第249話 遺跡のメイド達

 キャロル達との用事を済ませたゼロスが車で帰路に就いている。ババロドはヴィオラに引き渡したので乗っていない。


 ゼロスとヴィオラの現場での交渉はめずに片が付いた。ハンター同士のめ事に仲介役の交渉人が絡むのは珍しいことでは無い。め事がこじれて高ランクのハンターチーム同士が本気で殺し合った場合、大抵は周りの被害もひどいことになる。両者共に相手の殲滅せんめつを望んでいるという極端な事例を除けば、交渉人を代理に立てて穏便に事を治めることは多い。ゼロスもその手の交渉には慣れており、取りえず詳細は後日ゼロスのチーム側の交渉人とヴィオラで詰めるということになっていた。


 既に前交渉の段階でババロドは多額の負債を背負う事が確定している。但し、チームでのちょっとした不祥事と、ハンター間のちょっとしため事で背負った借金として扱われることになったので、いきなり非人道的な人体実験の被験者となるような状況にはならない。


 高ランクのハンターということもあり、一定の自由を奪われた上で負債を完済するまで遺跡に潜り続ける程度で済むだろう。ゼロスはそう考えており、それで良いと思っていた。チームリーダーとして許す訳にはいかないことをしたとはいえ、少しは情もある相手を地獄に落とすのは気が引けるからだ。


 その上で、ゼロスが怪訝けげんな顔でつぶやく。


「……しかし確認も済んで無駄な懸念が消えて良かったとはいえ、あいつは何であんな真似まねまでしたんだか。あいつはサイボーグだし、そこまでのめり込むはずは無いと思うんだがな」


 高ランクハンターであっても女性関係で身を崩す男は多い。高ランクのハンターは当然ながら凡庸なハンターとは比べものにならない程に稼ぐ上に、死地から戻った反動で金遣いが荒い者も多く、その手の誘いも多くなる。成功時の利益も大きいので、付け込むがわの手段も洗練されていく。


 ただそれでも義体者やサイボーグに対して単純に性的に付け込むのは難しいとされている。感覚器の感度調整は義体側で調整可能であることが多く、そもそも戦闘用の機体でその手の機能が付いていない者も多いからだ。


 拡張現実機器を併用するなどの手段を取っても、単純に性的に溺れさせるほどの体感を与えるのは難しい。そのために義体の管理者権限を相手に渡す者などいないからだ。


 よってその手の者の籠絡を試みる場合、大抵は擬似的な恋人関係を構築するような方面から攻めることになる。しかしそれも普通は難しい。目標の好みの調査や偶然を装った接触など手間も時間も費用も掛かる。逆に言えば、それだけの労力を費やしても実行した場合、それに見合う目的が存在することが多い。


 ゼロスもそれぐらいは知っている。だからこそ今回の件に強い懸念を抱き、態々わざわざ自分で出向いて確認に行ったのだ。


 ゼロスは今回の件を敵対するハンターチームなどからの攻撃だと考えていた。工作員を送り込み、目標との関係を深めさせて、チームの金、情報、信用を奪いに来た。そう考えていた。


 だが確認してみればババロドの相手は娼婦しょうふを副業にするただの女性ハンターだった。横領発覚後に軽い尋問でババロドが全てを話し、キャロルから渡した金を取り立てることに同意したことや、実際に取り立てようとした時の言動から判断しても、キャロルとの関係は娼婦しょうふと客という程度のものだった。高度なハニートラップで見られるような恋愛面での深い関係は見受けられなかった。


 ゼロスは敵チームの工作ではなかったことに安堵あんどもしたが別の疑念も深まった。リーダーとして仲間の性格は把握している。だからこそ、お気に入りの娼婦しょうふと客という程度の関係で、ババロドがチームの金に手を付けるほどの、機密情報を横流しするほどの暴挙に出るとはとても思えなかった。


(……分かんねえな。ババロドはサイボーグなんだ。あの女は身体強化拡張者らしいが、体は生身だろう? ヤバいVR拡張現実機器と連携できるような拡張をしてたとしても、ババロドにあんな馬鹿な真似まねをさせるほどの金を払わせるなんて無理だろう。一体どうやって……)


 そう怪訝けげんに思いながら、ゼロスがキャロルの言葉を思い出す。ベッドの上でなら誤解は大抵解ける。その言葉には自信が有った。その誘いを受けていたら自分はどうなっていたか。そう考えたゼロスの顔が苦笑気味にゆがむ。


「よく分からねえが、相当ヤバい女ってことか。気を付けねえと。一応チームの他のやつにも気を付けるように言っとくか」


 ヴィオラとの交渉でババロドから流れた情報は他に流さないと取引済みだ。後日ハンターオフィスを介して正式に契約を交わすが、口約束である今でも一定の効力はある。キャロル達と敵対しない限り、チームの機密情報が外に流れる恐れは無い。倫理的にも、物理的にも、相手を殺せば解決する話ではないので、ゼロスは取りえず今回の件はこれで片が付いたと判断していた。


 高ランクハンター相手にこの類いのめ事をよく起こす人物であれば、その後の穏便な対処にも慣れているだろう。他に情報を流して、殺し合わずに済んだことを台無しにするような真似まねはしないだろう。そう考えてのことだった。


 実際には、キャロルは高ランクハンター相手のめ事にそこまで手慣れている訳ではなかった。より東側で活動する者達は武力も組織力も相応に高い。その手の者達を客にするとめ事に発展した場合のリスクが大きすぎると考えて、今までは彼らを客にするのは控え気味にしており、客にしても搾り取る額は加減していた。


 つまりキャロルは今回かなり危ない橋を渡っていた。各部位が傷んでおり、谷も深く、落ちれば死にかねない危険な橋だ。本人にもその自覚が有った。それでもその橋を渡ったのは、地雷原を歩くよりはましだと判断したからだ。踏めば確実に即死する地雷が埋まっている地面を歩くよりも、危険な橋を注意して渡った方が安全だと判断したのだ。


 実際には地雷は埋まっておらず地雷原だと示す立て札が立っていただけだったとしても、全て杞憂きゆうだったとしても、キャロルにそこを歩くのは無理だった。




 今日もアキラはキャロルの護衛としてミハゾノ街遺跡の地図の作成作業に付き合っていた。一緒に遺跡の中を移動しながら、時折自分にはよく分からないことをしているキャロルを見て、恐らく何らかの地図作成作業なのだろうと思いながら後に続く。


 キャロルが今も道の途中で立ち止まり、何も無い空中に視線を向けている。そして笑ってアキラを手招きすると地面を指差した。


「アキラ。ちょっとここに立ってみて」


 アキラは言われた通りに指示された場所に立った。別段何も起こらない。しかしキャロルはアキラの様子をさり気なく、だが注意深く観察していた。


「……立ったけど、何だ?」


 少し不思議そうにしているアキラを見て、キャロルは観察を止めると今度は前を指差した。


「今度はあっちを見て。あそこに迷彩機能を有効にしている機械系モンスターがいるんだけど、分かる?」


 アキラがその方向を凝視する。情報収集機器がその視線の動きを感知して、情報収集処理の範囲と精度の調整を始める。単純な迷彩機能ならばそれで見破れる。しかしそれらしいものは発見できない。


『アルファ。そんなやつ本当にいるのか?』


 アルファが笑って答える。


『確かにいるわ。見付けにくいけどね。サポートした方が良い?』


『頼む。あ、まずは情報収集機器の索敵設定の調整の方で頼む』


 アキラの情報収集機器の性能では絶対に探知できない程の高度な迷彩だった場合、アルファのサポートでそれを見抜いてしまうと、それを後で指摘された時に辻褄つじつまが合わなくなる。索敵設定の調整の問題であれば本人の技量で説明が付く。索敵の訓練もかねて、アキラも一応その辺は気を使うようにしていた。


『分かったわ』


 アルファが情報収集機器の設定に介入する。事前に対象がそこに存在すると分かった上での最適な設定により、通常の索敵機能をくぐる高度な迷彩が破られた。そこには大型の多脚戦車が道路の横幅のほとんどを占領して立っていた。足の部分が迷彩機能により太い街路樹に偽装されており、見えない所為せいで誰かがぶつかって発見されるのを防いでいた。


 アキラが顔を僅かに引きらせる。


「……見付けた。キャロル。あんなのよく見付けたな。俺の情報収集機器は結構高機能なんだけど、それでも見付けるのにすごく時間が掛かったぞ。ここまで高度な迷彩だと、初めからあそこにいるって知ってないと見付けるの無理だろう」


 キャロルが得意げに笑う。


「これも地図作りの作業でちまちまと丁寧に念入りにデータを取った上で、集計データを何度も更新した成果なの。こういう情報を記載した地図は高値で売れるのよ。そこらの地図屋の地図には載ってないわ」


「成る程。遺跡に何度も出向いて手間ひまを掛けた成果ってことか」


 遺跡に見えない敵がいる。キャロルから買った地図でその脅威を知った者は次もキャロルから地図を買う。それぐらいはアキラも分かった。


「しかし誰かがあの近くで襲われたりしないのか?」


「普段は見えないだけの置物だから、こっちからちょっかいを出さない限りは無害よ。恐らく前のような騒ぎに備えた予備戦力なんだと思うわ」


 そこでキャロルが意味深に笑う。


「まあ私の地図を疑って、自前の情報収集機器で確認しても見付けられなかったから試しにぶっ放した人もいたみたいよ。集計データにそんなログがあったわ。反撃されて死んだ記録もね。もっと死人が増えたら遺跡の新たな怪談になるかもね」


「確かにそんな事態が頻発すれば怪談になっても不思議は無いか」


 特定の条件を満たさない限り襲ってこない多脚戦車が、高度な迷彩状態で遺跡に配置されている。運悪く条件を満たした者が数多く死ねば、死亡理由不明の死者が増えていく。その不明確なうわさが怪談になっても不思議は無い。アキラはそう思いながら、何となくアルファを見た。


 アルファがいつものように笑顔を返す。


『どうかしたの?』


『いや、何でもない。アルファがいれば、俺がああいうのに不意打ちされることは無いなって思っただけだ』


勿論もちろんよ。任せなさい』


 アルファは自信たっぷりな態度で答えた。


 クズスハラ街遺跡には誘う亡霊という怪談がある。だが自分は死んでいない。少なくとも、今はまだ。アキラは何となくそう思っていた。


 キャロルが話を続ける。


「新たな怪談と言えば、この遺跡で下手をすると新たな怪談になりそうなうわさが広まってるのは知ってる?」


「いや、知らない。どんなうわさなんだ?」


「最近この遺跡で妙なメイドを見掛けるそうよ。声を掛けようとしたり跡を付けようとしたりすると、忽然こつぜんと消えてしまうとか」


「……それ、単純にメイド服を着ているハンターが彷徨うろついているだけで、他のハンターに近寄られるのを嫌がっていてるだけなんじゃないか?」


 アキラの知人にも2名ほどメイド服を着た者がいる。本人か同類かは知らないが、アキラには別に怪談になるような話には思えなかった。するとキャロルが意味深に笑って補足を入れる。


「それだけならね。ただ、本当に忽然こつぜんと消えるんだって。遺跡の修復作業で街の道案内機能とかが一緒に直ったことが原因って可能性もあるけど、それならただの立体映像か映像だけの拡張情報。セランタルビルにいた彼女と同じように情報収集機器でちょっと調べればすぐに分かるわ。でもそうじゃないんだって。消える直前まで情報収集機器にも確かにそこにいた反応を残していたのに、忽然こつぜんと消えるそうよ」


「そうなのか。うーん。それでも別に怪談になるような話じゃないと思うけどな」


「あとね、どうしてもその正体が気になって、そのメイドを躍起になって探し回った人もいるらしいんだけど、その何人かが消息不明になってるそうよ。その中には結構強いハンターもいて、もっと東の方から来た高ランクのハンターも混ざっているとかいないとか」


 遺跡でハンターが数名消息不明になっても、普通は当人の技量不足や遺跡の難易度上昇で片付けられる。しかし場違いに強いはずの者がいなくなれば、それだけの何かがあるという恐れも強くなる。明確な理由無しに似たような事態が続き、中途半端に関係がありそうなうわさも一緒に広まれば、怪談になっても不思議は無い。


「そういうことか。確かにそんなことが続けば怪談になりそうだな」


「怪談になったとして、名前を付けるなら、クズスハラ街遺跡には誘う亡霊って怪談があるし、こっちは、誘うメイド、かしら?」


 妙に面白く思ってしまったアキラが軽く吹き出して笑う。


「いやー、それはちょっと安直じゃないか?」


「怪談の命名なんてそんなものでしょ?」


「そうかもしれないけどさ」


「それなら、アキラならなんて名付ける?」


「俺か? そうだな……」


 アキラ達はそのような雑談を続けながらその後も遺跡を回っていった。




 レイナはシオリ達と一緒にミハゾノ街遺跡の市街区画を探索していた。当然ハンター稼業としてだ。だが普段のハンター稼業とは少々事情が異なっていた。


 シオリとカナエは今日もメイド服を着用している。但し以前と同じものではない。シオリが上と交渉して調達した高性能な戦闘服だ。


 一応メイド服のデザインを保っているが、デザインよりも戦闘能力向上を優先した部位が多く見られる。遠目ではメイド服に見えても、近くで見ればただの見間違いだったと判断する者も出る程度には戦闘服よりだ。性能も以前のものに比べて格段に高く、ツェゲルト都市近辺で活動するハンターの装備と比べても全く見劣りしない。


 他の武装などもその戦闘服と同程度の高性能な品でそろえている。つまりこの遺跡の難易度から考えれば場違いに高性能な物ばかりだ。


 そして今日はレイナもシオリ達と同じ装備を身に付けていた。


 シオリはレイナに自分達と同じ服を着せることを余り快く思っていなかった。どれほどデザインに優れており戦闘面でも非常に高性能な代物であっても、結局は使用人側の服だからだ。しかし上との交渉でレイナ用の武装を別に手配するのに失敗したことと、レイナ自身が着用を全く嫌がらなかったことで、レイナもシオリ達と同じ使用人側の装備を身に付けることになった。


 シオリが難しい顔でレイナに進言する。


「お嬢様。やはり上に何か羽織るぐらいはしては如何いかがでしょうか?」


 羽織るだけでも大分変わる。使用人側の服を着たレイナの姿を隠せる。そう思っての言葉だった。だがレイナは軽く首を横に振った。


「このままで良いわ。この装備、上に何か羽織る設計では無いから、下手をするとその所為せいで性能が落ちるんでしょう?」


「確かにそうですが、この辺りのモンスターであれば私達だけで十分対処できます。お嬢様がそこまで気になさることはないかと」


「だからって態々わざわざ何か羽織って性能を落とす必要もないでしょ? このままで良いわ」


「左様で御座いますか……」


 シオリは渋々引き下がった。その様子を見て、カナエが表面上は軽い様子で笑ってなだめに入る。


「まあ、この装備は今回限りの貸出品っす。だから仕事が終わればお嬢の格好も戻るっす。それまでの辛抱っすよ」


「……そうね。分かってるわ」


 シオリは軽くめ息を吐いて気を切り替えた。


 レイナもシオリの気持ちは分かっている。だがそれでも、シオリの指示に逆らってでも現在の装備を身にまとっているのはレイナの心境の変化があった。


 カツヤの死を知ったレイナは非常に悲しんだ。だがそれ以上に驚いた。レイナ自身、今まで何度も危なかった。もう少しで死ぬところだった状況は何度もあった。だからこそ、ハンター稼業とはそれほど厳しいものだと分かっていた。


 だがそれでも、カツヤは死なないだろうと心のどこかでずっと思っていたのだ。それがカツヤの死で覆された。


 荒野とは、ハンター稼業とは、あのカツヤでさえ死ぬほどに危険な場所で、危険な稼業なのだ。レイナはカツヤの死を知ったことでそう認識した。それは心のどこかにまだ残っていた甘い考えを、荒野の危険を軽視していた部分を消し去った。


 荒野を、ハンター稼業を改めて怖いと思った。だがおびえはしない。臆することも無い。怖いものを正しく怖いと思い、十分な用心と警戒と覚悟で対応して乗り越える。レイナにはそれを可能にする意志と才があった。


 レイナの類いまれな才は、カツヤの死をもって磨き上げられていた。その死を正しく悲しむことで、悲しみで心を摩耗することも、死に慣れて鈍感になることも、思考を悲劇に引きられることも無く、しっかりと成長していた。


 その成長もあって、レイナは自分の服装など余り気にしていなかった。


「それでシオリ、その仕事の進捗はどんな感じなの?」


 シオリが丁寧に頭を下げる。


「申し訳ございません。残念ながらこれといった成果は無く、かんばしくない状況です。ですが、決して徒労を続けている訳では御座いません。お嬢様に詳しい事情をお話し出来ない中、状況を御不満に思うことは重々承知の上ですが、今しばらくのご辛抱を……」


「あ、うん、良いのよ。その辺も気にしないで。シオリが真面目にやってるってことは疑ってないわ。それでも進捗が思わしくないってことは、それだけ大変な内容なんでしょう。焦らずに、じっくり進めていきましょう」


 笑ってそう軽く流した後、レイナがシオリを気遣うように微笑ほほえむ。


「大丈夫。実家絡みの依頼ってことも含めて、割り切っているつもりよ」


「……ありがとう御座います」


 シオリは申し訳なさそうな表情で再び頭を下げた。


 レイナは今回の仕事の詳細を知らない。正確にはほとんど何も分かっていない状態に等しい。依頼の受け方も変則的で、シオリがドランカムに依頼を出し、ドランカム経由でその依頼を自身で受けるというややこしいことをしている。そしてレイナはそのシオリの下に着く形で同行していた。


 今回の仕事には実家の機密に関わる部分があるため、ある意味で実家から離れているレイナには詳細を話せない。レイナはシオリから謝罪を交えてそう丁寧に説明されていた。実家絡みの依頼という点に思うところはあるものの、ハンターとしての成り上がりを考えるならば大企業からの依頼を下らない私情で蹴るなど愚の骨頂だ。むしろ好機と捉えて十分に活用するべきだ。レイナはそう考えて、そこは割り切っていた。


 そのような事情もあり、レイナはカナエと同じようにチームの単純な武力要員として同行していた。実際の仕事に関わる部分はシオリが担当しており、一緒に遺跡の中を回りながらレイナにはよく分からない行動を続けていた。遺跡の様々な場所、道端やビルの一室、瓦礫がれきの上や広場などで、白いカードを提示するように持って立つのだ。そしてしばらくしてから軽くめ息を吐き、次の場所に移動するということを繰り返していた。


 シオリが再びめ息を吐いて白いカードを仕舞しまった。カナエが軽く尋ねる。


「手応え無しっすか」


「ええ。場所が悪いのか、認証の問題か、そもそも手段が間違っているのか。……分からないわ」


「予定の場所はそろそろ調べ終えるっす。場所の問題では無いのなら続けるだけ無駄骨っすよ。どうするっすか? 予定の場所を調べ終えたら、セランタルビルに突入って手もあるっすよ。今の私達の装備なら何とかなると思うっす。それであそこで駄目なら、もうり方が根本的に間違ってるってことっす。お嬢には一旦都市に戻ってもらって……」


 シオリが険しい顔で首を横に振る。


「駄目よ。理由は不明だけど、あそこはクガマヤマ都市の部隊が封鎖中。ヤナギサワって男が全権を使って念入りに隔離しているらしいわ。クズスハラ街遺跡のあの区画並みに厳重な警備体制が敷かれているそうよ」


「そこまでっすか。それじゃあ何かの騒ぎに乗じてってのも無理っぽいっすね」


勿論もちろん、都市から許可を得れば57階には行けるかもしれないわ。でもそうすると、その交渉で情報が絶対に漏れる。横槍よこやりが入るのは確実よ。……だから、セランタルビルに行くのは最後の手段。余程の確証が無い限りは選べないわ」


「そうっすか。まあ決めるのはあねさんっすからそこは任せるっすけど、このままだと手詰まりっすよ? 一旦引き上げっすか?」


 シオリもカナエの言い分は正しいと分かっている。このままだと成果無しで引き上げる羽目になるのは確実だ。白いカードを交渉材料にしてまで得た機会なのだ。むざむざと手放したくは無かった。


「……場所の問題であれば、別の可能性も考えてあるの。引き上げる前に、まずはそっちを試すわ」


「分かったっす」


 シオリが自然と険しくなっていた表情を戻し、レイナに向けても問題無い微笑ほほえみを浮かべる。


「お嬢様。次の場所に移動します」


「了解。行きましょうか。あ、何度も言ってるけど、今はシオリが雇い主みたいなものなんだから、もうちょっと軽い口調でも構わないわ」


「いえ、それは」


「そう? まあ、そこは雇い主の意向に従っておきますか」


 レイナは軽く笑って冗談っぽく話を流した。


 移動中、レイナがカナエに小声で話し掛ける。


「ねえカナエ。シオリ、大丈夫なの?」


「大丈夫の、意味にるっすね」


「意味はカナエが判断して良いわ。私には状況が分からないから。知る必要は無いって判断で、教えてもらえないってことも含めてね。でも、取りえずシオリが少し無理をしてるってことは分かる。多分私のために。だから、私が言うのもなんだけど、あんまり無理はさせないであげて」


「それ、お嬢があねさんに自分で言えば良いと思うっすけど?」


「私がシオリに無理をするなと言っても、逆に無理をしろと言っても、何も言わなくても、シオリは無理をするんでしょう? だからカナエに言ってるの。お願い」


 カナエが素で意外そうな顔を浮かべる。


「お嬢がそういうことを言うタイプとは思わなかったっす」


 レイナが苦笑い気味の微妙な表情を浮かべる。


「……私、そういうふうに思われてたの?」


 カナエが少し楽しげに軽く笑う。


「ぶっちゃけると、お嬢と初めて会った時はクソガキAぐらいにしか思ってなかったっす。あ、今は違うっすよ?」


 レイナが苦笑いを深める。


「クソガキAに戻らないように気を付けるわ」


 カナエが揶揄からかうように大袈裟おおげさに笑う。


「良い心掛けっすね」


「それはどうも」


 妙な主従は曲がり形にも一応は親しげに話しながら遺跡の中を進んでいった。

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