第63話 お守りの御利益

 キバヤシがアキラに今回の件の簡単な推移の説明を終えた。

 もっとも裏の事情まで全てを話したわけではない。

 概要であっても部外者に話せない内容は省いていた。


「まあ、概要はこんな感じだ。

 もっと詳しく聞きたいっていうなら俺が口をきいても良いが、その場合はただって訳にはいかない。

 何せ都市側の内部情報だからな。

 相応の金が掛かる。

 どうする?」


「いや、十分だ」


 アキラはそう言って断った。

 知りたい情報は十分聞くことができたからだ。


 アキラは別に都市側が多少事実を曲げようと大して気にならない。

 基本的にアキラとは無関係な世界の話だからだ。


 アキラは少し前までクガマヤマ都市の下位区画のスラムで生活していたのだ。

 クガマヤマ都市全体や他の都市、統企連などに関わる話などアキラが関わる世界の話ではない。

 少なくともアキラに実害が出ない限りは。


「そうか。

 他に聞きたいことや追加要求は?

 この場で言うだけ言っておいてくれ。

 後から言っても手遅れだからな。

 俺かお前のどちらかがこの部屋から出て行った時点でアウトだ。

 ああ、報酬額アップは無しだ。

 都市側だって無尽蔵に金があるわけじゃない。

 額に不満があるのならサインの前に交渉するべきだった。

 逆に金の掛からないことなら融通を利かせてやる。

 俺はお前が気に入ってるからな。

 贔屓ひいきしてやろう」


 キバヤシの言っていることは事実だ。

 キバヤシはアキラを非常に気に入っている。

 逆にアキラにはその理由が分からない。


「俺のどこがそんなに気に入ったんだ?」


 キバヤシが非常に楽しげに理由を話す。


「どこがって?

 その生き様だよ!

 無理無茶むちゃ無謀!

 駆け抜けて生き、駆け抜けて死ぬ!

 実に良い!

 俺はハンターオフィスの職員でもあるから、ある程度ハンターの情報を閲覧できるんだ。

 本人が非公開にしている情報もな。

 お前の活動履歴を見たぞ?

 AAH突撃銃程度の武装でキャノンインセクトと戦う。

 ヤラタサソリの群れがいるビルに1人で突入して出てくる。

 地下街でのヤラタサソリの討伐数は概算500以上。

 挙げ句遺物強奪犯の主要メンバー3人を1人で撃退。

 しかも戦闘用義体者と重装強化服を相手にしてだ。

 たかがランク20程度のハンターの実績じゃねえよ。

 30でも無理だね。

 まあその無理の所為で身体はズタボロだったみたいだが、今回治って良かったな。

 この調子だとまたすぐにボロボロになるんだろうが」


 アキラが少し嫌そうな表情で尋ねる。


「……俺の体、そんなにひどかったのか?」


「ああ。

 だから6000万オーラムなんて治療費になったんだ。

 言ったろ?

 治療費は正当なものだって。

 治療の一部は再生治療、腕やら脚やらが千切れてなくなった場合の治療方法を使ったらしいぞ。

 今回の治療がなければ、まあ今日明日死ぬ訳じゃないが、下手すると後1年持たなかったって話だ。

 今回の治療のおかげで、今のお前は中位区画の住人並みに健康だぞ?」


 キバヤシの説明を聞いてアキラは絶句した。

 キバヤシが笑いながら説明を続ける。


「今、体調がすこぶる良いだろ?

 それは治療のおかげだ。

 お前、スラム街の出身だろ?

 食事の大半は都市が配給所で配ってるやつだっただろう?

 あれ、運が悪いと結構やばい物を食う羽目になるんだよ。

 安全性の確認が取れていないモンスターの肉だったり、研究中の旧世界の遺物、原理も製法も分かっていない食料生産装置が作成した食料だったりな。

 流石さすがに食った途端に死ぬような物は配ってないだろうが、長期間大量に摂取すると有害な場合もあるのさ。

 ちょっとした突然変異が起きる場合すら有る。

 モンスターの肉から除去できなかったナノマシンや、怪しげな食料生産装置で生産した食料に含まれている現在の技術では検出できないナノマシンなどが原因だと言われている。

 実は自覚が有ったりしないか?」


 アキラが僅かに顔をしかめた。

 自覚があるかと言われれば、アキラには自覚があるのだ。


 アキラは旧領域接続者だ。

 それは一種の変異なのだろう。

 現在の技術では検出できない変異だ。

 それはアキラがアルファと出会えた一因でもあるのだが、手放しで喜べる話でもない。


「……都市はそんな食い物を配ってるのかよ」


ただより高い物はないってやつだな。

 食料の代金は治験の協力費と相殺されております。

 御協力感謝いたします。

 実は配給場所の看板や食料の包装にこっそり書いてあるんだぜ?

 まあ、それを読めるやつの大半はそこに行かないし、知ってるやつも下手に騒いで配給がなくなったら困るから黙ってるだろうな。

 ちゃんとしたやつを配ってる善人もいるんだが、そんなに多いわけじゃない。

 しかもそういう情報はすぐに出回って、スラム街の実力者とかが占有するんだよな。

 まあ、それはスラム街の秩序ってやつだ。

 俺に文句を言われても困る」


 都市側は基本的にスラムの秩序には非介入だ。

 都市全体の活動に悪影響がない限り基本的に放置している。

 スラムの治安はそこに住む者達の自治に任されていると言っても良い。


 スラム街は都市の下位区画でも荒野手前の場所だと判断されている。

 だから強盗が白昼堂々アキラを襲ったりもするのだ。

 強盗がアキラを殺しても、強盗を捕まえる者がいないからだ。

 同様に、アキラが強盗を返り討ちにして皆殺しにしても、アキラを捕まえる者はいないのである。

 その強盗に後ろ盾でもない限りは。


 ではスラムが完全に無法かと言えばそれは違う。

 力こそ全てであるならば、東部で最も力を持つ者は統企連であり、アキラ達がいるスラムならばクガマヤマ都市だ。

 そして統企連も都市も治安の悪化を嫌う。

 スラム街の治安が悪化して、都市側に存在するだけで害悪だと判断された場合、スラム街は住人諸共もろとも消し飛ばされるのだ。


 だからこそスラム街はギリギリの状態で治安が維持されている。

 スラム街に存在する多くの徒党が縄張りの治安活動をしているのもそのためだ。


「その食い物が原因かどうかは知らないが、残留ナノマシンの数値もひどかったみたいだぞ?

 ハンターが薬漬けなのは一種の職業病みたいなものだが、お前、回復薬とか使いまくってるだろ」


「ああ。

 使わないと死ぬからな」


「どうせこれからも多用するんだ。

 月1で検査ぐらいして、残留ナノマシンの除去処理を受けた方が良いぞ。

 ハンター向けの薬には大体ナノマシンが入っているからな。

 回復薬とか加速剤とか強化剤とかは、それはもういろいろ入っているぞ」


「残留すると、そんなに不味まずいのか?」


「例外もあるし、程度にもるし、種類にもるが、基本的に残留は汚染の手前だ。

 基本的に有害だと思って良い」


 キバヤシがアキラにその危険性を説明する。


 ナノマシンと本人の相性が著しく良い場合、まれにほぼ永続的に有益な効果を保ったままナノマシンが体に定着することが有る。

 それを適応と呼ぶ。

 逆に有害な効果を保ったまま体に定着することを汚染と呼ぶ。


 ナノマシンが既に機能を停止している状態で、上手うまく体外に排出されずに身体に残留する場合がある。

 機能を停止していて何の効果もないなら無害だ。

 そうと勘違いするハンターもいるが、実際には新たに摂取した薬の効果を阻害することが多い。


 薬の効果が落ちたために更に多くの薬を使用することになり、更に残留量が増えていく悪循環になる。

 最終的に薬の効果が全くなくなる場合も有る。

 さらには同時に使用するべきではない他のナノマシンと反応して、ひどい悪影響を与える場合すら有るのだ。


 ハンターとして活動してから、アキラは大量の回復薬を使用し続けていた。

 使用量の基準など全く守らずに使い続けていた。

 知らず知らずの内にそのツケはアキラの体に積もっていたのだ。


 キバヤシがアキラに忠告する。

 アキラにはまだまだ楽しませてもらいたい。

 そのような気持ちから真摯に忠告する。


「ハンターは体が基本の商売だ。

 なまじ自分の意思で無理ができるから、自分の体の整備を後回しにするやつもいる。

 寿命を延ばしたかったら体の方もしっかり整備はしておけ。

 銃の整備と同じさ。

 手入れをサボれば弾は明後日あさっての方向に飛んでいくし、暴発だってするかもしれない。

 引き金を引くたびに銃が吹っ飛ぶかどうかのギャンブルをする羽目になる。

 そんなくだらないことがお前の死因になると俺も面白くない。

 注意しな」


「分かったよ。

 ……ん?

 銃?」


 アキラはそこで自分の装備のことに気が付いた。

 今のアキラは何も持っていない。

 着ている服も強化服ではなく病院の患者衣だ。


 アキラは改めて部屋を見渡すが、室内にアキラの私物があるようには見えなかった。

 アキラがキバヤシに尋ねる。


「俺の装備は?」


 キバヤシもアキラの装備品の所在などは分からない。

 キバヤシは情報端末で他の職員と連絡を取り、いろいろ調べてみる。

 その結果はアキラを困らせるのに十分な物だった。


「……ない?」


「ああ。

 装備品というより、お前の所持品はゼロだ。

 お前を連行した場所から全ての物を回収したわけではないし、回収した装備品、お前の強化服とかだな、それらはお前の身元を洗うためにいろいろ調査した過程で分解されて今は証拠品の保管場所だってさ。

 取り寄せることは可能だが、手続等で最低でも1ヶ月以上掛かるし、第一もうボロボロで記念品以外の意味はない状態らしいぞ」


「俺のハンター証とかもなかったのか?」


「分からん。

 回収されなかったのか、証拠品の保管場所にあるのか、どっちかだろう。

 どちらにしても再発行した方が早いぞ?」


「分かった。

 追加要求だ。

 ハンター証の再発行、すぐに使える情報端末、あとはハンター用の適当な服を頼む。

 この格好だと病院から逃げた患者になるからな」


「了解した。

 後でここに届けさせよう。

 他には?」


 アキラがアルファに確認する。


『アルファ。

 他に何かあるか?』


『銃や強化服とかの装備は頼まないの?』


『装備品はできればシズカさんの店で買いたい。

 何となくだけどな』


 アルファにもアキラが単にげんを担いでいるだけなのは分かっている。

 しかしそれがアキラにとって意味のあることであるならば、それを下手に変える気にはならなかった。


 病院からシズカの店までの道程をアキラは武器無しで進むことになるが、アルファは自分がしっかりサポートすれば問題ないだろうと判断した。

 その程度のことすら問題視しなければならないのなら、アキラはもはや外を歩くことすらできなくなってしまう。


『それならハンター向けの賃貸物件でも紹介してもらいましょう。

 そろそろアキラも宿屋暮らしから抜け出さないとね』


 アキラが同意してキバヤシに伝える。


「ハンター向けの賃貸物件を紹介してくれ。

 俺のハンターランクだと真面まともな家が借りられるかどうか微妙なんだ。

 良い家を安く借りられるようにしてくれ。

 後は、そうだな、報酬はすぐに支払ってくれ。

 それで装備とか買い直すからな。

 追加要求はそれぐらいだ」


「分かった。

 ああ、報酬は既に口座に振り込み済みだ。

 ハンター証と情報端末が来たら確認してくれ。

 念のため俺への連絡先を初期設定で情報端末に入れておく。

 賃貸物件の方は都市の傘下の不動産業者と連絡を取れるようにしておく。

 詳細はハンターコードに送るから、情報端末が来たら後で確認してくれ。

 他には?

 もうないなら俺は出て行くぞ?

 俺が部屋を出たら追加要求は終わりだ。

 本当に大丈夫か?」


「ああ」


「そうか。

 じゃあ元気でな。

 良き狩りを。

 また無謀なことをして俺を楽しませてくれ」


 キバヤシは軽く手を振って部屋から出て行った。


 キバヤシが部屋を出てから数分後、アキラは強い空腹を覚える。

 1週間ほどアキラは何も食べていないのだ。

 治療中は恐らく点滴等で栄養を補充していたのだろう。


 空腹を自覚すると、急にアキラの腹が鳴り始める。

 しかし今のアキラに手持ちの金はない。

 あったとしてもハンター証などを受け取るまではここにいなければならない。

 アキラはキバヤシに食事を頼んでおかなかったことを後悔した。


『……しまった。

 何か食事を頼んでおくべきだった』


『そういえば、アキラは1週間ほど何も食べていないのよね。

 気が付かなかったわ』


『アルファも気が付かなかったのか?』


『私に食事は不要だし、アキラが何も言わないから平気かと思って。

 私もアキラの空腹感までは分からないわ。

 諦めて待ちましょう。

 多分直ぐに来るわよ』


『……あ、頼んだ物がいつ頃来るのかも聞いておくんだった。

 こういうのって、いなくなってから気付くんだよな』


『そういうものよ』


 アキラは空腹を耐えながら頼んだ物が来るのを部屋で待ち続けた。

 都市の職員がそれらを持ってきたのは1時間後だった。




 シズカは自分の店でいつものように店番をしていた。


 装備や弾薬を求めるハンター達に仕入れた商品を売って生計を立てるいつも通りの日々をシズカは送っている。

 ただ、シズカは普段より自身のめ息が多いことに気付いていた。

 そしてその理由にも気付いていた。

 アキラがシズカの店に1週間ほど顔を見せていないからだ。


 単純にアキラが1週間ほどシズカの店に顔を見せないことは以前にもあった。

 しかし今はアキラがヤラタサソリの巣の討伐に出かけた後なのだ。


 シズカの店はそこそこ繁盛している。

 シズカの店で装備を調えて荒野に赴く常連のハンターも多い。

 そしてシズカは自分が売った装備を身にまとったハンター達が生きて帰ってこない経験も数多くしている。


 数回武器を売ってちょっとした顔見知りになった者がいる。

 装備の相談を受けてお勧めの武器を教えたりして結構仲良くなった者もいる。

 シズカを口説き、結婚を申し込んだ者までいる。

 様々なハンターが金と栄光を求めて荒野に向かい、荒野に飲まれて死んでいった。

 シズカはそれを覚えている。


 シズカは商売柄、そして自身の精神衛生上のために、それらの死を意図的に気にしないようにしていた。

 何時いつ死んでも不思議のない者達を相手に商売をしているのだ。

 それらの死を一々気にしていてはとても商売にならない。

 一時いっとき悲しみはするが、それでシズカが平静を欠くことはほとんどない。

 非情と呼べばそれまでだが、シズカはそれらを受け止められる人間だった。


 だからこそ、常連予定のハンターがしばらく店に顔を見せない程度のことでシズカがめ息を増やすのは、彼女にとって珍しいことなのだ。


(……少し入れ込みすぎているわね。

 何故なぜかしら?)


 シズカは店番を続けながら思案する。

 いろいろ理由は思いつく。

 アキラが子供なので庇護ひご欲を刺激されたのかもしれない。

 アキラが友人であるエレナとサラの命を助けたので感謝しているのかもしれない。

 アキラの傷だらけの体を近くで見たからかもしれない。

 自分が売った装備を身にまとって荒野に向かう子供を抱き締めたからかもしれない。

 しかしどれも決定的な理由ではない。


 考え続けるとどつぼにはまりそうなシズカの思考は、その原因となった者が現れたために中断された。

 アキラがどこかおっかなびっくりシズカの店に入ってくる。


「いらっしゃい、アキラ。

 久しぶりね」


「え、あ、はい。

 お久しぶりです」


 シズカはいつも通りの微笑ほほえみで、いつも通りの口調でアキラを出迎えた。

 少なくともシズカ本人はそのつもりだった。


 しかしアキラはシズカの微笑ほほえみに若干気圧けおされたようにぎこちなく答えた。


 シズカはアキラの態度をいぶかしみながらも、いつも通り接客を始める。


「今日も弾薬の補充?

 前にアキラが受けた依頼はまだ続いてるの?

 CWH対物突撃銃の専用弾は十分仕入れてあるからまだまだ売れるけど、期間的にもう以前の依頼は終わっているはずよね?」


「あ、はい。

 依頼はもう終わりました」


「そう。

 それならいつもの通常弾と徹甲弾の詰め合わせで良いのかしら」


「あー、それでですね、実はその……」


 アキラは言いよどんだ。

 シズカは不思議そうにアキラを見る。


 アキラはシズカと目を合わせ、一度外し、再び目を合わせてから、覚悟を決めて話す。


「……装備一式全部失ったので、一式見積もってもらえないでしょうか?」


 シズカが怪訝けげんな表情で聞き返す。


「全部って、具体的には何をなくしたの?」


「全ての銃と、着ていた強化服と、リュックサックを中身ごとと、使っていた情報端末と、エレナさんから譲ってもらった情報収集機器と、とにかく全部です。

 今の俺の所持品は、着ている服と当座の情報端末とハンター証程度です」


 アキラの説明を聞いてシズカが驚く。

 アキラが稼ぎの大半を自身の装備に費やしていることはシズカも知っている。

 つまりシズカにとっては、アキラが自身の財産の大半を失ったと言っているのに等しい。


「……ちょっと、一体何があったの?」


「まあ、いろいろありまして。

 それで、見積もっていただけないでしょうか?」


「それは構わないけど……、予算は?」


 シズカはアキラが財産の大半を失ったと思っている。

 シズカもアキラを気の毒に思いはするが、だからといってアキラに無償で商品を提供するわけにはいかない。

 代金をツケにすることもできない。

 シズカにも生活があり、商売なのだ。

 シズカにも譲れない線が有る。


 せめて少ない予算での最善の装備を勧めよう。

 シズカはそんなことを考えながらアキラに予算を尋ねた。

 だから次のアキラの発言は、シズカを驚愕きょうがくさせるのに十分なものだった。


「8000万オーラム以内でお願いします」


「……御免なさい。

 私の勘違いや聞き間違えを防ぐためにも、念のため、もう一度、予算を聞いても良いかしら?」


「8000万オーラム以内です」


 シズカはアキラが言った金額が自分の聞き間違いや勘違いではないことを確認した。

 シズカの顔が険しくなる。

 新人ハンターが出せる金額ではない。

 熟練ハンターでも即金で出すのは難しい金額だ。


 シズカがアキラをじっと見つめる。

 アキラが少したじろぎながらもシズカと目を合わせ続ける。

 シズカがアキラを強い口調で問い詰める。


「アキラ。

 貴方あなたに一体何があったの?

 今言った金額が、普通の額じゃないってことぐらいアキラにも分かるわよね?

 以前の依頼の報酬としてもおかしいわ。

 山ほどヤラタサソリを倒したとしても、弾薬費の支払が依頼元である以上、報酬額は低めになるはずよ?

 どんな無茶むちゃをすれば、8000万オーラムの予算を賄える報酬が手に入るの?」


 シズカの口調の強さは、アキラへの心配の表れだ。

 アキラはそれをうれしく思いつつも、申し訳なさそうな表情で答える。


「すみません。

 依頼元との守秘義務で、その辺りの事情は話せないんです。

 今後の信用に関わるので、シズカさんにも話せません。

 シズカさんを信用していないわけではないのですが、基本的に何も話せない契約なので。

 守秘義務で話せないってことを話すのも、結構微妙なぐらいでして……」


 本来ならば、何事もなかったと説明するべきだとアキラは考えている。

 しかし確実にうそだと分かる話をするよりは、守秘義務で話せないと説明する方が良いだろうとアキラは判断した。


 ばつが悪そうなアキラをじっと見つめながらシズカは思案する。


(……アキラの言っている依頼元って、クガマヤマ都市のことよね?

 恐らくまた何かあって相当な無理をしたのでしょうけど、都市側から口止めされていることを聞き出すのはアキラに悪いわね。

 外傷があるようにも見えないし、顔色が悪いようにも見えない。

 正直詳細が気になるけど、結局はアキラが依頼を成功させて大金を得たってだけの話なのよね。

 それを私が素直に称賛できないのは、それを褒めたら更にアキラが無理をしそうだと思う私の我がままか……)


「……いろいろあったと言っていたけど、怪我けがの後遺症とかはないのね?」


 アキラがはっきり答える。


「それは大丈夫です。

 いろいろ治療も受けたので、むしろ体調は依頼の前より良くなったぐらいです」


 それでシズカも一応安心した。

 アキラにもいろいろ事情があるのだろう。

 だがそれでもアキラが無事であることに違いはないのだ。


 シズカがアキラにいつもの微笑ほほえみを向けて話す。


「分かったわ。

 そろえる装備の内容は、予算内なら全て私が決めて良いのよね?

 額が額だし、本当に好き勝手に決めるわよ?

 後悔しても知らないわよ?」


 シズカはそう言って少し悪戯いたずらっぽく笑った。

 アキラが笑って答える。


「大丈夫です。

 俺が悩んで決めるより良い選択になることは間違いないでしょうから。

 強いて言えば、強化服は多少体格が変わっても使用できる製品が良いです。

 次に買い換えるのは数年後とかにしたいですから」


「分かったわ。

 もう手遅れよ。

 じゃあちょっと待っててね」


 シズカはそう言って店の奥に消えていき、2ちょうの銃を持って戻ってきた。


「新しい強化服が届くまではこれを使ってちょうだい。

 生身で使用できる装備のお勧めはこの2ちょう、AAH突撃銃とA2D突撃銃よ。

 AAH突撃銃の説明は前にしたから割愛するとして、A2Dの説明を聞いておく?」


「お願いします」


 アキラの返答を初めから予想していたシズカが、お勧め品であるA2D突撃銃の説明をいつもの様に楽しそうに始めた。


 A2D突撃銃は、AAH突撃銃の基本設計を基に、威力、命中精度の向上を目標にして設計、製造された銃だ。

 AAH突撃銃と異なり、徹甲弾や強装弾を無改造で使用できるように各部品の強度等が調整されている。


 また擲弾発射器が設計段階で装備されており、各種擲弾を使用することができる。

 重量も強化服等を着用しない生身のハンターが使用できる程度に押さえられており、AAH突撃銃の次に使う銃として広く愛用されている。

 AAH突撃銃用の改造部品の一部をそのまま利用できることもあり、使い勝手の良い銃なのだ。


「両方とも未改造品よ。

 強化服無しでしばらく使い心地を試してちょうだい。

 重量に不満があるのなら重量を増やす改造は控えた方が良いわ。

 強化服の購入後でも、身体強化無しの状態で使用できる銃は必要よ。

 遺跡の奥で強化服が壊れた時に、生身だと使用できない銃しかないと大変なことになるわ」


「照準器は今のうちに変えた方が良いでしょうか?」


「前みたいに情報収集機器と連動させるつもりなら、情報収集機器の購入後にした方が良いわ。

 標準の照準器も裸眼で普通に使用する分には、そこまで性能が低いわけではないからね。

 情報収集機器も私がそろえる装備一式に含めるつもりで、照準器もそれに合わせて用意するつもりよ。

 それとも情報収集機器は自分で選びたい?」


「いえ、まとめてお願いします」


「分かったわ。

 見積りが出来次第連絡するから少し待っててね。

 商品が届くのはその2週間後ぐらいを目安にしてちょうだい」


 商品が届くまでアキラは強化服無しの生活に戻る事になる。

 アルファがアキラに念を押す。


『分かっていると思うけど、新しい装備が届くまでハンター稼業は休業よ?』


『分かってるよ。

 俺の不運を過小評価する気はないんだろ?

 俺もモンスターの群れや重装強化服を装備した連中と、この状態で戦うのは御免だ』


 都市の外に訓練に出かければモンスターの群れに遭遇し、依頼を受ければ重装強化服相手に交戦する羽目になる。

 その経験がある以上、アキラもアルファのサポートが万全に受けられるようになるまで、比較的安全な都市の中に籠もることに異存はない。


 その後アキラはシズカの店で当面の装備品等を買いそろえた。

 新しいリュックサックに回復薬や予備の弾薬、銃の整備道具等を詰め込み、購入した銃を身につける。

 それらを合計するとそれなりの重量がアキラの身体にのし掛かることになった。

 ずっしりとした重みを感じて、強化服による身体能力向上の恩恵を改めて理解した。


 アキラは新しい情報端末の連絡先をシズカと交換した。

 以前の情報端末が残っていれば連絡先の引継ぎも可能だったが、ネリアとの戦闘で破壊されてしまったためにそれは無理なのだ。

 万一新しい連絡先にもつながらない場合は、自身のハンターコード宛てに連絡するように頼んでおいた。


 シズカが当面の装備を身にまとったアキラを見る。

 アキラが初めてシズカの店に来た時よりは良い装備だ。

 しかしシズカには若干頼りない装備に見えた。

 アキラがハンター稼業をする上で関わる荒事の量と質が段々上がっているような気がしたからだ。


「アキラはしばらくそれで戦うつもりなの?」


 もしそうなら無理はしないよう少し強めに忠告しよう。

 シズカはそう考えていた。


 アキラが首を横に振る。


「いえ、新しい装備一式が届くまではハンター稼業を休業するつもりです。

 万全ではない状態で荒野に出られるような実力はないですから」


「そう。

 それが良いわ。

 いろいろあったようだし、たまにはゆっくり休みなさい」


 シズカはアキラに無理や無茶むちゃを自分からする気はないことを知って安心して微笑ほほえんだ。


 アキラは軽く会釈してシズカの店を後にする。

 シズカはアキラを見送ってから、自分の情報端末をいじり始めた。


「アキラは情報収集機器もなくしたようだし、選択にエレナ達の意見も聞きましょうか。

 私だけで決めると何か文句を言われそうだしね。

 アキラが生きていると知れば、2人の機嫌も直るでしょう」


 シズカはアキラの装備一式を選ぶ相談に乗ってほしい旨を書いてエレナ達宛てに送信した。




 シズカの店を出たアキラはシェリルの拠点に顔を出すことにした。


 アキラがしばらく入院していたことに加えて、情報端末を新しいものに変えたため、シェリルはアキラと連絡が取れない状態が続いている。

 シェリルが既にアキラは死亡していると判断していても不思議はない。

 変な誤解を招く前に、シェリルのところに早めに顔を出しておいた方が良いだろう。

 アキラはそう判断した。


 アキラがスラム街を歩きながらアルファに話す。


『それにしても、治療費に約6000万オーラム、装備代に約8000万オーラムか。

 稼いだ金の大半をあっと言うまに使っちゃったな。

 俺の金銭感覚はどうなってしまったんだ?』


 そう言って苦笑するアキラに、アルファが微笑ほほえんで話す。


『そんな使い方ができるほどの大金を得たことを喜びなさい。

 アキラの命も所持品も、全部賭け金に積み上げて、分の悪い賭けに勝って得た金だと考えると、それでも十分な額とは言えないかもしれないけれどね。

 でもこれでアキラの装備はかなり充実するはずよ。

 体も念入りに治療を受けたから、今までの無理の負荷による憂いはなくなったわ。

 大変だったけれど、結果的には良かったと思うわよ?』


『うーん。

 それはちょっと、判断に悩むところだな』


 アキラは今回の戦いでいろいろなものを失った。

 銃も強化服もバイクも、リュックサックに入れていた細細なものも失った。

 それらは全てアキラが命懸けで得たものだ。

 愛着が出てきた品もあったのだ。


 そこでアキラはあることに気付いた。

 シズカの店で買ったおまもりだ。

 あれは旧世界の賭け事のおまもりだった。

 賭け事というものは、賭け金が高いほど、勝率が低いほど、得られる金が高くなるのだ。


(……もし今回の件があのおまもりの御利益だったとしたら、その御利益の中に賭け事の機会を増やす効果が含まれていたとしたら……。

 デカい賭け金を積める機会に恵まれること自体が幸運と言っても過言ではないし、賭け金の不足分を別の何かで、例えば死の危険で補うにしても、死の危険に値する金を得られる機会なんてそうはないんだよな。

 負ければ死んで、勝ってもはした金。

 普通はそんな機会の方が多いんだ。

 そういう意味では確かに御利益が……、いや、でも……)


 アキラはそれ以上考えるのを止めた。

 精神衛生上に悪いからだ。


 それにもうそのおまもりは失われたのだ。

 これ以上は気にしても意味はない。

 アキラはそう決めて、それ以上考えないようにした。


 アルファが少し不思議そうにアキラに尋ねる。


『アキラ。

 何を考えているの?』


『あ、いや、前にシズカさんの店で買ったおまもりのことを考えてたんだ』


 アキラは念話でアルファに答えた時に、無意識に一緒にいろいろ送ってしまった。

 おまもりのこと。

 その御利益で死にかけるような戦闘を何度も経験する羽目になったかもしれないこと。

 確かにすごい大金を得ることができたが、あの戦闘はできれば避けたかったこと。

 そして、あのおまもりをアキラに勧めたのはアルファだったこと。


 アルファがアキラからあからさまに目をらして答える。


『私の所為ではないわ』


『分かってるよ』


 かなり珍しいアルファの態度を見て、アキラは軽く笑った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る