第75話 再探索の成果

 アキラへの注意を終えたエレナが交渉人としての顔を出しながら話す。


「アキラが未調査の遺跡という貴重な情報を私達に教えてくれるのはすごうれしいけど、私達もハンターだしね。

 ただで教えてもらうのは気が引けるわ。

 それに後でシズカにも怒られそう。

 だから代わりに提案があるわ」


「提案ですか?」


「そう。

 私達と一緒にその遺跡を探索しない?

 収集した遺物は全部売却して、その代金から弾薬費を引いた上で山分けにする。

 欲しい遺物があった場合は自分で買い取って、分配する代金に加える。

 どう?」


 アキラが少し考えてから答える。


「俺は構いませんが、俺が足手まといになりませんか?」


 サラが笑いながら話す。


「大丈夫だって。

 クズスハラ街遺跡の地下街で私達がアキラと一緒に行動した時も問題はなかったしね。

 アキラが気にするようなことはないと思うわ」


 エレナも笑って話す。


「信頼できる戦力が増えることは間違いないから、仮にアキラが少しぐらい足手まといになったとしても、私達の迷惑になることはないわ。

 大丈夫よ」


 アキラが思案する。

 エレナ達はクズスハラ街遺跡の地下街にいた時のアキラの実力からそう判断しているだけだ。

 しかしその実力の大部分はアルファのサポートにるものだ。

 だが目的の遺跡ではそのアルファのサポートがなくなる可能性があるのだ。


 その場合、当然だが対外的なアキラの実力は明確に劇的に低下する。

 その所為でサラとエレナに大きな迷惑を掛けてしまわないか。

 アキラはそれが不安だった。


『アルファ。

 大丈夫だと思うか?』


『私としては、アキラが私のサポートを受けられない状態になった時に、信頼できる人間のサポートが受けられる可能性があるのは助かるわ。

 だから私は止めないわよ?

 良い訓練にもなるしね』


 アルファにはアキラを止める気はないようだ。

 アキラがエレナ達の足手まといになることは、アルファがアキラを止める理由にはならないのだろう。

 そしてアキラが急にアルファのサポートを失った場合の良い訓練になるかもしれないとも判断したようだ。


 アキラがエレナ達に頭を下げて答える。


「分かりました。

 俺からもお願いします」


 サラがとても楽しそうに笑って話す。


「決まりね。

 久しぶりの遺跡探索、しかもほぼ未調査の遺跡。

 楽しみだわ」


 エレナもどことなくうれしそうにアキラに尋ねる。


「いつ行くかはアキラの予定に合わせるわ。

 アキラの予定は?」


「俺はいつでも大丈夫です」


「そう?

 それなら明日にしましょう。

 私達は少し準備が必要だからね。

 その準備は夜の内に済ませるとして、この後はアキラからその遺跡の情報を聞いたり、遺物売却の基礎知識を話したりしましょうか」


 その後、アキラはエレナ達と遺跡の情報や明日の予定、遺物売却の方法などについて話した。


 アキラがサラの挑発的とも言える格好に慣れ始めた頃、アキラはようやくエレナの格好にも意識を向け始めた。


 サラは白いシャツを着ている。

 エレナは黒を基調とした服を着ている。

 同じソファーに並んで座っているエレナとサラの格好はいろいろと対照的だ。


 エレナは知的さを感じさせる上品で落ち着いた色合いの服を着ていた。

 どことなくお嬢様風でもある。

 エレナのスカートは足首近くまで届いており、そもそもスカートを穿いていないサラが横にいるため非常に長く見える。

 胸の谷間の肌が露出しているサラの胸元に比べ、エレナは首元近くまでしっかり胸元を閉じている。


 アキラはエレナとサラの格好を無意識に見比べている。

 そのことにサラもエレナも気が付いた。

 それ自体はサラもエレナも別に不快ではない。

 二人ともアキラに見られて不愉快になる格好はしていないからだ。


 しかし見比べられると自分の格好に対するアキラの評価が少々気になる。

 だが二人ともその評価を直接アキラに聞くのは少々気恥ずかしい。

 サラとエレナは比較対象である相手の格好を今一度見た上で、自分の格好を再確認する。


 エレナの格好を基準にすると、サラの格好は開放的すぎる。

 食い入るように見られているわけではないが、時折アキラの視線がサラの魅力的な胸元などにそそがれている。

 その原因が自分の格好にあることもサラは理解している。


 アキラが普通にしていればサラも気にならない。

 しかしアキラがサラの体の特定の場所に視線を向けないように努力した上で失敗している様子を見るたびに、サラは少しずつ恥ずかしさを感じ始めていた。

 しかし適当な理由を付けて着替えに行くのもサラにははばかりがあるのだ。

 特にエレナは後でサラに確実にいろいろと言ってくるだろう。


 サラの格好を基準にすると、エレナの格好は硬すぎる。

 異性の客が家にいることを踏まえて、エレナが布地の多い服を選んだことは確かだ。

 客がいないのならば、エレナはサラ以上にだらしない格好のことも多い。

 エレナは風呂上がりにバスタオルを巻いただけの、あるいは両肩に掛けただけの格好で情報端末を操作していることもある。

 そのような自分の感覚も考慮に入れて、多少相手との意識にずれが有ったとしても見苦しい格好にならないように、エレナはしっかり肌を隠す服を選んでいた。


 しかしサラの格好と比較すると、エレナは自分の格好が意識過剰なもののようにも思えてくる。

 そしてアキラの視線がサラの方ばかりに向かうのも、エレナは何となく面白くない。

 分かりやすい魅力を持つサラの体格と格好の所為であることはエレナも理解しているが、エレナもひそかに自分の体には自信が有る方だった。


 しかしアキラの視線誘導のために、適当な理由を付けて胸元を開け、脚を出すわけにもいかない。

 特にサラは後でエレナに確実にいろいろ言ってくるだろう。


 明日の格好はもう少し考えて決めよう。

 エレナとサラは、その方向性は逆だが同じ結論を出した。

 そして二人ともその内心をアキラに気付かれないように注意しながらアキラと話し続けた。


 アキラは微妙に態度を変えた二人を見て少し首をかしげたが、流石さすがにその理由までは分からなかった。




 翌朝、アキラはエレナ達との合流地点を目指して車を走らせていた。

 合流地点は目的の旧世界の遺跡とクガマヤマ都市の中間辺りの荒野だ。


 アキラは遺跡や都市の近くで合流しても良いのではないかと考えたが、エレナの指示に従うことにした。

 エレナの説明では目的地がほぼ未調査の遺跡であることを考慮して、他のハンターに見つからないように少々慎重に進むらしい。


 アキラは合流予定時刻の少し前に合流地点に到着した。

 エレナ達はまだ到着していない。


 アルファは車の助手席で相変わらず荒野には似つかわしくない格好をしている。

 そのアルファが少し真剣な表情でアキラに話す。


『アキラ。

 今のうちにもう一度確認しておくけれど、大丈夫よね?』


『ああ。

 今日はアルファのサポート無しでやってみるんだろ?

 大丈夫だ』


 最近のアキラはアルファのサポートをあって当然のようなものに感じてしまっているところがある。

 そのアキラが急にアルファのサポートを失った場合、平静さを保って行動することができるのか。

 アルファはその点に疑問を抱き、アキラがアルファのサポート無しでも冷静に行動できるように、訓練することにした。


 一度訪れたことはあるが、未調査の部分がたくさん残っているために十分な警戒が必要な遺跡を、信頼できるハンターのサポートを受けながら探索できる。

 その訓練にはちょうど良い条件がそろっている。


 アキラも全く不安がないとは言えない。

 だが勇気と覚悟はアキラの担当だ。

 アキラは不安を表情には出さずしっかりとアルファに答える。


『自分の実力を見直す良い機会だ。

 やってくれ』


『分かったわ。

 始めましょう。

 頑張ってね』


 アルファはそう答えてアキラに向けて優しく微笑ほほえんだ。

 次の瞬間、アキラの視界からアルファの姿が消えた。

 同時にアキラが着用している強化服の動きが僅かに鈍くなる。

 アルファのサポートがなくなったのだ。


 アキラは額に掛けていたゴーグルをしっかりと着用する。

 ゴーグルはアキラが装備しているERPS総合情報収集機器統合型強化服パワードサイレンスの付属品で、取得情報表示用の表示装置でもある。

 簡単な望遠機能も付いており、任意の場所を注視するとその場所を拡大した上で周辺の情報収集精度を向上させることもできる。

 更に情報端末とも連携可能で、視線入力装置を使用することである程度の操作が可能になっている。


 いろいろと便利なゴーグルだが、アルファの視界拡張によるサポートに比べれば格段に劣る。

 アキラは早速アルファのサポートの恩恵を再確認していた。


 アキラが視線入力で情報端末を操作していると、こちらに近付いてくる移動体の反応がゴーグルに表示される。

 アキラがその方角を見て対象を注視すると、拡大された映像にこちらへ近付いてくる車の姿が映った。

 エレナ達だ。


 アキラがエレナ達に手を振ると、助手席に座っているサラが手を振って応えてくれた。


『時間ぴったりだ。

 モンスターとの遭遇とかあれば相当遅れても不思議はないのに、よく予定時刻ちょうどに到着できるな。

 ああいうのもハンターの実力のうちか。

 アルファはどう思う?』


 そうアルファに問いかけるが返事は返ってこない。

 それでアキラは訓練中であることを思いだした。


「……そうだった。

 あー、もー」


 不意に湧いた寂しさを、アキラは適当に誤魔化ごまかした。




 エレナ達と合流したアキラは先導するエレナ達の後ろに続いて目的地の遺跡へ進んでいく。


 アキラ達は単純に目的地を目指すのではなく、少々遠回りのルートで目的の遺跡に向かっている。

 一度遺跡とは別方向の荒野を進み、途中で反転して進行方向に都市が存在するルートで遺跡を目指す。

 移動ルートから遺跡の場所を推察されにくいようにするためだ。

 以前ほぼ直線のルートで遺跡に向かってそのまま都市に戻ってきたアキラは少々迂闊うかつだったと言える。


 助手席に座っているサラが、運転席のエレナの格好を見て話す。


「ねえ、エレナ」


「何?」


「その防護服、エレナは嫌ってなかった?」


 エレナが着ている防護服は身体に密着する種類のものだ。

 そのためエレナのスレンダーな体の線が、以前の服よりも強く表れている。

 そして男性の視線を集めやすい身体の部位が、装備品の固定用のベルトで少々強調されている。

 サラほど豊満ではないが、平均程度にはあるエレナも胸も大きめに見えている。


 エレナが平静を装って応える。


「……別に嫌ってはいないわ。

 防護服の素材の柔軟性や伸縮性の問題で動きにくく疲労も大きかったから、余り着ていなかっただけよ。

 その問題は下に強化服を着用すれば身体能力強化で解決できるから、また着始めただけよ。

 防御力はこっちの方が高いしね。

 ほぼ未調査の旧世界の遺跡を探索するんだから、ちょっと用心しているだけよ」


「そう」


「ええ」


 エレナとサラの間にしばし沈黙が流れた。


 エレナがサラの格好を見て尋ねる。


「ねえ、サラ」


「何?」


「サラが下に着ているシャツ、防護服との相性が悪いんじゃなかったの?」


 サラは防護服の下にシャツを着ている。

 旧世界の遺物ではないが、女性ハンター向けの比較的頑丈な素材のもので、それなりに値の張るものだ。

 しかしサラの防護服と相性が悪くすぐに傷んでしまうもののはずだ。

 そのため最近のサラは開き直ってシャツを着けないか、胸元のファスナーを大きく開けてシャツの損傷の程度を下げていた。

 しかし今日のサラはしっかりファスナーを閉じている。

 シャツはすぐに駄目になるだろう。


「……相性が悪くて駄目になるなら、残しておいても無駄だと考え直しただけよ。

 遺跡探索を再開したから、女性向けの頑丈なインナーの遺物が見つかる可能性もあるしね」


「そう」


「ええ」


 エレナとサラの間にしばし沈黙が流れた。


 昨日より肌の露出を下げた格好のサラと、昨日より体の線が強く出る格好のエレナは、そのまま黙って目的の遺跡を目指した。




 アキラ達が目的の遺跡に到着した。

 入り口に近い瓦礫がれきの陰に車をめると、モンスターなどに発見されないように、車に迷彩シートをかぶせて偽装を済ませる。

 そして装備を整えて地下に降りる階段の前に立った。


 エレナとサラが地下に続く階段の奥を興味深そうにのぞき込む。

 サラは期待に満ちた目で階段の奥をのぞいており、少し浮かれ気味だ。

 エレナは周辺の景色を合わせて確認している。


 エレナが昨日アキラから聞いた遺跡の説明を思い出しながら思案する。


(アキラはどうやってこの遺跡を見つけたのかしら?

 本当にただの偶然?)


 目の前にある遺跡の入り口が地形的に見つかりにくいことは確かだ。

 しかしこの程度なら遺跡を探して荒野を探索するハンターが先に発見しそうである。


 では最近階段の奥からモンスターがい出てきて、その過程で入り口が開いたのか。

 それならば周辺にそのモンスターが徘徊はいかいしているはずである。


 アキラの説明によると、遺跡の地上部及びアキラの探索範囲にモンスターの姿はないとのことだ。

 エレナ自身も地上部分にモンスターの姿がないことは確認した。

 階段やその周辺に中からモンスターがい出てきた痕跡がないことも確認した。


 エレナは仮定する。

 遺跡の入り口は本来非常に発見が困難な状態だった、目印のない状態で瓦礫がれきに埋没していた状態だったとする。

 それをアキラが明確な情報や手段を用いて発見したとする。

 それは熟練のハンターや企業ですら持ち合わせない情報や手段であり、並大抵のありふれたものではない。

 しかしエレナにはその手段に心当たりがあった。


(アキラは恐らく旧領域接続者。

 その技術で旧世界のネットワークから遺跡の情報を取得できるとしたら?)


 その仮定が正しければ、アキラは貴重きわまる情報を大量に保持していることになる。

 だからこそ大企業が貴重な人財として旧領域接続者を確保しようとするのだ。

 時には本人の意思や人格を無視してまで。

 それはエレナにその仮定をより強く肯定させた。


 エレナが横目でアキラを見る。

 アキラはサラの隣で階段の奥を見ていた。


(仮に、私達がアキラを……)


 エレナの中の感情的な部分が、今すぐにその思考を中断し中止しろと叫んでいる。

 しかし理性的で冷徹な部分が構わず思考を続けて深めていく。


 仮にエレナ達がアキラを誘惑し、籠絡し、旧領域接続者の力を得ることができれば、どれだけの富を得られるだろうか。

 東部に点在する未発見の遺跡の位置情報だけでも、企業相手に売り払えば大金になるだろう。

 旧世界の遺物が山ほど眠っている巨大な倉庫の遺跡。

 その遺物を作成可能にする旧世界の工場や研究施設。

 それらを手に入れて売却すれば、都市の一つ二つ軽く買えるほどの莫大ばくだいな金が手に入るだろう。


 幸いにしてアキラのエレナ達への信頼は高いように見える。

 昨日のアキラを誘っていると思われても不思議はないサラの格好を見たアキラの反応を考えてもいろいろ方法はあるだろう。

 アキラはまだ年齢も経験もハンターとしても若くいろいろつたない所もある。

 エレナ達に都合の良い知識をアキラに与えて言い包め、色香を含めた手段で丸め込めば、上手うまく行く可能性は高いのではないか。

 エレナが思案を深めていく。


 エレナも聖人君子ではない。

 人並みに欲はある。

 その欲がエレナに仮定の手段の精査を始めさせる。


「エレナ。

 どうかしたの?」


 思考を深めていたエレナがサラの声で我に返った。

 アキラとサラが少し心配そうにエレナを見ている。


 エレナは気を取り直して微笑ほほえむ。


「何でもないわ。

 ちょっといろいろ考えていただけ。

 久しぶりの遺跡探索で、しかもほぼ未調査の遺跡だからね。

 少し緊張していたのかも。

 大丈夫よ」


(命の恩人であり貴重な情報を教えてくれる人物。

 その人物からの信頼を、私から裏切ってどうするのよ。

 それ以前に私がアキラをそんなふうに扱えば、サラにぶっ飛ばされるか)


 エレナは軽く自嘲し、脳裏に過ぎった下らない考えを捨て去った。




 アキラ達は階段を降りて遺跡の奥へ進んでいく。

 サラが前方の警戒を、アキラが後方の警戒を、エレナが全体の警戒を担当している。


 エレナ達は照明で通路をしっかりと照らしている。

 闇の中の強い光はモンスター達にエレナ達の居場所を教えてしまう。

 しかし地下の闇を住みとするモンスターは、そもそも単純な視覚以外でも相手を認識することが多いため、エレナの判断で構わずに照明を点けることにした。


 エレナ達が照明を点けるのは、同じ遺跡にいるかもしれない他のハンター達に自分達の存在を知らせるためでもある。

 ハンター同士で相手をモンスターと誤認しないためだ。

 そして敵の可能性が高い人間を見分けるためでもある。

 こちらが照明を付けて存在をあらわにしているのに、相手側がそうしないのであれば、自分達を奇襲しようとしている敵性の存在と判断されても仕方がない。


 勿論もちろん、ある程度はハンターの好みの問題だ。

 誰が敵かも分からない旧世界の遺跡の中で、他のハンターに見つかりたくない者もいる。

 見つかって襲われる危険性と、敵と誤解される危険性のどちらをとるかというだけの話だ。


 アキラ達はかなり速い足並みで遺跡を進んでいる。

 通路は比較的見通しが良く、モンスターの気配もないからだ。


 アキラの前方には、アキラの少し先を歩いているエレナの後ろ姿がある。


 エレナは数多くの情報収集機器を固定用のベルトで身体を締め付けるようにして装備している。

 装備している情報収集機器の配置の都合や、着用している防護服の素材の性質などにより、エレナの身体の魅力的な部位の形が強調されており非常に魅力的だ。


 もっとも今のアキラには、その蠱惑こわく的ですらあるエレナの後ろ姿を堪能する暇も余裕もない。

 アルファのサポートがない状態なので、周辺の警戒を続けるのに手一杯だからだ。


 アキラはゴーグルに表示されている周辺の索敵結果を常に確認し、何度も振り返っては目視で背後を確認している。

 銃を構えて照準器越しの映像を確認もしている。


 その少々余裕のないアキラの様子を見て、エレナが優しくアキラに話す。


「アキラ。

 そんなに緊張しているといろいろ持たないわよ?

 少し落ち着きなさい。

 周囲の確認は私もちゃんとやっているから、もう少し気を抜きなさい」


「は、はい。

 すみません」


 アキラは気を落ち着かせるために深呼吸をしてエレナの後に続いた。


 エレナはアキラの様子を見て少しいぶかしむ。


(クズスハラ街遺跡の地下街にいた時より緊張しているわね。

 未調査の遺跡を探索しているわけだから、過剰気味に警戒するのは仕方がない面もあるにはあるけど……)


 それでもエレナが想定しているアキラの実力から考えると、アキラの態度は少し畏縮気味である。


(……まあ、アキラのとしやハンター歴から考えれば当然か。

 あの時はシカラベもいたし、急いで帰れば他のハンター達とも合流できる状況だったわ。

 あの時より緊張していても不思議はないか。

 私達でフォローすれば良いだけね)


 エレナはそう思い直し、それ以上は気にせずに遺跡の探索を続けた。


 アキラ達は何事もなく前回アキラが引き返した広間までたどり着いた。

 サラが広間の商店の跡を見て目を輝かせる。


「いろいろありそうな良い商店跡ね。

 これで遺物もたっぷりなら申し分ないわ」


 アキラが少々言いづらそうにサラに告げる。


「あー、そこは俺が前に粗方持ち出したんで、もうないかと」


 しかしサラは別段表情を変えることなく話す。


「そうなの?

 まあ良いわ。

 エレナ、見張りよろしく。

 アキラ、手伝って」


 サラが商店跡の中に入っていく。

 エレナは商店の入り口に立ち周囲の警戒を続ける。

 アキラはサラの後に続いた。


 サラはアキラと一緒に店内を見て回る。

 既にアキラが捜索済みなので、店内にある商品棚にはろくな物が残っていない。

 少なくともアキラにはそう見えた。


 サラと一緒に一通り店内を調べ終えた後でアキラが話す。


ろくな遺物がありませんし、もう戻りますか?」


「何言ってるのよ。

 高値になりそうなものは全部持ち帰るわよ?」


 サラが微笑ほほえんでそう答えた。

 アキラが不思議そうな顔をする。


「何を持ち帰るんですか?」


「あれよ」


 サラが持ち帰る品を指差す。

 アキラがその方向を見ると、陳列棚の上に腐敗を通り越して乾燥してちりになりかけている食料品らしき物があった。

 アキラの表情がますます困惑の色を深めたものになった。




 アキラ達は台車に乗せた遺物を運びながら通路を戻っていた。

 折りたたみ式の台車の上には、食料品だったちりを乗せていた陳列棚が乗っている。

 サラと一緒にその棚を店内から運び出したのだ。


 台車の車輪の音が通路に響いていく。


 アキラが台車を押しながら、運んでいる棚を見る。


「……確かにこの棚も旧世界の遺物か」


 アキラのつぶやきを聞いたサラが話す。


「旧世界の遺跡にあるものは、基本的に全て旧世界の遺物よ?

 それこそ崩れた壁の破片だってね。

 一般的に考えられている遺物との違いは、持って帰れば高値になるかどうか。

 それだけよ」


「この棚も高値になるんですか?」


 サラが得意げに答える。


「その可能性はあるわ。

 少なくとも私達が持って帰ろうと思う程度にはね」


 サラの言葉を疑っているわけではないが、その根拠については納得が足りていない。

 そういう表情のアキラを見て、エレナがサラの説明を補足する。


「旧世界の店舗の商品棚、特に食料品用の棚には高度な品質保持機能が付いている場合があるの。

 その場合はかなりの高値で売れることがあるのよ」


「品質保持機能ですか。

 でも食べ物っぽい物はちりになっていましたし、壊れていると思いますけど……」


「単純に動力源がないだけで、装置としては故障していないかもしれないし、簡単な修理できる程度の故障かもしれないわ。

 完璧に壊れていたとしても、研究材料として売れることもあるのよ」


「ああ、なるほど」


「問題はその類いの機能がある遺物かどうやって判別するかだけど、こればっかりはハンターとしての経験と勘になるわ。

 普通の箱にしか見えなくても、すごい品質保持機能がある場合だってあるのよ。

 箱詰めの遺物を見つけたら、箱ごと持ち帰るのをお勧めするわ」


 エレナの説明を聞いてアキラも納得した。

 それがアキラの表情にも表れる。

 エレナはそれを見て少し得意げに笑った。


 その後アキラ達は何の問題もなく遺跡探索を終える。

 アキラ達は車と商店の跡を往復し、商店の備品を運び出す。

 エレナ達の車に折り畳んで詰め込んでいた荷台を降ろす。

 組立式の荷台で、車両で牽引けんいんできる種類のものだ。

 その荷台に運び出した遺物を積み込む。

 そして荷台をエレナ達の車で牽引けんいんして遺跡を離れて都市に戻る。


 アキラ達は都市への帰り道の途中で、行きと同じように二手に分かれて都市に戻ることになった。


 アキラが情報端末を介してエレナ達と遺物の換金方法の相談をしている。

 情報端末越しにエレナがアキラに確認をとる。


「本当に遺物の売却方法は私に一任しても良いの?

 場合によっては換金まで1ヶ月ぐらいかかるのよ?」


「構いません。

 すぐに金が必要な状況でもないですし、待った分だけエレナさん達が高値で売ってくれそうですしね」


「ふふっ。

 分かったわ。

 遺物売却の手段についてアキラに教授した面目もあるし、期待して待ってなさい」


 エレナの不敵な笑い声が情報端末越しに聞こえる。

 続けてサラの声がする。


「高値になりそうな遺物も手に入ったし、モンスターもいなかったし、良い遺跡だったわ。

 良かったらまた一緒に探索しない?」


「良いですよ。

 次はいつにしますか?」


「そうね。

 私達にも予定があるし、早くても来週以降ってことで。

 後で連絡するわ。

 じゃあね」


 サラ達との通話が切れた。

 アキラは軽く息を吐いてから、助手席を見ながら話す。


「アルファ」


『何?』


 アルファの返事と同時に、助手席に座っているアルファの姿が現れる。

 アルファの姿を見たアキラの表情が若干強張こわばる。

 それは事態を予想していたアキラが、意識して表情を変えないように強めに表情筋に力を入れたからだ。


 アキラはアルファに何かを言おうとして、口を閉じた。


 アキラの微妙な心理状態に気付いたアルファが、意味ありげにニヤニヤしながらアキラに話す。


『寂しかった?』


「……そうだよ!」


 アルファに嘘を吐きたくはなかったので、アキラは勢いで誤魔化ごまかすように強めに答えた。

 それを見たアルファが笑みを深めている。


 機嫌良く笑っているアルファの姿を横目で見ながら、アキラは少しむすっとした表情で、車の速度を大きく上げて都市に戻った。




 都市に戻るため荒野を駆けているアキラの姿を、遠距離から観察している者達がいた。


「行ったか?」


「ああ。

 もう大丈夫だろう」


「良し。

 あいつらの車輪の跡を見つけて逆走するぞ」


 男はアキラを観察するのに使用していた望遠鏡を担ぐ。

 かなり大きな望遠鏡だ。


「そんなデカいやつを使わないといけないほど、あいつらと距離をとる必要はなかったんじゃないか?」


「馬鹿言え。

 相手もハンターだ。

 未調査の遺跡の場所を探られていたことが知られたら、俺達を殺しに来てもおかしくねえ。

 度が過ぎるぐらい慎重なぐらいでちょうど良いんだよ」


「おかげであいつらの車輪の跡を見つけるのも大変なぐらい離れる羽目になったけどな。

 第一、あいつらは本当に未調査の遺跡を見つけたのか?

 根拠はお前の勘なんだろ?」


 もう一人の男がいぶかしむ。

 相手の男が五月蝿うるさそうな表情で言い返す。


「理由は教えただろうが。

 あの時すれ違った方向の先に名の知れた遺跡はない。

 だから新しく発見された遺跡から戻る途中の可能性があるって」


 彼らはハンターである。

 そしてアキラが前回の遺跡探索ですれ違った者達だ。

 彼らはアキラの移動方向や、すれ違った時の相手の距離の取り方、そこから判断した相手の慎重さなどから、アキラが未調査の遺跡から都市に戻る途中だと感づいたのだ。


 勿論もちろん、その判断材料の根拠は薄い。

 ただの勘と呼ばれてもおかしくはない。

 その時の男の勘が幸運なほどに鋭く、そしてその程度の痕跡から遺跡のことを知られてしまったアキラが不運だったというだけだ。


「今回はあの時とルートが違うじゃねえか」


「前回とルートをわざわざ変えたのなら、それだけ行き先を知られたくないってことだろう?」


「なら前回も変えてたんじゃないか?」


「一々ごちゃごちゃうるせえやつだな!

 ああそうだよ!

 俺の勘だよ!

 気に入らねえなら帰れや!」


 男が一気に不機嫌になった。

 相手の男がなだめるように話す。


「そう怒るなよ。

 お前の勘を信じているからこうやって付き合ってるんだろう?

 悪かったって」


 男はへらへら笑いながら、機嫌を損ねて無言で近場にめてある車に向かっている相方の後に続いた。


「何せ、本当に未調査の遺跡があれば一攫千金いっかくせんきんだ。

 当分遊んで暮らせるどころか、防壁の内側に家だって買える。

 可能性をあげる類いの話題が欲しかっただけだよ。

 怒るなって」


「……ふん。

 行くぞ」


 その後彼らは、他の場所を見張っていた仲間と合流した。

 彼らは持ち寄った情報収集機器を活用してアキラ達の車輪の跡を発見し、車輪の跡を逆走したり旧世界の遺跡が存在しそうな場所を予想したりして、アキラが見つけた遺跡のある瓦礫がれき地帯に到着した。


 エレナも移動の跡が分かりにくいように注意を払っていた。

 それでも彼らが遺跡のある瓦礫がれき地帯に到着できたのは、僅かな痕跡も逃さなかった彼らの実力というより運である。

 通常の確率であれば、彼らはそこにたどり着くことはできなかっただろう。


 その運の偏りが、幸運なのか不運かは、まだ確定していない。

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