第284話 威力偵察

 アキラ達がスラム街の比較的荒野に近い辺りで激戦を続けていた頃、シェリルの拠点周辺でも激しい戦闘が繰り広げられていた。


 既に半壊している通りを必死に走るエリオへ、通信機越しに乱暴な助言が届く。


「もっと急げ! まとめて吹っ飛ばされたいのか!?」


「分かってるよ!」


 エリオは半分自棄やけになって怒鳴り返した。慣れない強化服を出来る限り操って不格好な走りを続けながらも何とか目標地点に到着すると、再びかされる。


「急げ急げ! 情報収集妨害煙幕ジャミングスモークの影響下だからって、ボサッとしてれば気付かれるぞ!」


「分かってる!」


 エリオが怒鳴り返しながら両手を前に出す。その動きに連動して、背負っていたAF対物砲がエリオの肩を通って前に出た。それをしっかりとつかみ、CA31R強化服の身体能力で何とか支えて、銃口を標的に合わせる。


「照準補正完了! ぶっ放せ!」


 号令を受けたエリオは即座に引き金を引いた。撃ち出された弾丸が粒子状に変化して発光しながら宙を穿うがち、エネルギーの奔流の軌跡を描く。同時にエリオは反動で後方に吹き飛ばされた。


 それでもAF対物砲の一撃は標的に命中していた。大型の重装強化服が強力な光線に胴体部を貫かれて崩れ落ちる。その所為でミサイルポッドから撃ち出されようとしていたミサイルの軌道が大幅に狂い、近くの建物に命中して爆発し、周辺に被害をき散らした。重装強化服の周りにいた襲撃者達が慌てて避難する。


 地面に倒れながらその様子を見ていたエリオは、自身の感覚では大成果と言って良いその結果に思わず会心の笑顔を浮かべた。


「や、やった! 倒したぞ!」


「とっとと起き上がれ! 死にたいのか!?」


 自身の成果を無視するような強い口調での叱咤しったに、成果の喜びに水を差されたエリオが不機嫌そうに顔をゆがめる。だがそれもすぐに焦りの顔で上書きされた。他の襲撃者達が自分に銃を向けようとしているのに気付いたのだ。慌てて起き上がり、ヘルメットのシールド部を兼ねた表示装置に記されている矢印の指示に従って近くの建物に飛び込む。一瞬前までエリオがいた場所に大量の銃弾が着弾し、跳弾が縦横無尽に飛び散っていった。


「あ、危ねえ!」


「危ねえ、じゃねえ! すぐに反撃しろ!」


 ヘルメットの透過式表示装置には壁の向こう側にいる襲撃者達の姿が映し出されている。その場で早く撃て、LEO複合銃を使え、と催促する文言まで付け加えられていた。


 それらの標的を、エリオは指示通りにLEO複合銃を両手でしっかりと構えて乱射に近い撃ち方で銃撃する。その壁はかなり分厚いのだが、スラム街の建物の壁などC弾チャージバレットの威力の前には紙に等しい。撃ち出された銃弾は壁をあっさりと貫通して目標を撃破した。


「よ、良し……! これで……、少しは……、休め……」


「次! 移動だ! 急げ!」


 ヘルメットには気化状態の回復薬を継続して散布する機能が付けられており、その効果でエリオの体力を常時回復させて継戦能力を維持させている。それでも先程から続けられている口調も内容も厳しい指示の連続に、エリオは心身共に疲労がまっていた。


「少しぐらい休ませてくれ!」


「お前が休んだ分だけ、お前の仲間の死体が積み上がるんだ! それで良いなら好きにしろ!」


「……クソッ!」


 エリオは吐き捨てて走り出した。


「キャロルさんの紹介だってのは知ってるけどさ! もうちょっと何とかならねえのか!?」


「俺がサポートして何とかしてやってるから、お前らも何とか戦えてるんだろうが!」


 エリオが顔をゆがめる。実際にそのサポートのお陰で戦えているのは事実であり、それを理解している分だけ言い返せなかった。


 先程からエリオをサポートしているのはシロウだ。もっともキャロルが用意した協力者としか教えられておらず、エリオはシロウの顔も名前も知らない。恐らくキャロルに引っ掛かった有能なハンターで、何らかの弱みを握られて自分達の協力をさせられているとしか認識していなかった。


 それでもその実力は本物だと理解していた。エリオ達は当初、情報収集妨害煙幕ジャミングスモークによる通信障害の所為で総合支援システムからの支援を受けられず、満足に戦えない状態だった。だがシロウのサポートを受けた途端、襲撃者達も通信障害を受け続けている中、自分達だけ通信が回復したのだ。


 更に情報収集妨害煙幕ジャミングスモークの所為で索敵も難しい状況なのにもかかわらず、敵の姿を壁越しに正確に表示させるなど、総合支援システムの通常の支援を超えたサポートを受けられるようになっていた。


 シロウはそれらのサポートを、エリオ達がこの数日間拠点の周囲に嫌がらせのように大量に設置していた情報収集機器を利用して行っていた。本来ならばそれらの機器も情報収集妨害煙幕ジャミングスモークの影響で無効化されるのだが、シロウは自身の技術でそれらの通信経路を調整、制御して通信状態を維持し、その通信網を介してエリオ達の通信も回復させた。更に設置した機器を介して襲撃者達の情報収集機器などに侵入し、相手の位置を正確につかんでいた。


 そもそもエリオ達による連日の情報収集機器設置作業は、拠点の警備システムとしても使用されている総合支援システムを介して、シロウの指示で実施されていた。それにより機器の設置場所もシロウにとって都合の良い位置になっていた。それがシロウのサポート能力を引き上げていた。


 エリオ達はその恩恵により、圧倒的な数の敵に襲われているのにもかかわらず、強力な情報収集妨害煙幕ジャミングスモークの影響を逆に味方に付けて戦況を維持することが出来ていた。


 加えてエリオはアキラの装備を引き継ぐことで戦力を更に上げていた。最早もはやそこらのハンターなどエリオの敵ではない。先程倒した重装強化服もクガマヤマ都市周辺のモンスターなど軽く蹴散らす性能を持っていたが、あっさり撃破できた。


 だがその高い武力の所為で、エリオは総合支援システムとそれを掌握しているシロウから、主に仲間達では倒せない相手を撃破する仕事、大物殺しの役割を割り当てられていた。当然ながら非常に負担が大きい。


「全く、お前らアキラの仲間なんだろう? もっとやる気出せねえのか?」


 心身共に疲労がまっていたところに、シロウからまるでアキラのように動けと言わんばかりの叱咤しったを受けた所為で、エリオが思わず言い返す。


「……違う。俺達はアキラさんの仲間じゃない」


「えっ? 違うのか?」


 かなり意外そうな声を返してきたシロウに、エリオが疲労と不満の所為もあって少し強い口調で答える。


「ああ。違う。キャロルさんからどんな説明をされたのかは知らないけど、アキラさんはボスに個人的に協力しているだけで、俺達はボスからその恩恵を受けてるだけだ。アキラさんは俺達の徒党に所属もしていないし、仲間ではないって明言もしてる。俺達はあくまでもボスの部下で、アキラさんの部下でも仲間でもない。……まあ、そう誤解されても仕方無いと思うけどさ」


「あー、そうだったのか」


 その話を聞いたシロウは、道理で動きが悪い訳だと思って逆に納得していた。実はシロウは今までエリオ達のことを、アキラがスラム街の徒党を装って構築した月定層建つきさだそうけんの部隊だと思っていたのだ。アキラがたかがスラム街の徒党に随分と協力しているのも、月定層建つきさだそうけんが現地に部隊を構築する一環だと考えていた。


 他所から呼び寄せた人員にしろ、現地の者を雇って訓練したにしろ、月定層建つきさだそうけんの部隊であればもっと真面まともに動けるだろう。そう思って動きの悪いエリオに叱咤しったしていたのだが、違うのであれば素人相手に過剰な要求をしてしまっていたと思い、少し悪いことをしたと考え直す。


「そりゃ悪かった。アキラの仲間ならそれなりに動けると思ってたんだ。切り替える。取りえず指示通りに進んでくれ」


「……? 分かった」


 エリオはシロウが急に態度を変えたことを少し怪訝けげんに思いながらも指示通り先を急いだ。そして少し進んだ所で隠れるように指示される。半壊した建物の影から通りを見ると、戦車と人型兵器が組んで進んでいた。


 これを倒せと指示されると思ったエリオが顔をしかめる。アキラの装備を借りているとはいえ、エリオの感覚では明確に無謀の領域だ。


 だが次の指示はその場で待機だった。今までの指示とは毛色の異なる内容を怪訝けげんに思っていると、射線上の情報収集妨害煙幕ジャミングスモークを焼き焦がすレーザー砲が戦車と人型兵器を貫いて大穴を開け、一撃で大破させた。


 驚いたエリオが発射元を思わず見る。別の建物の屋上に大型の砲を構えたキャロルがいた。そしてエリオに向けて笑って軽く手を振ると、携帯するのは無理があるような大型レーザー砲を軽々と持ちながら別の建物の屋上へ飛び移っていった。


 半ば唖然あぜんとしているエリオにシロウの声が届く。


「ほら、アキラの仲間ならあれぐらい余裕かなって思ってさ」


「だから一緒にしないでくれ……。それに装備も違うじゃないか……」


「装備に問題は無いぞ? 実際にアキラはその装備で人型兵器を撃破してるしな」


「だから、アキラさんと、俺を、一緒にしないでくれ」


 すごい装備があればすごいことが出来る。エリオもそれを否定する気は無いが、やはり限度はあるのだと、装備だけでは駄目なのだと、改めて思い知らされていた。




 シェリルの拠点を襲撃しようとしている者達は大規模だが、指揮の統一は全く取れていなかった。実力もそこらのハンター崩れから、より東側の地域からやって来た高ランクハンターまで様々だ。つまり大規模な寄せ集めの集団にすぎない。それでも数の暴力というものはある。人数の差をそのまま戦力の差と捉えて意気を上げる者は多かった。


 加えて曖昧なうわさや依頼が軽い気持ちで参加する者を増やしていた。陽動として、アキラが滞在しているスラム街の拠点をちょっと襲ってくれればいい。それだけでリオンズテイル社との伝が得られる。必要なら資金も援助してくれる。そのようなうわさや依頼元が不明な依頼が流れ、実際に金をもらったという話まで流れていた。それにより、アキラと戦うのは無理でもそれぐらいならと、リオンズテイル社との伝という利益に目がくらんで多くの者が襲撃に参加していた。


 またその騒ぎに乗じてシェリルを殺し、徒党を完全に壊滅させようと試みる者達もいた。今回の騒ぎでアキラが生き残ってもシェリルさえ殺せば徒党は瓦解する。スラム街の利権を奪われて憤慨していた者達も、普段ならばアキラからの報復を恐れて手は出せない。しかし今ならば誰がシェリルを殺したかなど分かりはしないと、金と人を出していた。


 更にエゾントファミリーとハーリアスの残党が再起を賭けて集結し、ウダジマ達からひそかに資金援助を得て戦車や人型兵器まで持ち込んでいた。シェリルの徒党が壊滅すればイナベの今後の金策にも支障が出る。エゾントファミリーはアキラに徒党を壊滅させられたようなもので恨みも強い。ハーリアスも都市の幹部であるウダジマ達を後ろ盾にして復権したい。それらの理由が混ざり合い、たかがスラム街の部隊とは思えないほどに質も量もそろえられていた。


 その大襲撃を受けているシェリルの拠点の周辺を、キャロルは巨大な砲を手にして飛び回っていた。戦車や人型兵器などエリオ達では手に負えない大物の撃破を続けている。


「まあ戦車や人型兵器って言っても、こっちに来るやつならこんなものよね」


 キャロルは先程あっさりと倒した戦車と人型兵器の残骸を見て、余裕の笑顔でそうつぶやいた。そして自分の中で基準が随分と上がってしまっていると苦笑をこぼす。アキラと一緒に戦った時の物と比べれば著しく性能が低いとはいえ、それでも戦車や人型兵器であることに違いは無く、普通はそんなに軽い相手として扱われるものではないからだ。


 その時、敵の気配を察したキャロルが横方向をレーザー砲でぎ払いつつ敵の銃撃を回避する。だが相手も高い実力で横ぎのエネルギーを素早く回避した。


 本来ならばそのまま戦闘続行となる。だが互いに相手の顔を知っていた軽い驚きが戦闘続行の契機を乱し、キャロル達を対峙たいじさせた。


「あら、貴方あなたも襲撃に参加してたの?」


「そっちこそ、何でこんな所にいるんだ? キャンピングカーを買ってどっか出掛けたんじゃなかったのか?」


 相手はキャロルの副業の客だった。高ランクのハンターで稼ぎも良く、装備も実力もその稼ぎに応じて高く、先程倒した人型兵器より強いのは確実だと知っていた。


「まあ、私にもいろいろあってね。あ、良ければこっちに寝返らない? こんな状況だし、安くしておくわよ?」


 キャロルがそう言って誘うように笑うと、相手の男が非常に残念そうな表情を浮かべる。


「悪いな。仕事が始まる前なら喜んでそっちに付くんだが、流石さすがに依頼の最中にくら替えは出来ねえよ。だから、逃げてくんない? 追わねえからさ」


 そう言って少しすまなそうに頼んでくる男に向けて、キャロルは軽く首を横に振った。


「ごめんなさい。こっちもちょっと、頼まれててね? それは、駄目なのよ」


「そっかー」


 アキラに頼まれたので、キャロルは退けなかった。ハンターとして依頼に忠実なので、男も退けなかった。よって、戦闘は続行される。


「殺す気で行くが、死ぬなよ?」


貴方あなたもね。私は今、結構強いから」


 そう言ってどこか楽しげに笑ったキャロルを見て、男が少し意外そうな顔を浮かべる。だがすぐに軽く笑って気を切り替えた。


「そうか……。行くぞ!」


「来なさい!」


 キャロルが飛び退きながらレーザー砲を構える。男がその動きに合わせて銃を向ける。殺し合うに足る技量の持ち主達が、スラム街の宙を駆けながら引き金を引いた。




 襲撃者達に交じっている大物、重装強化服や戦車、人型兵器、あるいはそれらに匹敵する高ランクハンター達を相手にするために、ババロドとレビンは組んで行動していた。どちらもヴィオラの絡んだ借金に縛られている身であり、互いに相手が逃げたら始末しろと指示されており、一緒に逃げるような信頼関係も無いので、上手うまく機能していた。


 それらの大物達を相手に戦うのは、ババロドはともかくレビンに取っては自殺と変わらない。だがそれでもレビンが何とか戦えているのは、半ばスポンサーとなっている機領から相応の装備を与えられたからだ。


 代わりにレビンの借金は10億オーラムを突破した。貧弱な装備で死ぬか、真面まともな装備で負債を増やすかの二択を突き付けられて、後者を選択した結果だった。


 そのレビンがババロドの戦い振りを見て舌を巻いている。装備で戦闘能力を無理矢理やり底上げしているレビンとは異なり、元々ゼロスのチームに所属していたババロドは高ランクハンターだけあって普通に強い。


「あんた、すごいな。ハンターランク50超えは伊達だてじゃねえな」


「ん? まあ、これぐらいはな」


「それだけ強ければ借金なんて軽く返せるだろう。借金、幾らなんだ?」


 顔をしかめて黙ったババロドの様子に、レビンが軽く付け加える。


「まあ、無理には聞かねえよ。あ、俺は10億オーラムぐらいだ。いつになったら完済できるのか、頭を抱えてるところだ」


「……100億だ」


「はぁ!?」


 予想外の額を聞いたレビンが思わず声を上げた。その所為でババロドの機嫌が少し悪くなった。


「まあ、俺にもいろいろあってな」


「そ、そうか……」


 レビンはそのいろいろ、複雑な事情に少し興味が湧いたが、詳しく尋ねる度胸は無かった。


 その時、ババロドが急にレビンをつかんでその場から離脱した。一瞬遅れて近くの建物が斬り刻まれて半壊する。突然のことにレビンが慌て出す。


「敵か!? 反応無かったぞ!?」


「総合支援システムから送られてくる敵の位置情報のことを言ってるのなら、あれはそこらに設置した情報収集機器を基に出してるんだろう。これだけ派手に戦ってれば余波で壊れて、索敵に穴も出来る。少しは自分で索敵しろ」


「い、いや、俺の情報収集機器にも反応は無かったんだが……」


「それも含めて自分でやれって言ってるんだ。索敵を機器の自動設定に任せっきりだからそうなる」


 ババロドの指摘にレビンが高ランクハンターの実力を垣間かいま見ていると、敵側の高ランクハンター、レビン達を攻撃してきた二人組が現れた。


 アキラ以外に大した者はいないだろうと考えていた二人組の片方が、自分の攻撃を避けたことを軽く称賛する。


「避けられたか。やるな」


 その隣でもう片方の男がババロドに気付いて怪訝けげんな顔を浮かべる。


「……ん? あいつ、ゼロスのチームのやつじゃないか?」


「そうなのか? 変だな。あそこのチームは今回様子見だろ? ゼロスから離反したやつらが壊滅して、立て直しの最中だって聞いたが……」


「下っ端が小遣い稼ぎに勝手にあっちに付いたのかもな。まあいいや。取りえず、気を引き締めよう。ゼロスのところのやつなら、下っ端でもそこらのザコとは違えからな」


「了解だ」


 相手の気配が明確に変わったことに気付いたババロドが、非常に険しい表情でレビンに指示を出す。


「おい、死ぬ気でサポートしろ。今までのザコとは違うぞ。最低でも俺が2人いると思え」


「か、勝てるのか?」


「余計なことを考えずに死ぬ気でやれ。死んだら死んだで諦めろ。これで死んだとしても、普通に戦って死ぬなんて、山ほど借金抱えたハンターの死に様としちゃあ上等なもんだろう?」


 そう言ってどこか開き直ったような苦笑を浮かべたババロドを見て、レビンが顔を引きらせながらも気合いを入れる。


「や……、やってやらぁ!」


 多額の借金を抱えている以上、勝手な戦線離脱は人権など塵より価値の無い破滅への一本道だということは、レビンも理解している。真面まともな死に様と生還のどちらかを得るために、レビンは決死の覚悟を決めた。


 相手のやる気を互いに察したレビン達と襲撃者達が全力を出す。高速フィルター効果の影響を把握した上での派手な近距離戦闘が周辺の家屋を瞬く間に巻き添えにした。




 クガマヤマ都市の防壁内外の境目、防壁と一体化した高層ビルであるクガマビルの1階にあるレストランで、エレナはどこか重苦しい難しい表情を浮かべていた。そして情報端末に表示された内容を見て、重い息を吐く。


「……、サラ、始まったって」


「……、そう」


 サラもエレナと似たような表情をしていた。その親友の様子を見て、エレナが表情に影を落とす。


「サラ。怒ってる?」


 同じく親友のその様子を見て、サラはエレナを気遣うように軽く笑って首を横に振った。


「怒ってないわ。り切れないとは思ってるけどね。それにエレナにチームとしての決断を押し付けているのは私の方よ。エレナも一人で抱え込まないで」


「……うん。ありがとね」


 それでエレナも何とか軽く笑って返した。だが状況が変わった訳でもない。軽くめ息を吐く。


「アキラ。大丈夫かな……」


「……、大丈夫よ。多分ね」


 エレナ達はアキラの状況を知った上で、援護には行かないことにしていた。エレナがそう決めたのには、いろいろ理由があった。


 まずはエレナ達が今もヒカルの護衛依頼を続けていること。ヒカルは防壁の外に出るのが若干トラウマになっており、都市に戻った後は防壁内に引き籠もっている。それでも依頼自体は続いているので、エレナ達はヒカルが外に出る場合に備えてクガマビルの中で待機を続けていた。


 エレナ達もハンターだ。その依頼を放り出してアキラを援護に行く訳にはいかなかった。アキラからも、ハンターなら仕事はちゃんとしないと駄目だ、と言われていた。


 またヒカルからはアキラを助けに行かないように指示されていた。荒野でハンター達に襲われた時のアキラの態度から考えて、アキラはエレナ達を巻き込むことを望んでいない。そう前置きした上で、エレナ達がアキラを助けに行くと、アキラを逆に追い詰める恐れがあると説明した。


 仮にエレナ達の援護のお陰でアキラが勝ったとしても、それでエレナ達が死んでしまった場合、逆上したアキラが報復の対象をどこまでも広げて、リオンズテイル社全体を敵に回す恐れがある。そうなったら流石さすがにアキラも終わりだ。報復対象がクロエだけであれば、勝利後にアキラに有利な落とし所も作ることが出来て、穏便に済むかもしれない。だから今はアキラのためにも動かないでくれ。ヒカルはそう言ってエレナ達を説得していた。


 更に装備の問題もあった。エレナ達はヒカルから報酬の前払いとして強力な装備を手に入れたが、それらの装備がエレナ達の私物になるのは厳密には依頼の完了後だ。つまり、今、アキラを助けるために護衛依頼を投げ出してそれらの装備を持ち出せば窃盗となる。倫理的にも契約的にも流石さすがにそれは出来ない。だが以前の装備でアキラの下へ向かえば足手まといになるだけだ。命懸けで助けに行くのならともかく、命懸けで足を引っ張りに行くなど出来ない。


 それらの理由を考慮して、悩んで、エレナはアキラの援護に行くのをギリギリの判断で止めていた。サラもエレナがそう決めたのならばと納得した。だがそれでも、エレナ達は憂鬱な思いを抱いていた。


 そこでシズカからエレナに連絡が入る。それは食事の誘いだったのだが、る瀬無い気持ちに押し潰されそうだったエレナは、それがたとえ気晴らしであっても何らかの救いを求めるように、シズカに自分達の状況を伝えた上で、本来答えなど無い問いを尋ねてみた。


「……ねえ、シズカ。どうすれば良いと思う?」


「そうね。好きにすれば良いんじゃない?」


 返ってきた答えは、随分あっさりとした一見投げりなものだった。だがそれでエレナは軽い驚きを見せた後、迷いが晴れたように笑った。


「好きにすれば良い……か。そうね。ハンター稼業ってのは、そういうものだったわね」


 死が当たり前にあふれる危険な荒野に自分から向かうハンター稼業。その目的が金であれ名誉であれロマンであれ、そして他の何であれ、賢く縮こまっていては得られないのだ。得るために、危険を承知で前に進む。それがハンターであり、自分達はそのハンターだと、エレナは思い出した。


 そしてシズカの勘は、好きなようにするのが最善だと告げている。その上で、自分達が今していることを考える。少なくとも、親友と顔を合わせて項垂うなだれ続けるなど好んでもいないし最善でもない。そう答えが出た。それならばと、エレナは決断を覆した。


「分かったわ。シズカ。ごめん。用事が出来たから切るわね」


「そう? 気を付けなさい」


勿論もちろんよ。ありがとう」


 エレナはシズカに礼を言って通話を切ると、今度はイナベにつなげた。そして用件を聞いてきたイナベに端的に意気揚々と告げる。


「今からヒカルさんの護衛を投げ出してアキラの援護に行こうと思ってるのだけど、装備の使用も含めてその許可をもらえない?」


 それは駄目で元々という宣言に近いものだったのだが、意外な返事が返ってくる。


「良いだろう。行きたまえ。装備もそのまま使って構わないし、弾薬費等もこちらで負担する。存分にやりたまえ」


「……良いの?」


 思わず意外そうな声を出してしまったエレナに、イナベが落ち着いた声で答える。


「止めても行くのだろう? それならば真面まともな戦力として送り出した方が良いからな。それに君達を止められずに装備まで剥ぎ取ったとなれば、アキラに恨まれる恐れもあるのでね。まあ、表向きは、依頼の最中ということで頼むよ。その辺りの調整はこちらでしておく」


 それはアキラに対しての言い訳、仮にエレナ達が死んだとしても彼女達が自主的に言い出したことなので自分の責任ではないという言葉でもあったが、都市を襲う恐れがある賞金首に対して都市の幹部が支援を口にしたという際疾きわどい言葉でもあり、現状でイナベが出来る限界を示した言葉でもあった。


 そして、立場はあるが、イナベはアキラ側、という意味でもあった。それを察したエレナが礼を言う。


「ありがとう御座います」


「なに、気を付けたまえ」


 通話を切ったエレナがサラに視線を向けると、サラも機嫌良く笑っていた。


「ごめん。サラ。気が変わったから、やっぱり行きましょう」


「はいはい。チームリーダーがそう言うのなら、仕方無いわね」


「そう言わないでよ。それに考えようによっては、私達がアキラに先輩面を出来る最後の機会かもしれないわよ?」


「なるほどね。まあ本音を言えば、一方的に気遣われるのはしゃくに障るのも本心だし、ここは先輩面をしに行きますか」


 エレナ達はそう言って軽く笑い合うと、500億オーラムの賞金首が戦っている場所など死地に近いことを分かった上で、最善の結果を得るために、前に進んだ。




 クガマビル内の休憩所でシズカがハンター向けの携帯食品を摘まんでいる。高ランクハンター向けの商品でそれなりに高いのだが、荒野での快適なハンター稼業のため排泄はいせつ等を不要にする効果が付いていることもあって、防壁内の富裕層が軽食代わりに買うこともある品だ。


「結構美味おいしいのね。本当に仕入れてみようかしら」


 もっとも実際に仕入れてもシズカの店の客層では買う可能性があるのはアキラやエレナ達ぐらいだ。それぐらいには高い。だがアキラ達のために試しに置いてみるぐらいはしても良いかもしれないと考えていた。


 そしてシズカのつぶやきは、シズカがここにいる理由が、試食しているそれらの商品の取引ではないことを示していた。ヒカルがそれらの取引などを口実にして、一応は防壁内の扱いを受けている安全なクガマビルの中にシズカをとどめておけるように手配したのだ。


 アキラを狙うハンター達は荒野とはいえクガマヤマ都市との交渉中に攻撃してきた。そこまでするのであれば、アキラの友人をさらうぐらいはしても不思議は無い。ヒカルはそう考えて、その場合に標的になりそうな4人の人物を洗い出した。エレナ、サラ、シズカ、シェリルの4名だ。


 そして、エレナ達はハンターなので、シェリルはイナベの支援を受けた徒党のボスなので、それぞれ自衛できるだろうと判断した。


 だがシズカは一般人だ。自衛の手段は契約している下位区画の民間警備会社ぐらいしかない。危ないかもしれない。ヒカルはそう考えて、事態が一区切り付くまでシズカをクガマビル内に避難させておくことにした。


 しかしそれは、500億オーラムもの賞金を懸けられている上に、都市を襲う恐れがある所為でモンスター認定まで受けている者への援護となる。都市としても大っぴらには出来ない。そこでヒカルは様々な口実を用意して、シズカを別件でクガマビルに招いていた。


 シズカはそれを受けて店を休業し、ここしばらくはクガマビルで過ごしていた。


 エレナ達との話を済ませてから少しした後、ヒカルから連絡が入る。


「シズカさん。少し伺いたいのですが、エレナさん達に何かしました? 先程エレナさんからアキラの援護に行くという連絡が来たのですが……」


「ん? 少し雑談しただけよ」


「困ります」


 エレナ達を必死に説得して何とか動かないでいてもらっていたのに心変わりしてしまったと、ヒカルはかなり不満げな様子だった。


 だがシズカは笑って返す。


「彼女達が自分で決めたことよ。唆したつもりは無いわ」


「それでもです」


「あと、一応貴方あなたにも気を使ったつもりだったのだけどね」


「どういう意味です?」


「よくは知らないけれど、大変な状況なのでしょう? そこで交渉事が発生したら、都市の代表として派遣されるのは貴方あなたよ? 都市の職員で、アキラと面識があって、高い金を出した護衛もいるのだからね。でも、今は、護衛がいないから難しいかも……」


 ヒカルからは軽い動揺を感じさせる無言が返ってきた。


「どうしても、と言うのなら、私が今からエレナ達に連絡を取って、もう一度思いとどまるように言ってみても良いけれど……」


「あー、いえ、その、それは……、あ! すみません! 別件が入りました! 話の続きはまた今度で! では!」


 あからさまに話をごまかす言葉を最後に、ヒカルとの通話は切れた。シズカが苦笑する。


「ごめんなさいね。でも、これが一番良いと思ったのよ」


 シズカにも本当の意味で何が最善なのかは分からない。余計なことをした確率はあるとも分かっていた。それでも、自分なりに、何もしないでいるよりは、事態を最善に近付ける努力が出来たと思っていた。


 自身の勘が今日もえ渡っていることを願って、シズカはアキラ達の無事を祈った。




 荒野の大型装甲車両の中で戦況をていたパメラが、追加で投入した人型兵器と戦うアキラ達の様子を見て笑みを深めた。部隊の主力と呼んで差し支え無い大型多脚戦車を失ったというのに、パメラの顔には焦りの欠片かけらも浮かんでいない。


「こんなところかしらね……」


 多数の人型端末、大型の多脚戦車、追加の人型兵器、それらを用いて実施した威力偵察は済んだ。シオリ達やアキラの装備、仲間、切り札の有無の確認は終わった。そう判断したパメラがラティスの手を取る。


「ラティス。そろそろ始めましょう。私達で、殺しましょう」


 機嫌良く笑うパメラが、無表情のラティスと手をつないで、大型車両の司令室を兼ねた部屋から出て行く。二人で、自分達でシオリ達を殺すために。歓喜と憎悪が混じり合い、その区別が難しくなった感情を顔に浮かべながら、その両方を満たす殺意をシオリ達の死で満足させるために。


 パメラにとっての本当の戦闘が、ようやく始まろうとしていた。

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