第285話 緑色の液体
シカラベは仲間達と一緒にシェリル達の拠点の周辺で襲撃者達と戦っていた。その顔は険しい。だがそれは敵の強さの
「……カツヤ派の連中、いねえじゃねえか。……
カツヤ派の残党がアキラを襲うのであればこのタイミングしかない。指揮官であるクロサワがそう判断したことで、シカラベ達は拠点の外に打って出ていた。襲撃者達に交じっているであろうカツヤ派を素早く探し、撃破し、そのままスラム街から離脱する。その予定だった。
しかしそのカツヤ派が見付からない。そして他の襲撃者達も、本来互いに戦う必要の無い相手であるシカラベ達を、見分けて無視してくれる訳ではない。その
そこにクロサワから通信が入る。シカラベ達はエリオ達の回線を間借りする形で通信環境を維持しており、現在の通信障害下でも通信を維持していた。そして指示の内容を聞いたシカラベが思わず
「……拠点に撤退? どういうことだ?」
シカラベも撤退自体は疑問に思わない。カツヤ派はいなかったと見切りを付けたにしろ、ハンターオフィスを介した和平を
しかしいずれにしろ撤退ならばスラム街からの脱出になる。拠点に戻る意味は無い。
そしてその疑問に対するクロサワの返答は非常に曖昧で、かつシカラベには説得力を持つものだった。
「嫌な予感がする」
その短い返事を聞いたシカラベは、表情を非常に険しいものに変えた。
クロサワは余りに安全を重視する
そして今回その懸念が、予感が正しいのであれば、クロサワが撤退先に拠点を選んでいる時点で、スラム街の外へ撤退するのは既に手遅れである恐れがあった。
「……分かった。拠点に撤退する」
自身も己の勘に命を預ける者として、そして自身の指揮を預けた者への信頼で、シカラベはクロサワのあやふやな根拠、予感、勘を基にする指示を、反論せずに受け入れた。
アキラは巨大な多脚戦車を5発の対滅弾頭を使用して撃破した後、撃破の
恐らくあれが相手の主力兵器だった。それを失ったのだ。撤退する理由には十分だろう。そう思っていたのだが、その期待はあっさりと裏切られる。荒野に陣を敷いている敵の一団から、今度は人型兵器の部隊が出現したのだ。加えてミサイルによる
アキラがバイクで空中を駆けながら、同乗しているシオリとカナエに声を掛ける。
「なあ、よく分かんないけど、同じ会社のやつらなんだろ? どこまで被害が出たら撤退するとか、分からないか?」
「申し訳御座いません。見当も付きません」
「まあ、全滅させるつもりでやるしかないんじゃないっすかね?」
シオリは真面目に、カナエは軽く笑ってそう答えた。ある意味で予想通りだった返事と態度に、アキラは
「そうか。リオンズテイル社には仕事熱心なやつが多いんだな。
生きている時は死を恐れずに相打ち前提で、死んだ後もバラバラにしないと立ち上がって自分を殺しにくる者達の執念に、アキラは嫌そうな苦笑いを浮かべた。
アキラの内心を察してシオリとカナエも苦笑する。そして新手の人型兵器部隊の内、地上に展開した機体達を見る。
「アキラ様。私達は下の相手を致します。余力がありましたら、また援護を御願い致します」
「上はお願いするっすよー」
シオリ達は借りていた銃をアキラに返すと、そう言い残してバイクから飛び降りた。落下しながらシオリはアキラに軽く礼を、カナエは笑って手を振っていた。そして問題無く着地すると、
人型兵器の部隊が地上と空中からアキラへの銃撃を開始する。その攻撃を、バイクで宙を駆けるアキラは巧みな運転で高速で回避する。
『アルファ。あれには対滅弾頭は要らないよな?』
そうであって欲しいという願望を顔に出しているアキラに、アルファは楽しげな笑顔を向けた。
『不要かどうか、早速確かめましょうか』
『だな』
返してもらった2
「よし!」
安めの弾薬費で敵を撃破できたことにアキラは思わず声を上げると、そのまま意気も上げて戦闘を続行した。
地上に戻ったシオリ達が人型兵器を撃破していく。
シオリが軽く跳躍し、5メートルほどの高さの機体に向けて刃を振るう。横
カナエも同じように拳を振るう。強化服の身体能力に本人の技量を乗せて、
シオリもカナエも人型兵器を
「……
「……、分からないわ」
投入された人型兵器はどれも微妙な性能だった。安物とは呼べないものの、荒野で500億オーラムの賞金首を狙ったハンター達が使用していた機体より劣る性能しかない。
その程度の性能でも部隊として一気に投入するのであればまだ分かるのだが、逐次投入されていた。それでも本隊を撤退させる
「取り
「了解っす」
シオリ達は敵の意図の読めない行動に顔を険しくさせながらも、出来る限りのことを続けていた。
地上でシオリ達が顔を険しくしていた頃、既に多数の人型兵器を倒していたアキラもバイクで宙を駆けながら顔を険しくしていた。
『アルファ。これ、何かの
アキラも強敵など望まない。新手の人型兵器を、対滅弾頭を使わずに倒せることも歓迎できる。だがパメラが操る人型端末の群れや、巨大な多脚戦車との激戦の後に、幾ら人型兵器とはいえ
アルファも余裕の
『何らかの意図はあるのでしょうけれどね。取り
対滅弾頭という切り札の存在は既に相手に露見している。その上で、空中の人型兵器の部隊は
それらをアルファから説明されたアキラが
『うーん。少なくともこっちが対滅弾頭をたっぷり持ってるなんてハッタリも出来ない状態ってことはバレた訳か。あいつらはそれを確かめる
一理あるとは思いながらも完全には納得できず、アキラの顔は険しいままだった。
『アキラ。気を散らさずに、気を緩めずに戦う。今はそうするしかないわ』
『そうだな。分かった』
考えすぎた
その間にもミサイルによる
シオリ達が周囲の
そしてシオリ達が臨戦態勢を取る中、別の二人組が少し離れた場所、互いに相手を認識できるギリギリの距離を駆け抜けていった。
一瞬だけ見えたその二人の姿を認識した途端、シオリ達は非常に険しい表情ですぐさまその二人の後を追った。
その二人はパメラとラティスだった。釣られてしまっていると理解しながらも、パメラ達の向かう方向がレイナ達のいる拠点である以上、シオリ達に追わないという選択肢は無かった。
空中で戦い続けていたアキラの前で、敵の人型兵器達がまるで撃墜されたように急に動きを止めて落下していく。そして全ての機体がそのまま地面に激突した。
『な、何だ? 何が起こったんだ?』
アキラは余りに予想外の事態に困惑していた。アルファも難しい表情を浮かべている。
『
『そうか……』
状況は飲み込めないものの、敵はいなくなった。増援の気配も無い。だからこれは良いことだ。アキラは警戒を残しながらも、そう考えて気を切り替えようとした。
『アルファ。シオリ達の方はどうなってる? 分かるか?』
『大分粗い精度だけれど、交戦と考えられる大きな反応は無いから、地上の方もこちらと同じ状況かもしれないわね』
『それなら声を掛けて一度拠点に戻るか。弾薬も補充しておきたいし……』
そう答えながらアキラはバイクの進行方向を拠点の方へ変えた。その途端、アキラの表情が急に険しくなる。意識をそちらに向けたことで、索敵の優先度も無意識に同じ方向に偏らせた結果だった。
通信障害の
『いつの間に……!?』
『アルファ! 行くぞ!』
アキラがすぐさまバイクを全速力で走らせる。空気より重い
『あの人型兵器達、あいつらが先に進む
『そうかもしれないけれど、それを考えるのは後にしましょう』
『だな。アルファ。狙えるか?』
『出来ればアキラが自力で狙って。通信障害が
『了解だ。回避の方は引き続き頼んだ』
『任せなさい』
アキラがバイクのTGPレーザー砲の照準をパメラ達に合わせる。撃ち手も標的も高速移動中での射撃だが、今のアキラの実力ならば何の問題も無かった。砲口から強力なエネルギーの奔流が撃ち出され、煙幕の影響で威力を落としながらもパメラ達へ正確に襲い掛かる。
だがパメラはその攻撃に気付いた上で笑っていた。ラティスの死体を元に造られた人型端末が軽く跳躍しながら空中で振り返り、両手をレーザー砲の射線上に構える。そして両手の
戻ってきたレーザーをアキラは慌てて回避した。レーザーはただでさえ煙幕の影響で有効射程と速度と威力が減衰している。往復で影響も2倍、加えてアルファのサポートのリソースも緊急回避の精度に回している。回避自体は問題無い。しかしアキラを慌てさせるのには十分だった。
『うおっ!? 危ねえ!』
『私のサポートを回避優先にしておいて正解だったわね?』
どこか得意げに笑うアルファに、アキラは苦笑を返した。
『そうだな。それにしても、レーザー砲を跳ね返してくるって何なんだよ』
『理論上は十分可能なことよ。技術的には難しいのだけれどね』
『そうか。なら、こっちならどうだ!』
アキラが両手とバイクの分を含めた計3
だがパメラはそれを片手で防いだ。ラティスと同じように前へ跳躍しながら振り返り、片手を前に出して射線上に
更にパメラはその力場の盾を蹴り飛ばした。濁ったガラスのような物体にも見える
アキラは驚きの表情を浮かべながらもバイクを即座に空中で切り返した。巨大な半透明の物体がバイクの
『……こっちも駄目なのかよ。クソッ!』
思わず悪態を吐いたアキラの顔は険しい。攻撃を防がれ、回避を強いられ、その
周囲の濃い
『対滅弾頭は……、
『ええ。アキラ。使っては駄目よ』
『だよな』
標的との距離が近すぎて巻き込まれる恐れがある上に、一度距離を取って撃ってもシオリ達を確実に巻き添えにする。それ以前に、対滅弾頭は
その上でアルファも同じ判断をしたと思ったのだが、別の理由を告げられる。
『前に撃った時はアキラが比較的荒野側の位置から荒野に向けて撃ったから、都市の防衛隊も対滅弾頭の使用を見逃したはずよ。ここまで都市に近い位置から都市側に向けて撃ったら
『そ、そうだな』
十分に納得できる理由ではあったのだが、対滅弾頭を使用できない理由の自分との差異に、アキラは僅かに顔を硬くした。
そして、それはそれとして顔を険しくする。自分の切り札である対滅弾頭を、パメラ達に封じられたことに違いは無いからだ。それはアキラにとって、パメラ達が人型兵器達を
『してやられた訳か。仕方無い。アルファ。取り
『地面に近いほど通信障害が
『ああ。気を付ける』
アキラは宙を飛んでいるバイクの進行方向を下げた。バイクが濃い煙幕に包まれる中、アキラの視界からアルファの姿が消える。それでもそのまま煙幕の中を突き進み、シオリ達の姿を何とか見付けると、
『あいつらを無視して拠点に戻る。乗ってくか?』
それはパメラ達の移動先が拠点では無かった場合、パメラ達を見失うことを意味する。一度見失ってしまえば、
シオリ達はそれを分かった上でアキラの誘いに乗った。パメラが自分達を直接狙わない行動を取った以上、パメラ達を自由にした
『お願いします』
『お願いするっす!』
シオリ達を乗せたアキラは、すぐにバイクを再び上昇させた。そのまま比較的煙幕の薄い部分、立入禁止領域を示す赤い天井近くまで登ると、拠点へ向けて一気に加速する。地上付近は煙幕が濃い分だけ高速フィルター効果も大きく加速は難しい。しかしこの付近ならば十分に加速できる。
それでも高速フィルター効果は僅かだが存在する。その壁をバイクの出力で強引にぶち抜きながら、アキラ達は拠点の建物を目指した。
アキラ達によって倒された人型端末の残骸、パメラの顔をした遠隔操作端末達が緑色の血の池に浮かんでいる。一部は大型多脚戦車の主砲によって完全に吹き飛ばされたが、残りは
生物的には既に死亡している。機械的には既に大破している。それらの破片が浮かんでいる緑色の液体、一応は回復薬に属する液体の池が徐々に小さくなっていく。
そしてそこに浮かんでいた生体部品である肉塊に口が生えた。
口が周囲にある食料、他の生体部品や機械部品、人型端末の装備品などに食らいつく。
そのまま大きくなった肉片から多関節の腕と脚が生えた。
その脚で肉片が歩き出す。その腕で周辺の食料を
似たような光景はスラム街の様々な場所で起こっていた。アキラ達はパメラが操作していた人型端末達と移動しながら戦っており、それにより人型端末達の破片はスラム街の様々な場所に
また一部の人型兵器は内部から食われていた。機体を操縦していた人型端末の体が裂け、そこが緑色の血を吹き出す口へと変わり、周囲の物を手当たり次第に食べていた。宿主が寄生虫に内側から食い尽くされるように、操縦席もジェネレーターも
そしてそれらの光景は、濃い
煙幕は強力な重火器の有効射程を縮める
レイナは拠点の屋上から襲撃者達を狙撃していた。シオリ達に同行するのは危険だとシオリから止められたのだが、だからといって自分だけ拠点の中に引き籠もるのはレイナも
大型の狙撃銃から撃ち出された銃弾が、濃い
その見事な狙撃にトガミが舌を巻く。
「この状況でよく当てられるな」
そう自身に向けられた称賛の言葉を、レイナが苦笑気味に軽く笑って別の方向へ流す。
「標的の正確な位置が送られてきているからね。自力じゃ無理よ」
レイナの実力では煙幕の
「この状況で敵の位置をここまで正確に送ってくるなんて……、
レイナ達もシロウのことはキャロルが連れてきた協力者としか認識しておらず、顔も名前も知らない。だがその実力は十分に理解できた。
それでも狙撃は標的の位置さえ分かれば当たるものではない。加えて現在の状況では煙幕の影響で有効射程は縮まり弾道もぶれる。その環境下でしっかりと当てたのはレイナの実力だ。トガミはそのことを称賛したつもりだったのだが、僅かに苦笑して言葉を合わせた。
「……そうだな。世の中、
レイナが少し不思議そうにしてから軽く笑う。
「まあ、私もいずれはそれぐらい自力で出来るようになってみせるわ。トガミは?」
どことなく挑発的なレイナの笑顔に、トガミも調子良く笑って返す。
「……、俺だってそうなるさ。いずれは、なんて気の長い話じゃなくて、その内に、ぐらいにはな」
「あらそう。じゃあ、競争ね」
競えるぐらいにはこれからも
次の瞬間、急接近してくる気配に気付いたレイナ達は反射的に顔をその方向へ向けた。トガミがレイナを
反応の正体はパメラ達だった。レイナ達の前方の宙を飛ぶように駆けて、拠点の屋上に乗り込もうとしている。
トガミはすぐにパメラ達を銃撃した。だが
それを受けてレイナもすぐに屋上の出入口を目指した。ビルはツバキの管理区域から流れた遺物を取り扱うこともあって補強を重ねており、スラム街の建物とは思えないほどに頑丈な造りになっている。壁には
しかしそれをパメラが阻止する。強固な
一瞬の遅れが致命的になるこの状況で、退路を断たれたレイナが
見上げた先には、僅かに遅れてその場にバイクで駆け付けたアキラ達がいた。更にシオリ達がレイナ達の下へ向かおうとバイクから飛び降り、宙を蹴って自由落下より速く駆け付けようとしていた。
だがパメラ達がその合流を邪魔する。向かう先をレイナ達ではなくシオリ達の方へ変えると、空中で激突するように一気に距離を詰めた。パメラとカナエが拳を、ラティスとシオリが刃を、宙で振るってぶつかり合う。
その光景を見たレイナは、自分が取るべき行動を即座に取った。屋上の端に向かって走り出し、そのままビルから飛び降りる。この状況で自分がシオリ達に出来る最大の援護は、シオリ達が自分を気にせずに戦えるように距離を取ることだと判断したのだ。
トガミもレイナの意図をすぐに察した。レイナの後に続いて屋上から飛び降りる。更にパメラ達が来た方向から人型端末が現れてレイナ達の後を追った。
一瞬で立て続けに変わった状況にアキラが対応を迷う。だがシオリに視線でレイナの援護を促されたことで、そのままバイクでレイナ達を追った。
そしてシオリ達とパメラ達が屋上に着地した。その顔に殺意を
「間に合った……のではなく、誘われたのでしょうね」
パメラが笑顔で肯定する。
「分かってるじゃない。前と同じ2対2よ? でも……、今度は……、私は足を引っ張らないわ」
前回は自身の失態でラティスを死なせてしまった。ここでその結果を覆す。その意志により、パメラの笑顔に狂気がより強く
その狂気に対し、カナエは
「2対2? 2対1じゃないっすか?」
その途端、パメラの顔から笑みが消えた。
「……2対2よ」
パメラの表情が
しかしカナエは動じない。
「まあ、どうでも良いっす。そんなことより、私も前回はしくじったっすからねー。今度は、真面目にやるっす」
そしてカナエも笑顔を消した。その顔から相手との戦闘を楽しみ、相手の価値を認めるものが完全に失われ、代わりに対象に一切の価値を認めない
「死ね」
「殺す」
共に笑顔を消したカナエとパメラが、対象の死に対する姿勢を込めた微妙に異なる言葉を吐き、吐いた言葉を実現する
4人が、
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