第76話 シェリル達の遺跡探索

 シェリルが自室で仕事をしていると、情報端末に通話要求が届いた。


 その通知音を耳にした瞬間、シェリルは素晴らしい速度で情報端末へ手を伸ばし、情報端末を素早く操作して、相手を可能な限り待たせないようにして返事をする。


「シェリルです」


「アキラだ。

 今大丈夫か?」


勿論もちろんです。

 早朝でも深夜でも気にせずにお気軽に連絡してください」


 シェリルが微笑ほほえんで機嫌良くそう答えると、アキラが少し引き気味の声を返す。


「そ、そうか」


「はい。

 遠慮なくお願いします。

 それで、どのような御用件でしょうか?」


 何となく声を聞きたかったから。

 そのような理由だったならば飛び上がるほどうれしいのだが、シェリルもそれはないと知っている。

 淡い期待にすぎない。

 そしてシェリルの予想通りそのような理由ではなかった。


「えっとだな、俺がシェリル達を護衛してヒガラカ住宅街遺跡まで行くって言ったら、行きたいか?」


 シェリルは少々唐突なアキラの話を頭の中で整理をする。

 話の内容を裏読みし、アキラの意図を深読みし、どう答えるべきかを思案する。

 これが命令や要求ならばシェリルに、はい、以外の返事はない。

 しかしそうではなさそうだ。


「即答する必要がないのでしたら、詳しい話を伺っても良いでしょうか?」


「詳しい話って言っても、さっき話した通りなんだが……。

 ああ、別に断っても良いぞ。

 そっちが気乗りしないのなら無理に押しつける気は全くない。

 俺が護衛するって言っても、行き先は荒野だからな。

 確かに危険な場所だ。

 別に嫌がらせで言っているわけではなくて……」


「いえ、そういうことではなく……」


 シェリルはアキラにいろいろと質問して内容の把握に努めた。

 アキラの話をまとめると、ヒガラカ住宅街遺跡の探索の誘いだ。


 アキラがシェリル達をヒガラカ住宅街遺跡まで護衛を兼ねて送るので、そこで旧世界の遺物でも集めてみないかという話だ。

 移動手段はアキラの車になる。

 遺物運搬用の台車を牽引けんいんするので、そこに乗れる人数ぐらいなら大丈夫だという。


 ヒガラカ住宅街遺跡にはもう大した遺物など残っていないが、それはそこまで行けるハンターの基準での話だ。

 シェリル達の基準では十分価値のある遺物がまだまだ残っている。

 それを持ち帰ればシェリル達には十分な利益になる。


 疑問は残るものの、シェリル達に大きな利益のある話だ。

 シェリルはアキラの提案を受けることにする。


「分かりました。

 そういうことでしたら、御迷惑でなければ是非お願いします」


 アキラの少し意外そうな声が返ってくる。


「良いのか? 俺が護衛するって言っても荒野だぞ? 危ないぞ?」


「その危険を冒すだけの利益がある話だと判断しました。

 折角せっかくの誘いでもありますし、私達もお金が必要ですから。

 収入を得る機会を見す見す逃す訳にはいきません」


「……そうか。

 そうだな。

 分かった」


 シェリルはアキラの声色の微妙な変化に気付いた。

 シェリル達にも金が要る。

 だから危険を承知で荒野に行く。

 その手の理由ではない何かがそこにあったが、それについて尋ねるのは止めた。


 シェリルはアキラと具体的な出発日時や人数などを決め終えると、機嫌良く礼を言う。


「……では、そういうことでお願いします。

 こんな良い話を持ちかけていただいて、本当にありがとう御座いました」


「話を持ちかけたのはこっちだ。

 別に気にしないでくれ。

 じゃあな」


「はい。

 ではまた」


 アキラとの通話が切れる。

 すると機嫌良く愛想良く話していたシェリルの表情が少し真剣なものに変わる。

 棚上げしていた疑問を再度自身に問うが、納得できる回答は得られなかった。


(アキラはどうしてこんな話を持ちかけてきたの? 私達がこの話を受けてアキラにどんな利益があるの? 分からないわ……)


 シェリルが頭の中でどう試算してもアキラは大赤字になる。

 護衛料も取らずにシェリル達を護衛する時点で赤字だ。

 1000万オーラムを平然と支払うハンターを一日拘束するだけでも、シェリル達の身の丈に合わない額の金が必要なはずだ。

 荒野での活動になれていないスラム街の子供を何人も連れて遺跡へ出かけて、その彼らを護衛する依頼料となれば更なる大金が必要なはずだ。


 既にヒガラカ住宅街遺跡はアキラが旧世界の遺物を探しに行く場所ではないはずだ。

 アキラの実力では遺物の価格が安すぎて割に合わない場所のはずだ。

 シェリル達が可能な限り遺物を持ち帰ったとしても、その売却金を全てアキラに差し出しても、アキラを雇う料金には大幅に足りないはずだ。


(……何らかの訓練? あるいは予行演習? 例えば、アキラが荒野で何らかの人手を必要とする場合に、私達がどの程度使えるかどうか見極めようとしている? でも、もしそうなら、それを説明すれば良いだけよね……。

 やっぱり分からないわ)


 シェリルはその後もしばらく自分なりに考えてみたが、納得できる理由を思いつくことはできなかった。

 その理由をアキラに尋ねることはしなかった。

 アキラとの会話の中で、アキラがその理由を何となくぼやかそうとしたことに気付いたからだ。


 聞くな、とはっきり言われたわけではないが、シェリルが躊躇ためらうのには十分だった。


 分からないものは分からない。

 だがシェリル達に有益な話であることは確かだ。

 ならばその中で最大限の利益を得る努力をしなければならない。


 シェリルは全ての疑問を棚上げして、遺物収集の人員の調整に思考を切り替えた。




 シェリル達がヒガラカ住宅街遺跡へ遺物収集に向かう日となった。

 シェリル達はスラム街と荒野の境目の辺り待ち合わせの場所でアキラを待っていた。


 待ち合わせの時間まではあと少しだ。

 今回の遺物収集要員となった者達は様々な思いを巡らせていた。


 シェリルは上機嫌で微笑ほほえみながら今後の計画を練っている。


(収集した遺物はどうするべきかしら。

 買取り先を探す? 露店を出して自分達で売る? カツラギさんが買い取るような遺物が手に入るとは思えないから、何らかの換金手段が必要になるのよね。

 仮に運良く高値の遺物が見つかったとしても、流石さすがにそれはアキラに渡さないといけないし、安値の遺物を上手うまく金に換える手段を考えておかないと……)


 シェリルの思考は遺跡探索を終えた後の内容が大半だ。

 危険な荒野に、旧世界の遺跡に出かけることに関しては特に心配していない。

 行き先が荒野であっても、アキラと一緒に出かけられることをうれしく思っているからだ。


 そのシェリルとは対照的に、エリオの表情はやや緊張気味で少し不安のにじんだものだ。


(俺が遺物収集に派遣されるのは、俺がこの前シェリルの裸を見たからじゃないよな? 違うよな? 俺に死んでほしいわけじゃないよな? 違っていてくれよ!?)


 エリオはシェリル側が出す戦力として一応武装している。

 しかしその装備品はカツラギから買った安価な突撃銃ぐらいだ。

 残弾数も少ない。

 モンスターとの交戦を前提とした武装とは少々呼びにくい内容だ。


 エリオは以前クズスハラ街遺跡で死にかけた。

 そのため荒野に出ることに対して抵抗があった。

 しかし徒党のボスであるシェリルの指示には逆らえない。

 恋人のアリシアとの生活のためにも、シェリルに逆らって徒党から追い出されるわけにはいかない。


 アキラがシェリル達の護衛をしてくれると言っても、エリオのことをどこまで真面目にまもってくれるのか。

 少なくともシェリルより優先順位が低いことは間違いない。

 何かあれば自力で何とかしなければならない。

 しかしエリオが自力で何とかしなければならない状況など、既に詰んでいるようなものだ。


 エリオの不安は晴れなかった。

 恋人のアリシアのためにも生きて帰ると誓って奮起を促し、アキラの実力なら大丈夫だと楽観的なことを考えて、危険な荒野に出る不安を紛らわしていた。


 ナーシャは他の者達の様子をうかがっていた。

 シェリル達の中で余裕を保っているのはシェリルぐらいで、他の者達は程度の差はあれど不安を表に出していた。

 シェリルを除けば、この遺物収集要員に好き好んで志願した者などいないのだ。


(新入りだからいろいろ押しつけられるのは仕方ないとはいえ、旧世界の遺跡へ遺物収集に駆り出されるとはね。

 でもボスや幹部まで駆り出されるってどういうことなの? 分からないわ。

 もっと徒党の内情を把握しないと。

 アルナと連絡を取るのはその後ね……)


 シェリルの徒党はいろいろと異質なところがある。

 それでもアルナにとってはすがるに足る希望なのだ。

 ナーシャがアルナを徒党に引き入れやすくするためにも、ボスであるシェリルの心証は良くしておかなければならない。

 ナーシャは気を引き締めた。


 アキラが集合予定時刻の少し前に車に乗って現れた。

 シェリル達は挨拶もそこそこに、ヒガラカ住宅街遺跡へ出発した。




 車は牽引けんいん式の荷台を引いている。

 アキラは運転席に、シェリルは助手席に、他の者達は荷台に乗り込んでいる。


 車の後部座席がいているが、そこには誰も乗っていない。

 後部座席に誰かいると、アキラが車の後部に設置しているCWH対物突撃銃とDVTSミニガンを使用する時に邪魔になるからだ。

 座ろうとした者がいたが、アキラが荷台に追い返した。


 牽引けんいん式の荷台は、アキラがエレナ達と一緒に遺跡探索をした時の経験から購入したものだ。

 アキラは今後大きめの遺物を持ち運ぶ期待を込めて、大きめの荷台を購入していた。

 そのため荷台はエリオ達全員が乗っても余裕があった。

 しかし乗り心地が良いとは言えない。


 ナーシャの隣に座っているセブラという少年が愚痴をこぼしている。


「ボス以外は車に乗せてくれないのかよ。

 俺らは荷台で十分だってか? くそっ。

 調子に乗りやがって。

 ちょっと前までは、俺らと大して変わらなかったくせによ」


 アキラは後部座席に誰も座らせない理由まで一々説明して指示を出したわけではない。

 そのためセブラはアキラの指示を、座らせる位置で身の程を分からせる傲慢なものだと勝手に解釈していた。


「ねえ、あのアキラってハンターと知り合いなの?」


 ナーシャがそう尋ねると、セブラは不機嫌そうな表情を僅かに緩めた。

 ナーシャが新入りで、アキラについてよく知らない人物だと気付いたからだ。

 つまり、アキラへの愚痴に近い悪口を言いやすい相手だと判断したのだ。


 セブラが不満のけ口を見つけたような態度で答える。


「知り合いっていうか、同じようにスラム街の路地裏にいた時に、そこそこ見かけた顔ってだけだ。

 近くで生活していれば、都市が配給している食料を取りに行った時とかに顔を合わせて、それで顔を覚えることぐらいあるだろう?」


「ハンターなのに都市が配ってる食料を取りに行ってたの?」


「あいつがハンターに成ったのは最近だ。

 それまでは俺らと大して変わらなかったんだ。

 それが旧世界の遺跡で高値の遺物を見つけてきて、それで良い装備買って、ちょっと上手うまく行ってるってだけさ」


「そうなの? アキラはすごい強いハンターだって話を聞いていたけど……」


「はったりだろ? 運良くすごい武器を手に入れたってだけさ。

 すごい装備を持っていれば誰だってすごそうに見える。

 シジマの時の話だって、そこらの下っ端に装備を見せつけて脅したとか、そんなんだろ? 武器のないあいつがそんなに強そうに見えるか?」


 ナーシャはアキラの方を見て、アキラの印象を再確認してみる。

 確かにナーシャの目にもアキラの装備は強そうに見える。

 だがそれらの装備のないアキラを想像すると、大して強そうとは思えなかった。


「……そう言われると、そうかもしれないわね」


「だろ?」


 セブラは少しだけ笑った。

 しかしすぐに不機嫌な表情に戻った。


 セブラの視線がアキラとその装備品に向けられている。

 身体能力を向上させる強化服。

 荒野仕様の頑丈そうな車。

 非常に威力がありそうなCWH対物突撃銃とDVTSミニガン。

 後部座席に無造作に置かれているリュックサックには、1箱200万オーラムの回復薬も入っている。

 アキラの強さを支えている所持品、装備品の数々だ。


 セブラは強い羨望とねたみを込めて、他者にアキラを強者きょうしゃだと判断させているものを見ている。


「……くそっ。

 あんな武装、幾ら出せば買えるんだ? 俺にもあんな装備があれば、すごいハンターになって稼げるに決まってる。

 俺がそうなれば、ボスも俺にびるようになる。

 そうすればボスの体を好き放題に……。

 くそっ。

 あいつはボスの体を好き放題にしてるんだろうな。

 この前も一緒に風呂に入ってたしな。

 風呂に入ってたボスをちょっとのぞいただけで、あいつはそのまま徒党を追い出されたってのによ。

 ちょっと運が良かっただけのあいつが何でそんなに……」


 セブラの愚痴が徐々に呪詛じゅそめいたものに変わっていく。

 アキラとシェリルの両方に喧嘩けんかを売っているとも言える内容だ。


(……聞く相手を間違えたわね)


 ナーシャはセブラの気がれている間に距離を取った。

 め事に巻き込まれるのは御免だからだ。




 アキラは荷台を余り揺らさないように車の速度を落として運転している。

 ヒガラカ住宅街遺跡への道筋も平坦へいたんな場所を選んでいる。

 つまり、その分だけヒガラカ住宅街遺跡に到着するまでの時間が増えている。

 当然、モンスターとの遭遇確率も高くなる。


 アキラは車の運転をしながらゴーグルに表示されている索敵反応を確認していた。

 そのアキラが車の運転を制御ユニットの自動操縦に切り替えて銃を車外に向けて構えた。


「アキラ?」


「モンスターだ」


 助手席のシェリルの問いに、アキラが簡潔に答えた。


 シェリルは慌ててアキラが銃口を向けている方向を見る。

 しかし荒野は広すぎてアキラが言うモンスターの姿は見つけられなかった。


「えっと、どこですか?」


「そこの双眼鏡を使え。

 情報収集機器と連動済みだからすぐに見つかる」


 シェリルは近くに置いてある双眼鏡を使って改めてモンスターを探す。

 拡大表示される風景にかぶさって一緒に表示されている指示記号に従って双眼鏡の方向を調整する。

 情報収集機器と連携した双眼鏡の自動補正機能により、アキラが言ったモンスターの姿はすぐに見つかった。


 一目で肉食獣だと理解できる風貌の四足歩行のモンスターが、その巨体に似つかわしくない速度でアキラ達の車を目指している。

 巨体を支える太い脚が大地を蹴って駆けていく光景を見ると、その距離から聞こえるはずのない地響きが聞こえそうだ。


 アキラがAAH突撃銃でモンスターを狙撃する。

 しかし弾丸は空を裂くのみで、モンスターに当たることはなかった。


 アキラが狙撃を続ける。

 しかしそのどれもが外れてしまう。

 その間にもモンスターはアキラ達との距離をどんどん狭めていく。


 荷台の者達も発砲音を聞いてモンスターの存在に気付いた。

 荷台から身を乗り出してモンスターの姿を探す。

 土煙を上げて近付いてくるモンスターの姿が見える。

 モンスターは既に肉眼でも分かるほどまで迫っていた。


 荷台の子供達が騒ぎ始める。


「おい! どんどん近づいてくるぞ! 当たってないのか!?」


「ま、不味まずいんじゃないか!?」


 モンスターの移動速度は車の速度を上回っている。

 アキラが狙撃を続けているが、モンスターの移動速度は全く落ちていない。


 おびえ始めた子供達が荷台の反対側へ移動し始めた。

 エリオだけは一応銃を構えて応戦の体勢を取っているが、表情のおびえは他の子供達と同じだ。


 アキラがめ息を吐いてAAH突撃銃を置く。

 そして車の後部に移動すると、DVTSミニガンを、既にかなりの距離まで近付いてきているモンスターに向ける。

 アキラは落ち着いて引き金を引いた。


 多少外れても全く問題にならない大量の銃弾がモンスターの全身に着弾する。

 無数の弾丸がモンスターの皮膚を貫き肉を抉り骨を砕く。

 モンスターは血飛沫しぶきと肉片をき散らして半壊し、あっさり倒された。


 アキラはめ息を吐いて運転席に戻る。

 少し遅れて荷台の子供達が歓声を上げた。


「凄え! あんなにデカいやつをあんなにあっさり倒せるんだ!」


流石さすがハンターは違うな!」


 モンスターの脅威から解放された子供達が笑顔で感想を言い合っている。

 その中に一人だけ不機嫌な者がいた。

 セブラだ。


「普通に撃ってた時は全然駄目だったじゃねえか。

 あの武器がすごいだけだろ。

 あんな武器があれば俺だって……」


 セブラのつぶやきは周辺の騒ぎにき消されて誰にも聞こえなかった。


 運転席に戻ってきたアキラをシェリルが笑顔で迎える。


すごかったです。

 やっぱりアキラはすごく強いんですね。

 頼もしいです」


 シェリルは相手への賞賛と好意を前面に押し出した可憐かれんな笑顔をアキラに向ける。

 しかしアキラの反応は鈍い。

 むしろ普段より悪い。


 アキラがどことなく素っ気なく答える。


「……まあ、護衛はしっかりやるつもりだ」


 アキラはなぜか礼を言われることを望んでいない。

 シェリルはアキラの態度からそのことを察した。


「……は、はい。

 お願いします」


 シェリルは怪訝けげんに思いながらも、アキラの機嫌を損ねないように深くは聞かなかった。




 アキラは無言で運転を続けている。

 助手席に座っているシェリルとの間に流れる空気は少し硬く、雑談でもして場を和らげる雰囲気ではない。


 もっともアキラに雑談などしている余裕は全くない。

 アキラは周辺の索敵に必死で、余計なことに気を回す余裕はなかった。


 アルファがアキラとシェリルの間の空気など気にせずに微笑ほほえんで話す。


『アキラ。

 ちょっと気負いすぎよ? もっとリラックスして索敵をできるように成らないと、無駄に疲れて後々大変よ?』


『分かってるよ』


 いつも通りの余裕を保つアルファに、アキラは少しむすっとしながら答えた。


 アルファは助手席に座るシェリルの反対側、アキラの横のドアの縁に腰掛けていた。

 綺麗きれいな長い足を荒野側に向けてぶらぶらさせながら、軽く身をよじってアキラの方に顔を向けていた。


『大変そうね。

 弱音は早めに吐いてね?』


 アキラはアルファのサポートがない状態でシェリル達の護衛をしていた。

 アルファの姿を見ることも、アルファの助言を聞くこともできる。

 それ以外のサポートはない。

 視界拡張による敵影の表示や射撃の補助もない。

 強化服の操作による照準の補正もない。

 アルファの助言も逐一明確適切に指摘するわけでもない。


 何より索敵をアキラ自身でやらなければならない。

 油断するとあっという間にモンスターに奇襲されそうで、アキラは気を抜くことができずにいた。

 それはアキラの気力と体力を徐々に奪っていった。


 今回の遺物収集はアキラの訓練を兼ねている。

 正確には、アキラ側の主目的はそれだけだ。


 前回エレナ達と一緒に遺跡探索を済ませた時、アキラはアルファのサポートを完全に切って行動していた。

 遺跡探索自体はモンスターとの遭遇もなく順調に終えることができた。

 しかしその時のアキラの様子は、きつい言い方をすれば無様だった。


 このままでは不味まずい。

 そう判断したアルファは、追加の訓練を実施することにした。

 それが今回の遺物収集だ。

 アキラにシェリル達の護衛をさせて無事に帰還させること。

 そういう訓練である。


 アキラにはアルファのサポートなしの状態で行動することにもっと慣れてもらう必要がある。

 少なくとも、不必要な緊張から自滅する事態を避けられる程度には。


 護衛対象にシェリル達が選ばれたのは、シェリル達がほぼ素人でエレナ達のようにアキラをまもることなど不可能なことと、護衛に失敗して死亡したとしてもアキラへの影響が低いためだ。


 アルファがそういう目的でエレナ達を誘おうと提案すれば、アキラは非常に不機嫌になる。

 場合によってはアキラとの信頼関係に致命的な亀裂が走る。

 アルファはそれを理解している。


 そのためアルファはシェリル達を対象にした。

 シェリル達にも十分な利益がある話だとアキラに説明して納得させた。

 シェリル達が断ったら中止するとも伝えておいた。

 そしてシェリルは断らなかった。

 アルファの説明の通りにシェリルたちにも十分な利益があるからだ。


 普段命賭けなのはアキラも同じで、シェリル達はそのアキラを後ろ盾にすることで利益を得ているのだ。

 たまにはシェリル達に同程度の危険を対価として支払ってもらっても良いだろう。

 どうせアキラが死んだらシェリル達は瓦解するのだ。


 だからそのアキラを強くするための訓練に、シェリル達を付き合わせても良いはずだ。

 アルファはアキラに無意識にそう判断させるように話した。

 アキラは無意識にその誘導通りに判断した。


 もしこの誘導にアキラが難色を示した場合、アルファはシェリル達を危険視していただろう。

 シェリル達の存在をそこまで重視しているのならば、アキラは自分の命を過度に危険にさらしてまでシェリル達を助けようとしているとも判断できる。

 場合によっては排除が必要だ。


 アキラの意思を左右する存在は少ない方が良い。

 アキラの意思を左右する最も大きな存在はアルファであることが望ましい。

 アキラがアルファからの依頼を達成するために、アルファが目的を達成するために、前回の失敗を繰り返さないために、アルファは変わらぬ微笑ほほえみの裏で思考を続けていた。


 シェリル達の利益。

 アキラの利益。

 そしてアルファの利益。

 今回の遺物収集に様々な利益が入り交じっていることを本当に理解している存在は、恐らくアルファだけだろう。


 アキラがアルファの格好を横目で見ながら不満を話す。


『じゃあ、早速弱音を吐かせてもらう。

 その気が散る格好を何とかしてくれ』


 アルファは極端に布地の少ない水着を重ね着していた。

 ひも手前の類いの水着を幾重にも重ね着して、そこそこの布地の量を確保していた。

 いろいろとぎりぎりな布地の量の水着が組み合わさり、元々魅力的な体を蠱惑こわく的に引き立たせていた。


 アルファの反対側にはしっかりとした衣服を身にまとっているシェリルが座っている。

 そのためアキラはアルファの格好が余計に気になってしまっていた。


 アルファが微笑ほほえみながら答える。


『嫌よ。

 気にする必要の無いことは気にしない。

 注意するべき情報を強く気にかける。

 それも訓練の内よ? 私の姿が気になって集中が鈍るのなら、まだまだ集中が甘いわ』


『それはそうかもしれないけどさ……』


 アキラがぼやいていると、アルファが新体操のような動きで体勢を反転させ、体の正面をアキラの方に向けた。

 際疾きわどいデザインの水着で一部だけ隠されているアルファの胸がアキラのすぐそばに現れた。


 アルファがアキラに顔を近づけて話す。


『ぼやかない。

 また来たわよ』


 再びモンスターが襲撃してきた。

 アキラもゴーグルに表示されている索敵反応でそれを確認した。


 アキラは車の運転を自動操縦に切り替える。

 立ち上がって銃を構えると、ゴーグル越しに照準器をのぞく。

 肉眼では点にしか見えないモンスターの姿をアキラはしっかりと捉えた。


 アキラは強化服の身体能力で銃をしっかり支えているが、足場にしている車の振動が銃口を揺らす。

 モンスターもアキラ達へ向けて全速力で駆けている。

 この状態でモンスターの弱点部位を正確に狙撃するのは至難の業だ。

 モンスターのどこかに当てることさえ難しい。


『モンスターの動きを予測する。

 着弾までの時間差を考慮して狙いを定める。

 車体の動きを感じ取って銃口のぶれを補正する。

 慌てずに落ち着いて撃つ。

 運悪く外れることはあっても、運良く当たるとは思わない。

 偶然ではなく、きっちり狙って当てなさい』


 アキラがアルファの助言を聞きながら引き金を引く。

 発射された弾丸はモンスターの脇を駆け抜けていった。


 アキラが顔をしかめる。


『外した。

 何が悪かった?』


『今のは単純に照準が甘かったわ。

 もっとしっかり狙いなさい』


『そうは言っても、狙っている間に相手が照準器越しの視界の外まで移動するからな』


『アキラが引き金を引く瞬間にアキラの体感時間を圧縮させることができれば、もっと精密に狙えるのでしょうけれどね』


『やろうとはしているんだけどな』


 アキラは体感時間操作の訓練を続けているが、まだ自在に扱うことはできない。

 それが可能になればアキラの射撃の腕前もかなり上昇するだろう。


 モンスターがある程度近付いてくると、アキラもモンスターの巨体のどこかに当てることはできるようになった。

 しかし弱点部位でもない箇所に多少銃弾を受けた程度でモンスターがひるむことはない。


 荷台の子供達が再び騒ぎ始めた。

 時間切れだ。

 アキラは後部座席に移動する。

 CWH対物突撃銃をモンスターに向けて、構えて、引き金を引く。

 CWH対物突撃銃から放たれた強力な銃弾は、モンスターの胴体を貫通して致命傷を与えた。

 モンスターが崩れ落ちて車から引き離されると、荷台から再び歓声が上がった。


 その後も数回モンスターの襲撃があったものの、一行は無事にヒガラカ住宅街遺跡へたどり着いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る