすぐに破壊していく。

 レイナの緊張は部屋から出た時に比べて大分落ち着いていた。


 ある程度余裕を取り戻したレイナは、ようやく自分を見ているトガミの視線に気付いた。

 レイナはなぜか少しきつめの口調でトガミに尋ねる。


「……何?」


 トガミが少し慌てながらレイナに尋ねる。


「あ、いや……、確かお前は、カツヤのチームのやつ、だよな?」


「……前はね。

 私はもうカツヤのチームから抜けているわ。

 それがどうかしたの?」


「その、なんだ、……何でもない」


 トガミはそう答えてレイナから視線を外した。

 レイナは怪訝けげんな表情でトガミを見たが、ふて腐れたように視線を前に戻した。


 トガミが僅かに項垂うなだれながら思う。


(俺は何をやってるんだ……)


 トガミは何となくレイナを見ていただけだった。

 するとレイナが話しかけてきたので、何かを話さなければならないと思い、自分が知っていることをレイナに話した。

 それだけだった。


 レイナはなぜか機嫌を損ねたような表情と口調でトガミに返事をした。

 トガミはレイナの刺刺とげとげしい態度に気圧けおされてしまい、レイナとの会話を打ち切ったのだ。


 トガミがレイナを見ていたのは、その自覚はないが、軽い親近感を持ったからだ。


 トガミは全員格上のハンターで構成されている部隊で、自己評価ではあるが大した活躍もできず、先ほどはある意味でシカラベとアキラにまもられながら進んでいた。

 少なくとも自身で誇れるような働きは、活躍は、成果は残せなかった。


 そのトガミの視界に、シオリとカナエにまもられているレイナの姿が映った。

 自分の実力を超える危険な場所でシオリとカナエにまもられながら進むことしかできないレイナの姿に、それを良しとしないレイナの姿に、かといってどうすることもできないレイナの姿に、トガミは自分の姿を映し出していた。

 レイナの実力がシカラベやシオリなどと比べて比較的トガミに近いこともそれを後押ししていた。


 トガミはレイナに話しかけられた時、自覚すらしていないそれを無意識に誤魔化ごまかそうとして慌てたのだ。

 そしてなぜかレイナの機嫌をかなり損ねてしまったので、わけも分からぬまま少し自己嫌悪に陥っていた。


 レイナが僅かに項垂うなだれながら思う。


(私は何をやってるのよ……)


 レイナがトガミにどこかきつい態度を取ったのは、自分の不甲斐ふがいなさへの感情とそれを刺激するトガミへの苛立いらだちであり、半ば八つ当たりだ。


 トガミのレイナに対する認識は、カツヤの取り巻きの一人、ただそれだけだ。

 トガミがカツヤを自分の競争相手として一方的に意識していた時に、カツヤの取り巻きの中にレイナの姿をそこそこ見掛けたので記憶に残っていた。

 その程度だ。


 しかしレイナはトガミのことをそれなりに知っていた。

 トガミはドランカムの若手ハンター達の中でもカツヤに次ぐ実力者だ。

 ドランカムでも一目置かれており、反カツヤ派のまとめ役として期待され、シカラベ達とともに少人数での賞金首討伐に成功した優秀なハンターだ。


 つまりトガミはレイナにとって十分格上のハンターだ。

 トガミがシカラベ達を見るように。


 トガミがレイナにカツヤのチームのハンターであることを尋ねた時、レイナはトガミの言葉をこう捉えてしまった。

 カツヤの回りをうろちょろしてそのおこぼれにあずかるぐらいしか能のないやつが、なぜこんな場所にいるんだ、と。


 レイナの頭の冷静な部分は、それは自虐に過ぎず、トガミは別にそんなつもりで言ったわけではない、と冷静に告げている。

 しかし一度そう聞こえてしまえば、それを振り払うのは難しい。


 自分が八つ当たりのような行動を取っていることを自覚して、レイナは少し自己嫌悪に陥っていた。


 安全な場所で言葉を選んでゆっくり時間を取って話せれば、レイナとトガミは互いに気を悪くすることなく話し合えただろう。

 残念ながらそれを許す状況ではない。

 発展途上のハンター達は、今はそんなことを考えている場合ではないと気を取り直そうとしながら、何とか先に進んでいた。




 アキラはA4WM自動擲弾銃で擲弾をばらまきながら撤退していた。

 撤退は順調だ。

 順調すぎて疑問に思うほどに。


『敵が急に出てこなくなったな。

 全部倒したとは思えないけど……、何でだ?』


 アルファが普通の表情で答える。


『正面から襲うのは非効率だと判断して、迂回うかいしているのかもしれないわ』


 アルファの表情はアルファが先ほどの戦闘中に浮かべていた余裕の笑みではない。

 しかし焦りや不安などの要素もない。

 至って普通の表情だ。


『何にせよ、今のうちに急いで戻りましょう』


『そうだな』


 随分楽になったとはいえ、安心して気を抜ける状況ではないのだ。

 アキラは気を緩めずに先を急いだ。




 先行して敵を排除していたシカラベがエレナ達との合流地点まで戻ってくる。

 シカラベは周囲の状況を確認してまずは安堵あんどした。


 エレナがすぐにシカラベに駆け寄って状況を尋ねる。


「そっちの状況は!?」


「問題ない。

 対象を救出して撤退してきた。

 エレナはすぐにビルからの脱出の指揮に移ってくれ。

 救出した人数は3名。

 行動不能なほどの負傷者は無しだ」


 エレナが通路を見る。

 少し奥にレイナ達の姿が、更にその奥にアキラの姿が見えた。


 全員の無事を確認したエレナが表情を僅かに緩める。

 だがすぐに表情を引き締めて指示を出す。


「サラ!

 キャロル!

 撤退するわ!」


 他の通路を警戒するために離れていたサラとキャロルがエレナの場所へ走り出す。


 エレナがシカラベに尋ねる。


「シカラベ。

 その3人は戦力に数えて良いの?」


「2人はな。

 ただしその2人は残りの1人の護衛だと考えてくれ」


「分かったわ。

 シカラベはそのまま3人を先導して進んで。

 取りあえず19階まで戻って、以前と様子が同じならそこで一度休憩を取るわ」


「了解」


 シカラベがシオリ達に手で着いてこいと指示を出す。

 そしてシオリ達にそれが伝わったことを確認してから、今度は19階までの退路を確保するために先行して階段を降りていく。


 通路から出てきたシオリ達がそのまま広間を通って階段を降りていく。

 エレナが自分の前を通り過ぎていくメイド服、ハンターの少女、メイド服を見て困惑の表情を浮かべる。


 エレナが通り過ぎていくレイナ達の姿を見てつぶやく。


「……メイド服?

 いや、それよりもどこかで見たような……」


 エレナが記憶を探るが、シオリとカナエのメイド服の印象に邪魔をされて思い出せない。

 その内にサラとキャロルがエレナに合流する。

 サラがエレナに尋ねる。


「エレナ、さっきの人達は……」


 似たような困惑の色を見せるサラに、エレナが指揮官の表情で答える。


「シカラベが話していた救出対象者よ。

 アキラと合流したら私達もすぐに移動するわ。

 彼女達の内の2人は、残りの1人の護衛として戦力に数えて良いそうよ。

 シカラベを先行させたから階下を進む分には問題ないでしょう。

 私達はアキラと一緒にしんがりをやりつつ撤退するわ。

 30階の敵が追ってくる可能性があるからね」


 サラは戸惑いを含んだ微妙な表情でうなずいた。


 キャロルも戸惑いを見せながら尋ねる。


「見間違えでなければ、メイド服の女性が2人も見えたのだけど……」


「彼女達は戦力として換算できるから、私達が彼女達を積極的にまもる必要はない。

 それを把握した上で、撤退とは無関係な疑問は後回しにして」


「……わ、分かったわ」


 サラとキャロルが微妙な表情を浮かべている。

 エレナも気持ちは分かる。

 だが自分に聞かれても困るし、今はそれどころではないのだ。

 エレナは撤退の指揮を優先させてその手の疑問の解決を後回しにした。




 アキラが通路を走っている。

 通路の先にエレナ達の無事な姿を見て表情を緩める。


『エレナさん達の方は大したことはなかったみたいだな』


『シカラベ達は先に下に向かったようね。

 アキラ!

 もっと急いで走って!』


 アルファが急にアキラを急がせた。

 アキラは驚きながらも走る速度をあげる。


 アキラが急いで広間に入った途端、別の通路を塞いでいた残骸の山が派手な音とともに吹き飛んだ。

 そして巨大な機械系モンスターが通路から飛び出してきた。


 大型機はかなりの速度で強引に通路を塞いでいた残骸の山に激突したらしく、飛び散った残骸が周囲の天井、床、壁に勢いよく激突して轟音ごうおんを立て続ける。


 飛び散った残骸の一部が、かなり離れた場所にいるエレナ達のところまで飛んできた。

 エレナは驚きながらも飛んできた残骸から素早く身をかわした。

 サラとキャロルは飛んできた残骸に蹴りを入れて防いだ。


 大型機の幅と高さは、通路の幅と高さとほぼ一致するほどだ。

 全身が頑丈な装甲で包まれており、既に前部が10メートルほど通路から飛び出しているにもかかわらず、後方がまだ通路の中に隠れているために全体の長さは分からない。


 アキラは走りながら飛び散った残骸をかわしてエレナ達のところまで来ると、素早く身を翻して大型機へ向けてA4WM自動擲弾銃を構えて引き金を引く。

 銃口から無数の擲弾が飛び出して敵の側面に激突する。

 擲弾は敵の装甲に激突して僅かに変形した後、指向性を前方に向けて爆発した。


 大型機が衝撃で床を擦りながら押されていき、長い棒がしなるように変形していく。

 側面下部の装甲の一部が剥がれ落ちる。

 装甲が剥がれ落ちた部分から、先端にタイヤが付いている無数の機械の脚が見えた。


 アキラの攻撃で大型機は動きを停止したように見えた。

 しかしエレナがすぐに叫ぶ。


「走って!」


 アキラ達はすぐに階段へ向かって走り出し、そのまま階段を降りようとする。


 その直後、大型機の装甲の一部が開くと、そこから大量の銃口が現れる。

 死角の存在など許さないと言いたげに敷き詰められた銃口が、周囲の全てに向けて一斉に砲火を放つ。

 轟音ごうおんとともに大量の弾丸が嵐のように吹き荒れ、建物の床、壁、天井、床に転がっている瓦礫がれきや機械系モンスター達の残骸などに等しく襲いかかる。


 アキラ達は素早く階段を降りて、辛うじてその弾幕の嵐から逃れた。

 かなり際疾きわどい状況だった。




 アキラ達が先行しているシカラベ達との合流を急ぐ。

 30階より下の状況に変化はなく、追加の機体が再配置されているようなこともない。

 行きに敵の数を減らした上に、救出対象を探す手間もないので、安全にかなりの速度で進めていた。


 サラが走りながら不思議そうにエレナに尋ねる。


「エレナ。

 あんなデカいのがエレナの索敵に引っかからなかったの?」


 エレナが少し表情をゆがめて答える。


「……残念ながらそれらしい反応はなかったわ。

 ただでさえ情報収集機器の性能が低下しているのに、通路を塞ぐのに使った機械系モンスターの残骸が微弱な反応を残していて、それが探索妨害になっていたのかもしれないわね。

 御免なさい」


 責任を感じているようなエレナに、サラが笑って答える。


「気にしないで。

 エレナに気づけなかったのなら、それはもうどうしようもなかったのよ。

 別にエレナの所為じゃないわ。

 アキラもそう思うでしょう?」


 アキラがサラに同意して軽く笑って話す。


「俺もそう思います。

 気にしないでください」


 アキラがキャロルに視線を送る。

 キャロルはアキラの意図に気付いた上で思案する。


 キャロルはエレナの責任がどうこうという話とは無関係に、あれだけ巨大な機械系モンスターを発見できなかった原因を、もう少し詳しく知りたいと考えていた。


 また、キャロルはアキラが急に走る速度を上げたことにも気付いていた。

 もしアキラの行動と大型機の出現に関連があるのならば、アキラはエレナにも探知できなかった敵の存在に真っ先に気付いたことになる。

 しかし大型機が現れた時のアキラの驚きも演技とは思えない。


 疑問は尽きないが、問いただせる状況でもない。

 キャロルは内心の好奇心を抑えながら愛想良く話す。


「あれだけ大型なのにエレナの索敵に反応がなかったってことは、現在私達の情報収集機器に発生している何らかの機能低下に対応した、特別な迷彩機能持ちの機体の可能性もあるわ。

 あるいは、他の小型機を探知しやすい索敵設定だと、大型機を探知しにくいように設計されているのかもしれない。

 あの大型機を見つけるために索敵の設定を調整して小型機が見つけにくくなったら本末転倒よ。

 そこは割り切りの問題だと思うわ。

 全員無事にあの場を切り抜けられて良かったと思いましょう」


 キャロルはそう言ってアキラの反応を確認した。

 アキラは興味深そうにキャロルの話を聞きながら、同意するようにうなずいている。


 アキラから好感を得るために、エレナが大型機を発見できなかった理由を付けてエレナを擁護したのは正解だったようだ。

 やはりアキラは並のハンターなら知っていそうな知識が欠けており、そのような知識を求める傾向があるのだろう。

 キャロルはそう判断して何でもないような表情を浮かべながら、内心で笑みを浮かべた。


 エレナは長年の付き合いのある親友と最近知り合って仲良くなった少年の自分を気遣う言葉と、恐らく主に自分ではない誰かへ向けた自分でも納得できる理由を聞いて、気を取り直して軽く笑った。

 エレナが皆に少しうれしそうな口調で話す。


「ありがとう。

 ああいうのがいるってことも分かったし、次はもう少し上手うまくやるわ」


 サラは調子を取り戻したエレナを見て満足そうに微笑ほほえんだ後、素朴な疑問を口にする。


「それにしても、あの巨体でどうやってあの通路に入り込んだのかしらね。

 ああ見えて実はビルに備え付けられた警備装置だったりするのかしら」


 アキラが疑問の表情を浮かべながら話す。


「備え付けの機械のようには見えませんでしたけど……。

 でもあの大きさじゃ、通路を曲がるのも無理そうですね。

 キャロル、何か知らないか?

 セランタルビルについては詳しい方なんだろう?」


 キャロルも不思議そうな表情を浮かべながら答える。


「少なくとも、あの辺りにそれらしい警備装置が設置されていた記憶はないわね。

 でもあの大きさの物を後から運び込めるだけの空間もないし……、何であれがあそこに存在していたのかしら?」


 その問いに答えられる者はいなかった。

 アキラ達はその疑問を頭の片隅に置きながら先を急いだ。




 アキラ達は何事もなく19階に到着してシカラベ達と合流した。


 レイナとトガミが荒い呼吸を必死に整えている。

 アキラは比較的平然としている。

 それは体力の差というよりは、大量に服用して今も残留している回復薬の効果だ。

 しかしレイナとトガミはそのアキラを見ていろいろと誤解し、驚きと畏怖で微妙に表情をゆがめていた。


 エレナが皆に指示を出す。


「5分後に出発するわ。

 それまでに各自移動の準備を整えておいて」


 アキラが準備を始める。

 リュックサックから予備の弾薬を取り出して、1発でも撃った銃の弾倉を交換して装弾数を最大に戻す。

 体に装着している空になった予備の弾倉入れに新しい弾倉を詰めていく。

 小物入れにも消費した回復薬を詰め直していく。

 強化服のエネルギーパックも念のために取り替えておく。


 それらの作業を続けながらアキラが感慨深くつぶやく。


『……使ったなぁ』


 DVTSミニガンの拡張弾倉。

 CWH対物突撃銃の専用弾。

 A4WM自動擲弾銃の擲弾。

 回復薬。

 強化服のエネルギーパック。

 どれも高価な物ばかりだ。

 どれも消耗品で無駄遣いをした覚えはない。

 必要な経費であることに違いはない。


 しかしそれでも、その総額を概算して思い浮かべると、少し引きつった笑みが浮かび、め息が出るのだ。


 アルファが意地悪く笑いながらアキラに尋ねる。


『参考までに、今まで幾ら使ったか聞きたい?』


『聞きたくない!』


 アキラははっきり言い切った。

 経費を気にして攻撃の手を緩めれば、その分の支払いを自分の命で賄う可能性が増えるのだ。

 多額の経費に頭を抱えるのは、生きて帰ってからにすれば良い。

 アキラはそう考えている。


『……大丈夫だろう。

 黒字になるって。

 昨日もそれなりに稼いだはずだし、今やっている依頼もエレナさんとキャロルが報酬の交渉をしっかりしたって話だし、レイナ達の救出にも成功したからドランカム側からの報酬も見込めるはずだし、大丈夫だって』


 アキラは強く自分にそう言い聞かせた。

 総額がかつての宿代の何日分になるかなど考えてはいけない。

 シオリの誘いに乗って向かった高級店、そこで食べた非常に美味しい料理の代金の何回分になるかなど、決して考えてはいけない。

 アキラは強く強く自分に言い聞かせた。


 アルファが楽しそうに笑ってアキラに話す。


『そうね。

 多分大丈夫よ。

 私もそう思うわ。

 結構な黒字になると思うわ。

 だからアキラの今後の英気を養うためにも、その報酬を使ってシオリに誘われた時のお店にまた食事に行っても良いかもしれないわね』


『わざと言っているだろ!?』


 アキラは内心を表に出さないように必死に堪えていた。


 アルファが少し仏頂面になっていたアキラを楽しげに見ながら話す。


『あら、そんなつもりはないわ。

 これだけ苦労したのだから、それぐらいの御褒美があっても良いと思っただけよ。

 決して危険や報酬を考慮せずにエレナ達の誘いに乗ったアキラへの当て付けではないわ』


 微笑ほほえむアルファの隣で、アキラは僅かに表情をゆがめながら黙って作業を続けた。

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