第62話 戦歴の買取額

 アキラが真っ白な世界にいる。

 アキラの意識は朧気おぼろげだったが、これが夢であることと、前にも同じ景色を見たことがあることを何となく理解していた。


 少し離れた場所にアルファがいる。

 前の夢と同じように、アルファはアキラに気付いていない。


 アルファが無表情で何かを話している。


「試行499の評価開始。

 対象が目標を踏破する確率を試算。

 1パーセント未満。

 対象が未踏破で生還する確率を試算。

 1パーセント未満。

 不適格。

 対象の戦力向上を継続する」


 アルファが話し続けている。


「現対象の誘導指針を立案。

 旧対象がこちらとの契約を破棄した行動原理を考慮に入れること。

 旧対象が自身の行動を決定、肯定した要素を次のものと推測。

 旧対象の行動が成功した場合に可能となる不特定多数の人間の幸福、救済の実現とその継続。

 現対象が旧対象と同一の行動を取る思想を得ないように注意すること」


 アルファが話し続けている。


「なお現対象の人格を考慮すると、現対象が旧対象と同一の思想を得る可能性は低いと判断する。

 これは現対象の人間不信、他者軽視、自己優先思考から判断。

 現対象が旧対象と同等の倫理、寛容、道徳、博愛精神を得る可能性は危険域を下回っている」


 アルファが話し続けている。


「試行498を再現させないために、対象の人格の変化に留意すること。

 以上」


 アキラの意識が薄れていく。

 世界が真っ暗になり、夢が終わった。




 アキラは病室で目を覚ました。

 何か夢を見ていた気がするがその内容は全く覚えていない。

 前にも似たような夢を見た気がするという感覚があるだけだ。


 アキラがいる病室は生身の人間を対象とした個人用のものだ。

 寝ていたベッドから身を起こすと、アルファが微笑ほほえんで話しかけてくる。


『お早うアキラ。

 よく眠れた?』


『お早うアルファ。

 ああ。

 久しぶりにたっぷり眠ったって感じだ』


 眠気は全くなく非常に体調が良い。

 負傷は完治していて全く痛まない。

 アキラの身体は万全の状態だった。


 アキラが部屋を見渡す。

 窓に鉄格子が有るわけでもない。

 部屋の監視カメラは脱走防止用ではなく患者の容態などの確認用だ。

 悪い待遇ではない。

 しかしそれがアキラの状況を完全に肯定するわけではない。


『それで、ここはどこだ?』


『クガマヤマ都市の病院よ。

 アキラは治療のためにここに運ばれたの』


『そうなのか』


 クガマヤマ都市には都市とハンターオフィス両方の息が掛かっている巨大な総合病院が存在する。

 生身の者や義体者、サイボーグにも対応しているため、必然的に巨大な施設になるのだ。

 患者の多くは荒野で活動するハンターや危険地域の警備員など、戦闘技術を必要とする者達だ。


 この病院の主な役割は病気の治療ではなく戦闘で負った怪我けがの治療だ。

 戦闘で四肢を欠損した者に対する非常に高額な再生治療。

 義体の修理や調整、別の義体への換装処理。

 より強力なサイボーグ部品への交換や改造。

 また生身から義体への転換処理なども実施している総合病院だ。


 アキラは都市防衛隊の隊員に連行されている途中で気を失った。

 遺物襲撃犯だと疑われていたのだ。

 独房で目を覚ましても不思議ではない状況だった。


『今の俺はどんな扱いになってるんだ?』


『その辺の事情は後で来る人が説明してくれるわ。

 アキラは安全で、遺物強奪犯の一員だと誤解されてもいない。

 その点は安心しなさい』


『そりゃよかった』


 アキラは胸をで下ろした。


 アキラの体調は万全だが、だからといって勝手に部屋を出ていくわけにもいかない。

 アルファと雑談しながら暇を潰していると、都市の職員の男が部屋に入ってきた。

 キバヤシだ。


 何故なぜかキバヤシは非常に上機嫌だ。


「また会ったな。

 相変わらず無茶むちゃをしているようで何よりだ」


 アキラが怪訝けげんな顔でキバヤシを見る。

 キバヤシはアキラが自分を覚えていないことに気付いた。


「俺だよ。

 キバヤシだ。

 ほら、報酬に前払でバイクをやっただろう?

 覚えてないか?」


『クガマヤマ都市をクズスハラ街遺跡から出てきたモンスターが襲撃した時に、アキラが緊急依頼を受けて1人でバイクで救援に向かったでしょう?

 その時のハンターオフィスの職員よ』


 アキラはキバヤシの顔などうろ覚えだったが、アルファに説明されて思い出した。


「思い出した。

 確かトラックを運転していたハンターオフィスの職員だよな?

 あの緊急依頼の時の……」


 キバヤシが楽しげにうなずく。


「そうだ。

 思い出したか。

 あの時はハンターオフィスの職員としてあの場にいたが、今は都市の職員としてここにいる。

 よろしくだ。

 アキラ」


 キバヤシはアキラに手を伸ばして握手を求める。

 アキラが応じると、キバヤシは握った手をぶんぶんと上下に振った。

 キバヤシは随分と上機嫌だ。


「さて、個人的にいろいろ話したいところだが、まずは仕事だ。

 今日はお前と交渉に来た」


「交渉?」


「そうだ。

 その前段階として、まずはお前の現在の状況とかいろいろ説明しよう。

 お前がここにいる理由とか、あの後遺物襲撃犯はどうなったとか、いろいろ知りたいだろう?」


「ああ。

 教えてくれ」


 アキラはキバヤシの言葉に強くうなずいた。


 キバヤシがアキラに数枚の紙を手渡す。

 それは今回の事態の詳細が記述された資料だった。


「細かいことはそれに書いてあるが、まあ読みながら聞いてくれ」


 キバヤシも同じ資料を持ちながらアキラに事態の説明を始めた。


 アキラとネリアは都市の防衛隊員に確保された後、地下街攻略本部の医療班に引き渡され応急処置を受けた。

 そしてそのまま重要参考人としてクガマヤマ都市まで輸送された。


 ネリアが遺物強奪犯の一員であることはすぐに露見した。

 他の遺物襲撃犯達が洗いざらい話したからだ。


 ネリアは捜査に極めて協力的に対応した。

 遺物強奪計画の詳細、仲間の人数や情報、隠した遺物の場所や量、輸送車両の位置など、聞かれた質問に対して正直に正確に話した。

 さらには聞かれていないことまでも有益な情報は全て話した。

 勿論もちろん、情報を提供する見返りにネリア自身の減刑、恩赦を要求した上での話だ。


 アキラはネリアの、自分と死闘を繰り広げた人間の態度が少し気になった。


「ネリアだっけ?

 そいつ、そんなに素直に話したのか?」


「ああ。

 非常に協力的な態度だったそうだ。

 幾ら自分の減刑を条件にしているからと言っても余りに協力的だったから、担当した職員が何故なぜそこまで協力的なのか尋ねたそうだ」


「何て言ったんだ?」


「私、過去は振り返らない主義なの、だってさ」


 アキラが呆れと感心の混ざった表情を浮かべる。


したたかというか、切替えが早いというか、そういうやつもいるんだな」


「おかげで調査は楽に済んだそうだ。

 お前の疑惑があっさり晴れたのもそのおかげだ。

 本当ならもう少し厳密に調べるのが普通だ。

 そのネリアってやつを取り調べた職員がすごい優秀だっただけかもしれないがな」


「だからってネリアってやつに感謝する気はない。

 俺はもう少しで殺されるところだったんだ。

 ……そのネリアはこの後どうなるんだ?

 今の話を聞くと随分減刑されたみたいだけど、死なずに済むのか?

 すぐに釈放とかにならないだろうな」


「まさか。

 極刑にならないだけだ。

 都市の管理下で強制労働だよ。

 都市側が用意した義体、義体の操作権限に使用者よりも都市側に高い権限が設定された義体で、脳に爆弾まで埋め込まれて、生殺与奪はおろか身体の自由まで奪われた状態で働かされるんだ。

 危険な遺跡の偵察や、危険なモンスターの討伐とかだ。

 捨て駒同然の扱いだろうな。

 刑期というか今回の件の負債を払い終えるまでずっとだ。

 彼女の頑張り次第で解放される可能性は有るが、多分その前に死ぬな」


「……。

 そうか」


 アキラはネリアの今後を聞いて、ネリアに止めをさせなかったことに関しては溜飲りゅういんが下がった。

 しかし釈然としない気持ちも残っていた。


 自業自得とはいえ、あれだけの実力者が身体の自由すら奪われて今後ずっと強制労働を強いられることに、アキラは軽い不満のような感情を抱いた。


 キバヤシがアキラの微妙な顔色に気付く。


「どうかしたのか?」


「……いや」


「ああ、自分の手で殺せないことが不満か?

 あいつの身柄はもう都市の預かりになってるから、探し出して殺そうなんて考えるなよ?

 最悪残りの負債を押しつけられるぞ?

 やるならあいつが刑期を終えてからにしてくれ」


「大丈夫だ。

 そんなことで都市に喧嘩けんかを売る気はないよ」


「そりゃよかった。

 たまにいるんだよ。

 そういうやつ。

 まあ、気持ちは分からんでも無いがね」


 キバヤシはそれだけ言って説明を続ける。


 遺物強奪犯はほとんどはあっさり捕まった。

 輸送車両も都市が押さえ、積まれていた遺物の回収も済んだ。

 僅かな仲間が少量の遺物を持ち出して逃げていたが、都市側はネリアの情報により彼らの情報を把握済みだ。

 彼らが捕まるのは時間の問題だった。


 ただし、ケインの行方は完全に不明だった。

 ネリアから得たケインの情報を基に都市側も調査を進めたが、全て改竄かいざんずみの情報であることが判明しただけだった。

 現場に残されていた重装強化服の解析も行ったが、身元につながる情報は一切出てこなかったのだ。

 ケインに関しては分かっているのは、計画の主犯であるヤジマが連れてきた人物だということだけだ。


 アキラが意識を失っている間に調査が進み、アキラが遺物強奪犯とは無関係であることが明らかになった。

 アキラはそのまま病院で治療を受け、ついさっき目覚めたのだ。


 キバヤシが遺物襲撃犯と彼らの計画やその後に関する説明を一通り終えた。


「……あいつに関しての説明はこれぐらいだな。

 何か質問は?」


 アキラは少し考えたが、特に聞きたいことは思いつかない。


『アルファは何か聞いておきたいこととかあるか?』


『ないわ』


 念のためにアルファにも聞いてみたが、アルファも特に聞きたいことはないようだ。

 何もない。

 アキラはそう答えようとして、あることを思い出した。


「ケインの重装強化服の調査はしたんだよな?

 それに自爆装置が搭載されていたかどうか分からないか?」


「自爆装置?

 ……ちょっと待ってくれ」


 キバヤシは自身の情報端末を操作して、調査資料を閲覧する。

 そしてケインの重装強化服の詳細な情報を確認する。


「ないな」


 キバヤシはそう答えた。

 アキラが顔を僅かにしかめる。

 ネリアのあの話がうそだったと分かったからだ。

 アルファが苦笑する。


『してやられたわね』


『……まあ、勝ったのはこっちだ。

 良しとするさ』


 アキラが表情と一致しないことを言った。

 ネリアがうそを吐き、アキラがだまされた。

 ネリアが一枚上手だった。

 それだけの話だ。

 アキラはそう考えつつも、口元を不満げにゆがませていた。


 キバヤシが不思議そうにしながら話す。


「少なくとも都市防衛隊の技術班が重装強化服を調査した結果では、該当する内部機構は存在は確認されていない。

 何でそんなことを聞くんだ?」


「……いや、防御とか回避とか無視して突っ込んできたから、自爆でもする気だったのかなって思って」


「多分ただの時間稼ぎかおとりだろう。

 あんなデカ物が突っ込んできたら、何らかの対処せざるを得ないだろうしな」


「そうか。

 聞きたいことはそれぐらいだ」


「それなら本題に入ろう。

 渡した紙の最後のやつを見てくれ」


 アキラが最後の紙を見る。

 アキラの顔がみるみる引きつっていく。

 それはアキラての請求書だった。


 アキラは病院に運び込まれた後、様々な治療を受けていた。

 請求書にはその治療内容の詳細と個別の治療費が請求されていた。

 また、アキラが意識を失っている間に1週間がっていた。

 その間の入院費も請求されていた。


 ヤラタサソリの巣の討伐依頼の拘束期間は7日だ。

 アキラの意識がなかった4日分の依頼キャンセル料も請求されていた。


 請求額の合計は約6000万オーラム。

 その大半がアキラの治療費だ。

 アキラの顔を青ざめさせるのに十分な金額だった。


 アキラは一瞬意識を飛ばしかけたが、何とか持ちこたえた。

 アキラの体調が万全でなければ、そのまま気を失っていたかもしれない。


 キバヤシがアキラの予想通りの反応を見て軽く笑う。


「それが今お前が抱えている負債だ。

 請求額に不満が有るかもしれないが、お前が病院側にごねても無駄だって事は先に言っておこう。

 治療費は正当なものだし、実際に治療を受けるかどうかは、急患等で患者の意識がない場合、病院側が判断して良いことになっている。

 患者の意識がないために治療を受ける意思の確認が取れず、治療ができませんでしたってことを防止するためにな。

 まあ、建前だけどな」


 アキラが慌てながら答える。


「だ、だからって、こんな金額払えるわけが……!」


 アキラの動揺はキバヤシも予想済みだ。

 キバヤシがアキラをなだめる。


「落ち着け。

 病院側だって支払の見込みが全くないやつに、そこまで過剰な治療をする訳じゃない。

 慈善事業ではないし、慈善事業だって金がないとできないんだ。

 取り立てられる客からはしっかり取り立てるさ。

 具体的には、お前の報酬から差し引かれる」


「報酬?」


「そう。

 報酬だ。

 始めに言ったろ?

 交渉に来たって」


 キバヤシはそう言ってニヤリと笑った。


「結論から言おう。

 お前がこちらの要求を飲めば、その請求額を相殺した上で、1億オーラムを持ってここから出て行ける。

 どうだ?

 いい話だろ?」


 6000万オーラムの負債を抱え込んだと思ったら、それを相殺した上で1億オーラム手に入ると言われ、アキラの余裕は消し飛んだ。

 アキラは唖然あぜんとして、そのまましばらく言葉を失った。


『アキラ。

 そろそろ正気に戻りなさい』


「……はっ!?」


 アルファの呼びかけでアキラが我に返った。

 そんなアキラを見てキバヤシが苦笑する。


「正気に戻ったのなら、説明を続けて良いか?」


「あ、ああ。

 要求って何だ?」


「要求は単純だ。

 お前の地下街での戦歴を譲ってもらいたい。

 具体的には、お前は地下街で特に何事もなく普通に防衛地点の警備をしていて、ヤラタサソリに襲われて病院に運ばれたってことになる。

 お前には守秘義務が発生し、そのことを他者に教えてはいけない。

 誰かに依頼中の出来事を聞かれたら、無難に防衛地点の警備をしていたと答えるか、守秘義務で話せないとでも言ってくれ。

 ハンターオフィスのお前のハンター用個人ページの依頼履歴も、それに応じた内容になる。

 売り渡した戦歴が他のハンターの戦歴となってハンターオフィスの履歴に載る可能性もある。

 当たり前だが、実はそれは俺がやったんだ、なんてしゃべるのも駄目だ」


 キバヤシはそれだけ言ってアキラの反応を待つ。

 アキラはキバヤシの説明の続きを待っていたが、キバヤシがそのまま黙っていたので端的に尋ねる。


「……それだけか?」


 アキラがそう言うと、キバヤシが上機嫌に声を抑えて笑い出した。

 変なことを言ったつもりは全くないアキラが怪訝けげんそうにキバヤシを見ている。

 何とか笑いを抑えたキバヤシがアキラを見ながら話す。


「そう!

 それだけだ!

 たった1人で遺物強奪犯の主犯3人を撃退した戦歴を失うだけで良いんだ!

 内2人は重装強化服を着用していたっていうのに、それをたった1人で撃退したって戦歴をな!

 相変わらず無理無茶むちゃ無謀のようでうれしいぜ!

 その程度の戦歴なんかお前はどうでも良いのか?

 そんな戦歴を消されたら普通のハンターは激怒するぞ?」


 ハンターの実力を示す目安としてハンターランクが有るが、それとは別に戦歴も重要な要素である。

 強力なモンスターの撃退実績や高価な遺物の売却歴などは、ハンターランクに左右されない実力の指標として多くのハンターが競い誇るものの一つだ。


 戦闘用義体者や重装強化服の着用者を撃退した記録は、そのハンターの評価を大いに高めることになる。

 単純に強力なモンスターを撃退した記録ならば、強力なモンスターが生息している地域で活動すれば比較的簡単に入手することができる。

 しかし高い戦闘技術を保有し、強力な武装を保持する人間との交戦記録を得るのは困難だ。


 モンスターと人間では必要な戦闘技術も異なる。

 高度な対人戦闘の履歴は、その方向での実力を求めている依頼者達に高く評価されるだろう。

 しかもその記録の正確さを、ハンターオフィスとクガマヤマ都市が保証しているのだ。

 その価値は高い。


 つまり、アキラは自身の想像以上に貴重なものを要求されているのだ。

 たとえアキラがその価値を理解していないとしても、それを大して価値のない物のように扱うアキラの態度がキバヤシの機嫌を急上昇させていた。


 アキラは困惑しながらキバヤシを見ている。


「俺としてはそんな要求に1億オーラム、いや請求額の相殺分を含めれば1億6000万オーラムの価値があるとは思えないけどな。

 詐欺の類いじゃないなら、金額の妥当性とかを含めて説明してくれ」


 アキラが少し疑いを強めて尋ねた。

 アキラには何らかの裏があるように思えてならない。


 アキラはこの取引を断れない。

 断ればアキラは6000万オーラムの負債を背負うことになる。

 地下街の依頼の報酬が多少は支払われるだろうが、それで負債を相殺できる保証はないのだ。


 アキラに施された高価な治療の数々も、この取引を断らせないためのものだ。

 それぐらいは気付いている。

 しかしそれに気付いたからといって、アキラにあらがう術はないのだ。


 アキラはキバヤシが自分の質問に簡単に答えるとは思っていなかった。

 だがキバヤシはあっさり答える。


「いいぞ?

 ただしその説明も守秘義務の範疇はんちゅうだ。

 だから取引が成立した後でないと説明はできない。

 取引成立ってことで構わないか?」


「ああ」


「ではこの書類にサインしてくれ」


 キバヤシは書類とペンをアキラに差し出す。

 それを受け取ったアキラは書類の記述内容を読もうとするが、非常に細かい文字で書類を埋め尽くすようにびっしり記述されていて、すぐに断念した。


 アキラの代わりに書類の内容を精査したアルファがその結果を伝える。


『大丈夫。

 変なことは書かれていないわ。

 誰かに話したら都市を敵に回すことになりかねないから気を付けろ。

 乱暴に説明するとそんなことがいろいろ書かれているだけよ』


 それを聞いたアキラは安心して書類に記名した。

 記入済みの書類を受け取ったキバヤシがニヤリと笑う。


「良し!

 これで取引は成立だ!

 俺の仕事も終わり!

 ああ、説明はちょっと待ってくれ。

 取引成立を連絡するからな。

 結構かされていてね」


 キバヤシは情報端末を取り出してどこかに連絡した。

 しばらくすると他の職員が部屋に入ってきた。

 キバヤシはアキラに渡した資料を回収して、自分の他の資料とアキラが署名した書類と一緒に職員に渡す。

 職員は内容を確認した後にそれらをかばんに格納して出て行った。


 キバヤシが上機嫌で話す。


「これで俺の評価もうなぎ登りだ。

 何か追加要求があるなら言ってくれ。

 すんなり決まった礼に多少は口をきくぜ?

 こう見えて結構権限は持ってる方なんだ。

 お前の報酬の前払にバイクを付けたりな。

 都市の備品を勝手に報酬に付け加えるのは、実は結構高い権限がいるんだぞ?」


「取りあえず、さっきの説明を頼む」


「おっと、そうだったな。

 1億6000万オーラム。

 確かにちょっと高すぎると考えても不思議はない額だ。

 いろいろ裏が有ると考えるのも当然だ。

 で、まあ、その裏の話なんだが、早い話、口止め料と宣伝費が入ってるんだよ」


 キバヤシはそう言って説明を続けた。


 クズスハラ街遺跡地下街での遺物強奪事件は一応の決着を見せた。

 都市側としては幸運にも軽微な被害と評価できる範囲で終わった。

 だが事件の全容は都市側の不備と過失を多分に含むものだった。

 地下街で発見された遺物を速やかに回収していなかったこと。

 遺物襲撃犯が地下街のハンターに長期間紛れ込んでいたこと。

 都市の諜報ちょうほう部が事前に遺物襲撃を予想できなかったこと。

 この事件における都市側の失態は大きい。


 事件を隠蔽することは不可能だ。

 複数の徒党に属するハンターに死者が出ている上に、都市の防衛隊も派遣している。

 かといって単純に事件の内容を公開する訳にもいかない。

 偶然地下街にいたハンターが偶然遺物襲撃犯の主犯格の1人を撃退し、しかも地上で残りの主犯格の人間を撃破、撤退させたのだ。

 都市側の成果はその後始末程度で、誇れる功績ではない。


 都市側は無能でしたが偶然が重なって幸運にも何とかなりました。

 都市の経営陣はそんな報告を外部に報告しなければならない事態になるのだ。

 クガマヤマ都市に多額の防衛費を支払って住んでいる多くの顧客や、定期的に情報交換を実施している他の都市の経営陣、そして上位組織である統企連に対してである。

 これはクガマヤマ都市にとって大きな痛手になりかねない事案だった。


 報告を受けたクガマヤマ都市の経営陣は現状の改善策を模索した。

 様々な調査や調整が行われる中、事態収拾の責任者は遺物襲撃犯の主犯格達がアキラを都市のエージェントだと誤解していることを知る。

 何とか都市側が負う傷を浅くする手段を模索していた彼らはそこに目を付けた。


 偶然地下街にいたハンターが偶然遺物襲撃犯を撃退したのではなく、事前に遺物襲撃の情報をつかんでいた都市がエージェントをひそかに地下街に派遣して、情報通り現れた遺物襲撃犯をそのエージェントが撃退した。

 それが事実であればむしろ都市の評価は高まることになる。


 幸いにも事実をそう改竄かいざんするための労力はごく僅かですむことも判明した。

 つまりアキラと交渉すれば済むのだ。

 アキラは個人で依頼を受けており、徒党などに属しているわけではない。

 アキラと交渉して納得さえさせれば、後は都市側内部の調整で済むのだ。


 そしてその交渉の難度を下げるために、アキラには多額の治療費が必要な治療が施されたのだ。

 支払を都市側が保証しているため、病院側は治療費の未払を一切気にすることなくアキラを治療することができた。

 その結果、アキラは6000万近い負債を背負うことになったのだ。

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